16.その先にて待つ者
階段を降りていった先に、ザインは仲間達の姿を見付ける。
と同時に、『カピア洞窟』第四階層の大きな特徴であるある光が、彼を仄かに照らし出していた。
例えるなら、それは星の海のようで。
本来であれば暗がりである洞窟の中が、前後左右に煌めく淡いグリーンの光に包み込まれているのだ。
「す……凄いな、これ……!」
一足先に第四階層に到着していたエル達も、思わず足を止めて周囲を見渡していた。
散らばる大小の翡翠色の光からは、漲るような魔力を肌で感じられ……その魔力と、光の渦のような空間に、誰もが自然と心惹かれてしまうのである。
ザインは最後の段まで階段を降りると、仲間達の元へ近付きながらも、視線は周囲の発光体に釘付けだった。
「こんなに綺麗な物が、こんなにも地下深くにあるだなんて……思いもしませんでした」
うっとりした顔で呟いたエルの言葉に、この場の誰もが同意する。
明かりも必要無い程に視界が確保されてはいるものの、優しく穏やかな緑色の世界に吸い込まれてしまいそうな……感動と、僅かな恐怖をも感じる、闇と光の織り成す場所。それがこの第四階層だった。
「……確かにエルの言う通り、ここは美しい場所だわ。だけど、ワタシ達がここへ来た目的を果たさなくてはね」
「あっ……竜翡翠の採取、でしたよね! 危ない危ない、うっかり頭から抜け落ちてましたよ!」
「そうだったそうだった! いやー、まさか竜翡翠がこんなに綺麗な鉱石だったとは知らなかったなぁ」
カノンのお陰で、本来の目的を見失わずに済んだザイン達。
彼女は農場で働くセッカから預かったメモに従って、竜翡翠の正しい採取方法を説明していく。
まず、竜翡翠の採取にはハンマーやピッケルは必要無い。
取れた鉱石を入れる袋やポーチさえあれば、子供にだって出来る簡単な作業であるらしい。
四人は近くにあった大きな竜翡翠の鉱脈に寄り集まり、カノンが代表して竜翡翠へと手を伸ばしながら言う。
「竜翡翠は、軽く手で剥いで採取出来るウロコ状の鉱石で……」
彼女の細い指先が、ペリッと一枚の小さな鉱石板を剥がした。
ほとんど力を入れずに剥がせたそれは、未だに淡い緑の輝きを放っている。
カノンはそれを指で摘んで見せながら振り返り、更に言葉を続ける。
「こうして軽く指先を引っ掛けて、下に力を加えるようにすれば簡単に取れるみたいよ」
「道具も無しでラクに集められるなら、四人でかなりの量を持って帰れそうだな!」
「ですね、師匠! カノン先輩に続いて、ぼく達もどんどん竜翡翠を集めましょう!」
彼女の見せてくれた実演のように、ザイン達もそれぞれ手頃な鉱脈を探して、竜翡翠を引き剥がし始めた。
一枚一枚の大きさは、少し分厚い。1〜2センチ程の厚みの中に、小さな気泡と共に魔力が込められているのだ。
その魔力こそが、イスカ・トゥアラ大農場の薬草畑の異常を改善する秘薬の素となる。
(こんな風に一枚の竜翡翠がびっしり集まってるのを見て、竜のウロコみたいだと思ったから竜翡翠って名付けられたんだろうな……)
神秘的な輝きを放つ、荘厳な竜の鱗のような鉱石。
これを手に入れるまでに、ザイン達はゴーレム達をねじ伏せ、いくつもの罠を掻い潜り……それぞれ異なる弱点を持つ、ミノタウロスの守護像を撃破して最下層へやって来た。
実力の無い者が足を踏み入れれば、ここまで辿り着く前に命を落とす事だろう。
(それだけ危険な場所だから、いざという時に竜翡翠を手に入れるのが大変なんだろうな。だから、俺達が本部長さんからこの依頼を任されたんだし……)
新人の中でも飛び抜けた才能を秘めたパーティー『鋼の狼』と、彼らの教育を任されたゴールドランク探索者のカノン。
この四人でもなければ、今の王都ギルドからはまもとな探索者を派遣出来ないという事だ。
……今でも、強く印象に残っている。
ザインが相棒のジルと共に王都ギルドへ赴き、探索者研修に参加したあの日の事を。
稼ぐアテを探して、渋々といった様子で研修に来ているような、全くやる気の無い面々。
記録的な試験突破速度を叩き出したザインに、絡むでもなく何も話し掛けず、ただただ粘ついた視線を送るだけの探索者達。
これ以外にやれる事がないから、ここに居る──とでも言わんばかりの、異常な程に低下した王都の探索者達のモチベーション。
(……俺は、あんな探索者になんて絶対にならない。俺が憧れたのは、子供の頃からずっと間近で見てきた……母さんのような凄い探索者なんだ)
困っている人が居ても、危険な仕事には手を出さない。
己の実力を伸ばす事もせず、技を磨く事もしない。
そんな者達が、未知のダンジョンを探し出し、それを踏破していく者達に……探索者などと名乗る資格があるのだろうか?
(俺が……いや、俺達が変えてやる。伝説の探索者の教えを受けた者として、『鋼の狼』のリーダーとして……王都の探索者達に、本当の探索者としてのあり方を見せてやるんだ……!)
そうしなければ、自分の夢までもを馬鹿にされているようで……どうにも怒りが収まらないのだ。
自分の命を懸けてでも見たい景色が、知りたい世界が、救いたいものがあるから……だから人は、探索者を目指すのではないのか?
「ザインさん、そろそろ採取を切り上げようってカノンさんが……あの、ザインさん?」
「……えっ? あ、ごめんエル! 今、何か話してたよね」
そんな風に考え込んでいる内に、気が付けば麻袋をいっぱいにしたエルがすぐ側に来ていたらしい。
「ええと……もう必要な量を集め終えた頃だろうからと、カノンさんが一度全員に集まってもらいたいと仰っていましたよ?」
「ああ、そういう事か……。うん、呼びに来てくれてありがとう。それじゃあ、一緒に行こうか」
「はい」
小さめの麻袋ではあったものの、竜翡翠の欠片を詰め込めばそれなりの重量にはなる。
エルはそれを両腕でしっかりと抱えながら。ザインは紐で縛った部分を片手に持って背負いながら、カノンとフィルの待つ方へ歩いていった。
四人で集めた竜翡翠は、セッカからの要望通りの量に到達していた。
それらをザインとカノンのアイテム回収ポーチに二袋ずつ詰め込めば、依頼主に竜翡翠を届ける事で今回の依頼は完了する……のだが。
ふと、ザインは第四階層の奥──ダンジョンマスターが待ち受けているであろう、最深部の方へ顔を向けていた。
「……あのさ、何か向こうから物音がしないか?」
「物音……ですか?」
「ぼくはよく分かりませんけど……師匠には何か聞こえるんですか?」
「うん……。何ていうか、岩か何かがドガッと砕けるような感じの……破壊音? みたいなのが……」
それを聞いて、三人も意識して耳を傾ける。
最初に反応したのは、やはりカノンだった。
「……言われてみれば、そんな感じの音がしなくもない……かも。アナタ、随分耳が良いのね」
「子供の頃から、弓の訓練がてらに狩りをしてたから……もしかしたら、そのお陰かもしれないな」
普通に考えれば、この音はザイン達よりも先にダンジョンに潜っていた探索者の戦闘音なのだろう。
それなら、後から参戦して手柄を横取りするような真似はマナー違反だ。こういった問題は、時にギルドが間に入って仲裁する事もあるという。
ただ……何故だか無性に、胸騒ぎがしていた。
どうしてもこの先で起きている事を確かめなければならないような、そんな予感があったのだ。
「……気になるなら、行ってみる?」
「え……?」
不意に、カノンがそんな事を言い出した。
「理由は分からないけれど……あの奥から、妙な気配がするのよね。ただ単にダンジョンマスターが強いから、ここからでもその魔力を感じているだけなのかもしれないけれど……」
ザインも、カノンも、この先にある何かが気になって仕方がない。
依頼の品を集め終えた今、彼らが最深部まで向かう必要は無いはずだというのに……だ。
ザインは仲間達に振り返って、真剣な面持ちで口を開く。
「……少しだけで良い。皆、ちょっと付き合ってくれるか?」
その問いに、首を横に振る者は誰一人居なかった。
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最深部へ駆け出していくと、ダンジョンマスターとの戦闘らしき音は、その激しさをどんどん増していった。
何かが砕ける音と、何かを叩き付けたような衝撃が地面に伝わってくる。
しかし、もうじき最深部に辿り着こうとしたその時──あれだけ騒々しかった破壊音が、ピタリと止んだ。
まさかとは思うが、誰かがダンジョンマスターに敗れてしまったのか……それとも、今まさに探索者が相手を仕留めた場面であるのか。
いったい、そのどちらがこの胸を騒がせている原因なのだろう。
遂に、その答えがザイン達四人の目に飛び込んで来た。
「ふぅ……少し手こずったな」
小さな背中が、見えた。
その人物が手にした大剣は、身長よりも長く。
少し癖のある短髪を左手で撫でて直してから、戦闘中に地面に転がってしまった帽子を拾い上げ、被り直す。
その瞬間に、ザインはその人物と視線がぶつかった。
クリッとした大きな赤い目に、軽く外に跳ねた黒髪。小柄な身体を包み込む、黒い外套とショートブーツ。
少年とも少女とも見分けのつかない若者の真後ろには、ザイン達が『ポポイアの森』で倒したダンジョンマスターのものより大きなコアが、鈍く黒い輝きを放っていた。




