5.未来を照らすには
それから間も無くして、ザイン達は神殿内に設けられた応接室へと通された。
そこには聖女シェリアと護衛が二名。ザイン達『鋼の狼』のメンバーと、カノンが同席している。
正方形のテーブルを囲むように置かれたソファに、ザインとフィル。エルとカノンがそれぞれ座り、奥のソファにはシェリアが腰掛けた。その後ろで、護衛の二名が壁際に立っている。
どうしてここに連れて来られたかというと、シェリアによる判定を受けた後、彼女の口から「どうしてもお話ししておきたい事がある」と告げられた為だ。
(俺達に話したい事っていうと……十中八九、俺のあの称号……『第二の勇者』についてだよな)
聖女にしか見抜けない、隠された判定項目──所有称号。
同じく彼女の判定を受けたエルとフィルには出なかった、特別な意味を持つ項目である。
すると、聖女シェリアが四人の顔を順に眺めて、そっと口を開いた。
「……皆様をこちらへお連れしたのは、このお話をしっかりと受け止めて頂きたかったという……わたくしなりの配慮です。どうか……気を強く持って、お聞き届け下さいますよう……お願い致します……」
そう告げたシェリアの表情は、ザインの称号を見た際の晴れやかさとは真逆だった。
まるで、これからとんでもない運命が待ち受けていると知っているかのような、暗く沈んだ顔をしている。
「その話っていうのは、何なんですか?」
「……ザイン様。貴方の持つ称号『第二の勇者』に、どのような意味が込められているのか……お分かりになりますでしょうか……?」
第二の勇者。
これをそのままの意味で考えれば、三百年前に召喚された勇者の次に、ザインがその資格を与えられたという事になる。
初代勇者はこの大神殿で召喚された後、ガラッシアをはじめとする優秀な人員で構成されたチームによって旅をして、魔王を倒したのだと伝えられている。
しかし残念ながら、各地にダンジョンを生み出した魔王の残党──ダンジョンマスター達は何度倒しても復活し、勇者は志半ばで天寿をまっとうしたとされている。
ダンジョンコアを破壊すればダンジョンごと滅ぶものの、あらゆる資源が無限に湧いて出るというメリットもあった為、積極的にコアを壊す必要もなかった……という面もあるのだが。
そこまで考えて、ザインはある一つの可能性に至った。
「もしかして、俺の役目はダンジョンコアを破壊する事……とか?」
「で、でもっ、コアを壊してしまったら、師匠が重罪として裁かれちゃいますよ⁉︎」
慌てるフィルを宥めるように、シェリアが穏やかに言葉を返す。
「魔王の残党を滅ぼす……ええ。それは確かに、我らが女神フィロソフィアがお与えになった、大きな使命の一つです。勇者たる資格を持った者……ザイン様が誕生した事によって、人類が定めた禁を破る時が来たのは、間違いありません……」
ですが……と、シェリアは更に続ける。
「それは、勇者の使命の通過点に過ぎないのです……。貴方がその称号を持って生まれた、その本当の意味……それは──」
──三百年の時を経て、魔王が復活を果たそうとしているからなのです。
聖女の口から出たその言葉に、誰もが言葉を失い、顔を驚愕の色に染める。
普段は冷静なエルやカノンでさえ、大きく息を飲んでいた。
(魔王の復活、だと……? それが俺の、生まれた意味……)
一気に静まり返った室内。
それでも聖女は、その空気に臆せずに言葉を紡ぎ続けていく。
「ザイン様……そして、お仲間の皆様……。貴方がたにお願いしたいのは……魔王復活の鍵を握る『ある人物』を、ここに呼び寄せて頂く事です」
「ある、人物……?」
どうにかザインが聞き返すと、シェリアは懐から一枚の用紙を取り出した。
彼女はそれをテーブルに置いて、ザインの方へと差し出した。
その用紙の上部には、シェリア=フィロソフィアと書かれている。続いて彼女の種族、年齢等が書き連ねてあった。
「これは……聖女様の判定用紙……?」
「はい。……わたくしの、スキルの項目をご覧下さい」
促され、ザインは視線を下へと向ける。
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シェリア=フィロソフィア
・種族……人間
・年齢……十九歳
・性別……女性
・魔力適性……水6 光9
・スキル……未来視9
・所有称号……フィロソフィアの聖女
────────────
「みっ、『未来視』……⁉︎」
「嘘っ……! そんなスキル、アタシですら聞いた事無いわよ⁉︎」
「嘘ではありません……。わたくしは、このスキルがあったからこそ、この日の為に厳しい修行に励んできたのですから……」
シェリアはそう言っているが、『未来視』スキルなどというインチキじみたスキルだなんて、詐欺を働く悪質占い師ですら口にしないスキル名だ。
そんなスキルが実在するのなら、それを発動する為の魔力量を生み出す事すらも困難を極めるはず。ザインの『オート周回』ですら、一度の発動だけで莫大な魔力を消費するのだから。
「信じて頂けないのも、無理もないかとは存じます……。ですがわたくしは、幼少の折にこのスキルで未来を視たのです。……この世の終わりのような、暗黒の光景を」
「……それは、間違い無いんですね?」
ザインの言葉に、シェリアは重く頷く。
「……スキルや魔力適性の最大値は、十までだというのは皆様もご存知のはず。わたくしが十歳を迎えた当時、この『未来視』スキルは、たった一度だけの使用にも関わらず……既に7という数値を叩き出しておりました」
「お、お待ち下さい聖女様! 初めてのスキル使用の段階で7という事は、その時点での『未来視』の精度は……」
エルの悲鳴のような問い掛けに、シェリアは眉根を寄せて答えた。
スキルや魔法というのもは、その数値が高い程に威力を発揮する。つまり、十歳のシェリアが使用した『未来視7』の精度も、それだけの性能を保証している事になる。
「……わたくしの持つ称号『フィロソフィアの聖女』と、あの日視た地獄のような光景……。この二つの存在を知ったわたくしは、すぐに大神殿に向かい聖女となる事を決めました。それから間も無くして……わたくしは、フィロソフィアの声を聞いたのです」
──魔王の目覚めは、刻一刻と近付いている。
──我が聖女、シェリアよ。
──第二の勇者を導き、魔王の復活を阻止せよ。
「……そう、女神はわたくしに仰ったのです」
シェリアの言葉を正面から否定出来る者は、誰も居なかった。
現に彼女は紛れも無い聖女であり、そのスキルも……信じたくはないが、本当に実在する能力なのだろう。
未来を視る聖女と、常識を超えた速度で成長する勇者。
この二人がこの時代に揃った事が、無意味であるとは思えなかった。
誰からも反論が出ないと悟った聖女は、自身の言葉を受け入れてもらえた安堵の笑みを浮かべる。
しかしその表情は再び引き締まり、話を再開した。
「……お話を戻します。先程の、皆様にお探し頂きたい方についてです」
シェリアが言うには、彼女は魔王の復活を阻止する為に先手を取るべく、自身の『未来視』スキルを鍛えてきたのだという。
その過程で知った『とある未来』の中に、ザインと接するとある人物の存在を知ったらしい。
その人物は、修行の過程で何度も視た相手。そしてその人物が、魔王との今後に関わるのではないかと思い至ったのだそうだ。
「わたくしが初めて視た、あの暗黒の光景……。その未来よりも前であろう時に、貴方がたとダンジョンを巡る第三者を視たのです」
「第三者というと……わたし達やカノンさんではない、別の人物という事でしょうか?」
「はい……。その人物は……黒衣に身を包んだ、大剣使いです」
(黒衣の大剣使い……⁉︎)
その特徴に一致する人物を、知っている。
「その方は、皆様と共にダンジョンを潜っては、次々とコアを破壊しておりました……。『これは必要な事なんだ』と……そう、仰っていて……。故にわたくしは、その大剣使いが魔王について、何かご存知なのではないかと思ったのです……」
「ザイン、その大剣使いって……!」
「ああ……」
深刻な顔をしてこちらを見るカノンに、ザインは頷き言葉を返す。
「探索者じゃないヴァーゲが一人でダンジョンに潜っていたのは、魔王の復活を阻止する為だったんだ……!」