表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべての元凶はあなた  作者: カーネーション


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/61

第7話『笑え』

 聖霊くんの体がまぼろしのようにすっかり消えてしまうと、何もすることがなかった。だからって、ずっとこうしているわけにはいかないし、ローラントに迷惑をかけたこともある。一応、「ごめんなさい」くらいは言わないと気が済まない。


 彼は扉の先にいるだろうか。いてくれたら楽なんだけれど。そう思って、ベッドから降りるなり、ドアノブを掴んだ。


 扉を開けたらぼんやりとした明かりが部屋を照らしていた。それに、ソファーの背もたれに寄りかかる誰かが見えた。印象的な赤い髪に自分が落ちこむのがわかる。ローラントじゃない。


 ウィルは後ろにいたわたしに仏頂面を向ける。どこにも逃げ場はない。


「起きたか、救い主」


 宗教とかは知らないけれど、「救い主」と呼ばれる人は偉い人じゃないのだろうか。仮だとしても「救い主」なのに、扱いが雑だ。母に叱られるのを待つように、わたしは顔をうつむかせた。


「顔を上げろ」


 いえ、上げたくありません。なんて、きっぱり言えたらどんなにいいか。言えたとしても通じないのが悔しい。仕方なく顔を上げると、いつの間にか、ソファから離れたウィルは、わたしの目の前にいた。


「笑え」


 シンプルな命令だなと思う。簡単だ、口の端を上げるだけでいい。笑ってみる。けれど、ウィルは満足いかないようで眉間にしわを寄せた。


「ひきつっている」


 だろうなと思う。幼いわたしは屈託なく笑えたのに、今のわたしは口の端を上げるのがせいいっぱいだ。うまく笑えている気がしない。


「明日は救い主降臨を祝う儀式が行われる。お前は救い主として信者たちを安心させなければならない。常に笑みを浮かべろ、こうやってな」


 ウィルはいきなりわたしの頬に手をそえる。かわいた親指に力をいれて、口の端を強引に上げた。


 人からしてみたら、かなり上げないと、笑っているように見えないらしい。というか、指に力を入れすぎだと思う。痛い。痛がっているわたしにもウィルは気をつかってくれない。


「明日の朝、迎えにくる。それまで寝ていろ。部屋の外にはローラントがいる。何かあればそいつに言え。わかったな」


 言いたいことだけ短く言い捨てて、ウィルの手は離れていく。まるで昼間と同じだ。何の進歩もない。部屋の外に出ようとする背中に「あ、あの」と声をかける。


「もしかして、わたしが起きるのを待っていてくれたの……ですか?」


 ウィルの足が止まっている間に疑問を投げかけてみた。何となく、そんな気がして。だけど、「わからん」と一蹴される。


「……だが、何かを問いかけられているような気がする」


 嘘。少しは通じるのだ。期待していなかった分、驚いていたら、「おい」と声がさえぎった。


「無駄なことは考えず、早く寝ろ」


 もしかしたら、がんばれば、コミュニケーションが取れるかもしれない。そんな淡い期待が頭によぎった。


 ウィルがいなくなってしまうと部屋には明かりだけが残された。ろうそくがすり減って火が消えてしまう前に、外にいるローラントに会っておきたい。


 開いた扉を盾にして顔をひょっこり出すと、ローラントは背筋を正して立っていた。通路側を真っ直ぐ見て、警護をしてくれていたらしい。目が合うと眼鏡越しの瞳を丸くさせる。


「エマ様!」


 そんなに大声を出さなくてもいいのに。ローラントも自分で気がついたのか、咳払いをしてまた定位置に着く。


「ど、どうされましたか?」


 改めて問いかけられた。わたしは深呼吸をして、目的通りに「迷惑をかけてごめんなさい!」と頭を下げた。もちろん、ローラントからの反応は期待しない。自分がすっきりしたかっただけ。


 目標は果たしたし、「失礼します!」と部屋に引っこもうとしたところで、急に腕を取られた。ただ、わたしを引き留めたかっただけのようで、腕はすぐに自由になる。


「あの、エマ様。残念ながら、エマ様のお言葉は理解できず申し訳ありません。それと、お体のほうはどうですか? 痛いところはありませんか?」


 わたしが言葉を話せないことを気づかってくれたのだろう。うなずくか、首を振るかで答えられる質問に変えてくれた。わたしは首を横に振る。答えれば、ローラントは息を吐き出して、顔を正面に戻したときに微笑んだ。


「良かった」


 何だろう。ローラントの仕草や言葉には嫌味がない。だからか、すっごく安心する。うまく笑えないから、心で笑うしかないけれど。わたしが開け放った扉の先を指差すと、ローラントは意図を汲み取ってくれた。


「お休みなさい」


 わたしは挨拶する代わりにうなずいて見せる。たったそれだけで、ローラントが笑ってくれたのが素直に嬉しい。よく眠れそうな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ