目前少女
初投稿です。
拙い文章ですが、是非楽しんで読んでいただけたらと思います。
※5/23にちょっと書き直しました。
俺の目の前には一人の少女が立っていた。
パッと見た感じはとても可愛らしい。白く透き通った肌にさらさらと流れる腰にも届きそうな長い茶髪、顔が少々丸く幼い印象を与える。ささやかなながらも胸にある確かな膨らみは決して幼心では無いことを主張している。
恋人なんかできたことの無い俺にとって彼女はこれ以上ないくらいに魅力的に映っている。
しかし、どうしても気になってやまない事が一つだけあった。その服装だ。
今彼女が着ているのは深緑のパジャマ。サイズが明らかに合っておらずぶかぶかで手が袖の中に隠れるほどだ。
彼女の着ているパジャマ、それは―――
それは俺が昨日寝る時に着ていたパジャマだった。
「ぇぇぇぇええぇぇえええ!!!」
雀が鳴く静かな早朝に少女の甲高い声がこだました。
♢♢♢
俺の名前は久留井奏。音桜金高校で一年生をしていた。先週、終業式を迎えて春休みに入った。
特にクラブ活動はしていなかったので適度に宿題をしながら惰眠を貪る日々だ。
そして今日。
顔を洗おうと洗面台まで来たら鏡には男の俺ではなく俺と同じパジャマを着た少女が映っていたのだ。堪らず絶叫した。
混乱した頭ではどうすれば良いかわからずとりあえず右手をあげてみる。鏡の中の少女は当然のように鏡合わせに手をあげる。左手もあげてみたが同じ結果がえられるだけだった。
お、俺が鏡の中の少女になってる!??
今まで特別女の子なりたいと思ったことはなく、怪しい薬を飲んだ記憶が無ければ、性転換手術を受けた記憶もない。
俺は今、混乱の極地に陥っていた。
結果として近づいていた足音に気づかなかった。
「静流ぅ?朝からそんなに大声を……」
俺は接近してきた人物、母さんとバッチリ目が合ってしまった。
「貴女だれ…?」
母さんが俺を怪訝な目で見てくる。
俺は冷や汗が止まらなかった。普通に考えてみてほしい。少女とはいえ家に見知らぬ人がいるのだ。しかも朝から。怪しむなって方が無理である。
しかし、このままではダメだと思い口を開く。
「あ、あの…母さん?……俺なんだけど………」
「母さん?俺?……そういえばそのパジャマは奏の着ていた………え?」
その場を静寂が支配した。
♢♢♢
一度居間に行き、母さんに俺に起きたことをできる限り教えた。とはいっても、ほとんど分かってることがないのだが。
「つまり、朝起きて鏡を見たら女の子になった奏の姿が映っていて驚いて大声をあげたってこと?」
「そ、そうゆうことです」
思わず敬語になってしまった。
目の前では母さんが大きくため息をついていた。
「し、信じてくれる?」
尋ねてみたものの自分を客観的に見ても怪しいとしか思えない状況に不安を覚える。
「正直、信じられないわね。でも仕草や喋り方が奏そっくり。そして何より私の直感が貴女を奏だって言うのよ。もう、信じるしかないでしょ?」
「か、かあさん……あ、あれ?涙が」
突然流れ出した涙を袖で拭う。確かに理解してもらえて分かってもらえてすごく嬉しい。でも涙が出るなんて……俺は涙脆くなかったはずなのに。
「あらあら、これじゃホントに女の子ね」
なんて不名誉なとは思いながらも涙は止まらなかった。
その様子を母さんは慈愛に満ちた顔で眺めていた。
♢♢♢
時間は7時を過ぎ、寝ていた父さんと静流が起きてくる。静流は俺の妹だ。
そして、緊急家族会議が始まった。
「つまり、そのちっちゃい可愛い子がお兄ちゃんなんだね」
「その少女が奏か……にわかに信じがたいな」
二人ともそれぞれ思ったことを口にしている。当たり前とはいえ父さんに怪しまれている事実にかなりショックを受け俯く。
「あなた」
母さんが父さんを諌めるような声音で呼ぶ。
「ん?ああ、済まない。そこの少女が奏であることを疑っている訳じゃないんだ。なんせ君が確信しているくらいだしね。
俺が怪しんでるのはこの現象そのものさ。常識的に考えてありえないだろ?」
「そう、ならいいわ」
母さんが俺に向かってウィンクする。どうやら俺のことを気遣ってくれたらしい。なんと頼もしい母だろうか。
「さて皆にとりあえずこの子が奏だって理解してもらえた所で、ここからが本題。奏の今後についてよ」
俺の今後についてか……どうなるんだろうか。
今すぐ戻れればいいけど現実的ではないだろう。こうなった原因がわからないのだから。
「とは言ってもこんな事が起こるなんて聞いた事ないからな。なにをどうすればいいのか…」
「そうよね…」
父さんも母さんも首を傾げて唸っている。当然そうなるよな。俺も全く見当もつかない。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「え?」
つい、すっとんきょうな声をあげてしまった。難しく考えなくていいってどういうことだ?
「だって誰も体験したことない事を私達だけでどうにかしようなんて無理な話でしょ?だったら難しいこと考えずにいつも通りに過ごしてみるのが一番いいと思うな」
そっか…いつも通り、いつも通りでいいのか。何かとしないといけないと思ってたけど、案外そのままの生活でもいいかもしれない。
「その通りね。いつも通りに過ごして見ましょ。もし不都合が起きたらまた皆で集まって話し合いましょ」
「そうだな。それがいいかもしれない。これは静流に一本取られたな!」
二人も静流の考えに納得らしい。抜け出せそうに無いジャングルにいたのに急に道が開けてスッキリしたような気分だ。
「えへへ…もっと褒めてくれてもいいよ?それに私はお兄ちゃんがお姉ちゃんだったらななんて思ってたからじつは結構嬉しかったり」
気が緩んだ中でサラッと爆弾発言。兄として譲れないものがある。
「それは聞き捨てならないな。この兄の素晴らしさを理解してないとは嘆かわしいぞ」
「えー?素晴らしさ?是非教えてよ、お兄ちゃん?」
「こらこら、奏も静流もその辺にしなさい」
その後は笑いが絶えなかった。深刻な問題に直面しているはずなのにいつの間にか俺がいつも過ごしている朝の雰囲気だ。
“いつも通り”
こんな状況だからか今までの当たり前の様子を目の当たりにして嬉しくなってしまう。
この時少し目が潤んだのは内緒だ。
「あら?もう結構な時間じゃない。ほらあなた、食器は片付けておくから早く会社行く準備して頂戴」
「げっ、もうこんな時間か。ありがとう、お言葉に甘えてさっさと準備してくるよ!」
ちらりと時計を見ると八時はとうに過ぎていて、いつもの父さんが出かける時間まであと十分程だ。
こうしていつもより少しだけ騒がしい朝とともに俺の女の子ライフが始まった。
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