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(6) 聖天使

「やっと見つけたこの階段~♪ 昇ってみたらまたダンジョン~♪」


「若旦那、また歌って……」


 あいにくと今回もまた出口ではなかった。

 ならばいつものルーティーン。

 俺が階段を昇ってまずすることは、扉を開けてそこの階層主さんへのご挨拶。「はじめまして、さようなら」のご挨拶。


「ええと、ここの階層主さんは」


『ヴモオオオオォォーッ!』


「豚男さんか」


「ありゃあキングオークですね」


「ん、キング豚男さんが踏んでるのって……」


「若旦那、ありゃあ人間です、まだ息がありやすぜ!」


『ヴモオオオオォォーッ!』


「あ、ヤバイ!」


 俺たちがようやく発見した第一村人さん。

 その貴重な第一村人さんに、あろうことかキング豚男さんが棍棒を振りおろしたのだ。

 その巨体、その剛腕による振りおろしである。

 人間などグチャリと、トマトよりも容易く潰れてしまう。


「させるか!」


 俺はウッと息をつめるように神経を集中した。

 それでカチリと時間が止まる。

 見えぬほどの高速で振りおろされたはずの棍棒も空中で止まっている。


 もちろん時間が本当に止まったワケではない。

 俺は魔法など使えないし、時間など操作できるはずもない。

 ただ、神経を集中したことで堕神性能の脳が思考と感覚の処理速度を上げたのだ。

 つまり今の俺は超高速な脳によって、世界をスローモーションとして認識しているだけである。


 踏みつけられた村人さんの頭蓋。

 そこにジリジリと近づいていく棍棒。


 俺は堕神性能の脚力でダッシュした。

 ドロリと粘度を増した空気。その摩擦熱で頬が熱くなる。

 豚男までの距離が瞬時にして無くなると、指先ほどの大きさに見えた豚男も瞬時にして巨大になって。


 ドゴン!


 俺のショルダータックルで吹き飛ぶと、豚男の巨体はまた指先の大きさへと戻っていった。

 それを受け止めた石壁が音もなく砕けて。


 俺はフゥーと息を吐いた。

 それで時間の流れが元に戻ると、少し遅れてズガン、ガラガラと石壁の音がようやくやってきた。


「村人さん、大丈夫か、村人さん!」


 抱き起こした俺の腕の中で、村人さんがギュッと閉じていたその目を開いた。


「え、聖天使様? あれ、どうして、え?」


 豚男にやられたのか、傷だらけで着衣もボロボロの第一村人さん。

 その真ん丸の目が俺と、あっちの石壁でグッタリしている豚男とを何度も何度も往復した。

 しかしむしろ驚いていたのは俺の方だった。


「完璧だ、パーフェクトだ……」


 歳の頃なら十二、三才だろうか。

 肩までのサラサラの金髪、透き通った白い肌、濁りのない青い瞳……。

 しかも。

 キン豚によってボロボロに切り裂かれたその衣服。

 そこからあられもなく見えているスベスベの肌。

 ああ、なんてことだ、なんてことだ。

 俺、通報されちゃう……。


「これほどまでの完璧美少女をセッティングしておくとは、恐るべし異世界。恐るべしテンプレート……」


「聖天使様、危ないところを助けて頂き感謝申し上げます」


 しかも声までカワイイし!


「ハハハ。なあに気にしないで。か弱い女の子を助けるのは男の義務みたいなものだしね」


 ナイスガイをアピールしてみたけど、どうよこれ!

 好感度爆上げ待ったなし、みたいな?





「え、あの、聖天使様。ボクは男なんですが……」





◇◆◇◆◇


「わわわ、聖天使様。どうなさったのですか?」


 少年は困惑していた。

 白銀の男が急に膝から崩れ落ちたのだ。

 先ほどまでの気持ちの悪い笑顔も消えて、虚ろな目でヨメガ、オレノヨメガ……と呟いている。

 少年は、これほどまでに絶望している人をいまだかつて見たことがなかった。


「あの、あの、聖天使様、もしかしてボクが何か失礼なことを……」



『ヴモオオオオォォーッ!』


「うわあッ」


 突然、、不意を突かれて少年は尻餅をついた。

 崩れた石壁の中から、キングオークが立ち上がり咆哮したのだ。


「あ、あああ、キングオークがまた……」


 キングオークは傷だらけだった。

 手負いの獣となって、怒りと殺意でギラギラした目で白銀の男を睨み付けていた。

 何本か骨折もしているのだろう、脚を引きずりながらこちらへズシリズシリとやって来る。

 殺す、殺す、殺す、絶対に殺す。

 魔物の言葉など分からぬ少年にも、このキングオークの心中ならば容易に分かってしまった。

 一方、その業火のごとき殺意を浴びている白銀の男は、未だに呆然としている。両手両膝を地につけた体勢でガックリとうなだれている。


「聖天使様、聖天使様ぁ! キングオークです、聖天使様のすぐ後ろまで来ていますッ!」


 少年は白銀の男を庇いたいものの、腰が抜けて立ち上がることさえできなかった。


「ああッ、聖天使様ぁッ! 起きてください、早く逃げないと、早くぅッ!」


 しかしもう遅かった。

 呆然とフリーズしたままの白銀の男に、


『ヴモオオオオォォーッ!』


 キングオークがその渾身の力で棍棒を振りおろしたのだ。


「聖天使様あああぁーッ!」



「うるせえよッ!」


「え」


 白銀の男がキングオークを怒鳴りつけた。

 すると次の瞬間、キングオークの剛腕で振られた棍棒はなぜか空中で静止していた。


「え、え?」


 ピシリ。

 その鉄の棍棒が縦に割れて。


「え、え、え?」


 ピシリ。

 それを持つキングオークの腕も縦に割れて。


「はあ?」


 ピシリ。

 キングオークの頭から足の先までもキレイに割れて。

 更に。


「おまえはあっち行ってろッ!」


 手も触れずに両断されたキングオークが、これも手も触れずにドカンと弾かれ、飛んで行ったのだ。

 そして先ほどの崩れた石壁にドサリと二つの肉塊、バシャリと大量の血液。


「凄い……」


 少年は息を飲み、それからハッと慌てて起き上がると。


「聖天使様、お見事にございます」


 白銀の男に迎い、片膝をついて最敬礼の姿勢をとった。

 最敬礼とはこの国の騎士が相当に高位な相手に行うもので、本来ならば王族がするものではない。

 しかしこの場合、相手は人ならざる天使である。



「あのさ、その聖天使ってなんだ?」


「え」


「俺は哲也。どこにでもいるフツーの人間だけど?」


「え、え?」


「ああそうか、高木さ……この鎧がアレなのか」


「失礼しました。聖天使様は何かご事情があって人間のフリをなさっているのですね」


「だから違うって。俺は天使じゃなくフツーの人間だから」


「ええ、分かっておりますとも」


「おまえ絶対に分かっていないだろ。この鎧は俺の相棒というか、借り物みたいなものだから」


「そうか、聖天使様が神様から借り受けた鎧だから、相棒同然なんですね!」


「違うってば」


「ああ聖天使様、先ほどキングオークを討伐したあの見事な魔法、ボクはあんな凄い魔法を見たのは生まれて初めてです」


「俺は魔法なんて使えないけどな」


「ええ、ええ、分かっておりますとも」


「おまえ絶対に分かっていないだろ!」


「ハッ。名乗るのが遅れて申し訳ありません。ボクはオータニウス・エンゲルスと申します」


「なんかやたらとスペックの高そうな名前だな」


「それであの、この国の第二王子です」


「王子ぃ? 確認するけど、王女様じゃなくて?」


「王子です! ボクは男です!」


「だよなぁ……」


 白銀の男は少年の腰の下あたりに視線をやって溜め息をついた。


「あ、わわわ」


 少年の腰履きはキングオークによってビリビリに切り裂かれていて、隠すべきものが隠れていなかったのだ。それを真っ赤になって隠した少年である。


「しかもドラゴンですか……」


 白銀の男は悲しそうな、そして悔しそうな声でつぶやいてから。


「服、俺のを貸してやるから」


 乙女な仕草でモジモジ赤くなっている少年に申し出た。


「そんな、命を助けて頂いた上に聖天使様のお召し物まで。そんな図々しいことなんてできませんよ!」


「いいから。このままだと俺も気まずいし。あと俺は天使じゃなくてフツーの人間だから」


「聖天使様……」


「あ、一回鎧を脱ぐから背中の留め金を外してくれないか」


「う、ううぅ、聖天使様、ありがとうございます」


 留め金に手を伸ばした少年に。


「もう一度、最後の最後に確認だけど、おまえ本当は女の子とか……」


「ボクは男です!」


「だよなぁ……。ドラゴンだったし……」


「ボクが男で何か問題でもあるんですか!」


「女の子だったらなぁ……」


「さっきからなんなんですか、もう」


 少年は少し膨れた頬で白銀の鎧に手を伸ばし、その留め金に触れたところで。



『ベロベロベロベロ、残念でしたあ~ッ! 鎧じゃなくてミミックでしたあ~ッ!』





 バタリと失神してしまった。


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