プロローグ
ある日、クラスの女子とともに異世界に召喚された俺、下条匠。そこで待ち受けていたのは、数奇な物語の数々だった。
多くの魔族を倒した。呪いの魔剣や悪の貴族なんかとも敵対した。
そうそう、天使とか創世神なんかとも戦ったよな。
ばらばらになっていたクラスの女子たちは、みんな俺のもとに集まりそして――
俺はクラスの女子全員と結婚した。
島原乃蒼。
大丸鈴菜。
赤岩つぐみ。
柏木璃々。
長部一紗。
羽鳥雫。
森村りんご。
西崎エリナ。
須藤子猫。
細田亞里亞。
草壁小鳥。
四家陽菜乃。
阿澄咲。
日隠月夜。
玉瀬美織。
玉瀬ひより。
ミカエラ。
みんな俺の嫁たちだ。
ここは異世界における俺の屋敷、その庭だ。
今日、俺は元の世界に帰る。
天使や魔族の知識を受け継いだ俺たちは、一時的に異世界へと帰る方法を編み出すことができた。
「皆、準備はいいか?」
俺は後ろに控えていた嫁たちに語り掛ける。
乃蒼、鈴菜、つぐみ、璃々、一紗、そして俺を含めて六人が異世界に戻るメンバー。
そしてその後ろには、見送りに来てくれた人々がいる。
屋敷で働いていた使用人。
仲間になった魔族たち。
この国や隣の国の知り合い。
あまり大仰な話にしたくなかったから、数は絞って五十人程度。
「みんなさ、大ごとにしすぎだって。すぐ戻ってくるから」
帰る、といってもそれほど深刻な話じゃない。少し両親の顔を見て、手紙を置いていくだけの小旅行だ。元の世界とこの世界は時間の流れが違うらしいから、向こうの世界で二日、こちらでは二週間という計算になる。
それなのにみんなで集まって、みんなに見送られて。なんだか申し訳ない気分になってしまう。
「……匠」
と、集まった彼らを割るようにして現れたのは、銀髪の女の子だった。
「し、雫」
羽鳥雫。
お腹に俺の子を抱えた雫が、重い足取りでこっちに歩いてきたのだった。
「む、無理しなくていいんだぞ?」
雫は臨月を迎え、すでにいつ出産してもおかしくない状態だ。
見送ってもらうのも悪いかと思って、部屋で別れの挨拶はしたんだけど、ここまで来てくれたのか……。
もうすでに子供を出産する雫を置いて元の世界に帰ってしまうことは、とても申し訳ないと思う。でも日本で行方不明の俺たちが、妊娠して帰ってきたなんてことがもし万が一知れてしまったら、重大問題だ。
後ろにはりんご、エリナ、子猫の出産も控えている。雫の出産を見届けても、今度は彼女たちの出産時期と重なってしまう。あと回しにしておいてどうにかなる問題ではないのだ。
「ふ、ふん。お前は私の顔を長い間見れないと寂しくて死んでしまう生き物だからな。遠くの世界で孤独死してしまっては一紗が悲しむから、会いに来てやった」
「あんまり変なこと言うなよ。お腹の子供に悪い影響があったらどうするんだ?」
「お前は私の心配だけしていればいい!」
ま、まあ寂しいから会いに来てくれたという理解にしておこう。
「りんごは?」
「りんごは屋敷の中だ。『たっくんが心配するから……』と余計な気遣いをして。本当は私より匠を見送りたかったくせに……」
りんごも雫と同時期に妊娠して、出産間近だ。ここに来る前に挨拶は済ませている。
少し離れた屋敷を見ると、窓越しにりんごがこちらを見ていた。
俺が手を振ると、りんごがにこっと微笑んでくれた。
「雫は何かお土産いらないのか? 必要なら俺が買ってきてやるけど?」
「必要なものは全部一紗にお願いした。お前に頼むことはない」
「ぐっ……」
ま、まあ、下着とか化粧品とか欲しいって言われても困るからな。
ただ宅急便とかないんだが、大丈夫なのだろうか?
さて……そろそろ旅立つ頃合いだな。
「帰還の腕輪、大丈夫なのかな?」
「僕と天使たちの共同合作だ。絶対に問題は起こらないと断言するよ」
答えたの癖のある黒髪ロングの女の子、鈴菜。俺の嫁だ。
彼女は天才だ。
これまでこの世界で多くの発明し、この世界の技術発展へ貢献してきた。
天界の天使たちと合同で作り出した『帰還の腕輪』は、俺たちが元の世界からこっちの異世界に戻ってくるために重要となるアイテム。鈴菜の力がなければ、作ることすら難しかったと思う。
「手紙は持ったよな?」
「問題ない。人数分用意してある」
答えたのは赤毛の女の子、つぐみ。俺の嫁だ。
彼女はこの国の大統領を務めているほどの逸材だ。こういった段取りがとても得意だ。
異世界帰還計画も全部つぐみがスケジュールを組んでいる。
「えっと……魔法用のブレスレットは?」
「問題ありません」
答えたのはポニーテールの女の子、璃々。俺の嫁だ。
近衛隊に所属する彼女。仕事で甲冑を身に着けていた時もあったが、今は普通の福田。
璃々はそれなりに魔法が使える。元の世界でも俺たちは失踪者だから、いろいろと気を遣わなければいけないことも多い。そんな中で魔法があれば大いに役立つ。
「着替えは?」
「ここよ。あんた心配しすぎ」
あきれ顔のこいつは一紗。ツーサイドアップの金髪が映える美少女。もちろん俺の嫁だ。
たった二日だというのにこいつ荷物多すぎ。これで雫とりんごのお土産持てるのか?
「……あと、匠君。全部、大丈夫だと思う」
「ありがとう、乃蒼」
この背の低い女の子は島原乃蒼。俺の嫁。
乃蒼は他の四人とは違って気が弱いところがあるからな。向こうで変な奴に絡まれないよう、俺がしっかり見ておかないと……。
さて……準備は万端ということか。
「…………」
俺は改めて見送りの人々に目線を移した。
使用人たちが抱きかかえている、子供たち。
鈴菜との子――リンカ、つぐみとの子――エドワード、璃々との子――瑠璃と琥珀、そして一紗との子――優。
五人の子供を産んだ彼女たちは、臨月の雫とは違いお腹が目立たない。もちろん子供を産んだのだから体は変化しているんだけど、服越しに気が付かれることはまずないと思う。
子供を産んで、育てて気が付いた親の愛。
俺たちを愛してくれた両親は、俺たちがいなくなってどう思っているのだろうか?
「……パ、パ」
驚いた。
抱きかかえられた俺の娘――リンカが、まるで寂しがるように俺の名前を呼んだのだ。
いや、本当は俺の単語を意味もなく口にしただけなのかもしれない。そんなことは分かっている。
でも……この絶妙なタイミングに、俺はほんの少しだけ感動を覚えていた。
俺は腰を落とし、リンカに目線を合わせた。
「パパはね、パパのパパに会いに行くんだ。すぐ戻ってくるから、寂しがるんじゃないぞ。子猫ママやメイドの人たち、あんまり迷惑かけるなよ」
「…………」
まだ単語を口にするのが精いっぱい。
でも、それだけで十分だった。
別れの挨拶なら、これ以上ふさわしいものはない。
「じゃあ、行ってくる」
俺のその言葉とともに、異世界帰還が始まった。
「…………」
「…………」
手をかざしたのは、高位の天使と魔族二人。
天使と魔族の合同魔法。俺たち六人を元の世界に送り返すため。二つの種族が知識を重ねて編み出した、究極の技だ。
魔法陣が輝きを増し、蛍ように光を散らせていく。
魔法が……完成しようとしているのだ。
俺は今日、元の世界に帰る。
この異世界で暮らすことを決意した俺にとって、おそらく……最初で最後の帰還。
十年以上、住んでいた故郷。
親も友達も家もある、そんな場所で。
最後の別れを、伝えよう。
――その日、異世界の空に巨大な魔法陣が出現した。
下条匠たちの異世界帰還魔法――ではない。天使も魔族も人間も、誰も意図していなかったはずの巨大な魔法陣だった。
これを見た異世界の人々は大いに恐怖し、その日ばかりはわずかに恐慌状態に陥ってしまった。
しかしそれは、もはや地球に戻った下条匠にとって……関係のない話であった。
というわけで異世界でのお話となりましたが、これ以降は元の世界での話になります。