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(0) 哲也
父も母も根っからの善人だった。
その優しさにつけこまれて、いつも損ばかりしていた。
だからその両親の葬儀の日に。
「父さん、母さん、俺は自分のためだけに生きていくよ。誰かを助けて損ばかりの人生なんてまっぴらだ」
固く決意したはずだったのに……。
「あーあ、何やってんだよ俺」
前方から猛スピードで迫り来る電車。
運転士の絶叫の顔。
つい何秒か前、線路に子供が落ちた。
それを見た瞬間、思わず駆け出していた。
母親の悲鳴と急ブレーキの悲鳴。
その中間に飛び込んでいた。
必死になってその子をホーム上に放り投げていた。
その時点でタイムアウト。
自分自身が逃げる余裕など残ってはいなかった。
「なんだよ、結局は俺も損ばかりの人生じゃねーか」
俺はギュッと目を閉じて衝撃を待った。