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第1話『救いの主様』

 誰かの話し声が聞こえる。


 せっかく寝ていたのにうるさい。


 体がだるい。起きたくない。


 けれど、仕方ない。


 起きよう。


 あくびを噛み殺しつつ、体を起こすと、周りはぼんやりと明るかった。目をこすると、辺りがはっきりしてきた。背の高い燭台が、わたしを囲むように丸く置かれていた。


 燭台の外側にはフードを被った人たちが集まっていた。何か、話をしている。でも、長い文や短い文が連なっていくだけで、意味がわからない。日本語ではないとすると、どこの言葉なのだろう。まったく見当もつかない。


 大勢の声がひとりの声で急に止まった。全体で動いていた影のひとつが、わたしのもとに近づいてくる。


 明かりの下から、いきなり白い手が影のように伸びた。逃げそびれたわたしの手首をそっと包む。冷たい気がした手は意外とあたたかく、「ああ、人なんだ」と少し安心した。


 ――いやいや、安心したらいけない。そう思い直したのもつかの間、煙たい臭いが鼻をかすめた。耳元に誰かの息づかいを感じる。誰かがわたしのすぐ横にいる。全身が強ばる。逃げ出したくても、手首を掴む手がわたしの抵抗を奪った。


 ふうっと緊張を解くようにゆっくり息を吐き出すと、耳もとでささやく声はやっぱり人の声だと言っている。


 最後の一音まで聞いてみたけれど、気が遠くなった。意味がわからない言葉は単なる呪文でしかないのだ。


 ただじっとしていることしかできないでいると、手首を掴んでいた手が離れていく。息づかいと気配も遠くなる。代わりにフードに囲まれた顔がわたしの目の前に現れた。


「目が覚めましたか?」


 落ち着いた声だった。フードの人だけが話しているはずなのに、頭のなかでもう1つの声が確かに響いた。


 言葉がわかる。驚きしかない。何かを言わなくては、と口を開こうとすると、フードの人が「ふ」と小さく笑う。どうして笑われたのだろう。こちらは答えなくてはと、必死になっただけなのに。腹が立ちそうだったところを、


「残念ながら、あなたの言葉はこちらの世界では通じません」


「そう、なんですか?」


 なんて、思わず声を上げても、フードの人には届かない。


「わたしの言葉はわかりますね?」


 聞かれたから、首を縦に振る。でも、あれだけ長く聞いていてもわからなかったのに、どうしてわかるようになったのだろう。


「良かった。わたしの術が効いたようですね」


「術?」


「こちらの世界の言葉がわかっていただけるように、あなたに眠る聖霊を呼び覚ましたのですよ、“救いの主様”」


 聖霊を呼び覚ます。つまり、聖霊というものがこちらの言葉が理解できるように働いているということだ。聖霊なんて嘘っぽい。でも、本当にわかるようになった。だけど……。


 色々と引っかかることはあるけれど、一番の疑問は「救いの主様」のことだった。


「救いの主様ってそんな、わたしにはわかりません……」


 わたしの疑問はまったく相手には通じないようで、「ようこそ、こちらの世界へ」とフードの人は笑った。

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