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(2) 高木さん

「先ほどはその、お見苦しいところを。大変失礼いたしやした」


「ああいえ、自分こそこんなカッコ(全裸)で、なんかすみません」


 大泣きするおっさん宝箱を残して立ち去るのも何か忍びないものがあり、俺は戻ってきてこのおっさん宝箱を慰めていたりする。

 というか何なんだろ、この状況は。


「申し遅れやした。アッシはこのとおり、しがないミミックでありやす。名乗る名もない、ケチな野郎でございやす」


「これはこれはどうもご丁寧に。俺は斉藤哲也です。県立高校を中退して今はアルバイトで暮らしてます」


「これはこれは若旦那。アッシなんぞにお名乗りくださるとはなんとも恐れ多いこって」


「若旦那って俺のこと? ていうかミミックさんって普通に会話できるのね」


「へい。常ならば人語も解さぬ魔物ではございやすが、そこはアッシも一応、堕神様の眷族のはしくれでございやすから」


「堕神様?」


「へい。あちらにいらっしゃる堕神様でございやすよ」


「あの悪魔かよ! おっと失礼。あの鎖でグルグル巻きの紳士はミミックさんの御主人だったのね」


「いや、どうかお気になさらずに。旧主とはいえそれはそれは非道いお方でしたから。本職の悪魔の方がまだ優しいくらいで。ああして亡くなってくれて、今はむしろホッと安堵しておりやす」


「そうだ、あの堕神様を殺した奴! その超ヤバさんってもうここにはいないんだよね?」


 やたら人間臭いミミックさんに動揺して忘れていたが、巨大悪魔殺し、もとい堕神様殺しの超超ヤバい奴がまだその辺をうろついているかもしれないのだ。


「へい。まだここに居りやすけれど、それが何か?」


「マジかよ、それならここでのんびり話なんてしてないでさ、俺たちも逃げないとヤバいじゃん!」


「へい。あの、逃げるも何もあの堕神様を殺したのは」


 おっさんミミックはちょっと呆れた声で。


「不死なる堕神様を殺したのは、他ならぬ若旦那じゃありやせんか」


「それは冤罪だ! 俺は無実だ、やってない!」


 これはもうツッコミを入れていいよね?


「だいたいさ、そもそもさ、不死なのに堕神様が死ぬとか殺されるとかおかしくない?」


「へい。でもアッシはこの目で見やしたぜ? 召喚陣が身動きとれない堕神様に重なって、その心臓を抉り取るところを」


「召喚陣?」


「へい。あれはおそらく別の世界から若旦那を呼び寄せるための召喚陣でさ」


「あっちの世界から、誰かが俺をここに喚んだってこと?」


「へい。おそらくは」


「誰が、いったい何のために俺を……」


「別の世界からの召喚ってぇのは、ちぃと面倒でしてね。いろいろと制約が多い上に、まずこちら側にその受皿となる血肉を用意しなきゃなりやせん」


「俺の受皿となる血肉、その受皿が堕神様……」


「へい。まあそんな召喚陣なんざ出てきたって普通に避ければ済む訳ですが、なにしろ堕神様ときたらあの通り封神の金鎖で身動きがとれやせんから」


「俺が喚ばれた先にちょうど堕神様の心臓があって、それを受皿にして俺が出てきて……」


「それで若旦那があそこから落ちてきてドサリと」


「あのときかぁ、やっぱ俺、あの高さから落ちてたのかぁ」


「たしかに堕神様は不死でございやす。この世界のことわりでは傷つけることも滅ぼすこともけしてできないお方でございやす。ですから正確に言やあ死んだのではなく、いつかは復活なさるのでしょうが」


「あ、そうか。俺はあっちの世界から連れて来られたから」


「へい。どうやら若旦那はこの世界の理には含まれなかったようで」


「それでも、心臓を無くしても、不死なる堕神様はいつかは生き返ると」


「へい。とはいってもあの通り、封神の金鎖で堕神様のお力は随分と抑えられていやすからね。復活なさるまでこの先何万年掛かることやら」


「何万年って。なんか俺のせいでとんでもないことになってるような……」


「まあそういうことです。堕神様は今は心臓だけが生きていて、その生きている心臓が若旦那ってことになりやす」


「この俺が、堕神様の心臓……」


「言ってみりゃあ若旦那が、今代の堕神様ってえことになりやすかね」


「うわあああぁ、やっぱそういうことかぁ。俺も薄々おかしいとは思ってたさ。あの高さから落ちてきて怪我もしてないし。ここは照明もない真っ暗な部屋なのに全然不自由なく見えてるし。こうしてミミックさんと普通に会話ができてるし。おかしいとは思ってたさッ」


「あの若旦那、急に頭なんぞを抱えて大丈夫ですか?」


「そうだミミックさん」


「へい」


「それなら俺はミミックさんの御主人の仇ってことだよね? さっきのはやっぱ仇討ちなの? 俺が宝箱を開けた瞬間にガブリと」


「そんなことは致しやせん! ただ……」


「ただ?」


「ただ、この自分が自分でなくなる前に一度、誰かを驚かしてみたかったんでさ……」


「自分でなくなるってなんだよ」


「アッシはミミックでございやす。ダンジョン生まれのダンジョン育ち、正真正銘ミミックでございやす。運悪く堕神様の召喚陣にとっ捕まり、ここまで連れてこられて堕神様の眷族として知恵と言葉を与えられやしたが、アッシはミミックなんでさ」


「うん」


「宝の箱に擬態して、いつ来るとも知れぬマヌケ野郎をばじっと待ち続け、お宝目当てに手を伸ばしたマヌケ野郎にホレ残念でしたとベロを出し、腹の底から大笑いしてやるのがミミックなんでさ。たとえその後に斬られて果てようとも命を掛けてベロを出す、それがアッシらミミックの本懐なんでさ」


「そこまでして人をからかいたいのか……」


「だから自分が自分でなくなる前に、言ってみりゃ冥土の土産にせめて、せめて一度だけでもと……」


「ちょちょ、だからミミックさん、自分でなくなるってなんなのさ」


「へい。今こうしているアッシは堕神様の眷族なんでさぁ。眷族なんですが、堕神様の発する神気が無くなれば、また元の知恵も言葉もない魔物に成り果てるよりないんでさぁ」


「あ、そうか。あっちの堕神様は今は死んでいるから神気を出していないのか」


「へい。ですから若旦那がここからお去りになりやすと、残ったアッシはもう……」


「よかった」


「へ?」


「なあミミックさん、その神気ってあれだろ、俺からも出ているんだろ?」


「へい。若旦那は今代の堕神様でありやすから神気はそりゃあもうたんまりと」


「なら話は簡単じゃん。ミミックさん、一緒に行こうぜ」


「アッシが若旦那と……」


「うん、俺もこっちに来たばっかでいろいろ心細いからさ、ミミックさんが一緒にいてくれたら何かと心強いし」


「しかし若旦那、いいんですかい……?」


「もちろん。じゃあそれで決まりだね。となるとまずは名前だよな。いつまでもミミックさんじゃ他人行儀だし」


「名前……。前の堕神様には『おい』とか『箱』しか呼ばれなかったアッシに名前を……」


「そうだな……、高木……、うん。高木さん!」


「タカギ。それがアッシの……」


「うん、人をからかうのが大好きなミミックさんにはこれしか考えられないもの」


「若旦那……」


「さあ一緒に行こうぜ、高木さん。俺と一緒にここを出てさ、マヌケ野郎を見つけたらさ、思う存分にからかってやりなよ。この先何度でも、何度でもさ」


「若旦那、アッシなんぞに、く、有難え、有難え……」


「泣くなよ。高木さんはもう俺の相棒だからな。頼りにしてるぜ?」


「へ、へい! このタカギ、なんの取り柄もねえボンクラ野郎でございやすが、若旦那よりこの名を頂いたからには命尽きるまで誠心誠意……」


「固い! 固いよ高木さん。俺たちは相棒なんだ。もっと気軽に行こうぜ。それにもしかしたらそのうち怒られてこっそり改名するかもしれないしさ」


「こっそり改名ですか?」


「ゴホンゴホン。じゃあ行こうか、高木さん(仮)。忘れ物はない?」


「へい。それでは旧主の亡骸にひとことご挨拶だけ」


「うん」


「堕神様、来る日も来る日も世界神様への愚痴をネチネチ、クドクドと聴かされてそりゃあ糞みてえな毎日でしたが。暇潰しに魔物を拐って来ては勝手に眷族にして、その眷族を今度は暇潰しにぶち殺したりする、アンタはそりゃあ最低の御主人ではございやしたが」


「おいおい。随分と非道い奴だな、堕神様」


「この五百年間、お世話になりやした。これにて失礼致しやす。堕神様、シェルク・エン・ラエル様」





「堕神様の名前ッ! 超リスキー! それ絶対に怒られるヤツだからッ!」


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