04 冒険者の実力
「と言うわけだから、これから私たちのギルド『ヴァーサス』の快進撃が始まるわっ!」
そう高々に宣言したのは、亜麻色の髪に同色の狐耳とふさふさの尻尾を生やした、このFランギルド『ヴァーサス』のギルマスであるコロモだ。
快進撃って言われてもなぁ。
「……なによ? 何か文句あんの?」
「……いえ」
コロモは木箱の上に乗ったまま腰に手を当ててえばってはいるが、元々の幼い容姿も相まって馬鹿っぽく見えてしまう。
「それでどうだった? すごかったでしょ? あれがギルオペよ」
コロモは、あたかも自分の功績のようにふふんと自慢気にしている。
「ああ。さっきまではちょっと興奮してたんだがな」
俺は薄暗くて狭くてホコリ臭いギルドホール内を見渡す。さっきまで居た一流ギルドとは打って変わって誰も居ない。
確かにちょっとギルオペかっけえとか思ってましたよ。でも、何ていうかな。良質なアニメ映画を見た後に自分の顔を鏡で見たような、現実に引き戻された感がやばい。
「何辛気臭い顔してんの。ダンジョンに入れるんだから、すぐにがっぽり儲けて、ギルドのランクもぐんぐん上がるわよっ」
俺は地べたにあぐらをかいたまま、木箱の上のコロモを見上げて思う。不安しか無い。
「……で? どこに冒険者とクエストがあるんだ?」
「へ? ああ、そんなに慌てなくても、もうすぐ来るわよっ」
コロモはぴょいっと木箱から飛び降りると、慌てなさんな、と拳の裏で胸を小突いてきた。
ちょっとイラッとしたがまあいい。そんなことよりもだ。
「どんなクエストなんだ?」
「へ? ああ、そうね。簡単なゴブリン討伐にでもしようかしらね。あっ! もう、こんな時間っ? ちょっと待ってて、クエスト受けてくるっ!!」
「えっ? ちょっ、おいっ!!」
俺が呼び止める間もなく、コロモはうきうきした感じでギルドを飛び出して行ってしまった。
異世界で一人にしないでよっ!
ていうか、まだクエスト受けてなかったのかよ。
ゴブリン討伐とか言ってたが、いきなり実践で大丈夫かな。
あの大手ギルドで見た感じだと、ゲーム画面の中のキャラを動かすみたいな感じだったから、やれなくはないと思うが。
う~む。冷静になって考えてみると、俺今とんでもない状況だよな。
「……はぁ」
これからどうなっちゃうんだろ。6億円当たったのに、何で異世界でギルオペとかいうわけわからんことしなきゃならんのだ。
くそっ。あのけもみみロリ巨乳めっ。
胸中でコロモへ悪態をついていると、不意に扉のノック音が響いた。
もうコロモが帰ってきたのかと思ったが、扉がゆっくりと開いた先を見て、俺は首を傾げた。
「失礼、するよ」
「……?」
扉を開けて入ってきたのは、よぼよぼのおじいさんとおばあさんだった。
「えっと……?」
何だ? コロモの知り合いか?
「ほっほっ。新人さんかな?」
「え? ああ、はい。今日からギルオペをやることになりまして」
「おお、おお。ギルオペさんですか。これはめでたい。して、ぎるますはおりますかな?」
おじいさんは杖を頼りにやっと立っているような状態だ。
「ああ、すみません。今クエストを受けに行ってまして」
「そうですか。では、待たせてもらうかのう。なあ、婆さん」
「……そうですねぇ」
ばあさんはじいさんに促されて、木製の長椅子に二人仲良く腰を下ろした。
なんだろう。まさかとは思うけど。いや、そんなわけないか。
だが、俺の嫌な予感は的中したようで、じいさんはぽつりとつぶやいた。
「久しぶりのダンジョン……腕がなるわい」
まさかだったああああぁっ!!
このじいさんとばあさんが冒険者かよっ! 無理だろ。さすがに冒険しちゃだめだろっ。もうあれだよ。ここまで歩いて来ただけでも十分冒険しちゃってるよっ!
「あ、あの。今日はクエスト、無いと思いますので、その。無理しないでください」
「ふぉっふぉっふぉ。わしらを侮っているな?」
じいさんの長い眉毛の下に隠れた瞳がきらん、と光った気がした。多分気がしただけで実際には光ってないと思うが。
「い、いえ。決してそういうわけでは」
親切で言ったつもりだったんだが、伝わらなかったようだ。
「心配せんでもまだまだ若いもんには負けんわい。どれ、わしらの力、見せてやるとするかのう」
じいさんは言ってゆっくり立ち上がると、
「ぬっ!?」
……ぼきっ。と、腰から悲鳴を上げて、ぷるぷる震えながら動かなくなった。
「くっ。今回のクエストは、中々に難航しそうじゃわい」
何言ってんの? 難航というか、まだ出航すらしてないんですが。
すると、となりに座っていたおばあさんがおもむろに立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「ほっほっ。じいさんや、はしゃいじゃぁいけませんよ。ほれ、ヒール」
おばあさんのしわしわの手のひらがおじいさんに向けられ、淡い光を帯びていく。
おおっ! 回復魔法かっ。魔法初めて見た。
ちょっと感動したのもつかの間。
「ぬわああああああああぁっ!?」
じいさんが火だるまになって床を転がった。
「ありゃ? おかしいねぇ」
ばあさんの手のひらからは、火の玉が発射されたのだ。
「ちょっ!? おいいいいいいぃっ!」
俺は慌てて、火だるまで床を転がるじいさんを消化する。
「だ、だいじょうぶですかっ?」
「ふぉっふぉ……なんのこれしき」
体中からぷすぷすと煙を出しながら、じいさんは親指を突き立ててくる。
「あ、あの……十分お二人の実力はわかりましたので、今日はこれくらいにしましょう」
「そ、そうかの? まだまだいけるんじゃが?」
俺の提案に対しても、じいさんは引き下がる様子はないが、この二人をオペレーションする自信が持てないので、特別クエストを与えることにした。
「えっと、あれです。生きてください。それがお二人のクエストです」
俺は二人の背中を優しく押して、何とかギルドを追い出すことに成功した。
よし。無理だわ。
それから少しして、異世界でバイトを探そうとしていた時に、再びギルドの扉が開け放たれた。
「クエスト受けてきたわよっ! ゲンさんとウメさんもう来てる……って、あんた何してんの?」
「おお、コロモか。俺って身分証明とかどうなってんの? 皿洗いのバイトしようと思ってるんだが」
何やら文字が書かれた紙を片手に、意気揚々とコロモが帰ってきたので、大事なことを確認しておく。
「何わけのわかんないこと言ってんのよ? これからギルオペとしてやってくんだから、バイトなんてしなくってもいいわよ」
「いや、無理だろ。冒険者居ないし」
俺の中では、さっきのじいさんとばあさんは当然ノーカウントだ。
「だから、ゲンさんとウメさんが来るんだって」
「ゲンさんウメさんね……あの老夫婦なら帰ってもらったが?」
俺は薄目でコロモを見ながら、当然だろと付け加えておく。
「ちょっ!? なんで帰らせるのよっ! クエスト受けちゃったんだから、キャンセル料取られちゃうでしょっ!」
「おいこら。まさかさっきのがうちの冒険者だってんじゃないだろうな?」
何となく察してはいたが、さすがに許容できない。
「そうよっ! ギルオペが居ればダンジョンに送れたのにっ!」
「ざっけんなよっ! あの世に送っちまうだろうがっ! 他の冒険者呼べよっ」
「居ないわよ」
コロモは、小さく暗い声でつぶやいた。
「はっ? あの老人しかいないってのか?」
「しょうがないじゃないっ。他の冒険者はみんなよそに取られちゃったんだからっ!」
何がこれからはがっぽり稼げて、ランクもぐんぐん上がるだ。冒険者が居ないんじゃ、ギルオペが居たって意味ねえじゃねえかっ。
「ふんっ!」
「ふにゃっ!?」
俺は怒りも込めて、コロモの背後に回り込み、ふさふさ尻尾を掴む。
「この変態っ! 尻尾触んないでよっ!! 胸触んのと一緒だって言ったでしょっ!」
コロモは猫みたいにふしゃー、と怒って俺から尻尾を奪い返した。
「うるせーっ! 尻尾が胸と同じってんなら、いつもおっぱい丸出しの痴女じゃねえかっ!」
「言ったわね、この異世界人っ!」
「お前もなっ!!」
もう我慢ならねえ。スーパーでこぴんをお見舞いしてやる。
コロモと取っ組み合いをしていると、再びギルドの扉が開くのが見えて、またあのじいさんが戻ってきたのかと思ったのだが。
「あ、あの~、外の冒険者募集の張り紙、見てきたんですけど」
「「……え?」」
入ってきたのは、かなり控えめに声を掛けてくる黒髪の少女だった。