衣替え
「そういえば衣替え忘れてた!」と思い書きました。時系列は十五話と十六話の間になると思います。
暑さと共に梅雨が近づきスッキリとした気持ちのいい朝というものが薄れつつある六月初頭、俺は姿見を眺めながら悩んでいた。
「んん……これでいいのかな?」
体を振り回し、時にはポーズを決めたりしながら鏡を通してあらゆる角度から自分を観察する。見る限りでは変ではないと思うけどどうにも不安なんだよね。
「まさか衣替えでここまで悩むことになるなんて……」
そう、俺は姿見で制服の夏服を着た自分をつぶさに確認していた。
夏服移行期間で夏服を着ている人がちらほらと増えてきたから俺もそろそろ衣替えをしようと思っていざ着てみたんだけど……これがしっくりこない。
「むぅ……諦めて今日は今まで通りにしようかな?」
そう口にしながらもくるっくる回りながら、スカートの長さを微調整したり、髪型、髪留めもちょっと変えたりと試行錯誤を繰り返す。
結構集中していたからかひっそりと開けられた扉からの侵入者に気が付くことができなかった。そしてそれは俺の背後からぬるりと姿を現す。
「お・ね・え・ちゃ・ん〜」
「ひゃっっ!」
姿を現したの我が妹たる静流。昔からやんちゃではあったけれど俺がこの容姿になってからは俺を驚かそうとやって来ることが多くなった。鬱陶しいと思ったりもするけどどうしても邪険にはできない。
「静流!何回も驚かさないでって言ってるよね!」
いつものように叱った。いつも叱ってる時点で効果がないのは分かりきってるけど。どうすればいいんだろ……
「お姉ちゃんが可愛すぎるから悪い」
「ええ……」
可愛すぎるって、そんなことはないと思うんだけどね。
「今日なんて特に!ひゃっって言ったんだよ!ひゃっって!すごく女の子っぽくて可愛いよね!」
「ううう〜」
ものすごく恥ずかしい。あんな素っ頓狂な声を上げたことを褒めてくるなんて。俺の兄としての……いや姉として?とにかく威厳が減っていくよお……
「恥ずかしがってるお姉ちゃんもいいよね〜」
もう俺のライフはゼロだから!その笑顔はやめて!死体蹴りだよ!
「奏、いつまで部屋にいるの。早くしないと叶君たち来るわよ。静流も早くご飯に戻りなさい」
母さんがそう言って俺の部屋にやって来た。時計を見れば七時半は過ぎて四十分にかかろうとしている。
「もうこんな時間なの!?い、急いでご飯べなきゃ!!!」
せっかく早起きしたのにそれでゆっくりして準備が終わってませんでしたなんてことになったら叶に笑われちゃう。
「奏、夏服に変えたのね」
「うん、姿見の前でめっちゃくちゃ悩んでた」
「二ヶ月ですっかり女の子になったわね」
「まあ、私からしたらまだまだだけど」
「まだ二ヶ月だもの」
「そうだね」
♢♢♢
母さんが用意してくれた朝食を急ぎ気味に食べる。前と比べて普段から食べる量が減ったけれど食べるのも遅くなってしまったので食事にかける時間はあまり変わらない。いやむしろ遅くなってるかもしれない。あ、このほうれん草の炒め物美味しい。ゆっくり味わって食べたいのに急がなくちゃいけないなんて……
十分ちょっとと大急ぎでご飯を何とか食べ終える。時間は五十分を過ぎている。叶達が来るまであと少し。
「母さん、夏服に変えてみたんだけど変じゃない?自分で見るとどうしても違和感があって…」
衣替えの最終確認として母さんに尋ねる。
「変じゃないわよ。夏服を初めて着ていくから慣れてないだけじゃないかしら。静流もそう思わない?」
「うん、私もお姉ちゃんの夏服の姿はちゃんと似合ってると思うよ。どうしても気になるなら叶さんにでも聞いてみたらいいよ」
静流と母さんの二人が大丈夫って言うなら大丈夫かな。でも静流、なんでここで叶が出てくるの?まあ、聞いてみるけど。
「大丈夫そうならよかった。もう時間になるから出るね」
時刻は既に五十五分。叶たちが到着する時間だ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃ〜い」
急いで靴を履き鞄を持って玄関の扉を開けた。
♢♢♢
玄関の先にはもう叶と恵海ちゃんが並んで待っていた。
「二人ともお待たせ。遅くなってごめんね」
本来は俺が先に玄関前で待っていなければいけないのに今日は待たせてしまったことを謝った。
「大丈夫大丈夫。大して待ってないから。ね、叶」
「………え?あ、そうだな。こんなの待ってる内に入らんから気にするな」
恵海ちゃんはすぐに反応を返してくれたのに対して叶はボケっとしていたのか反応が少し鈍かった。
「……はっはあ〜ん。そっか、そっか。なるほどねぇ。叶も男の子だねぇ〜」
「姉貴……ちょっと黙っててくれよ」
突如として発された不穏な空気。なんで?
「いーやー!そんなことよりさ、奏ちゃん夏服に変えたんだね」
急に話を振られて少し驚いたけど平静を装いつつ答える。
「そうだよ。暑くなってきたからそろそろかなって。どうかな?」
「似合ってる、似合ってる!いや〜夏服姿の奏ちゃんもかわいい!その白くて細い腕が見えるのもポイント高いよね。叶もそう思うでしょ?」
俺が聞こうと思ってたことを恵海ちゃんが先に切り出してくれた。ここは便乗しておこう。
「叶、どう?似合ってるかな?変じゃないよね?」
変て言われなきゃいいけど……
「う、うう…………か、かゎぃぃ…に、似合ってる………」
本当に!よかったぁ〜、変て言われたらどうしようかと思ったよ……似合ってるかあ、叶にそう言われるとなんか急にしっくりしてきた気がする。うん、全く変じゃないよね!
……俺ってちょっと単純なのかもしれない。
「そっか!なら良かったかな!じゃあ二人とも行こう?」
ちょっと浮かれ足で登校を開始した。
「ふふふ、奏ちゃんたら喜んじゃって。可愛いなあ〜。ほら叶!いつまでボケっとしてるの。置いていくよ」
「ああ………奏、お前ずるいわ」
後ろで二人が何かを言ってるけど距離が空いて聞こえない。
「何か言った?」
「「なんでもねえ(ないよ)」」
ならいっかな。そのまま二人が俺の場所まで来るのを待つ。そして、衣替えで気持ち新たに三人並んで学校へ向かった。
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(最近、あとがきにこれ書く人の気持ちが分かってきた)




