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(4) トラウマ

「ラーメン、カレーにハンバーガーぁ~♪」


「若旦那」


「シュークリーム、プリンにチョコケーキぃ~♪」


「若旦那」


「ドラゴン肉もいいけれどぉ~♪」


「若旦那、歌……」


「たまには別なの食べたいよぉ~♪」


「若旦那、また歌を……」


「ハッ、いかん! 高木さん、俺また歌ってた?」


「へい」


 襲ってきた狼の団体さんをやっつけ終わったところで、俺はようやく我に帰った。

 こうして日々のルーティンワークを淡々とこなしていると、無意識のうちに口から願望ソングが漏れてしまうのだ。


「ねえ高木さん。シュークリームまで、とりあえずはこのダンジョンの出口まで、あとどれくらい掛かりそう?」


「へい。剣歯狼なんて浅層の雑魚がいるくらいですから、残り数層とは思いやすが」


「もうね、俺、限界。ファミレス行きたい。甘いもの食べたい。銭湯でのんびり湯船に浸かりたい……」


 なにしろもう三ヶ月である。

 俺と高木さんが堕神様のいる大広間を出て、もう三ヶ月が経つのだ。


「町の生活がこんなに恋しいなんて、俺って都会のもやしっ子だったんだなぁ」


 うん。

 高木さんのお陰で飢えることもなくここまで来れたけれど、つくづく思う。どうやら俺にはサバイバル生活なんて向いていない。ストレスが半端ない。


「ねえ高木さん、ここってホントのホントに未発見ダンジョンじゃないんだよね?」


「へい。人間にはとっくに知られているはずですが。なにせ浅層出身の眷族仲間には、人間を見掛けたという野郎もいやしたから」


「その割りにはここまで人の姿を見掛けてないよなぁ」


「へい、いやせんね。まさか人間が、ここいらの剣歯狼も倒せねえほど弱えとも考え辛えんですが」


「ホント、マジで誰かいないかなぁ。ここの地図さえ見せてもらえればなぁ」


 そう。

 このダンジョン、上に昇るにしたがってフロア面積が広くなる仕組みらしい。

 高木さんと堕神様の大広間を出た初日や二日目こそサクサクと一日で数フロアも進めたものの、今ではあちこち探して回って階段を見つけだすまで、何日も掛かる有り様だ。

 このあたりまでくると、ワンフロアがちょっとした市町村くらいに広いのだ。


「あーあ、誰かいないかなぁ。具体的にはモンスターに襲われている美少女とか」


 俺は不平をこぼしながらモンスターで溢れかえる部屋の中を一掃した。

 階段を探して歩く、襲ってきたモンスターをやっつける、また歩く、扉があれば中を確認する、そこにモンスターがいればやっつける、また探して歩く……。

 そんな日々のルーティンワークを淡々と、淡々と。

 もうね、ベルトコンベアの流れ作業よりも更に単調な作業だと思う。



「お、やった! 宝箱を発見!」


 でもたまにはこんなラッキーなイベントもある。

 黒い光がチカチカしてないから、これは本物の宝箱。ミミックではない。

 ちなみにミミックならば触らずにスルーの方針。

 高木さんと同族とはいえ、ミミックなんて知能もないただのモンスターだ。けれどやっぱり、彼らをやっつける気にはなれないからね。


「ようし、パンツ出てこい、パンツ!」


 宝箱には罠もない。

 もし罠があれば、なんとなくボンヤリ黒く光っているから分かるのだ。


「オープン! おっと残念、ハズレ」


 ちなみにパンツなら当たり。

 なぜなら俺は未だにノーパンツマンだから。

 高木さんの鎧の下に服こそ着ているものの、服の下はブラブラである。

 何がブラブラ? お粗末なお宝だよ、言わせんな!



「なんだこれ、ネックレス?」


「着けると魔力が微増するマジックアイテムですね」


「じゃあこれも高木さんに」


「あの、いいんですかい? いつもあっしばかりが頂いちまって申し訳ないんですが」


「いいよ。パンツじゃなかったし、俺は魔法なんて使えないし」


 これまで拾ったお宝で俺が貰ったのは衣服が何着か。あとは靴とサンダルぐらいである。

 衣類以外の、武器や防具や宝石の類いはすべて高木さんの取り分にした。

 それでいい。

 高木さんには世話になっているし、俺の大切な相棒なのだから。


 ちなみに堕神様はカルマ操作の他にも様々な魔法を使えたらしい。

 ただし例の鎖に魔力のほとんどを吸いとられていたから、愚痴を聴かせるためのモンスター誘拐魔法、もとい召喚魔法でさえ十年に一度しか使えなかったらしい。

 そんな堕神様とは違い、俺は魔法をまったく使えない。

 俺の受け皿になったのは堕神の全身ではなく心臓だけだから、きっと堕神様の力を全て受け継いだ訳でもないのだろう。

 まぁ俺にはカルマ操作という超チートがあるから、巨大ドラゴンにだって勝てるわけですが。


「あ、そういえばさ」


「へい」


「すっごい今更なんだけど、そもそもダンジョンに宝箱が置いてあるのはなぜなんだろう?」


「ダンジョンに宝箱。それのどこが不思議で?」


「うん。だからいったい誰が、何の目的でわざわざ宝物なんて用意してるのかって」


「ああ、そういうことですか。なに、あれは死んだミミックですよ」


「マジか! 宝箱って元々全部ミミックだったのか!」


「へい」


 なるほど。貝が死んでも貝殻が残っているみたいなものらしい。

 つまり生きてる貝がミミックで、貝殻が宝箱ってこと。

 

「知らなかったよ! へー、そうか、ダンジョンの宝箱って全部死んでるミミックなんだ」


「う、実は全部ではないんですが……」


「ん?」


「中には生きているくせに……、う……、死んだフリをしている根性ナシも……、ううぅ……」


「え、高木さん?」


「うぅ、うおおおぉぉ~ん!」


「え、え、高木さん、突然どうしたのさッ」


「あっしは、あっしは、根性ナシの臆病者の、ミミックの風上にも置けねえ、ヘタレ野郎なんでさ、うおおおぉぉ~ん!」



 突然泣きだした高木さんがポツリポツリと語ったのは、今から十年前にあったこと。

 十年前、堕神様の鎖のメンテに保守点検天使がやって来たときの話だった。


 保守点検天使とは俺が今着けているこの派手な鎧、高木さんが擬態しているこの鎧を着ていた人物(?)である。

 鎖で封印された堕神様にはまるで敵わないものの、その眷族であるダンジョンモンスターでは束になっても歯が立たないほどの強者である。

 その天使が、あたかも増えた害虫を駆除するように眷族モンスターたちを殺していく中、ミミックである高木さんは息を殺して死んだフリをしていたそうだ。

 死んだミミック、つまりただの宝箱のフリをしていたそうだ。


「天使の野郎は最後にあっしのところまで来て、足で蹴ってあっしを開けて、あっしはベロも出さずにとっておきの宝剣を差し出して……」


 高木さんは悔しそうだった。

 とてもとても悔しそうだった。


 強者にビビって、命惜しさに死んだフリをする。

 それの何が悪い、命が惜しいのは当たり前じゃないかと俺は思う。

 だけど高木さんはミミックだ。

 命を掛けて「残念でした」とベロを出すミミックだ。

 高木さんにしてみれば「自分は、けして曲げてはならぬスジを曲げてしまった」そんな忸怩たる思いがあるのだろう。

 だから高木さんにとってその事件は、今でも心に刺さったトゲであったのだ。



「高木さんは根性ナシなんかじゃないよ」


「若旦那……」


「臆病者でもヘタレ野郎でもない」


「だってあっしは!」


「あのとき、高木さんはあのとき、俺の事をからかおうとしたじゃないか」


「若旦那……」


「堕神様を殺して出てきたワケの分からん奴を、そんなヤバい、そんなおっかない奴のことをからかってやろうと体を張ったじゃないか。命を掛けたじゃないか」


 そう。

 初対面のときのあれは高木さんにとって十年前のリベンジだったのだ。

 かつて命惜しさに天使の前で死んだフリをしてしまった高木さんの、ミミックとしての誇りを掛けたリベンジだったのだ。

 それなのに俺は警戒して高木さんに触れなかった。そのまま立ち去ろうとした。

 だからあのとき高木さんはあれほどまでに泣いたのだ。

 誇りを取り戻すためにありったけの勇気を奮ったのに、そのリベンジを果たせなかった無念さで。



「高木さんは根性ナシじゃない。臆病者でもヘタレ野郎なんかでもない」


「うおおおおぉぉ~ん! 若旦那ぁ、うおおおおぉぉ~ん!」


「よし決めた! 高木さん、このダンジョンで最初に会った奴をさ、たっぷりからかってやろうぜ」


「でもあっしがそんなことをしたらそいつは逃げちまいやす。そしたら地図は……」


「そんなのいいよ。地図がなくたって、階段を見つけるのに少しくらい時間が掛かったって、そんなの全然たいした事じゃないよ」


「若旦那……」


「シュークリームやプリンやチョコケーキまで少々時間が掛かったって……、ぜ、全然たいした事じゃないよ」


「若旦那ぁ……」


「よおし、こうなったらなんとしてでも見つけなくちゃな」


「若旦那ぁ、あんたはでけぇ、器がでかすぎやす……」


「あ、でも最初に会ったのがカワイイ女の子だったら今の話はナシな」


「え」


「いやだってホラ、第一印象ってすっごい大事だし」


「……」


「その子の危ないところに俺がカッコ良く現れて好感度マックスみたいなさ」


「若……」


「もしかしたらそれが運命の出会いだったりしてさ」


「この若旦那ときたら……」


「よ、嫁になってくれたりしてさ」


「器はでけえんだが……」


「ん?」



(オツムがなぁ……)





「高木さん、今なんてッ!」

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