叶との休日①
一回で終わらないとは……
前話で影の薄かった叶との話です。
学校が始まってから一週間経ち週末がやって来た。時間が経つのが早いこと早いこと。
今日は叶と遊ぶ約束をしている。春休みは途中からドタバタしてたから長らく二人で一緒に遊んでない。一、二週間で何言ってるんだって思うかもしれないが俺にとって叶はそれほど身近な存在なのだ。
遊べないのはちょっと寂しいんだよ。
そんなこんなで今日はかなり楽しみだったりする。持つべきは思いっきりはしゃげる親友だな。
そのおかけで遅寝遅起き………なんてことはなく、むしろ早寝早起きして早々に遊ぶ準備を始めているくらいだ。
持ち物の準備を終えて、着替えに取りかかる。
しかし何度か自分で服を選んで着てみたものの、静流や母さんに選んでもらった時のようにしっくりとしたものにならない。俺には服を選ぶセンスがないのかもしれない。
流石にそれでは困るので静流に相談することにした。
「静流、今日来ていく服がしっくりこないんだけど選んでくれない?」
「お、お姉ちゃんがまるで本当の女の子みたいなこと言ってるよ!」
出かける時の服装には気をつけろって言ったのは静流のくせになんて言い草だ。
「さあて、お姉ちゃんが叶さんとのデートに気合を入れてるっぽいし私も頑張っちゃおうかな!」
「デートじゃねぇからな!?」
つい素の口調になってしまった。静流が目で圧をかけてくるが、こればっかりは静流のせいにさせてもらいたい。
「その辺の真偽はともかく、叶さんが見惚れる様なかっっわいいお姉ちゃんに仕上げてあげるよ!」
「そこまでしなくてもいいから…」
言ったところで興奮する我が妹にはきこえてないようだった。母さんに聞くべきだったかもしれないと少し後悔するが、すでに後の祭りだ。
もう、どうにでもなれ……
♢♢♢
一時間後、姿見に写ったその少女は紛うことなき美少女だった。
白とピンクを基調としたいかにも春を模したかのような服装、いつもは垂れ流しの髪を上で軽くまとめてふんわりとした印象を持たせている。小さな花をあしらった髪留めもアクセントとなって可愛らしい。
軽くチークを入れ、色味の薄いグロスもつけているので顔の血色がよく見えるようになり全体的な華やかさが増している。
「え、誰これ。本当に僕?」
鏡に写る少女が自分だと認識できない。
「ふぅ。私にかかればこんなもんだよ!」
恐ろしいことに静流は本気の本気で俺をオシャレにしてくれたらしい。もはや別人である。
「って静流、これはやりすぎ!」
「そう?可愛いよ?」
確かに見た目は可愛い。ここまで可愛くなるのかと今でも驚いてる。
でも俺は男だ。いかに見た目が良くても俺のことをよく知る叶が見たら気持ち悪いと思うだろう。
「可愛いかもしれないけど今度頼む時は程々にして欲しいな」
「う〜ん。お姉ちゃんなんか根本的に間違えてる気がする」
根本的に間違えてる?いったい何を間違えてるというのだろうか。
「奏!叶君をいつまで待たせるの!」
下から母さんが、俺を呼ぶ。叶がもう家に着いていたらしい。
時計を見れば約束の十時はとっくに過ぎていた。
「い、いまいくー!」
「お姉ちゃん気づいてなかったんだ…」
静流に呆れられてるのも気にせず急いで階段を駆け下りる。
「か、叶。お待たせ……」
「あ、ああ。大丈夫だ。大して待ってない」
叶は返事してるもののどこかぼーっとした雰囲気がある。気のせいか?
「叶、早く行こう」
「そう急ぐなって」
すぐに反応が返ってきた。やはり俺の思い過ごしのようだ。
「母さん、行ってきます!」
「行ってきます」
扉を勢いよく開けて叶と外へと飛び出した。
思いっきり遊ぼう!楽しみすぎるっ!
「静流じゃないけど、本当にデートが楽しみな女の子にしかみえないわね」
母さんの呟き声は俺に聞こえることなく玄関に静かに響いた。
♢♢♢
「今日はどこ行こっか」
遊ぶ約束以外は特に決めてなかったので叶に今日の予定を聞いてみた。
「普通に考えて、今まで通り本屋行ってご飯食べてゲーセンで遊んでカラオケで締めればいいんじゃないか?」
「うーん……そうだね。基本ラインナップでいいかな。じゃあ出発!」
今日の予定が決まり俺たちは第一目標である本屋へと向かう。
本屋に入ると目の前にはズラリと漫画の最新刊が並んでる。数週間来なかっただけだがかなり様変わりしている。
あっ!『動き出す音』の最新刊出てたんだ。こっちには『必滅の小人』も!
俺があっち行ってこっち行ってと漫画を物色していると、
「いつも思ってたんだけど、奏は何がいつ発売されるのかチェックしないのか?」
叶が質問を投げかけてくる。
「してないよ。本見つけるの楽しいからね」
「本音が漏れてるぞ。本音」
おっと、口が滑ってたようだ。次からは気をつけよう。
「まあ、俺は俺で欲しい本がしっかり買えるように調べるからいいけどな」
小説コーナーも見て回ったが俺が気になるタイトルの本は特になかった。叶に至っては「俺には小説の良さがわからない」だそう。
活字の素晴らしさが理解できないなんて……誠に残念だ。もちろん強制なんてしないけど。
新学期が始まったこともあり本の他にも文房具を幾つか一緒に買い、本屋をあとにする。
「今の時刻は十一時半か…ちょっと早いけど食べに行くか?」
「うん。十二時過ぎると人が混むから早めにい行こう」
「そうだな。何食べたい?」
何食べたいか…悩むな。う〜ん、う〜ん。あっ!あれにしよう!
「そうだ!あっちの喫茶店に巨大パフェがあるらしいから一緒にそれ食べよう!」
「昼食にパフェなのか?」
「ダメ?」
悲しげな表情を作り上目遣いで叶を見つめる。
俺はこの仕草が叶の好みだと知っている。故に断られないだろうとも。伊達に親友をやっているわけではないのだ。
さあ、諦めてうなずけ!
「はあ、わかったよ。あとそれはずるい」
「勝てば官軍。いや〜一度食べてみたかったんだよね巨大パフェ。」
男のときだったら頼みづらかったのだが、今の姿ならそう違和感もないだろう。
こればっかりはこの姿様様だ。
喫茶店に入り早速例の巨大パフェを注文した。
出てきたパフェは評判に違わぬ大きさと威圧感を放っている。
「どっちが早く食べ終わるか競争しよう!」
「競争なぁ〜」
叶は何故か非常に嫌そうな顔をしている。
「何?自信ないの?」
「いや、そうじゃないんだが……」
「ならいいじゃん。よーい、スタート!!!」
俺は叶よりも早く食べ終わるべく素早くパフェに手を伸ばすのだった。
♢♢♢
四十分後、そこにはパフェの二分の一を食べ終えて机にうつ伏せになる俺の姿があった。
「もう、たべれな、い………」
ううう、こんなにすぐに満腹になるなんて…
「そりゃそうなるよな。わかってた」
叶が呆れた声で言う。叶のグラスにはパフェの欠片も残っていない。
「くやしいよぉ〜」
「もう諦めろって。残りは俺が食べてやるから」
気分的には渡したくないがこれ以上はどう足掻いても食べれそうにないので渋々渡す。
「全く…体が小さくなってんだから食べれる量も減ってるに決まってるだろう」
ぐうの音も出ない正論だった。そうすると不思議なことが一つある。
「でも毎日出てくるご飯はいつも通りたべれたんだけど」
「あー、それは凛さんが気を利かせて少なくしてくれたんじゃねえか?」
……なんか量が減ってると思ったよ。
「よし食べ終わった。会計して早くゲーセン行こうぜ」
「そ、そうだね」
さっと会計をして、喫茶店を出る。
俺たちの休日はまだ終わらない。
静流の暴走で全体の半分が準備になってしまった……