00 完全勝利!
社畜も眠る深夜2時。
六畳一間のアパートの一室で、俺こと一ノ瀬律は、パソコンのモニターに映る数字列をじっと見つめていた。
勝った。完全に勝利した……人生に。
俺は叫び出したい衝動をぐっと堪えて、何度も見直した数字の羅列をもう一度確認する。
よし。間違いでも勘違いでも夢でもない。これはまぎれもない現実だ。
何度もつねったり叩いたりした二の腕をさすりながら、しばしの賢者タイムが流れる。
某有名宝くじの一等で6億円当たった。
苦節24年。とうとう俺は、攻略不可能と名高いリアルという糞ゲーで完全に勝利した。全クリと言ってもいい。後は幸せなエンディングが流れるだけだ。
今思えば辛い日々だった。
高校卒業後は、普通に就職して普通の人生を送るのが嫌で、自分には何かあるはずだと信じて早6年。
自分が好きな事を仕事にしたいなんて、今思えば浅はかだったかもしれない。
漫画家、小説家、ゲームクリエイター。色々と手を出してみたが、どれも長続きはしなかった。
漫画は絵を一から覚えるのが苦行すぎて挫折した。
ゲームクリエイターは、プログラムを覚えるのが果てしなさすぎて辞めた。
小説家は、ネット投稿してみたものの、誰も読んでくれなくて心が折れた。
気が付けば24にもなって就職もせずに、ただ食って寝るためにバイトするだけの日々。
友達も彼女も無く、唯一の楽しみは安酒を飲みながらアニメや漫画やゲームをすること。
怖かった。本当に怖かった。未来が、将来が、明日が。
このまま、死んでいく自分を想像しては恐怖し、現実から目を背けるために酒を飲んで、娯楽に逃げ続けてきた。
だが、もう恐れることなど何もない。
俺には6億円があるっ!
これまでは、欲しいオタグッズも厳選して来たが、もうその必要もない。
これからは欲しいものは、欲しいだけ買える。貧しい消費豚の牧場から広い世界へと旅立てるのだっ!
『異世界行きたい。異世界行きたい。転生したい。転生したい』
何気なく手にしたコピー用紙の裏には、病んでいた頃(つい三日前)の俺が無意識に綴った字があった。
「……ふふ」
可愛いやつだ。
そりゃあ、ちょっと前までは思ってましたよ。エルフやケモミミ美少女が居る世界で無双して、ハーレム作ったりしてぇ、ってね。でも、もう異世界なんて用はない。
異世界なんて行ったら死の危険がいっぱいだしな。
これからは、大好きなソシャゲとネトゲを存分に楽しみながら、リアル無双しながら自堕落的に生きていくぜ!
まるで小学校の頃に書いた作文を懐かしむような気持ちで、そのコピー用紙を優しくクシャッと丸めたその時だった。
「っ!?」
突如、天井から眩い光が放たれ、ぐるりと意識が回るような浮遊感の後、視界は闇に閉ざされていった。