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(7) 目撃者

 ドブクサイの大迷宮。

 そのボス部屋に近い一室。

 携行ランプを取囲んで座っているのは四人の屈強な戦士たち。

 王子オータニウスの護衛として随行していた王国騎士団の四人である。



「あー、暇だぁ」


 干し肉をかじりながら騎士のひとりが愚痴をこぼした。


「メシは不味いし女っ気はないし。新兵じゃあるまいし、今更ダンジョンで野営なんてよぉ」


「ああ、せめて酒でもありゃあな」


「王都に帰ったら、どうだ一杯?」


「馬鹿を言うな。これから殿下の遺品を回収してその後は報告と取り調べだ。おまえたち、酒臭い息で査問庁に行くつもりか」


「んなこたぁ分かってるよ」


「堅えなあ、あんたは」


「とはいえ、もうそろそろいいだろ?」


「ああ。そろそろ頃合いか」


「あのキングオーク、かなり怒らせたからなあ。回収できる遺品が残っていればいいけど」


「またあのキングオークと殺りあうのかよ。かったりぃなあ」


「さあ仕事だ。行くぞ」


 四人の騎士たちが立ち上がったとき。


 カチャリ。


 扉を開けた者がいた。


「誰だッ!」


 咄嗟に剣を抜く盾騎士たち。魔法士もまたその後方に移動して術式の準備を進めている。

 偶発的な遭遇戦にも即座に対応する、一流の戦士としての習性なのだ。


「ヒイッ! あ、怪しい者ではありません」


「おまえ、ひとりか?」


「はい。あの、仲間とはぐれてしまいまして……」


「それで荷物もランプも持たずにうろついていたのか」


 扉の前に立っていたのは黒目黒髪の若者だった。

 印象に残らぬような地味な顔立ちに、剣も使えぬような貧弱な体格。そもそもダンジョンまで来ておいて腰に剣すら差していない。

 ただ一点、人の目を引く所。


「その鎧、すげえな」


 若者が着用していたのは白銀に輝く、それは見事な鎧であった。


「はい。父が商売をしておりまして、これは私のために外国のとある貴族様から譲り受けたものです」


「ヒュウ。金持ちのボンボンかよ」


「それで、騎士様。できれば出口まで同行させてもらえませんか。もちろんお礼はここを出たら父が十分に……」


「あー、悪いが俺たちも仕事中でな。それに」


「ヒ、ヒイイッ!」


 その殺気に気づいたのか、逃げ出した若者の背後から。


「ムンッ!」


 年長の騎士が剣を斬り放った。


「殺ったか」


「暗くて分からん。だが手応えはあった」


 仲間の騎士たちがランプを持ってきて若者を照らした。

 地に横たわった若者は脚を抑えていた。

 出血がひどい。もう助からないのは明らかだった。


「どうして……。あなたたちは王国騎士団の騎士様では……」


「やはり気がついていたか。悪く思わんでくれ。見られた以上、その口をふさぐしかないのだ」


「俺たちが王子をひとりあそこに閉じ込めて、ここにいましたなんて証言されちゃ叶わんものなぁ」


「そういうこと。ま、金持ちのボンボンが剣も持たずにダンジョンをうろついているんだ。どのみちモンスターに食われて死ぬ運命だったのよ」


「恨むなら弱っちい自分を恨みな」


「う、うぅ……」


「なあ、でもコイツが死んだらマズくねえか?」


「ああ、査問庁の測定機に引っ掛かってしまうな」


「じゃあコイツもキングオークに殺らせるか」


「ならまだ息のあるうちに急ごうぜ。おっとその前に」


「ああ。高く売れそうな鎧だ。ここに捨てていくには勿体ねえ」


「決まりだな。これは戦利品つうことで」


 騎士たちは出血でぐったり横たわる若者を足で転がし、慣れた手つきでバチンバチンと背中の留め金を外して。


「あとはここを開けば……」


 鎧を脱がせようとグッと力を込めたとき。



『ベロベロベロベロ、残念でしたあ~ッ! 鎧じゃなくてミミックでしたあ~ッ!』



 驚愕の表情のまま、その首をボトリ、ボトリ、ボトリと三つ落としたのだった。



「恨むなら弱っちい自分を恨んでくれよな」


 いつの間にか佇立して、騎士たちの死体を見下ろしていたのは先ほどの若者であった。

 その脚には、致命的な重傷どころかカスリ傷さえついてはいない。


「バインドォーッ!」


 その若者を魔法の閃光が襲った。


「このバケモノめ! だが頭の出来は俺の方が上だったようだな。てめえがタダモノじゃねえことに感づいて術式を練っておいたのよ」


 魔法士の拘束魔法が若者をギリギリと締め上げた。


「カッチーン」


「あ?」


「あのさ、俺がおまえよりアタマ悪いみたいな言い方は止めてくれないか」


「てめえ、なんで……」


「おまえが俺の背後で魔法を練っていたのは見えて(・・・)いたし」


「キングオークも封じ込める拘束魔法だぞ、てめえはなんでそれで立っていられるんだッ!」


「ただ人間の魔法を見たことがなかったから、どんなものかと食らってみたけど」


 若者を拘束していた魔法がパリンと弾けた。


「人間の魔法も全然たいしたことないんだな」


「ち、バケモノめ!」


「逃がすつもりはないんだけど」


 走り去ろうとした魔法士の首がボトリと落ちた。



「あーあ。これで俺もついに人殺しか」


 若者がポツリとつぶやいた。


「いいんだよ、高木さん。先に仕掛けてきたのはあいつらだし。攻撃してきた奴を殺さずに放置するとさ、黒いカルマがチクチクして地味に鬱陶しいんだよね」


 若者の纏った白銀の鎧。

 その鎧が、騎士たちの残したランプを反射してキラリと光った。


「でもさあ、初めて人を殺したのに思ったよりも動揺してないんだよね、俺。肉体や脳が堕神様性能になったおかげで神経まで図太くなったのかなぁ」


 白銀の若者はガシガシと頭を掻いた。


「あーあ。あいつの言ったとおりの糞野郎たちだったな。でも王家のゴタゴタとか、なんかめんどくさいことに巻き込まれちまったかなぁ」





◇◆◇◆◇


「若旦那、ありがとうございやす、ありがとうございやす! あっしはもう嬉しくて嬉しくて、まだ震えが治まらねぇ」


 ボス部屋に戻ってからも、高木さんは上機嫌だった。


「高木さん、お礼はもういいって。大げさだなぁ」


 俺は高木さんの水魔法で血を洗い流した後、高木さんの風魔法で乾かしてもらっている。

 俺の血ではない。

 先ほどおっさん騎士に斬らせたときに高木さんに出してもらったキングオークの血液である。

 ちなみに暗がりで奴らは視認できなかったようだが、あのおっさん騎士に斬らせたのもキングオークの肉である。


「だって若旦那、一日に二回も! 一日にマヌケ面が四つもですぜ!」


 人をからかうのが大好きなミミックの高木さん。

 今日はその500年の人生で初となる、からかいデビューの日だったのだ。


「悪かったですね、マヌケ面で……」


 しかし上機嫌の高木さんとは対照的に、膝を抱えてドンヨリといじけている者もいたりする。


「あー、おまえもいい加減に機嫌を直せよ」


「だって酷い、酷すぎです。聖天使様のフリをしてボクのことを騙すなんて!」


 いや、おまえの方がよほど酷いだろ。美少女のフリをして俺のことを騙すなんて。

 言わんけどさ……。


「たしかに驚かせたのは悪かったけど、天使はおまえが勝手に勘違いしたんだろ。俺はちゃんと言ったぞ、この鎧は俺の相棒だって」


「それはそうですけどぉ」


 く。だからその乙女な仕草で頬を膨らませるのを止めろ。

 ドラゴンのくせに……。


「ま、これで納得しただろ。俺は天使じゃなくフツーの人間だから」


「あなたが普通の人間とか、そんなワケないでしょう!」


「え」


「キングオークを手も触れずにやっつけて、王国騎士団の精鋭四人を相手にこれも簡単にねじ伏せて」


「はあ」


「あげくの果てにその鎧の魔物ですよ。なんですかそれは。鎧に化けて人語を話す魔物とか聞いたこともありませんよ!」


「あー、高木さんは俺の相棒だぞ。ちょっと人をからかうのが好きだけど、こうして水をくれたり風で乾かしてくれたり、あと回復魔法でおまえの傷を治してくれたり、とっても優秀なんだぞ」


「だから余計にワケが分からないんですよ!」


「ホラ、そのドラゴン肉もよく焼けてて美味いだろ?」


「たしかに火魔法まで使えるのは凄いですけど……って、ちょ、この肉ってドラゴンなんですかッ!」


「まだまだたっぷりあるから遠慮しないでたんとお食べ」





「だからいったい何者なんですか、あなたはッ!」

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