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優しい醜い姫の結婚と日常

【大蛇連合国本国 ドメキア王国城】


 私とコーディアルの結婚式は、ドメキア城で行われた。

 盛大な結婚式に豪華な披露宴。

 私とコーディアルは蚊帳の外。中心は両国の王。そして執政担う者達。

 停戦を確実なものとする、協定の為の政略結婚というのが名目。なので、私とコーディアルは披露宴後、直ぐに寝室へと移動させられた。

 コーディアルは朝から立ちっぱなし。私は即座に彼女をソファへと座らせようと手を差し出した。

 目に入った揃いの誓いの指輪が嬉しくてならない。

 しかし、コーディアルはそうではないと分かっている。憂いを帯びた、悲しげな瞳に、やはり酷な仕打ちをしてしまったと良心が痛む。


「貴方様の家臣から聞いたのですが、この国の貧富の差に手を差し伸べる決意を固めてくださったそうですね。フィズ様、このコーディアルが必ずや不自由をさせません。何なりとお申し付け下さい」


 決意漲る、大空色の瞳に吸い込まれるかと思った。なんて、美麗な輝きなのだろう。

 私がついた嘘、どうにか婿入りする為についた大嘘を信じてくれていることに、良心がチクチク痛む。

 好きになってもらうまでは、決して手を出さない。それが、せめてもの誠意である。

 しかし……今夜は新婚初夜だ。せめて添い寝くらい……。いやいや、駄目だ。

 駄目とか考えていないで、口説くべきだ。

 夫になれたのだから、愛を囁き、口説き落とせば、手を出せる。

 口説くって、何をどうするんだ? コーディアルの瞳を見ることも恥ずかしくて無理なのに、口説く?


「お持ちいただいた書籍に、貧しい土地でも逞しく育つという種。なんと有り難い事でしょうか。今夜はこちらでどうぞお寛ぎ下さい」


 コーディアルは私と握手をすると、部屋から出ていってしまった。

 あれこれ話をしたいと、話題をうんと考えてきたのに……。

 既に嫌われたらしい。いや、今の謝辞は嘘とは思えなかった。

 誰かが、フィズの家臣——恐らくアクイラ——がコーディアルに私の良い所を伝えてくれたのだろう。

 新婚初夜なのに、いきなり寝室が別々。変な嘘をついたせいだ。私の大馬鹿野郎。

 ソファの前で座り込み、頭を抱える。女性の口説き方を、女誑しの兄に教わっておくべきだった。

 領主になるから、父や官吏に学ばないとと、政治や統治の知識を増やすので、そこまで思い至っていなかった。


「ここは私だけの寝室で、案内しただけという事だろうな……。夫ではなく、家臣として迎え入れたということか? というか私がそういうシナリオにしてしまった……」


 髪をガシガシと掻く。独り言とは阿呆な男だが、つい呟いてしまう。


「まあ、惚れてもいない男が婿とは年頃の娘には残酷過ぎる。良かった筈だ……。しかしこれは困った。コーディアルは私に全く気がない……。こんな気持ち、早速倒れそうだ……」


 不貞腐れて寝てしまっては、コーディアルに何も気持ちを伝えられない。

 彼女を追いかけようと立ち上がり、体の向きを変える。

 その時、ノック音がした。

 コーディアルかと思い、勢いよく扉を開く。

 廊下に立っていたのは、コーディアルの誕生祭にて、彼女とベランダで話をしていた侍女だった。名は、確かハンナ。コーディアルをとても慕っているという雰囲気の侍女。これは渡りに舟。コーディアルと意思疎通をはかる架け橋になってもらいたい。


「フィズ様、本日より身の回りの世話役となりました……」


「これは良いところに。ん? 世話役? 私に侍女など必要ない。家臣を伴ってきた。それに、その髪飾り……」


 ハンナの落ち葉色の髪に、コーディアルへ贈った髪飾りが鎮座している。正直、残念だった。コーディアルは私が選んだ髪飾りを気に入らなかったらしい。女性には趣味があるので仕方ない。


 しかし、自制しようとしても唇が尖る。コーディアルなら、趣味ではなくても喜ぶ振りくらいしてくれると思っていた。


「はあ……そうか、そうか。コーディアル様はこの髪飾りはお好きでは無かったか。誕生祭の深い海色のドレスが夏空色の瞳と良く似合っていたので、てっきり好みかと……。それとも形か? 女性の好みは千差万別というからな……」


 いや、と思い至る。誕生祭にて、コーディアルは目の前の侍女をとても大切そうに見つめていた。嫌なものを、そのような相手に与えることなどしないだろう。


「いや、大事な侍女に与えたとは鼻高々。好みではなかったのが前提だろうが、良い品と認めてくださったのだろう。私の気持ちも汲んでくれている。次は下調べをしてから贈り物を選ぼう。ハンナ、世話役とはそういうことか? よろしくお願いします」


 握手と思って右手を差し出すと、ハンナが瞬きを繰り返した。


「あのー、フィズ様、この髪飾りはコーディアル様に? それに、よく私の名をご存知ですのね」


「誕生祭にて、コーディアル様から親しげに名を呼ばれていたので忘れたりしない。その髪飾りは母の形見の中で、一番コーディアル様に似合うと思って用意した。気に入ってもらえなくて残念だが、仕方ない。女性の好みは細かい。事前に尋ねるべきだった……」


 また勝手に顔がぶすくれる。


——フィズ様、こんなに素敵な髪飾りをありがとうございます。


 可憐な笑顔と、感謝の言葉を楽しみにしていた。勝手に期待した私が悪い。下調べを怠ったせいだ。恥ずかしいからと、兄やアクイラにも相談しなかったから自業自得。


「なんてことです! コーディアル様は私達侍女にまで、あれこれ贈与品を用意してくださったと。コーディアル様の誤解を解かないとなりません。フィズ様、どうかこの品を直接コーディアル様にお渡し下さい」


 ハンナが慌てた様子で髪飾りを外した。フィズはハンナから髪飾りを受け取った。


「そうだったのか。しかし、コーディアル様は侍女達への贈り物だと喜んでくれたのだろう? ならば、これはこのまま君が使いなさい。他の物も、与えられた侍女が使用するように」


 ドメキア王国への贈与品。多分、そう手紙に書いたせいだ。貴女様の蜂蜜色の艶やかな髪に飾って下さい。そう、書きたかったのに、照れて無理だった。


「コーディアル様には、別の物を用意する。ハンナ、コーディアル様の好みを知りたい。彼女はどちらに? ゆっくりと話をしたい」


 私はハンナの頭に髪飾りを戻した。それから軽く会釈。


「はい、フィズ様! コーディアル様の寝室へご案内します。コーディアル様は質素な物を好まれています。ただ……髪飾りよりも、クリームが良いですよ。コーディアル様、装飾品を苦手にしていますから」


「クリーム。ああ、肌が辛そうだからな。それは別に持ってきてある。皮膚病の薬で、香り良いものというのは作るのに苦労した。装飾品が苦手?」


 着飾らなくても、魅力的だから。それを自分で分かっている? そういうことか?


「作るのに苦労した? フィズ様は薬を作れるのですか? コーディアル様の為に作ってきてくださったのですか?」


 ハンナは興味津々という表情。それに、尊敬の眼差し。装飾品の話はどこかへいってしまったようだが、コーディアルの侍女には気に入られるべきだ。


「私には何人か兄がいて、政治に私の居場所はないので、医者を目指していた。今は違う。兄達のように、本来の責務を果たしたい。コーディアル様と共にだ。多くの者を見本にして成長し、彼女の支えになる。そうすれば、私は絶対に偉大な人間になれる」


 私の決意表明は、ハンナの心を動かしたらしい。彼女はうんうん、と大きく頷いてくれた。


「大変良い噂ばかり聞いていて、胡散臭いなどと思っていました。しかし、本当なのですね! コーディアル様を支えてくださるのですね!」


 突然、ハンナは涙ぐんだ。胡散臭いと思っていたとは、随分明け透けない侍女である。


「こんなに強い味方が現れるなんて……。これでコーディアル様に相応しい生活が……」


 ぐすっ、ぐすっと、ハンナは泣き出した。とりあえず、ハンカチを差し出す。実に優雅な、コーディアルに良く似た所作で、ハンカチで涙を拭うハンナに感心する。彼女は相当、コーディアル贔屓のようだ。そのハンナに強い味方と評されたので、自信とやる気が湧いてくる。


「信頼に応えるべく励む」


「あっ、あの! フィズ様は何故コーディアル様と結婚したのですか? 元々はローズ様との縁談だったと聞きました。私達の領地に同情して下さり、改革する為。休戦協定を結ぶ為。そう聞きましたが、話をしている感じだと違いますよね?」


 ジッと見つめられ、私は自分の恋心を見抜かれた事に照れた。


「ひ、一目惚れでな……。先に妻にしておかないと奪われてしまうと思って……。勿論、こちらに振り向いてくださるまでは、指一本触れない。誰よりも、何よりも、大切にする」


 目を丸めたハンナが、パアッと表情を明るくした。


「はい、分かりました! このハンナ、いえ侍女一同応援致します。コーディアル様をどうぞ宜しくお願いします」


 またしても、コーディアルと似たような雅な会釈をすると、ハンナは柔らかく微笑んだ。


 幸先良い出だしで安堵。前途多難そうだが、何とかなるかもしれない。

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