準備開始
遅れてごめんなさい。
ホームルームで音桜金祭の話し合いの時間を取ってから一週間、今日から音桜金祭に向けての準備が本格的に始まる。
「えー、緑団の団長を務めさせていただきます金本慎二です。やるからには目指すはもちろん優勝。一緒に頑張っていきましょう!」
おおおお!と男どもが野太い返事を返す。さらに今年は女子達の甲高い声も負けじと聞こえる。天草庵の割引券効果恐るべし。
「皆やる気があるようでなによりです。俺が知る限りでは今年の女子の士気が一番高いので例年にないほど盛り上がるような予感がしてて楽しみです。ちなみに俺のクラスはこれでもかってくらい盛り上がってました」
仕方ないよねとかあんな女子達は初めて見たとか皆口々に言っている。
俺のクラスもそうだったしやっぱりどのクラスも同じようなかんじだったのだろう。
「というわけで体育祭優勝の重要な得点源である応援合戦に向けて練習を始めます。」
そうまず始まったのは応援練習。ある学校はあるだろうし、ない学校はないかもしれないけど、俺たちの体育祭における花形競技だ。
ただ全員強制参加で歌って踊るから好き嫌いが結構分かれる競技なんだけど……
「応援合戦を制して優勝できればあの子を誘って一緒に……!!!」
「ここが正念場ね。そして手に入れる、天草庵の割引券!」
「ふしゅるるる……ふしゅるるる………」
「我が秘められし力を解放するための訓練か……くくく、楽しみだな。どれほど…(以下略)…」
………………と、まあ、ほとんどの人がやる気に満ち溢れているようだから心配はいらないかな?いらないよね、うん。
「では学年別で分かれてそこから更に男女別で分かれてください。それぞれに担当の三年生が付くので後はその人達に従ってください」
最後にそれだけ言って皆それぞれに分かれ始める。
さてと、俺も去年よりも本気で取り組みますかね。天草庵の割引券ほしいし。ゲットしてまた行きたいな。
♢♢♢
「奏ちゃん、逃げないでくれないか?」
その言葉からは困っているような印象を受けるが、本人の顔は実に楽しそうだ。
「い、いやだ!」
声の主である渚を筆頭にクラスの女子達が俺を囲み逃がすまいとしている。その包囲網は次第に小さくなっていき俺は壁際まで追い詰められる。
「さて、観念してこっちへ来るんだ」
「やめてよ……」
逃げ場の失った俺は渚に訴えかけることしかできない。
ううう……ホントにこれでやめてくれないかな…
「そんな可愛い仕草しても無駄だよ。このままじゃ先に進めないからね」
一歩、また一歩と少しずつ歩み寄ってくる。さながら魔王の行進のようだった。とうとう立ち止まり渚が一つ命令を下す。
「皆!奏ちゃんの手足を抑えるんだ!」
その一言で渚の周りにいた女子達は一斉に動き出し俺の身を拘束する。抵抗を試みるもまったく体を動かせない。全く力のないこの体が憎い。
「大人しくしてほしいな。さあ、採寸するよ!」
「「「はっ!!!」」」
また別のクラスメイトの女子達が近づいてくる。興奮しているのか少々息が荒く紅潮しているように見える。しかも彼女達はそれぞれにメジャーを持ち、シャーシュルルとメジャー特有の出し入れする音が不安をより一層高める。
「奏ちゃんにげちゃだめでしょ」
「諦めて私たちに採寸されちゃってね」
「怖くないから、ね?」
ダメだ。嫌な想像しか湧き上がってこない。
そして彼女たちによる採寸作業が始まった。
俺の情けない声を皮切りにして。
♢♢♢
採寸が終わった後、ほかの女子達に全身まさぐられて心身ともに疲弊するもなんとか乗り切り帰路につくことができた。
「奏、お前大丈夫か?かなり疲れてるように見えるんだが……そ、それに学校では悲鳴も、な……」
少しどんよりした気分の俺を叶は心配してくれているらしい。ちょっと嬉しい。けど、あれが聞かれてたのはすごく恥ずかしい……。
「疲れたけど大丈夫だよ」
心配してくれるのは嬉しいけどあまり心配もかけたくないので明るく応える。
「そうか?ならいいけど」
「心配してくれてありがとね」
素直にお礼だけ言っておく。
「おう。別に大したことでもないけどな」
叶がフッと顔を背ける。夕日に照らされてよく分からないが顔に朱が刺しているようにも見える。
おお?これは照れてるのかな?ちょっとからかってやろうかな。
「叶、どうしたの?照れてるの?ううん?」
ニヤついた声を抑えることなく叶に問いかける。あっ、こっちに目を向けてきた。そしてほぼ同時に伸ばされた手は俺の方へ伸びてきて―――俺の頬をむにゅっと掴んできた。
「まうにむぅのは!いはい!いはいはああ!」
「はあ…せっかく心配してやった上に無駄に悩んでた俺が馬鹿みたいにじゃないか……」
からかって悪かったから……早く離して………
「ほらほら、奏ちゃんが痛がってるよ。早く離してあげて」
「おっと。すまん」
「い、痛かった…」
恵海ちゃんが助けの手を入れてくれてよかったよ…
「もう、奏ちゃんは女の子なんだからもうちょっと優しくしないとダメだよ?」
「わかったって……すまん奏」
「僕もからかってごめんね」
「それでよろしい」
恵海ちゃんの手によってこの場は収められた。伊達に叶の姉はしてないよね。
「正直奏ちゃんもなかなか罪な子だよね」
「えええ!?!!」
全くもって心当たりがないんだけど…
「その顔は全くわかってないなぁ~?」
うぐっ、どうして見抜かれたんだろう……
「奏ちゃんは顔に出やすいから」
さらに俺の心を読んで答える恵海ちゃん。そんなに出やすいのかな……
「ふふふ、叶もそう思うよね」
「そうだな……前よりも全然出やすいな」
「そっ、そっか…」
叶までもそう思うんだ。これからはポーカーフェイスを意識して過ごそうかな?ミステリアスで格好いいかも。口を結んで眉を少し上げる感じで。
「なあかな……ぶふっっ!奏それはまさかポーカーフェイスのつもりなんじゃないよな?くっ、笑いが……!」
「わ、笑わないでよ!」
急に笑うなんて酷いじゃないか…ショック。
「えー!どんな顔してたの?見せて見せて」
「やだっ!」
叶に大笑いされたような顔はもう見せれない。
「あーあ、叶が笑ったせいで私も見れないじゃん」
「知らねぇって」
「お願い奏ちゃん!私もみたい!」
「恵海ちゃんしつこい!」
そんなぁとうなだれる恵海ちゃん。その様子が少しおかしくて笑ってしまう。
今日から学園祭に向けての準備や練習が始まってこれからが楽しみだけれど、やっぱりこうしていつも通りの帰り道を歩いて過ごせるのもすごく楽しいなぁって改めて思った。
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