(3) 有能
東方大陸の中央部。
列強七大国の一角でもある王国、リッカ・コターナ。
その王都から少しはずれたドブクサイの大森林。
その地下に『ドブクサイの大迷宮』と呼ばれるダンジョンがある。
しかし実はこの大迷宮こそは十万年前、世界神が不死なる堕神を封じ込めるために作った『封神のダンジョン』であった。
その形状は幾何学的に完全な逆ピラミッド形。
すなわち地下第一層は最も広く、その面積は地上の王都にも匹敵する。
地下第二層はそれより面積は小さくなるものの、天井がやや高くなり、現れるモンスターもその分やや大型となる。
このようにして、地下深く潜るほどに階層の面積は小さく天井は高く、現れるモンスターは大型で強力になっていく。
そしてその最深部、九十九層ともなればそこにはただ一体の巨大モンスターしかいない。
『暴虐の九頭龍』ヴァリウス・ディーストラである。
九の頭から九種類の魔法ブレスを放ち、その身は物理攻撃無効にして魔法攻撃も無効。しかも強い再生能力を持つために、たとえ傷を負ったとて即座に回復してしまうという難攻不落、不死身のドラゴンである。
その九頭龍ヴァリウス・ディーストラは怒り狂っていた。
最強生物として生を受けながら、地上からここ最深層まで辿り着く強者の皆無なるがゆえに、この十万年間の長き生涯でロクに戦ったこともない己が運命に怒っていた。
己が職責は上層からやって来た強者から最終扉を死守することなのに、この階層を訪れる者といえばいつも逆方向から、最終扉を開けて第百層の堕神から逃げてくる眷族しかいない、その不条理に怒っていた。
そして何よりも。
『グゴアアアアアアァァァァァッ!』
堕神から逃げてきた雑魚モンスターであるはずのこの白銀の男には、まさに神器と呼ばれるに相応しい美事な鎧を纏ったこの男には、九頭龍の攻撃が何一つとして当たらない。カスリもしないのだ。
鋼鉄をも噛み砕く九対の牙も、山をも崩す尾の一撃もこの男は神速で回避してしまう。
ならばと繰り出すのは回避しようもない範囲攻撃、九の頭から繰り出す九種類の魔法ブレスである。
しかしその不可避の魔法ブレスでさえもこの男の不可思議な力によってグニャリと曲がる。あるいは直撃の寸前で霧のように消失してしまう。
『グゴアアアアアアァァァァァッ!』
そして。
今や暴虐の九頭龍は痛みと恐怖に悲鳴を上げていた。
白銀の鎧の男の、その物理でも魔法でもない不可思議な刃によってボトリ、ボトリと首を落とされていくのだ。
不死身の暴虐龍とはいえ痛みは感じるし、落とされた首を再生するにもそれなりの時間は必要である。
さらに、あり得ないことではあるが、もしも万が一、全ての首を落とされてしまったならば……。
『グゴアアアアアアァァァァァッ!』
そしてその男、白銀の男が見えない刃によってその最後の首を刈り取ったとき。
物理も魔法も通らぬはずの地上最強生物、暴虐の九頭龍はその巨体をドサリと地に横たえ、ついに絶命して果てたのだった。
かくして。不死身の九頭龍ヴァリウス・ディーストラは十万年のその生涯ではじめて敗北し、その生涯ではじめての死を迎えたのだった。
◇◆◇◆◇
「いやあビビったぁ。なにあれ、口から火や氷を吐く恐竜とかヤバすぎだろ」
「若旦那がビビる程の野郎じゃありやせんぜ? あんなドラゴンごときの攻撃、たとえ当たったところで怪我もしやせんって」
「いや当たったら俺は平気でもさ、高木さんはヤバいだろ」
「そりゃまあ。こんなキンピカ鎧に擬態していてもあっしは所詮浅層出身、しがないミミックですから。まったくお恥ずかしい話、荒事の方はてんでカラキシなもので」
「だったら俺だって必死で避けるさ。こんなところで大事な相棒に怪我なんてさせられないよ」
「若旦那、く、有難え……」
「いやそこは持ちつ持たれつだよ。高木さんがいなくなったら俺、またひとりぼっちだし。また全裸生活だし」
そうそう、俺が今着用しているこの派手な鎧はミミックの高木さんである。
いつまでも全裸はアレだし、何か着れるモノに変身できないかという俺の切実なるリクエストに応えてくれたのだ。
まあ当初は「宝箱以外に擬態するのはミミックとしての矜持が……」と渋っていた高木さんではあったけれど、
「俺というお宝をパッケージするんだから、それも宝箱の一種だろ」
と強引に言いくるめて鎧になって貰ったのだ。
ちなみにこれは、保守点検天使が着用していた鎧のレプリカなんだって。
高木さんはそもそも俺以外の人間を見たことがないから、俺が着用できそうなものなんて他に心当たりがないんだってさ。
保守点検天使とは千年に一度、堕神様を封印する金鎖のメンテナンスにやってくる担当の天使で、最近だとつい十年前にやって来たんだとか。
そんで鎖のメンテのついでに、高木さん以外の眷族をサックリ皆殺しにして帰ったんだって。
堕神様が世界神への愚痴を聴かせるために呼び寄せた眷族たち。その数十体ものモンスター軍団をサックリ皆殺しに。
それがあの骨の山だったのね。天使怖い……。
でもそんな恐ろしい天使でさえ、堕神様は「羽虫」呼ばわりだったとか。
方や強力なモンスター軍団をサックリ殺す天使さん、方や鎖で身動きとれない堕神様。
だけどたとえどれほど挑発されても、保守点検の天使さんは堕神様だけは絶対に攻撃しないんだって。
なぜなら攻撃した瞬間に天使さんは死ぬから。
それが堕神様の力。
神を神たらしめる超チート能力。それが『カルマ操作』なのよ。
カルマというのは悪意とか、敵意とか、殺意とか、害意とかそんなやつ。
誰かが堕神様を傷つけようとする、このとき目に見えないカルマが発生するんだけど、このカルマを堕神様は自在に操つることができるわけ。
敵から発生したカルマを強固なバリアに変えたり、見えない刃物に変えて敵を斬ることとかできるのよ。俺がさっきのドラゴンにしたみたいに。
あんな風に、敵がこちらに与えようとする危害が大きければ大きい程にカルマも大きくなるから、その分反撃もまた強力になるってわけよ。
その威力たるや、敵の攻撃威力に対してなんと百倍返しだって。
つまり保守点検の天使さんがどれだけ強くても、いや逆に強ければ強い程、堕神様への攻撃は百倍返しで戻ってくるの。
しかも天使側の攻撃はすべてカルマのバリアで弾かれるという不公平。
そう。俺もそのカルマを見ることができるし、自在に操ることもできるってこと。
前に宝箱の高木さんがチカチカしてたあの黒い光。あの黒い光が害意のカルマなのよ。「ちょっとからかってやろう」くらいのカルマだからあの程度のチカチカってこと。
これが殺意全開のさっきのドラゴンだと黒い光がもう輝きっぱなし。いやあさっきはカルマの光の眩しいこと眩しいこと。
だからその黒い光を切り取ってバリアにしてみたら、これが予想以上に鉄壁バリア。
うわマジかよって、次は黒い光を刃物にして首をスパッとしたら、これがまた切れ味爽快。
ああこれ、これならたぶん俺でも天使さんに勝てますわ。
「さてと、死体から切り取ったこの肉だけど」
運動して腹は減っている。
肉は食いたい。
だけど。
「爬虫類の生肉はなあ……」
「若旦那、よかったら焼きやしょうか?」
「高木さん、火を持ってるの!」
「なにせしがないミミックですからね。あっしに出せるのはこんなチンケな火くらいで」
「おおお、こりゃファイヤーボールか! 高木さん、すげえな!」
俺はプカプカ浮かんだ高木さんのファイヤーボールでドラゴン肉をじっくり炙ってから、大口でガブリと行った。
「うめぇ! 高木さん、この肉、超うめえよ! 食い過ぎて喉が詰まるけど最高だよ!」
「若旦那、よかったらこれも」
「うおぉ、飲み水まで! こりゃウォーターボールか! 高木さん、あんたマジですげえな!」
「なあにお恥ずかしい。なにせしがないミミックですからね。あっしに出せるのはこんなチンケな水くらいで」
「うおおお、食ったあ! 水もたらふく飲んだあ! 高木さん、ありがとう、ありがとう。あんたすげえよ、マジで最高だよ!」
全裸の俺の衣類になってくれて、肉を焼く火を出してくれて、飲み水まで出してくれる。
ミミックの高木さん、マジで有能。超リスペクトなんですけど。
「ところでこのドラゴンだけどさ、この死体ってこの後どうなるの? ダンジョンに吸収されて消えてなくなるとか? そんでまたリポップするとか?」
「へい。最終的にはそうなりやすが、なにせこんな馬鹿でけえ図体だ。ダンジョンに吸収されて消えるまで果たして何年掛かるものやら」
「そうかあ。こんな美味い肉の塊なのにここに残して行くのは勿体ないよなあ」
「よかったら持ちやしょうか? これくらいならあっしのインベントリにも納まりそうだ」
「高木さん、そんなことまでできるの!」
「なにせしがないミミックですからね。あっしにはせこせこ拾い集めたお宝を保管しとくくらいしか能が……」
「いやいやいやいや、こんな恐竜サイズをあっさり収納とか、高木さんアンタ有能すぎるだろ!」
「恐縮です」
「でもさ、高木さんってこれでもう中身の価値的には本物の宝箱を超えたよね。あのドラゴンの首とかマニアに売ればけっこう高値がつきそうだし」
「たしかにドラゴンの首ならたいしたお宝ですね」
「あと俺の股間のお宝もね。プププ」
「そっちは割りとお粗末ですが」
「そうそう割りとお粗末な……、やかまし!」
俺は哲也。何者かによってこの異世界へと喚ばれた男。
堕神様のチートな戦闘力と、天使の鎧に擬態した超有能な相棒と、お粗末なお宝を股間に持った、今は半泣きの男である。