望まぬ再会
俺は話のあった宗教団体の建物を目指した。
地元、ということもあり特に迷うことはなかった。
前回不良に目を付けられたこともあるから、慎重に裏道を使ってきた。もっとも、今の俺なら自転車に乗ってるわけだから、相手を撒くことぐらい簡単だとは思うが。
「ここ……か」
しばらく自転車をこいで、俺は宗教団体の集会所にたどり着いた。
建物の周囲に、相変わらず人はいない。
だが、泥に汚れた足跡や、紙屑のようなごみがほんの少しではあるが残っている。つまりは、人が往来した気配があるということだ。
それほど人数が多いとは思えないが、何人かはこの周辺に住んでいるのか?
俺はこの建物がここにあることは知っていたが、中に入るのは初めてだ。これまで縁がなかったから、仕方ない話だけどな。
入信希望を装って入るか?
いや、一般人を気取って話しかけた一紗が……あんな結果になってしまったんだ。異常事態には強気で対応するべきだ。
俺は聖剣ヴァイスを握った。こいつは俺が異世界でずっと愛用してきた剣であり、その攻撃方法を熟知している。戦いでも十分効果を発揮できるはずだ。
まあそれほど激戦になるとは思えないが、油断はしない。こんなもの持って建物に入るなんて犯罪者そのものだが、もうそんな体裁を気にするつもりはなかった。この状況なら自己防衛もある程度は許されるはずだ。
行くぞ。
俺は正面玄関から堂々と建物の中に入った。
ガラス張りの入り口は、本来であれば自動で開くようだが、電気が通っていないため開くことはない。
俺は手で無理やりそいつをこじ開け、中に侵入した。
正面にエスカレーター、左には受付、左には祭壇と書かれた大きめの扉。ただし電気がないため、エスカレーターは止まったまま。受付にも誰もいない。
「…………」
俺は息を止めた。
祭壇、と書かれた扉の奥に、人の気配を感じる。
どうやらここが当たりだったようだ。
まさかあの加藤の配下たちが、ここで祈ってるなんてことはないだろう。怪しげな宗教団体といえ、暴力を振るわないのであれば話はできる。いろいろと情報を聞けるはずだ。
とはいえ、礼拝の最中に剣を持って押し入るなんて、いくら何でも犯罪者過ぎるか? 警戒されてパニック起こされたらそれはそれで困る。
俺はゆっくりと扉を動かし、隙間から中を確認する。
そこには、いかにも礼拝堂といった様子の部屋だった。左右には椅子が配置され、中央には通路、そして奥には聖書台のような台と、壁には例の黄金像。
部屋は密室だが、壁に設置されたろうそくの火が中を照らしている。
信者は十人……いや十五人か。思ったよりずっと少ないな。
奥には司祭風の男が立って、何かを話しかけている。人数がそれほど多くないから、声をあまり強く出していないようだ。ここからは何も聞こえない。
そして、黄金像前にいたのは……。
「……こ、子猫!」
須藤子猫。
探していた俺の嫁。
意識を失っている彼女は、両手両足を縛られ十字架に掲げられている。周囲にはろうそくが規則的に配置され、まるで何かの儀式を行っている最中のようだった。
遠目からでもわかる、ネコミミと尻尾。彼女はこういうコスプレが好きだった。本人で間違いない。
なんだこれは、これじゃあまるで……これから生贄に捧げられるみたいじゃないか。
平和的に話し合いをするつもりだったが……これは明らかに異常事態だ。
覚悟を決める必要がある。
俺は乱暴に扉を蹴り飛ばすと、そのまま祭壇へと駆け出した。
「きゃああああああああっ!」
信者たちの悲鳴は無視。
「――〈白刃〉」
聖剣ヴァイスの技、〈白刃〉を放った。これは剣から発生させた白い刃を相手に叩きつける基本技。
脅しのためだから、わざと外して放った。壁を切り裂いてそのまま外へと出て行ったその力は、威嚇という意味では十分過ぎたように思えた。
だが子猫を助けようとする俺の前に、司祭風の男が立ちはだかった。
「……おやおや、迷える子羊ですかな? 魔王様の慈悲は遍く生命に等しく与えられます。さあ、あなたもこの黄金像に祈りを捧げるのです」
「お……お前はっ!」
その声。
黄金像というキーワード。
そして何より、司祭風のその身なり。
俺はこの人を知っている。いや、そもそもこいつは俺たちと同じ人間なんかじゃない。
なぜ、こいつがここにいるのか分からない。俺は頭が混乱していた。
かつて俺の敵だったそいつの名前は、そうーー
「祭司……ミゲル?」
祭司ミゲル。
かつて俺が異世界で殺したはずの魔族。雫を瀕死の重傷に追いやり、俺に敗北を確信させるほど追い詰めた…恐るべき魔族。
一紗に毒薬を浴びせた男たちが、言っていた。
魔族、と。
魔法を使う俺を見て、魔族だと勘違いしていた彼ら。
俺はその魔族という言葉を聞いたとき、二つの可能性を思い浮かべた。
一つは魔族というの比喩表現だという可能性。たとえ日本でも極悪人を『鬼』だとか『悪魔』だとか言って罵ったりする。あるいは悪い意味でそういったニックネームを個人や集団につけたのかもしれない。
もう一つは、そのまま魔族という可能性。要するにゲームや漫画に登場するような人外の生き物が本当に存在するという意味だ。
後者の可能性が当たっていたわけだが、にもかかわらず俺が驚いているのには理由がある。
祭司ミゲル。
この魔族はかつて、俺が異世界で倒した魔族なのだ。
自暴自棄になった一紗を助けるため、当時の俺たちは魔族の住処であるレグルス迷宮に潜っていた。その途中で遭遇したのがこいつだった。
娯楽の少ない迷宮で、魔族向けに宗教を創設したとか言ってたな。黄金の魔王像を神と崇めて、俺たちを神への供物にするとかほざいていた。
懐かしい思い出、と感傷に浸れるならそれでよかった。
だが、俺は激しく混乱していた。
「なんで……お前がここにいるんだよ」
「おやおや、わたくしがここにいては困ると?」
「お前は俺が殺したはずだ! あの時、聖剣ヴァイスの新たな力が目覚めて、お前の不意をつくことができた。お前は白い炎に焼かれて死んだ。その光景を、俺は最後まで見ていたんだっ!」
「ふふふ、はははははははは」
祭司ミゲルは不気味に笑った。
混乱している俺を、あざ笑っているのか?
「ああ……熱かったですねぇ、苦しかったですね。わたくしはあの時初めて、生まれたことを後悔しましたよ。なぜ、これほど苦しまなければならないのかと。あなたの言う通り、確かにわたくしはあの時……死にました」
「なら、どうしてここにいるっ!」
「あなたに殺されて、わたくしはここにやってきたのです。人間も事故にあって異世界に転移するのでしょう? ならば死んだ魔族があなた方の世界にいても何の不思議もないでしょう。自分たちだけが特別だと思っていたのですか? あなた方を見習って、わたくしたちも異世界で大暴れしたいのですよ」
「……俺たちは大暴れなんてしてないぞ?」
「わたくしを殺す程度には暴れたでしょう? それで十分です」
「…………」
上機嫌のミゲルに、俺は何も言えなくなってしまった。
あの世界で死んだ魔族たちが、俺たちの世界に転移?
……嘘、だろ?




