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(5) 絶望

 東方大陸。

 王国リッカ・コターナの王都から少し外れた大森林。

 その地下にある『ドブクサイの大迷宮』

 その二階層のボス部屋。


 この部屋で、三階層へと至る大扉を守るのは豚頭人身の怪物。人間の大男よりも更に二回りほども大きなモンスター、キングオークである。

 そして今、このキングオークに三人の屈強な男たちが対峙していた。



『ヴモオオオォォーッ!』


 キングオークの剛力で振られた鉄の棍棒がガチンと床を打ち、火花とともに床の石材が礫となって散った。

 その礫をバチバチと音を立てて弾くのは、無骨ながらも頑丈で機能的な鉄盾。

 その鉄盾に刻まれているのは王国騎士団の獅子紋章。

 この三人は王国騎士団の誇る盾騎士の中でも指折りの実力者であったのだ。


「おい魔法士ッ! まだか、早くしろッ!」


 年若の盾騎士が後方を振り向いて怒鳴り付けると、騎士団の同期である魔法士も黙ってはいなかった。


「うるせえ、この俺に指図するなッ! てめえこそ豚野郎の足をしっかり止めやがれ!」


「おい、こんなところで揉めるなッ! 魔法士も術式に集中ッ!」


 年長の盾騎士に一喝されて年若の盾騎士もキングオークの包囲へと戻り、魔法士は再び術式を練り上げていく。


「術式できたッ! 行くぞ、バインドッ!」


 阿吽の呼吸で三人の盾騎士が魔法の射線を開けると魔法士の放った拘束魔法がキングオークへと襲い掛かった。


『ヴモオオオォォーッ!』


 キングオークは拘束魔法にその屈強な肉体をギリギリと締め上げられ、その身をドサリと横たえた。


「よっしゃ!」


 なにしろ直撃すれば鉄鎧の上からでも人の骨を砕くキングオークの剛腕である。

 しかしこうして拘束魔法さえ効いてしまえば、騎士たちにとってもはや怖い敵ではないのだ。

 そう、騎士たちにとっては……。



「さあ殿下。こやつの首をお取りください」


 年長の騎士が、魔法士の更に後方に控えていた少年に声を掛けた。


「え、ボクが?」


「ええ。今回の儀は殿下のお望みしたこと。我々の仕事はここまでとなります」


「むむむ、無理だ! こんな怪物と戦うなんて、ボクにできるワケないじゃないか!」


「なに、今なら拘束魔法が効いておりますから、トドメを差して首をはねるだけです」


「そうそう。ひ弱な子どもにだってできる簡単な仕事ですぜ」


 年若の騎士も横たわるキングオークを顎で示した。


「まだちょいと暴れてますから、気をつけないと大怪我をしますがね」


「な……」


 年若騎士の無礼を咎める者は誰ひとりとしていなかった。

 それどころか、他の騎士たちもニヤニヤ笑いで少年を見ていた。

 その彼らに、年長の騎士が冷ややかに言った。


「もういい。行くぞ」


「ういっす」


 少年ひとりをこのボス部屋に残し、ゾロゾロと去っていく四人の王国騎士たち。


「待て! おまえたち、どこへ行く!」


 扉から最後に出ていく年長騎士の後ろ姿。

 そのマントに、まるで幼子がすがるように掴みかけて。


「ぐはッ!」


 少年は年長の騎士によって蹴り飛ばされたのだった。


「まだ分かりませぬか? 殿下はここで死ぬのですよ」


「ぐ……。おまえたち、何をしているのか分かっているのか? 王族殺しは一族連座の大罪であるぞ」


「はい。発覚すればそうなりますな」


「おまえたちの罪業が発覚せぬはずなどなかろう! 査問庁には測定器があるのだ!」


「測定器で調べたとて我々に殺人の罪業など見つかりませぬよ。なにしろここで殿下を弑したのは我々ではありませぬゆえ」


「な!」


 年長の騎士の目線の先には拘束魔法で横たわるキングオークがいた。


「殿下は功を焦ってしまわれた。我々のお諌めと制止を振りきって無謀にもキングオークへと斬りかかり、その結果として愚か者に相応しい死を迎えてしまったのです」


「な……」


「愚かさの報いとはいえ殿下はここでお亡くなりになった。となれば同行していた我々とてもちろん責任は追及されます。まあ、責任とはいってもしばらくの謹慎、降格処分と減給ですが」


「なに、それもたかだか一年の辛抱ですがね」


 苦渋の年長騎士とは対照的に、年若騎士の声には罪悪感の欠片すらなかった。


「なにしろ一年も辛抱すれば、我々は新しい皇太子様の近衛ですからね」


「まさか……、それでは兄上が……」


「門閥でもない我々を近衛に引き立ててくださるなんて、新しい皇太子様はなんとも気前のいいことだ」


「そうそう、支度金も前払いでタンマリ頂いたしな」


 他の騎士たちもギャハハと笑った。


「そんな……、兄上がボクを……、初めから嵌める積もりでボクを……」



『ヴモオオオォォーッ!』


「おっと殿下。少々長話になりました」


「ああ、拘束魔法が……、解けて……」


「それでは殿下、御武運を。コトが済むまで我々は外で待っておりますので」


「ま、待って……」


 彼らはもともと兄が選別してくれた精鋭の騎士たちだった。

 その騎士たちにまさか裏切られるとは考えたこともなかった。

 血を分けた兄にまさか裏切られるとは考えたこともなかった。

 そして今。

 突然の不意打ちに放心する少年を残し、扉は閉められてしまったのだ。

 ガチャリと響く鍵の音。


『ヴモオオオォォーッ!』


 少年が振り向くと、立ち上がった怪物がこちらを睨み付けていた。


『ヴモオオオォォーッ!』


 豚頭人身の怪物は、屈強な盾騎士が三人掛かりで押さえつけていたこの怪物は、明らかに激怒していた。

 そしてこの一室にもはや騎士の姿はなく、唯ひとりひよわな少年だけが残されていた。

 その少年を睨み付けたまま、キングオークの巨体がズシンズシンと近づいてきた。

 少年の歯がガチガチと鳴った。

 豚頭の唇がニタリと歪んだ。



 少年には抗う気などなかった。

 目の前の怪物にも、差し迫った己の死にも。

 たとえ抗ったとて無駄なのは分かりきっていた。


 しかしこれほどまでに無力な獲物である。楽に死なせてやる積もりなど、キングオークにはないようだった。

 鉄の棍棒ですぐ側の床をガチンガチンと打ち付けては少年を追いたてて走らせ、笑いながら追いたてて、やがて疲れはてた少年が足を止めると、今度はその鋭利な爪で切り裂いてはまた走らせた。

 まるで猫がボロボロになった鼠を尚もいたぶるように。

 それはキングオークにとっては猫の愉悦、少年にとっては鼠の絶望だった。



「はぁ、はぁ、ゴホッ、はぁ、はぁ、ゴホゴホッ、ああ、もう動けない……」


 そしてついに鼠が立ち上がることもできなくなったとき、猫にとっての愉悦も終わるのだ。

 キングオークが少年を踏みつけ、鉄の棍棒で頭を砕こうと振りかぶり、


「神様……、聖天使様……、ああ、母上……」


 少年がギュッと目を閉じたときに。



 ギイイ……。


 大扉を開けた者がいた。


 先ほど騎士たちが出ていった扉ではない。

 それとは逆方向の扉。

 世にも恐ろしい剣歯狼が群れをなして跋扈する、魔の三階層へと続く大扉。

 その扉を開けて、何者かがここにやってきたのだ。


 少年の霞んだ目に映ったのは白銀の男。

 それは王家伝来のどの名品よりも、遥かに遥かに見事な鎧だった。

 しかしその白銀の鎧に少年は見覚えがあった。


「そうだ間違いない。あのお姿は、大聖堂の秘蔵画にあった聖天使様……」



「やっと見つけたこの階段~♪ 昇ってみたらまたダンジョン~♪」





 いささか目つきの悪い聖天使様は、まるで緊張感のない声で、いささか馬鹿っぽい歌を歌っていた。


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