第一音【つきいろ】
登場人物
碧羽 恭久
紫崎 龍路
柑野 巧
錫 竜馬
幵呂
踟楼矛
寐童
肆ヶ(しが)内
第一音【つきいろ】
某日某所、推理小説には当たり前のように出てくる言葉ではあるが、使う事にする。
雨の日が数日間続いており、発見が遅くなったのかもしれないが、それにしても、人通りがほとんどなく、目立つような場所ではなかったために見つからなかったのかもしれない。
事実が何にせよ、とにもかくにも、身元が分からない遺体が発見されたと連絡があり、警察が状況を調べていた。
身体に外傷という外傷はほとんどなかったのだが、これは後日分かったことだが、身体の中はボロボロだったという。
その事件を調べている捜査会議の後ろの方で、退屈そうに欠伸をしている男がいた。
「ふぁあああ。で、結局何も分かってねぇんじゃねえかよ。何を会議してんだよ」
頬杖をつきながら文句を言い、さらには見えないことをいいことに、足を組みだしてしまった男に対し、隣に座っている男はさして興味なさそうに答える。
「巧、欠伸をするなら口元を隠せ」
「りゅうちゃん、そしたらそれこそ、『俺、欠伸してますー』って感じになるだろ。つーか、注意すんなら俺じゃ無くてゆっきーじゃねえ?超堂々と寝てんだけど」
紫崎が、柑野の視線が自分を通り越した隣にきていたため、同じようにそちらに目をやれば、そこには机に伏して、遠慮することなく寝ている男の姿を見つける。
そういえば、随分前から視界に映っていなかったように思うが、まさかここまで気配を消して寝ていたとは。
規則正しく肩を上下に動かしている様子から察するに、いや、そこを察しなくても、気持ちよさそうに寝ているのだろう。
「天気もいいし、エアコンもついてて気持ち良いからな」
「え、そういう問題?りゅうちゃん、ゆっきーに甘くない?」
「こらたぬき!!静かにしろ!!!邪魔するならさっさと出て行け!!!」
「すんまっせーん」
本当にそう思っているのかいないのか、柑野は適当に手を振りながら表面上は謝った。
ふう、と息を吐きながら背もたれに体重を乗せると、今度は身体をのけ反らせるようにして座る。
見つかった遺体は男性のものなのだが、それが一体誰なのかが分かっていない。
いよいよ会議が終わるのかと思ったそのとき、急に会議室の扉が開き、息を切らせながら捜査員と思われる男が入ってきた。
「何だ、騒々しい」
「男の身元が判明しました!!」
「何だと!?一体誰なんだ!?」
「それが・・・!!!」
捜査員達は一斉に部屋から出て行き、そこに残されたのは3人の男だった。
一番端で寝ていた男は、ここでようやく目を覚ましたらしく、口の端から零れそうだった涎を手の甲で拭いながらのそのそと起きる。
「やっと終わった?」
「ゆっきー寝すぎ」
「恭久、痕ついてるぞ」
紫崎が自分の左の頬を人差し指でさしながら碧羽に伝えると、碧羽はまだぼーっとしている頭で頬をさすっていた。
どうやら、碧羽の着用している上着についているボタンの痕が頬にくっきりついてしまっているようなのだが、碧羽はそれが分かっても特に気にすることなく伸びをする。
3人は立ち上がって自分たちの仕事場に戻りながら、先程の話をし始める。
「男の身元分かったの?」
「お前寝てたからな」
いつもなのか眠いからなのか、碧羽の目はまだ半開きだ。
面白がって、柑野が碧羽の目を開かせようと指でぐぐっと瞼を持ちあげようとすると、さすがにそれは嫌だったのか、碧羽に鳩尾を殴られてしまい、悶絶。
蹲ってしまった柑野を知り目に、紫崎は歩きながら話す。
「男は『エリュシオン』の元責任者だそうだ」
「最近調べ始めたところだよな」
「ああ。それよりも、男は41年前に死んだことになってる。それが今回厄介だって会議でおっさんたちが言っていた」
「りゅうちゃん、超他人事」
3人が自分達の仕事部屋、つまりは“たぬき班”と呼ばれる窓際のような部屋へと戻って行く。
そこにある自分の仕事用のデスク、といっても好き勝手に自分の家の部屋のようにしているそこを見て、紫崎が何か思いだしたようにごそごそと漁る。
「それにしても、なーんでそんな前に死んだはずの奴がまた死ぬんだ?てか、死亡届出した奴誰?実は生きてたってやつ?消息不明だっただけとか?」
「臓器とか脳も特に異常なし・・・。でも細胞が壊れかかってたって。変な感じする」
「ゆっきー、人間歳を取ればそういうこともあるだろうさ。人間ってのは不思議なんだからね。摩訶不思議怪奇現象そのものだからね」
「紫崎」
自分の名前が呼ばれたことによって、紫崎は碧羽たちのほうを見てみるが、どうやら紫崎を呼んだのは2人のうちどちらかではないらしい。
そこで顔を動かしてドアの方を見てみれば、そこには見知った顔が立っていた。
「幵呂に寐童。どうしたんだ?」
「捜査会議室から出てくるのか見えてね。久しぶりだから少し話しでもしようと思って」
そこに立っていた男は、2人。
1人はいかにも真面目そうな感じで、スーツがよく似合っている男。
そしてもう1人は口角を上げて微笑んでいるが、腕まくりをしているそこからは、筋肉質の腕が覗いている。
碧羽と柑野は誰だか分からず、互いに顔を見合わせてから、茶を出すわけでもなく挨拶をするわけでもなく、頬杖をついてその様子を見ていた。
紫崎は2人のもとに向かうと、世間話をしていた。
「厄介な事件らしいな」
「まあ。そっちはなんで?」
「俺達も別の事件で合同捜査になってきたんだ。俺達に出来ることがあったら強力するから」
「ああ、ありがとう」
それから、どんな事件なのか聞かれたため、簡単に説明をする。
上の方も早く事件を解決したがっているから、徹夜が続くかもしれないと適当に紫崎が言えば、幵呂と寐童も同意していた。
20分もしないで2人が去って行くと、紫崎ははああ、と珍しくため息を吐いて椅子に腰かける。
いつもなら機械いじりを始めそうな場面でも、紫崎は一切手を動かすことはなく、まるで先程居眠りをしていた碧羽のように机に伏してしまった。
碧羽と柑野はまた顔を見合わせる。
「りゅうちゃんどうしたの?さっきのお友達なんじゃないの?」
「紫崎が死んだ」
「死んでない」
紫崎は顔だけを2人に向けると、もう一度大きなため息を吐いた。
「あいつらは同期。俺同期の中でも浮いてたし、あいつらは一々俺に構ってくるから疲れるんだよ」
「りゅうちゃんって意外と人付き合い嫌いだよね。社会不適合者ではないけど、人付き合い嫌いだよね」
「俺は組織に向かない人間なだけだ。規律に忠実な奴が苦手なの」
「それは俺と柑野も同じだな。だからこうして3人で島流し中」
「島流しだったのかこれ!?ここ!?俺はてっきりバカンスかと思っていた!!でも、考えてみれば確かに・・・。ボーナスなんか中の下くらいだし、休みなんてあってないようなもんだし・・・・・・」
柑野が冗談を言ったところで、紫崎はようやく顔をあげる。
何かと思えば腹が減ったということだったので、碧羽と柑野も一緒に蕎麦を食べに行くことにした。
そしてついでに捜査に出向く。
エリュシオンとは、およそ50年以上前に出来た人間を冷凍保存すると言われている研究所の名称のことで、そこには今を生きることを止め、未来に希望を抱く者たちが訪れているそうだ。
その研究所の調査を始めた3人だったが、調査を始めて3日もしないうちに、研究所の担当弁護士という男がやってきた。
男は鞄から名刺ケースを取りだすと、そこから一枚名刺を取り出し、丁寧に両手で持ってそれを3人に向かって差し出す。
差し出されたその紙きれをただ眺めていた3人は、互いの顔を見て誰が受け取るのだとアイコンタクトをしていたようだが、一番男に近い場所にいた紫崎が受け取った。
「肆ヶ内・・・?弁護士さんが一体何の用ですか?」
そこに書かれていた名前は“肆ヶ内”という名字のみで、名前は書かれていなかった。
名前はなんなんだという質問はどうでもいいとして、弁護士に世話になるようなことでもあったかと、再び3人は互いの顔を見る。
多少の沈黙があったあと、男が口を開く。
「弁護士の肆ヶ内と申します。研究所エリュシオンの専任されております」
調査対象の研究所名が出て来たことによって、少なくとも、自分達の調査の件で来た事は容易に想像出来た。
紫崎は、渡された名刺を一瞥してからすぐに碧羽に渡すと、それを受け取った碧羽もちらっと見ただけですぐに柑野に渡した。
柑野が唇をとがらせながら名刺を眺めていると、肆ヶ内が話す。
「この度、エリュシオンの調査を止めていただきたく参上した次第です」
数秒間、黙っていた3人だが、名刺をデスクの上に置いた柑野が肆ヶ内に問う。
「それって、都合の悪いことがあるからっていう風に受け取っていいわけ?」
少し厭味を含めたような、口角を上げながら肆ヶ内に挑発気味に言ってみた柑野だが、肆ヶ内は顔色1つ、眉毛も口角も何もかもをピクリとも動かすことなく、淡々とこう答える。
「どのように受け取るかはそちら次第でございます。ただ、こちらの言い分といたしましては、研究の妨げになる、または風評被害に発展しかねない調査は見過ごすわけにはいかない、ということでございます」
「・・・何も無いなら、風評被害なんて心配する必要ないと思うけど」
肆ヶ内の言い分に対し、碧羽が言葉を乗せる。
椅子に座って頬杖をついている碧羽は、未だ眠そうに目を細めているが、どうやら通常運転のようだ。
碧羽のそんな言葉にも、肆ヶ内は特に気にする様子も焦る様子も怒る様子も無く、まるでテンプレの如く言葉を並べる。
「あなた方が話を聞きまわっているだけで風評被害は起こり得るものなのです。あなた方はお気づきにならないかもしれませんが、罪のない人間が言われも無い噂によって追い詰められてしまうものです」
「でもよー、俺達だってこれが仕事だからさー。怪しいなーと思ったら話くらい聞かなきゃだろ?それもダメってどういうことよ?」
「何か話を聞きたいのであれば、それなりの手続きをして、私も同行して、という形式になるかと思いますので、何かあればご連絡ください」
柑野の言葉を聞いているのかいないのか、肆ヶ内は柑野がデスクの上に置いた名刺の方を見れば、そこには小さく肆ヶ内のものと思われる電話番号が書かれていた。
ここに連絡しろということだろうが、肆ヶ内はそれ以上何も言うこと無く、また、それ以上何も聞くこともなく、背を向けて去って行った。
肆ヶ内がいなくなった部屋では、柑野が肆ヶ内の名刺をゴミ箱に捨てようとしていたが、それを紫崎が止める。
「捨てちまおうぜ。あんなヘンテコな弁護士なんかつけやがって。何かありますーって言ってるようなもんだろ」
紫崎が手を出してきたため、文句を言っていた柑野は自分の手にあった名刺を渡す。
紫崎はその名刺を少しだけ見たあと、碧羽と柑野にこう告げる。
「追加調査だ。調査対象は肆ヶ内」
名刺を2人に向けながらそう言うと、碧羽と柑野は互いの顔を見る。
碧羽は頬杖をついたまま紫崎の方を見直し、柑野はついさっきの不満そうな表情からころっと変わり、にいっと歯を見せて笑う。
「錫監察官、お呼びですか?」
「踟楼矛、きたか。お前に任務だ」
眼鏡をかけた堅物そうな男のもとに、コンビニのビニール袋を手に持ったままの、強い癖っ毛の男。
ビニール袋の中からちらっと見えるのは缶ビールと煙草の箱のようだが、今は見なかったことにすればいいのかもしれないが、それが出来ない男がいる。
「仕事中に酒と煙草か。相変わらずだな」
「いいじゃないですか。どうせ俺を呼ぶってことは、そういうことでしょ?まーた俺の手を汚させようとしてるんだから。悪い人ですね、錫監察官」
「まあいい。ある男たちと合流して、潰して欲しい奴らがいる。頼んだぞ」
左手の中指で眼鏡のブリッジを軽く上げながら押す。
その様子を、背筋を伸ばすこともなくだらけた格好で見ていた踟楼矛という男は、ビニール袋をガサガサと漁ると、そこからサラミを取りだして口に入れる。
そしてにんまりと笑うと、口にサラミを入れたままで喋り出す。
「その、潰して欲しい奴らって誰?」
踟楼矛の質問に、錫はデスクの引き出しから3枚の写真付き書類を取りだすと、ぴしっと踟楼矛の眼前に突き出す。
あまりに近すぎて見えないだろうと思うが、踟楼矛はピントを調整出来たらしく、口をもぐもぐと動かしながら眼球を動かした。
サラミをもう一つ口に入れたところで、その手で資料を掴む。
「へー。物好きですねぇ。こんな奴ら、潰したところで一文の得にもならないでしょうに」
資料を手に持ちながらも、その指についたサラミの味を残すまいと、踟楼矛は指をぺろっと舐める。
そのまま資料を触ったため資料は汚れてしまったが、大事な資料ではないようで、それに関しては錫は何も言わなかった。
踟楼矛が資料を眺めている間、錫は踟楼矛に背中を向ける。
「昨年出来たばかりのたぬきごときに、邪魔されてたまるか」
「窓際族じゃないですか。わざわざ俺を動かす必要あります?大した仕事も任されちゃいないでしょ」
「たぬきは、先日世間的にも大問題になった研究所の件に絡んでいると聞いている」
「芥子乃のやつですか?」
「そうだ。公には研究所の爆破で決着はついているし、調査していたのは別の部署ということになってはいるが」
「噂ってことですか?なら心配する必要ないんじゃないですかね。たぬき汁にするにしても、不味そうな連中ですし」
「気になっているのは、それだけじゃない」
「はい?」
資料を適当に丸めると、踟楼矛はそれを酒と煙草が入っているビニール袋の中に詰め込んだ。
錫は踟楼矛に背中を向けたまま、続ける。
「たぬきを動かしている男を、おびき出してほしい」
「動かしてる男?誰だか分かってないんですか?お得意の暗殺部隊にでも調べさせればいいじゃないですか」
「それでも分からないから気になっているんだ。だが、奴らに確実に指示を出している。姿は一切見せず、奴らとて、その正体を知っているか定かではない」
「・・・ふーん。ま、俺がやることは1つってことですよね」
あまり頭を使う事が得意ではないのか、踟楼矛はへらへら笑いながら缶ビールを取りだすと、ぷしゅっと音を出してプルタブを開ける。
場所も時間もわきまえずビールを飲んでいる踟楼矛を叱ることもなく、錫はその姿をガラス越しに見ていた。
一缶を一気に飲み干すと、踟楼矛は手の甲で唇に滴った液体を拭う。
「了ぉ―解」
それだけ言うと、踟楼矛はその部屋から出て行った。
「ただいまー」
「おかえり、巧」
「りゅうちゃん早いねぇ。ゆっきーは?」
「恭久ならさっき連絡があって、そろそろ戻ってくると思うよ」
柑野が戻ってきてから5分もしないうちに碧羽も戻ってきた。
柑野がコーヒーを淹れていると、碧羽は椅子に座って引き出しを開け、そこに入っている煎餅をバリバリ音を出しながら食べ始める。
いつもは砂糖もミルクも入れずに飲んでいるのだが、今は疲れているのか、柑野はブラックだったコーヒーに白い液体と茶色い粒を大量に入れて混ぜると、息を吹きかけて冷ましながら一口含む。
思ったよりも甘かったらしく、眉間にシワを寄せている。
「まず、最初の責任者は“嵯峨面一太”」
研究所エリュシオン、その初代の責任者である嵯峨面一太は、写真一枚残っていない。
顔や素性も知られておらず、一体どこで産まれたのか、どこで育ったのか、そしてどこで死んだのか、何もかもが分かっていない。
実在したかも不明ということだが、紙の上には記載があるため、いたのだと思うことしか出来ないが。
彼に出会ったこともある人物は、とても穏やかな面持ちと声色、そして性格をしており、話し方も穏やかだったという。
その彼が作りだした研究所の実態は、人間の冷凍保存。
優秀な人間だけが脳や身体、遺伝子を保存することで、未来に生きることが出来るというシステムだ。
一体どうして彼がそのような研究所を作ろうとしたのか、その性格からは決して想像できないことであって、今もなお、それは謎に包まれている。
「次の責任者は42年前に交代した、“瑞橋華梛太”」
とても真面目だったと言われている瑞橋華梛太は、初代責任者である嵯峨面を慕っていたと言われている。
悪い噂なども無かった男だが、唯一の謎は。25年前に急死したということだろうか。
「その瑞橋が亡くなる2年前、今から27年前に就任したのが“鴻巣馬美弥”」
この男は色々な噂があった。
嵯峨面や瑞橋とも特にこれといった繋がりなどは無く、どうして責任者になったのかと聞かれると、立候補したからだ。
熱意だけは誰よりもあったために選ばれたそうだが、鴻巣という男は死体愛好家との噂が最も衝撃を与えたことだろう。
「冷凍保存してるだけで死んだわけじゃねぇのにな」
「似たようなもんだからだろ」
柑野がぼそっと言ったことに碧羽が返したところで、さらに続ける。
「そして最後、去年責任者になった男が“檜刃匣也哉”」
齢22にして大抜擢された若手ホープ。
頭脳明晰で、顔も広く、研究所を拡大しようと動いているらしい。
「今のところ、分かっているのはこれくらいか。碧羽の方はどうだった?」
紫崎が一通り話すことを終えると、碧羽の方を見やる。
碧羽は目を瞑っていて、寝てるのかと思った柑野が近づいて頭をつつこうとしたとき、気配を察知した碧羽は目を開ける。
どうやら寝ていたわけではなく、目を瞑った状態で話を聞いていたようだ。
柑野のことをただ見ていただけなのだが、その目つきが睨まれているように感じた柑野は、碧羽に謝っていた。
どうして柑野が自分に頭を下げているのか分かっていない碧羽は、許すこともそれ以上責めることもなく、手帳を取り出す。
「肆ヶ内は、親から代々エリュシオンの専任弁護士を受け継いでるらしい」
「いつから専任弁護士になったんだ?」
「嵯峨面の時から。つまり、エリュシオンが出来たときからずっと、肆ヶ内一族は繋がりがあるってわけ」
「なるほど。で、巧は単独で何を調べてたんだ?」
柑野は紫崎の言うことも聞かず、1人でさっさと何処かへ出かけてしまったのだ。
特に怒っているわけではないのだが、今まで何処で何をしていたのかと聞けば、柑野はニヤリと笑って、その甘ったるいコーヒーを飲み干す。
「俺はねぇ、とっても役に立つ・・・」
「紫崎、邪魔するぞ」
柑野がいざ出陣しようとした時、先日見た男たちが無遠慮に部屋に入ってきた。
「確か・・・」
幵呂に寐童、とか言っただろうか。
紫崎と同期の男たちだったはずだが、と碧羽がちらっと紫崎の方を見てみると、紫崎は碧羽たちに見せる顔とは別の、明るめの笑顔で2人の男の名を呼んでいた。
行き場を失くした柑野の言葉たちは、柑野の喉に詰まったまま出られなくなった。
ムスッと一気に顔を歪めた柑野は、拗ねるようにして自分の椅子に背もたれを前にするようにして座ると、碧羽の後ろから紫崎達の様子を窺う。
「へー、じゃあ、そのイヤーカフも何か細工があるんだ?」
「そっちの2人の装備も見せてくれよ」
どうやら紫崎の作った装備品に興味があるらしく、何処に何をつけているのか、どういう仕組みになっているのかを聞いてくる。
碧羽と柑野が身につけているもののことも聞いてきたため、大雑把にだが、簡単に説明をした。
「手先は器用だと思ってたけど、まさかこんなものを作れるなんてな」
「今度俺達のも作ってくれよ」
「あ、ああ・・・そうだな」
他には、幵呂と寐童が担当した最近の事件についての話、というよりも自慢話に聞こえてしまったのは、聞いている側の精神状態が絡んでいるのかもしれないが、とにかくそういう話をしていた。
碧羽と柑野はただ黙っていたのだが、紫崎は黙っているわけにもいかなかったため、曖昧な相槌を打っていた。
ようやく2人が帰って行くと、紫崎は無理に笑顔を作っていたことで顔を引き攣らせてしまったらしく、頬を何度も摩っていた。
「楽しそうだったね、りゅうちゃん」
「どこがだ」
「俺達といるときより笑ってたよねー、ゆっきーもそう思うでしょ?」
「不憫だなって思って見てた」
「それもどうかと思うがな」
柑野が、じゃあ俺の話だな、と口を開こうとしたそのとき、再び別の声によって阻止されてしまった。
なにやら部屋の外がざわざわと五月蠅くなってきて、紫崎たちはそこからひょこっと顔を覗かせる。
「また身元不明の遺体!?」
「どうして身元が分からないんだ!?」
まるでトーテムポールのようにして、一番下に紫崎、真ん中に碧羽、一番上に柑野が顔を乗せて様子を窺っている。
どうやら、身元不明の少女の遺体が見つかったらしく、捜索願なども出されていないようだ。
刑事達は険しい顔をしながらホワイトボードが回転させると、そこに貼りつけられた写真の横に、黒のマジックで名前が書いた。
「あれ?あの名前って・・・」
トーテムポールの真ん中にいた碧羽が何かを思いだしたようにそう言うと、顔をひょこっと抜いてデスクへと向かった。
真ん中がいなくなってしまったトーテムポールは1人、また1人と離れていき、碧羽のデスクへと向かう。
パソコンを開いて何かを開いた碧羽。
そこに出された顔と名前に、紫崎と柑野はパソコンの画面と先程のホワイトボードに書かれた名前を見比べる。
「おいおいおいおい、どうなってんだ?」
「恭久、これ、報告した方がいいんじゃないか?」
「え、なんで?俺達よりプロなんだから、名前くらい覚えてるじゃないの?」
「いやいやいやいや、覚えてたらあんな反応しねぇから。お手柄だよゆっきー。御褒美のお菓子貰えるかも」
「手柄とか別にいらないし。お菓子は欲しいけど」
「お菓子は無理だろうけど、これはお前からってことで報告してくるぞ」
そう言って、パソコンの画面に書いてあるそれらの情報を一通りメモした紫崎は、怖い顔をしている男たちがいる部屋へと歩いて行った。
紫崎と男たちが話しているところを眺めながら、柑野は呟く。
「ああいうところ真面目なのにねぇ。なーんで組織と上手くいかないんだろうか、りゅうちゃんは」
「水が合わないんだろ」
「水って何?りゅうちゃんって金魚なの?淡水?海水?」
「何でもない」
面倒になった碧羽は、ため息を吐きながら話しを終わらせる。
男たちに報告を終えて戻ってきた紫崎は、頭に?マークを浮かべている柑野と、すでにデスクに伏して寝ている碧羽がいた。
そんな2人を見て、紫崎は笑う。




