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優しい醜い姫と知らなかった話

 突然、みるみる青ざめたフィズ皇子は朦朧としたようになり、揺れる頭をソファの角にぶつけてしまった。冷や汗をかいて、ぐったりとコーディアルに倒れ込んできたフィズ皇子。体格差と、非力なせいで動けない。


「だ、誰か! フィズ様が! 誰か!」


 精一杯の大声を出す。しばらくして、靴音がした。ソファの向こうに立つ、アクイラとオルゴと目が合った。


「フィズ様! いくらなんでも強硬手段過ぎます!」

「なんたる破廉恥! フィズ様! 見損ないました!」


 慌てた様子でソファを回り込んでフィズ皇子の腕を掴んだアクイラとオルゴ。強硬手段? 破廉恥?


「あれ? フィズ様? フィズ様? うわっ、熱い」

「何だ、熱か。俺はまたてっきり」

「昔から楽しみがあると熱を出していたからそれだろう。全く、手間が掛かる方だ。おいオルゴ、俺が寝室に運ぶ。一応カイン様に診てもらいたいから呼んできて欲しい」

「合点承知」


 オルゴが走って去っていった。アクイラがフィズ皇子の腕を肩に回す。立ち上がったアクイラが抱えるフィズ皇子の手は、何故かコーディアルの手首を掴んでいる。コーディアルも立った。フィズ皇子は気を失っている様子。


「コーディアル様に看病されたいようなので、共にお願いします」


 まさか。そう言う前にアクイラが歩き出した。屋上から城内に戻る階段を降りる。


「コーディアル様。流星群は楽しめました?

紅茶に饅頭は合わないと進言しましたが、それはそれは美味しゅうございましたでしょう。全く、何でまた饅頭なんだか」


 静まり返った廊下。フィズ皇子を引きずりながら、アクイラがのんびりと告げた。折角、用意してもらった紅茶に口をつけていない。お菓子は饅頭というのか。食べるどころか、名前さえ聞いていなかった。コーディアルが口を開く前にアクイラが続ける。


「コーディアル様はフィズ様と並んで座りたくないだろうなどと、訳が分からないことを言い出したので少々強引に、嘘ばかり並べてフィズ様を屋上に放り投げました。私もオルゴも、この地でも祖国でも、暮らす土地など頓着しません。仕えるべき主のお側で生きるのみ。貴女様がこの地を愛していらっしゃること、このアクイラ、それにオルゴもよくよく存じあげております」

「アクイラ様。その件なのですが、フィズ様と話しても何だか誤解をされてしまったようなのです。言葉選びを間違えたのか、早く帰れ、去れと伝わってしまったようです」


 アクイラが足を止めた。コーディアルを見下ろし、怪訝そうに顔を傾ける。


「何でまたそんなことに。てっきり談笑されているかと。あれだけ焚きつければコーディアル様と話すかと思えば……。フィズ様の思考回路は妙なので、コーディアル様は気にしないで下さい。熱が下がったら、聞いておきます」

「焚きつける? (わたくし)と話をということは、先程のことですよね? 帰国せよと……聞いてみれば当然のことなのに思い至らなくて申し訳ございません。(わたくし)……」


 フィズ皇子の思考回路は妙とは、どんな風になのか。一年も一緒に同じ屋敷で暮らしているのに、何も知らない。自然と顔が下を向く。


「フィズ様、帰りますと……。何も申しておりませんのに、そこまで言われれば帰る、と。それに、せめて一度踊ってくれないか、と……。(わたくし)、混乱しています。フィズ様は(わたくし)に嫌われていると思っておられるようで……」


 自分なりに感謝を伝えているつもりだったが、何にも伝わっていなかったらしい。アクイラは何も言わずに歩き出した。


「あの、アクイラ様……」

「アクイラです。コーディアル様。是非呼び捨てでお願い致します。鼻が高くなります。それで、何でしょうか?」

「フィズ様の誤解を解きたいので、フィズ様の事を教えていただきたいです。思考回路が妙とはどういう風にです?」


 握りしめられた手首が熱い。フィズ皇子の熱は、かなり高いようだ。西で広がっている、流行り病ではないだろうか? コーディアルの薬湯用の薬草や、医師達が欲しいという薬の材料を探すと、数日前に西へ行ったフィズ皇子。流行り病でなくても、この熱。やはり、疲れていたのだ。休んでくださいと伝えるべきだった。


「妙と言っても、聞けば分かりますよ。誤解を解きたいなら踊って下さいで一発です。散歩に行きましょうでも、花束が欲しいでも、饅頭が食べたいでも良いですね。本、ドレス、髪飾り、ネックレス、まあ何でも良いから欲しいとねだって下さい。食事も増やして下さい。主より食べるのはいい加減心苦しいです。男と女では食事量が違うのに、コーディアル様を見習うなど……。そんなに痩せられて、フィズ様が心配死してしまいます。私達も同じです」


 何だって?


「どちらへ? コーディアル様。フィズ様の寝室はこちらです」


 廊下を曲がろうとしたら、アクイラは直進した。フィズ皇子の寝室は、屋敷で一番広い寝室にしてある。なので、こっちではない。


「淑女が男性の部屋を訪ねないのは感心ですが、妻が夫の部屋を訪ねないのは感心しかねます。まあ、好みというのがありますので仕方ないと思いますが、もう少々フィズ様に歩み寄っていただけると嬉しいです」


 何だって? コーディアルの眉間に皺が寄る。


「 名目上の夫婦だというのは、アクイラ様が良くご存知でございますよね? フィズ様がこの領地を……」

「いいえ、コーディアル様。貴女様も捻じ曲がった思考回路なのでややこしくなっているのです。フィズ様はこの領地の民を好きではありません。まあ、気に入りもいるようですけれど。政略結婚といえど、夫婦は夫婦。フィズ様の容姿に心根でしたら、そのうちコーディアル様も心惹かれてくださるだろうと思っていました。そうではないようなので、諦めようとも思いましたがフィズ様があまりにも可哀想で……」


 何だって? これはどういう意味? フィズ皇子が可哀想?


「まあ、どうせフィズ様のことですから張り切って貴女様に相応しいと思う男を探してきます。嫌だ嫌だと文句を言いながら、酷い顔で国中を探すでしょう。私としては、フィズ様で十分だと思っております。城中の者がそう思ってくれています。自慢の主です。しかし臆病小心者で一年、何にもしないし、おまけに熱なんて出すので、もう面倒。コーディアル様、フィズ様をそういう目で見てください。しばらく待ちます。ダメなら貴女様の為に、フィズ様の首根っこ掴んで連れ帰ります」


 つまり、どういうこと? そういう目で見てください? 衝撃的事実に、コーディアルは固まった。アクイラがフィズ皇子を運んだのは、コーディアルの隣室だった。


「御身に危険があったら、真っ先に駆けつける、だそうですコーディアル様。まさか半年以上気がつかないとは思いませんでした。余程、フィズ様に関心が無かったのですね。何とまあ、滑稽皇子」


 寝台にフィズ皇子を寝かせると、アクイラが長く大きなため息を吐いた。


「こういうのを、つきまといと申しますが……。まあ、日頃の働きぶりに免じて許してやってくださいコーディアル様。屁理屈捏ねて、周りを巻き込んで、好きなことしかしなかったフィズ様がこんな風になるとは思っておりませんでした。皇帝陛下は大変、お喜びです」


 ぐしゃぐしゃとフィズ皇子の髪を撫でると、アクイラはフィズ王子の額を指で弾く。寝ているが、フィズ皇子は痛そうに顔を歪めた。


「主にこんなことを? 好きなことしかしなかったとは? 是非、聞いて下さいコーディアル様。オルゴも嬉々として話すでしょう。ハンナやラス、エミリーなどの侍女達も知っていますよ。では、失礼致します。よろしくお願いします」


 白い歯を見せ、爽やかな笑顔を残して、アクイラは部屋から出て行った。コーディアルの手首は、相変わらずフィズ皇子が握っている。


——余程、フィズ様に関心が無かったのですね


 汗を滲ませて、苦しそうに荒い呼吸をしているフィズ皇子。関心が無かったなど、とんでもない。働き過ぎだと、常に側近達や侍女達に頼んで、気にかけていた。しかし、そうだ。指摘されて気がつく。フィズ皇子の好むもの、故郷での暮らしぶり、そういったことは何も知らない。見た目も中身もキラキラと眩しいし、いつか帰ってしまう方だと思うと、何だか近寄り難かった。


——せめて教えてくださいコーディアル様。私の何がそんなに嫌なのですか?


 そう告げられた、一瞬脳内が真っ白になった。そんなことはないのに、フィズ皇子はずっとそう思っていたということ。コーディアルがフィズ皇子を嫌っている。こんなに尊敬してやまないのに、全く伝わっていなかったとは、とんでもないことだと茫然とした。フィズ皇子は、まるで捨てられた子犬のような、えらく切なそうな目をしていた。


 誤解に心苦しくてならない。それに、どうやらフィズ皇子に好まれているという事実に、胸がバクバクしている。静寂なので、余計に煩く感じる。色恋など、自分には全く縁がない話。そう思っていたのに急転直下。


 コーディアルはジッとフィズ皇子の寝顔を見つめた。この美しく、働き者で、献身的なフィズ皇子が自分を? 隣に並ぶことさえおこがましい。ああ、それか。そうやって無意識に避けていたのだろう。その間、フィズ皇子は傷ついていたらしい。


「失礼致します」

「ああ、カイン。フィズ様をよろしくお願い致します」


 ノック音の後に入室してきた医師カインに、危うく洗いざらい話して意見を求めてしまうところだった。城中の者がフィズ皇子をコーディアルの伴侶として認めている。なんだか違和感であるが、そうらしい。つまり、コーディアルだけが何にも知らずにフィズ皇子に傷をつけていた。


「コーディアル様、どうされました?」

「いえ、あの、まずはフィズ様をお願い致します」


 カインの診た限り、フィズ皇子は流行病では無さそうということだった。熱はあるが、喉の腫れなどもなく風邪でもなさそう。疲労その他です。カインはそう言い切った。


「休んでいれば良くなります。食べ盛りなのに、少食なのも原因でしょう。コーディアル様、フィズ様に頑張ってでも食べなさいとご進言下さい」


 コーディアルはカインの言葉に、喉を奥を詰まらせた。そう思っていたが、少食など嘘。先程アクイラがコーディアルに教えてくれた。


「あ、あの……。アクイラ様は(わたくし)のせいだと……」

「何ですと? はあ……あの男はフィズ様の従者。分かりましたコーディアル様。言い難く、責めるようなことは言いたくないのですが真実を。コーディアル様が食べないとフィズ様も頑なです。元々、フィズ様は日に四食だったそうです」

「いえ、カイン。他にもあれば教えて欲しいです。フィズ様のこと。偽りではなく、本当のことをです」


 いつの間にか、フィズ皇子の手はコーディアルの手首から離れていた。仰向けから横向きに変わっている。布団が剥がれていた。寝相は良くないらしい。コーディアルはフィズ皇子の体に布団をかけ直した。


「万が一うつる病なら困りますので、ここは私にお任せ下さい」

「いえ、(わたくし)が……」


 カインが真っ青になり、首をブンブンと横に振った。


「コーディアル様が倒れでもしたら、大騒ぎです。私にお任せを」

「それはフィズ様が、ですか?」


 自分で口にして、全身カッと熱くなる。視線が下がった。


「コーディアル様。ほうほう、そうですか。ええそうです。勿論、私達も負けません。コーディアル様は我等の主。隣国になど渡しません」


 コーディアルはカインに部屋から追い出された。廊下にハンナとラスが待っていた。コーディアルは今夜あったことを、聞いたことをハンナとラスに洗いざらい話した。


「フィズ様のお心を知らぬのはコーディアル様だけでございます」

「むしろ、私など分かっていて放置されているのかと思っておりました」


 ハンナとラスは呆れ返っていた。


 ちっとも眠れなくて、延々と語り、この一年のフィズ皇子のことも聞いていたら朝だった。

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