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2.揺れる正義

 案内された部屋の前に着くと、ここまで先導してくれた女騎士がドアをノックする。


「アルギュロス副団長! 面会希望者ご一行をお連れ致しました!」


 すると、扉越しに「お入りなさい」と冷静な声が返ってきた。

 失礼致します、と女騎士が言いながらドアを開く。彼女はそのまま宿舎の廊下に立ったまま、ザイン達の入室を見届けて去っていく。

 そうしてやって来たのは、聖騎士団宿舎の客間の一つだった。

 既に一人掛けのソファに腰を下ろしていた銀髪の美女が、眼鏡の奥に見える鋭い瞳をこちらに向けている。純白の鎧を纏う小柄な美女は、手にしていた紅茶のカップをソーサーに置いて言う。


「アナタ方が、先程連絡を受けた面会希望の方々ですね? どうぞお掛けになって下さい。すぐに人数分のお茶が来るはずですので」

「は、はい! 失礼します……!」


 落ち着いて状況を分析し、あまり感情を表に出さないタイプの副団長。

 せめて笑顔の一つでも見せてくれればまだ良かったのだが、無表情の美人というのはある意味で怖い。ザインだけでなく、エルとフィルも自然と緊張してしまっていた。

 けれどもカノンは、極めて普段通りに振舞っている。ゴールドランクの探索者ともなれば、こうした要人との面会に慣れてしまうものなのだろうか。


「ご存知かもしれませんが……ワタシはこの白百合聖騎士団で副団長をしております、ソルダ・アルギュロスという者です。本日は団長が所用で席を外している為、ワタシが対応させて頂きます」

「ええと……俺は『鋼の狼』のリーダー、ザインです。この二人は俺の仲間の──」

「エルと申します」

「その弟のフィルです」

「ワタシは彼らの教育を任されている、カノン・ベルスーズです。お話をしたい用件はいくつかあるのですけれど……」


 そのタイミングで、客間のドアが再びノックされた。

 やって来たのは、宿舎に勤務している給仕の女性だった。先程ソルダが言っていた通り、四人分のティーセットを運んできている。

 お茶の用意が住んで給仕が退室した後、今度はザインの口から改めて話を切り出した。


「……まず報告したいのが、『カピア洞窟』での一般人によるダンジョンマスター討伐についてです」

「一般人が……? 探索者ではなく、ですか?」


 ザインの言葉に、ソルダが整った眉を潜める。


「はい。俺達が納品依頼で向かった最終フロアで、本人から直接聞きました」

「探索者でもないのにダンジョンに……それも、素人では討伐不可な『カピア洞窟』のダンジョンマスターを……」

「他に仲間は居ないようだったので、多分単独での討伐だったと思います。ダンジョンコアは破壊されていませんでしたが、今の時期に一般人がダンジョンの最下層まで潜るのは怪しすぎるなと……」

「……そうですね。ベルスーズ本部長のご令嬢が同行しているのでしたら、我々によるダンジョン封鎖の件についてもご存知でしょう。ご報告、感謝します」


 当然の話ではあるが、やはりソルダもカノンがカレン本部長の娘で、かつ上位の探索者である事も知っていたようだ。

 カノンは母親の名前を出されて少し不機嫌そうに顔を歪めたが、ソルダの意識は完全にザインの方に向いていた。


「その一般人の特徴は?」

「黒尽くめの大剣使いの女の子……のような、少年のような小柄な外見です。名前はヴァーゲと言っていました」

「ふむ……把握しました。小柄な大剣使い、と記憶しておきましょう。今回の情報提供に基づき、我々の方でギルドにもこの情報を共有し、警戒を強化する事と致しましょう。それで、他の用件というのは?」


 すると、今度はカノンが口を開いた。


「これもコア破壊関連の話です。聖騎士団によるダンジョン封鎖によって、民間に物資が行き届いていないケースが発生しているのはご存知かしら?」


 母親の話で機嫌を損ねているせいか、多少ではあるが言い方がキツい。

 けれどもカノンの指摘は、見事ソルダに刺さったようだ。


「……存じて……おります。優秀な探索者の方々の手を借りてまでコア破壊犯の捜索を続けていますが、結果を出せぬまま。ダンジョンの立ち入りを禁じた事によって、ポーションや鉱石類の素材回収に不便が生じているのは……無論、我々の責任です」

「このままでは、民間人や探索者からの不満が全て聖騎士団に向けられ続ける事になるけれど……何か対策はありまして?」

「人の出入りの多いダンジョンには、捜索開始当初から封鎖はしておりません。人目が多ければ、コア破壊は困難になりますから。……ですが、物資不足による市場への悪影響が予想される今、重要物資の調達が可能であるダンジョンの封鎖は解除していく方針です」


 ソルダが言うには、今日こうしてザイン達がコア破壊犯に関する情報を提供してくれた事によって、ある程度捜索対象となるダンジョンを絞れるようになったという。

 ポーションの材料となる薬草類が採れるダンジョンは、比較的初心者向けのものが多い。まずは優先的に、そういったダンジョンから規制を解除するらしい。

 しかし、鉱石類が産出されるダンジョンは高難度のものが多い。聖騎士団の調べでは、これまでにコアが破壊されたのはそういった強力なダンジョンマスターが潜む場所ばかり。

 なので残念ながら、これらのダンジョンはもうしばらく封鎖せざるを得ないのだとか。


「各地の監視任務を任せた聖騎士達が戻り次第、鉱石系のダンジョンの巡回を強化する形で封鎖を解除する……という形で動く予定です。例の黒尽くめの大剣使いとやらが犯人であれば、捕縛次第即座にダンジョンを解放させて頂きます」

「是非ともそうして下さいな。ワタシ達の方でも、その容疑者を発見したらすぐに連絡しますので」




 ────────────




「改めまして……皆様の捜査へのご協力、ありがとうございました」


 そう告げて、ソルダは面会を終えて客間から出て行くザイン達を見送った。

 ソルダ自身も副団長専用の執務室に向かい、書類確認などで散々座り慣れた椅子に腰を下ろす。そこで彼女は、つい先程まで顔を合わせていたザイン達の事を考えていた。


「『鋼の狼』のザイン……最近王都で名を挙げている、新人探索者パーティーのリーダー。そして……」


 あの場では何も言わなかったが、ソルダ先日解決した連続誘拐事件の報告書で、既にザイン達の名前を知っていた。


「王都から聖騎士と共に大草原方面へ向かう目撃報告も踏まえると、プリュスと行動を共にしていたのは、やはり彼らでしたか……」


 誘拐事件は、本来であれば聖騎士団が解決すべき問題であった。

 けれどもそれを解決に導いたのは、聖騎士と共に力を発揮した新人探索者パーティー『鋼の狼』の面々だ。

 ──聖騎士の掟に背いたプリュスが、掟を守っていたソルダ達に代わって犯人を捕縛した。

 その事実に関わった者達の顔を目の当たりにして、ソルダの中には迷いが生まれている。

 聖騎士たる者は、同じ聖騎士以外と共闘するような事があってはならない。今回のように探索者とは別々に犯人探しをするならまだしも、聖なる加護を受けた聖騎士は、そうでない者達と同じ戦場に立ってはならない。

 ソルダはこれまで、その掟を信じて突き進んできたのだ。

 しかし現状では、ソルダをはじめとする騎士達は何も成果を出せていなかった。


「……彼らの動向には、今後も注視していく必要がありそうですね」


 ふと窓の方に目をやれば、穏やかな空が見える。


(こんな平穏を守る為に、ワタシは聖騎士となったというのに……全く、情け無い話です)


 ソルダは眼鏡の位置を、細く白い人差し指で直した。

 まだ片付けていない書類の束を前に、溜息を零しながらその中の一枚を手に取る。

 その書類には、こう記載されていた。




『王都を中心とした連続誘拐事件の発端と見られる奴隷商人に動きあり。


 近日開催される、奴隷のオークション会場への潜入調査に移行する。


 調査に進展があり次第、改めて報告する。


 プリュス・サンティマン』

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