03 ギルオペの仕事
俺はその光景に釘付けになっていた。
圧巻と言ってもいい。
魔導板と呼ばれるバカでかいモニターに映し出されているのは、遺跡風のダンジョンを進んでいく冒険者たちの姿だった。
俺が今居るのは、この街で最大規模を誇るギルドのオペレーションホールだ。無数に配置されたデスクでは、ギルオペと思しき人たちがダンジョン内の冒険者と会話をしている。
冒険者の数は50名くらいだろうか。
時折、モンスターの群れと遭遇し、複数人のギルオペが各パーティーに指示を飛ばすと、ギルド内に緊張が走る。
今日はこれからこのギルドで、炎竜討伐のレイドクエストが遂行されるとのことだった。
「なあ、コロモ。ギルオペの隣にいる秘書みたいなのって何してるんだ?」
「……」
隣に居るコロモはムスッとした様子で、こちらを見ようともしない。
コロモはさっきから話しかけても無視してくる。尻尾を掴んだのを未だに怒っているのだろうか。何やらリコリコ族にとって尻尾を触るのは、胸を触るのと同じようなことだという。
それを聞いた俺は土下座してまで謝ったのだが、許してくれていないらしい。
さっきの事は水に流して、改めて胸を触らせてほしいと懇願したのが問題だったのか?
「コロモっ」
「……」
「おいっ! いい加減に――っ!?」
コロモは、しびれを切らした俺の唇に、そっと細い指先を当ててきた。
「しぃーっ。今の私に話しかけちゃダメよ」
コロモは周囲を窺うようにしながら、小声でわけのわからんことを言ってくる。
「は? 何言ってんだよ」
「見てわかんないの? お弁当よ、お弁当。これくらい大きいギルドになると閲覧者にお弁当が配られるのよ。でも見なさい。みんなオペレーションに集中してお弁当のことなんて忘れてるでしょ? これで3日は持たせるんだからっ」
「……」
もしかしてうちって貧乏なのん?
「で? 何だっけ? なんか言った?」
「……ああいや、ギルオペの隣にいる人って何してんのかなぁって」
「ああ。あれはマッパーよ。ダンジョンの地図を書いて、ギルオペに伝えてんの。わかったらちょっと静かにしててっ」
コロモは言って、こそこそと身を低くして観戦しているひとたちの足元に置かれた弁当を掠め取っていく。
何人かはうわぁって顔してるから、気付いてるけど気付かないふりしてるんだろうな。まあ、尻尾と狐耳は身を低くしてても目立ちますもんね。
そうこうしている内に、冒険者たちはダンジョンの最深部にたどり着いたようで、いかにもボスという感じの巨大な炎竜の咆哮を皮切りにレイド戦が始まったようだった。
「気を付けろっ! 30秒後ブレスくるぞっ! 盾職以外は炎竜の背後に、盾職は全力でヘイト上げながら、シールドバッシュ準備っ!!」
このレイド戦のメインオペレーターである、眼鏡を掛けた渋い壮年男性の怒号がホール内に響き渡る。
「おおっ、かっこいいっ! コロモ、あの人がここのギルマスなのか?」
「そうよ。あのヒゲがここのギルマスよ……あっ! あっちにもまだ残ってるわね。行ってくる」
コロモは目ざとく弁当を見つけたようで、こそ泥のように地を這って行ってしまった。
「あのギルマス……かっこいいな」
炎竜討伐レイドの指揮を取っているのがこのギルドのギルマスで、羽織っていた外套を風呂敷のように使って弁当を集めているのがうちのギルマスだ。
ギルド格差ヤバすぎないですかね。
ていうか、こいつ俺にギルオペの仕事見せるとか言って、弁当が目当てだったんじゃないだろうな。
「ふぃ~。今日はこんなものかしらね」
少しして戻ってきたコロモは、風呂敷いっぱいに集めた弁当を満足気に見て、良い仕事したとでも言わんばかりに額の汗を拭った。
「お前にはプライドってもんがないのかよ?」
「くいぶちが一人増えたんだからしょうがないでしょ。ギルマスも楽じゃないのよ」
ただの弁当泥棒じゃねえか。
「ヒーラーっ! 回復のタイミングもう少し早めにっ。第三アタッカー陣はヘイト抑えろ、死にたいのかっ!!」
コロモとは打って変わって、真剣にクエスト攻略に挑むギルオペたちの激が飛ぶ。
ギルドオペレーター。
冒険者たちにクエストを斡旋するだけではなく、戦闘をダンジョン外から指揮してクエスト成功へと導く、俺の知らなかった職業だ。
これは、俺が知っているネットゲームではなく、モンスターと本当の生き死にを賭けた戦闘であり、パーティーチャットやギルドチャットがあるわけでもない。
実際に凶悪なモンスターと対峙し、生死の瀬戸際で戦っている冒険者たちに余裕はなく、例え互いのステータスが視えていたとしても、悠長に確認している暇はないのだ。
それが、大人数のレイド戦となれば尚更だろう。
だから、ステータスを可視化、管理できるギルオペが意思疎通を行い戦闘を指揮するのが、この世界では当たり前なのだ。
「ブレス、来るぞっ!!」
指揮官のギルオペが叫ぶと同時に、モニター内の盾職が一斉にスキルを放つ。
「……よしっ! スタン入った。火力職、畳み掛けろっ!!」
巨大なドラゴンの全身に、攻撃魔法と斬撃の雨が降り注ぐ。
モンスターとの戦闘で最も必要なのは、もちろん冒険者の腕だろう。
だけど、ギルオペの指示が戦況を大きく左右させる事も一目瞭然だ。モンスターの情報を深く理解、把握し、瞬時に的確な指示を出す。それは、モニターを通して、モンスター、冒険者の全てをその視界に収められる外側のパーティーメンバー、ギルオペにしか成せない所業だ。
俺は人生勝ちゲー状態から無理矢理この異世界に召還されて、正直うんざりしていたのだが、一流のギルオペが仕事をしているところを見て、正直ちょっと興奮していた。
だが、俺はレイド戦をぼんやりと見ながらふと思ってたことがある。
無限湧きっぽい雑魚を毎回処理しているのを見た時、俺だったらテレポート持ってるあのウィザードにマラソンさせるなぁ……とか。
盾職あんなに要るのか? とか。
これはあれだな。もしかして、俺の方がもっと上手くオペレーションできるんじゃね?
「……ん?」
そんなことをふと考えている時、俺の手には弁当箱の入った風呂敷が握らされていた。
「リツ。ここからが本番よ。ばれないように、お弁当を持ち出すのっ!」
「……うん」
ギルドに戻ったら、皿洗いのバイトでも探してみるかな。