02 ギルオペのスキル
「……まさか本当に何もないなんてね」
コロモは力なくすとん、と背もたれ付きの椅子に腰を下ろし、蔑んだ目を俺に向けた。
あれからこのFランギルドの再建を手伝うとことになった俺は、異世界に召喚されたのだからチートの1つや2つあるだろうと色々試してみたのだが、武器は重くて持てなかったし、魔法もなかったのだ。
唯一の救いは言葉と文字がわかることくらいだろうか。
「言わないでくれ。これでもちょっと何かあるだろうと期待してたんだから」
「……本当に、リツってただの平民なのね」
女の子ってこんな声出るんだって言うくらい、低く暗い声でコロモはつぶやいた。
「……はぁ。異世界に召喚されてチート無しとか誰得なんだよ。やばい、ちょっと泣きそうになってきた」
本当なら6億円で夢の生活のはずだったのに、異世界でモブキャラやれってことなの? いくらなんでも酷すぎないですか?
「泣きたいのはこっちよ。おじいちゃんが残してくれた召喚札が、最後の頼みの綱だったのに……」
コロモはがっくりと肩を落とし、大きく一つため息をついた。
「そう言えば、コロモのじいちゃんが召還した冒険者が居るって言ってたな? そいつはどこに居るんだ?」
「え? その人はもう居ないわよ」
コロモは何言ってんの、みたいな目で見てくる。
「そうなの? そいつは今何してんだ?」
「ああ……俺つええええって、叫びながらドラゴンに食べられてた」
コロモは、どこか遠い目をしてさらっと言ってのけた。
「……へ、へぇ」
くそっ。不謹慎極まりないが、想像したら笑いそうになっちまったじゃねえか。
「だから、リツを召喚したのが最後の1枚だったのよ」
「そっか」
ごめんね。そいつ多分俺の国の奴だわ。
「ん? 召還札は三枚あったんだろ? 残りの1枚は?」
聞いた話によれば、コロモの家に代々伝わる召喚札が3枚あったとのことだった。
「……あれよ」
「ん?」
コロモが指差したテーブルの上には、ぽつんと置かれた緑色の小さくて丸いものがあった。
「これ……ペットボトルのフタじゃん」
「なにそれ? あんたこれが何か知ってるのっ!?」
コロモは目を輝かせて、もしかしてお宝なの? と、腕を掴んでくる。
「俺の世界だと、あれをたくさん集めると誰かが幸せになる」
「は? なにそれ?」
まあ、異世界にペットボトルなんてないだろうしな。
「いや、忘れてくれ。それはゴミだ」
「……そう」
コロモは瞳の色を無くし、力なく俺の腕から手を離すと、彼女の定位置なのだろう椅子に座り直した。
て言うかピンポイントでなんてもん召還してんだよ。
「とりあえず、リツが戦闘能力皆無のクソムシってことはわかったわ。あとはギルオペとしてのスキルがあるかどうかなんだけど……」
「そうだな……ん? おい、ちょっと待て。誰がクソムシだ?」
俺はさらっと罵倒してくるコロモに、スーパーでこぴんをお見舞いしようと狙いを定めたのだが。
なんだこりゃ?
コロモの狐耳の上に何か文字列のようなものが浮かんでいる。
目を凝らしてみると、それはより鮮明に映し出された。
名前:コロモ・ユニエール
種族:リコリコ族
加護:マッパー
レベル:――
成長限界:F
ああ。ネトゲのステータス表示的なあれか。目に意識を集中すると視えるんかな。
「……リコリコ族ってコロモの種族か?」
「っ!?」
何気なく訊いたのだが、コロモは驚いた様子で目を見開いた。
「なんで知ってるのよっ?」
「え? だって頭の上に文字が出てるぞ?」
そういう世界なんじゃないの?
「頭の上に文字っ?」
コロモはバッと後ろを振り返ったり、頭上を見上げたりしたあとで、自分では視えなかったのか、眉根にシワを寄せて怪訝そうな目を向けてくる。
「ほっ、他には何が視えるの?」
「ん? あ~、レベルと……成長限界?」
「成長限界ですってっ!?」
コロモは、ガタタっと椅子から立ち上がり、俺の腕を掴んで顔を近づけてくる。
ひぇっ。なにっ? ちょっと怖いんですけど。
「急になんだよ? みんな視えてるんじゃないのか?」
「そんなの視えるわけないでしょっ! あんたの……能力ってことなの?」
「いや、俺に聞かれても……ん?」
コロモのステータスの下に、もう一つ文字列が浮かんでくるのが視えた。
「スキル……アナライズと、自動書記?」
「なっ!? あんたスキルまで視えてるのっ!?」
「いや、さっきまでは無かったんだが……」
ああ、なるほど。
「そういうことか」
俺の腕を掴んでるコロモの手を見て納得した。
「どういうことよっ!」
「多分、対象に触れると、より詳しい情報がわかるんだと思う」
詰め寄ってくるコロモを片手で制しながら、考えを伝える。
「っ!」
コロモは掴んだ手をじっと見つめたあと、何やら考え込むような仕草をする。
でも、これって俺だけが使えるとしたら、かなりの能力だよな。と、そこまで考えてすぐに閃いた。
「そうだっ! コロモ、鏡っ! 鏡ないか?」
「へっ? ああっ! あるっ。ちょっと待っててっ!!」
コロモは俺の意図を理解したのか、タンスの引き出しを派手に開け放って、これじゃない、これでもない、とか言いながら、木彫りの熊とかよくわからんものを放り出し中を漁りだした。
ちゃんと整理しとけよ。
「あったっ……はいっ」
鼻息荒いコロモから手鏡を受け取り、目に意識を集中したのだが。
「あ、あの……」
「何よ?」
「かなり大胆に映り込んでるんですけど」
小さな手鏡の中には7対3くらいの割合でコロモの顔が映っていた。もちろん7はコロモだ。お前が見てもしょうがないだろうが。
大事な獣耳が見切れてるし。
「別にいいでしょ? 早くしなさいよ」
「……」
なんかこれからプリクラでも取るみたいで気恥ずかしいんだが。
「視えた?」
「いや、まだ見てない」
まあ、いいか。目に意識を集中だ。
名前:リツ・イチノセ
種族:人族
加護:オペレーター
レベル:――
スキル:神眼 ソウルリンク
「おおっ!」
「なにっ? 何かすごいスキルでもあった?」
「神眼……は、多分この視える能力だろうな。加護のオペレーターってのは、ギルオペってことか。あとは……ソウルリンク?」
コロモに向けて、なんじゃそりゃ? という疑問を視線で送る。
「ソウルリンクは、冒険者をダンジョンに送ったり、コンタクトを取るためのギルオペなら誰でも持ってるスキルよ」
「ギルオペ専用スキルってことか」
誰でも持ってるスキルか~。じゃあ、俺の唯一無二ってステータスが視える神眼だけってこと? 何かしょぼくない?
「……ふふ。ふへへへへ。リツ、あんた本当にギルオペだったのね」
コロモは、ニタァ、と邪悪な笑みを浮かべて、ふさふさの狐尻尾でぽすぽすと床を叩いた。
何この子。闇が深そう。
「ま、まあ、本当に何もない無能じゃなくて良かったけど、もうちょっと何か欲しかったなぁ」
何でも反射する能力とか、何でも作れる土魔法とか、物語の主人公っぽいやつ。
「馬鹿ねリツ。ギルオペってのは希少な存在なのよっ! 何せギルオペが居ればダンジョンに入りたい放題っ。見てなさいよ、今までバカにしてきた奴らをぎゃふんと言わせてやるわっ!」
コロモは、とても人様には見せられないような歪んだ表情で、ぐへへへ、と小さく零した。
過去にどんな目に合わされたのかはわからないが、こいつめっちゃ根に持つタイプだな。
「ギルオペって数が少ないのか?」
「ギルオペのスキルってのは才能だけだから、どんなに修行したって身に付くもんじゃないのよ。だから、どこのギルドもギルオペの引き抜きと囲い込みには余念が……っ!?」
コロモは話している途中で何かに気付いたようにハッとすると、突如俺の胸ぐらを掴んで凄んできた。
「な、なんだよ、急にっ!?」
「あんた……もしも裏切ったら、わかってるでしょうね?」
うっわ、こいつクズいわ。こういう奴嫌いじゃないけどクズいっすわ。
「裏切らねえよ。ていうか、この豚小屋Sランクにしないと俺が帰れないんだろ?」
「豚小屋じゃないっ! ヴァーサスっていう名前があんのよ、このギルドにはっ」
コロモは今にも噛みつていきそうな野犬のように、ガルルル、と犬歯を覗かせる。
「ああ、もうわかったから離してくれっ」
「もし裏切ったら……あんたののどちんこをぶっ殺すわ」
コロモは謎の捨て台詞を吐いて俺を解放した。
よくわかんない脅し文句だが怖すぎる。のどちんこぶっ殺すってパワーワードすぎるだろ。どうなっちゃうんだよ、俺ののどちんこは。
「んで、俺がギルオペできるってわかったのはいいけど、具体的にどうすりゃいいんだ?」
「そうね。いきなりクエストってのもあれだし。まずはあんたにギルオペの仕事ってやつを見せてあげるわ」
コロモは言って、掛けてあったこげ茶色の外套を羽織った。
「行くわよ」
「へ? 行くってどこに?」
コロモはふっと不敵な笑みを浮かべ、
「ピリオドの向こう側へよっ!」
と、ドヤ顔で言って踵を返し出ていこうとしたので、俺は少しイラッとしてコロモの尻尾を掴んだ。
「ふにゃっ!?」
コロモは猫みたいな声を上げて、全身をビクッとさせると、涙目で睨みつけてきた。
「ほう? いい声で鳴くじゃねえかっ!!」
俺的にはちょっとしたおふざけで返したつもりだったのだが。
「ななな、なにすんのよっ!!」
「ぐふぁっ」
コロモのボディブローが突き刺さった。
で、どこに行くんでしたっけ?