05 新人冒険者
俺はその少女に見惚れてしまった。
大きすぎず小さすぎない胸元へ流れる艶やかな黒髪に、おっとりとしたまん丸の瞳で、少女特有の淡い桜色の唇は、緊張からかきゅっと横一文字に引き結ばれている。
はっきり言って、超絶美少女だ。
彼女の装いは白いシャツとチェックスカートで、どう見ても冒険者志望には見えない。何というか日本の駅前に居そうな装いだ。
だが、確かに冒険者募集の張り紙を見てきたと、彼女はそう言っていた。
「えっと……コロモ、どうすんだ?」
「……」
俺はどうすれば良いのかわからないので、とりあえずギルマスに振ってみたのだが、コロモはじっと少女を見つめたまま押し黙っている。
なんだ? 知り合いかと思った瞬間、コロモは乱暴に俺の腕を掴んだ。
「リツ。ちょっとこっち来て」
コロモはそのまま少女に背を向けるように少し離れていく。
「ちょっ、なんだよ?」
「あの子どっかで見たと思ったのよね……ほら、これ見て」
そう言ってコロモは、カウンターテーブルに置かれていた紙の束から1枚を抜き取り、俺に手渡した。
「なんだこれ?」
手渡された紙には、少女によく似た似顔絵と、経歴のようなものが記されていた。冒険者の履歴書的なもんか?
名前/ロン・ミルクス
性別/女
年齢/15
加護/不明
所属ギルド/無し
ダンジョン歴/無し
レベル/1
所持スキル/不明
出身冒険者学校/無し
最終判定/F
「ギルドの組合から、こうやって時々回覧書が周ってくるのよ。あの子、他のギルドを10箇所も断られてる才なしね」
「え? じゃあ断るのか?」
あの老人二人よりは断然良いと思うんだが。正統派美少女だし。
「学校も出てないし、ちょっとね」
「学校? 強さならレベル上げればいいんじゃないの?」
冒険者も学歴社会なの? 夢ねえな。
「何より、この歳で加護無しってのが一番の問題なのよ」
「そうなの?」
「才能があれば生まれた時から持ってるし、遅くとも物心つく時には発現してる。中には教会で呼び起こしてもらわないと発現しない人もいるんだけど、大体その場合レベルの上限は10に満たないしね」
なるほど。才能が物を言う厳しい世界なんだな。
「でも、可能性は0じゃないんだし、取るだけ取ってみてもいいんじゃないか?」
「あのね、新人冒険者の育成にはそれなりの時間と労力とお金がかかるし、ダメだったからって途中で放り出すような無責任な事は……っ!」
コロモは突如ハッとした表情で俺に向き直った。
「ん? どうした?」
「どうした、じゃないわよっ! あんたの眼っ! それで見ればわかるんじゃないのっ?」
「っ。すっかり忘れてたわ。唯一の能力にしては地味だからな」
コロモにちょっと見てくる、と告げて少女の前に戻る。
「あ、あのっ、本日は、よろしくお願いしますっ!」
黒髪の美少女は、戻って来た俺に対して大仰に頭を下げた。
「ああ、えっとギルオペのイチノセリツです」
俺は言って、さりげなく握手の手を差し出す。
「……ロン・ミルクスです。お願いします」
ロンは少し怪訝そうにしながら、俺の握手に応じた。
くっ。美少女の手をナチュラルに握ってしまった。んん、落ち着け俺。目的を忘れるなっ。
「……えと、昨日アルバイトして貯めたお金で、加護は受けたばかりなんですが」
ロンは、スカートの裾をぎゅっと握りしめて、不安そうな表情をしている。
「え? ああ、そうなんだ」
ロンの手をにぎにぎする事に集中していたせいで、変な間ができて不安にさせてしまったようだ。
さすがに真面目にやろう。俺は全神経を眼に集中していく。すると、ロンの頭上に文字列が出現した。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
名前:ロン・ミルクス
種族:人族(勇者の末裔)
加護:クラフトパラディン
レベル:1
スキル:挑発 シールドバッシュ
成長限界:SSS
レベルは1か……クラフトパラディン? 聞いたことないな。まあ、パラディンっていうくらいだから盾職だとは思うけど。ん? スキルもあるジャマイカ。挑発とシールドバッシュって事は、メイン盾で間違いないだろう。
あとは、才能があるかどう……っ!?
「ぶはぁっ!」
成長限界SSSだとっ!? これって、かなり良いって事だよな?
いや、ちょっと待て。確か大手ギルドで見た一番強そうだった冒険者も成長限界Aでレベル40くらいだったはずだ。
「あ、あの?」
ロンは手を握ったままの俺に怪訝そうにしているが知ったこっちゃない。
「ちょっとリツ。気持ち悪いわよ。いつまで手を握って――っ」
「コロモはんっ! 引き当てましたわっ! 単発ガチャでウルトラレアっすわ」
俺はしびれを切らして間に割って入ってきたコロモの体を激しく揺さぶる。
「なっ、なにっ!? どうだったの? ていうか揺すらないでっ!!」
俺はテンションが上りすぎて、コロモに突き飛ばされたまま床に転がった。
「や、やばい。成長限界がS3つだった。しかも、何を言っているのかわからないかも知れないけど、この子勇者の末裔だっ」
「えっ? S3つ? 勇者?」
コロモは興奮する俺に若干引きながら聞き返してくる。
「そうだよっ! あの大手ギルドで見た冒険者だって、せいぜいAだったのに。この子とんでもない逸材だぞっ。」
「え? じゃあ、あの子をうちの専属冒険者にするってこと?」
コロモはちらりとロンを見て、う~んと低く唸る。
「専属とかあるの?」
「専属冒険者になると、優先的に割の良いクエストをもらえたり、怪我した時の保障が有る代わりに、他のギルドでクエストを受けれなくなるのよ」
よくわからんが、正社員とバイトの違いみたいなもんか。
「専属になってもらおう。コロモ、すぐに手続きだ。あれを逃しちゃなんねえぞっ!」
「わかったわっ! ちょっと契約書取ってくる」
コロモはカウンターの中に入り、引き出しを漁り始める。
よっし。完全に棚ぼただが、初期メンバーが勇者とかこれ以上ないだろ。やっぱり最強キャラでゲームスタートするとモチベ上がるもんな。
俺は相変わらず整理されていない背の低い引き出しから契約書を探すコロモの後ろ姿をしばらくみていたのだが、パンツが見えそうで見えなかったのでふと視線をロンへ向けた。
……え? あの子何してんの?
ロンは、一心不乱にギルド内にあるタンスとか引き出しを漁っていた。
あっ、今木彫りの熊パクった。
「ふ~ん。なるほど。新人冒険者を騙った泥棒ってわけね。とっちめてやるわっ!」
コロモは探し出した契約書を床に放り投げると、腕まくりをして良い度胸じゃない、とか言いながら箒を手に向かっていこうとする。
「待てっ! コロモ。あいつをよく見てみろ。ちゃんとツボの中も見ている。あいつは、間違いなく勇者だ」
俺もゲームの中で勇者だった時は、何の罪悪感もなくあれをやったものだ。
「はっ? 何わけわかんない言ってんのよ? どう見てもこそ泥じゃない」
「勇者ってのはな、他人の家に上がり込んで、タンスとかツボから冒険に役立つものを手に入れるものなんだよ」
ていうか、お前も弁当パクったこそ泥だろうが。
「そういうもんなの?」
「そうだ。決して悪意があるわけじゃないから許してやってくれ」
俺とコロモはこっちを一切見ることなく家探しするロンを無言で見ていた。あれ、本当に大丈夫かな、と。
「ああっ。ちょっと待ってっ! ツボ割らないでっ」
だが、とうとうツボを天高く持ち上げたロンを見て、コロモは慌てて止めに入る。
「すっ、すみませんっ! わたし、またやっちゃいました。気が付くと家荒らしをしちゃってる時があって。悪気はないんです」
ロンは我に返ったのか、コロモに平謝りしてパクった木彫りの熊を返している。
まあ、これなら他のギルドに断られるよな。むしろブタ箱行きになってないのが不思議なくらいだ。
いずれにせよ、成長限界はSSS。この子を取らない手は無いだろう。俺は床に落ちた契約書を手に取り、二人へ近づいていく。
「えっと、ロンさん。うちの専属冒険者ってことで良いかな?」
「えっ!? 専属にしてもらえるんですか? 嬉しいですっ。よろしくおねがいしますっ!!」
ロンは俺から契約書を受け取ると、心底嬉しそうに目を輝かせて、またまた大仰に頭を下げたのだった。