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おまけ 宝石姫と奇跡姫

 北西にある、大蛇の国は32ヵ国からなる連合国。最も強大な権力を誇るのは、本国と呼ばれるドメキア王国。

 歴史、所有する飛行船の量、兵器、国土、人口と何もかもが飛び抜けている。逆らえる国はない。ドメキア王族は、蛇神エリニースの血を引く、とも言われていて天運を味方にして栄えてきた。

 よって、大蛇連合国を、ドメキア王国とその属領地、大蛇の国と呼ぶこともある。

 そのドメキア王国第一王女、ローズ・ドメキアは絶世の美女で、宝石姫と呼ばれ、愛されている。絶対的権力を有する王の美しい愛娘。彼女に手に入らないものは、何も無い、筈だった——……。


 ☆★


 ドメキア王国僻地領地。本国ドメキア王の娘、第二王女コーディアルと彼女の婿フィズが統治している土地。ローズ姫は、城内の談話室のソファで優雅にお茶中。


 蛇神の寵愛を受け、不治の病と呼ばれていた重度の風土病が治った、奇跡姫コーディアルの噂は、大蛇の国中に広がっている。

 それが面白くないのは、姉であるローズ姫。生まれてからずっとチヤホヤされて育ったのに、急に現れた目の上のたんこぶ。顔を見るのも不愉快。

 しかし、息抜きがてら遠出をして、買い物をするのはローズ姫の趣味。行き先は、妹のところ。気楽で許可もすぐ出るので、今日もローズ姫はコーディアル姫の所へとやってきた。


 コーディアル姫は姉ローズの旅行話——自慢話——を聞きながら、編み物中。

 絶世の美女が並んで腰掛けて笑い合う、天国のような光景である。


「羨ましいです、姉上。(わたくし)ももう手足が痛むこともないので、少し遠出してみたいですが、当分無理そうです」

「無理そう?」


 はにかみ笑いを浮かべるコーディアル姫を、ローズ姫は訝しげに眺めた。病が治ってからというものの、妹はへらへらニヤニヤしていて腹立たしい、とローズ姫は思っている。

 まだ病に侵されていた時は、辛気臭い顔でオドオドして腹立たしい、と考えていたので、どちらにせよ気に食わないのである。

 そんな姉の気持ちを知らないコーディアル姫は、編み物を見せて、照れ笑いした。彼女が編んでいるのは小さな、小さな靴下。


「子供が子供を産むなんて、末恐ろしいわね」

「不安ですが、手本となる者が大勢いますし、母を思い出して励みます」


 コーディアル姫は姉の嫌味を聞き流し、胸を張った。長年気弱だった妹の、強気な態度にローズ姫は眉間に皺を作った。


「そう。貴女はもう少し分別があると思っていましたよ」

「姉上。ご心配、ありがとうございます。あら、フィズ様。どうされました?」


 コーディアル姫が、立ち上がる。編み棒と編んでいた靴下をサイドテーブルへ置き、優雅な足取りで談話室の出入口へと歩いていく。

 コーディアルの夫、押しかけ婿のフィズが、爽やかな笑顔を浮かべて、コーディアルを手招きしていた。

 さららと揺れる黄金稲穂色の髪。雪のように白く、陶器のように滑らかな肌。手足は長く、スラリとしているのに胸は豊か。自分と似ている妹を、ローズ姫は複雑な気持ちで眺めた。

 元々、フィズとの縁談話はローズ姫とのものだった。休戦と交易締結の為の縁談話。話がなかなかまとまらない中、顔合わせとして用意された舞踏会。

 国交強化にもなるし、このレベルの男ならば自分に釣り合う。ローズ姫は縁談がまとまるように動こうと決意した。自分の為だけではなく、父や国の為に。

 それなのに、何もする前に、ローズ姫とフィズの縁談話は消滅した。フィズは何故か醜い化物のような妹と結婚。奇跡姫が手に入ると知っていたのだろう、とローズ姫は考えている。

 フィズは会う度にローズ姫に嫌味を言い、追い返そうとする。心惹かれたなんて、人生最大の汚点。大嫌い。ローズ姫はフィズとコーディアル姫から顔を背けた。


「姉上、リチャードが来てくれていて、散歩に行きます。お付き合い頂けますか?」


 話しかけられたら、見るしかない。ローズ姫は顔を上げた。フィズの顔を見ると、ローズ姫の胸がズキズキと痛んだのは、少し前までの話。最近、ローズ姫は自身の変化に少し気がついている。


「リチャード様が?」


 太陽国リチャード王太子。ローズ姫が最近気になる人物。よくこの領地で鉢合わせるのは、リチャードがローズ姫を気にしているのではないか、とローズ姫は感じている。


「ベネボランスの泉を見に行きましょう」


 ベネボランスの泉は、城から少し離れた森にある、小さな泉。足首程までしかなさそうな深さで、淡い水色の泉は底まで見える。

 泉に沈む石は、彩り豊か。ゆらゆら揺れる細長い藻。泉に浮かぶ丸い葉。のんびりと泳ぐ青い小魚。絵を閉じ込めたような泉だ。

 美しい情景を思い浮かべ、そこでリチャードと二人きりだと想像し、ローズ姫は微笑んだ。


「退屈していたので良いですよ」

「あの辺りは少々足場がぬかるんでいるので、身重のコーディアルを支えていただけると助かります」


 嬉しそうに微笑むフィズに、ローズ姫はご立腹。惚気るな、鼻を伸ばすな、そういう顔を見せるな、と心の中で毒づいた。


「姉上、リチャードに良いところを見せようという気は無いのですか?」

「どういう意味よ」

「嫌そうな顔をされたので」


 ローズ姫は立ち上がり、フィズ達の元へと移動した。フィズを見上げ、睨みつける。


「妻を支えようという気概のない夫に嫌悪感を抱いていただけです」


 ふんっと鼻を鳴らすと、ローズ姫はコーディアル姫の腰に手を回した。


「身重の妻を、ぬかるんでいる所へ連れ出そうなど、鬼のような所業ですこと」

「ああ、姉上。コーディアルの心配をしてくださり、ありがとうございます」


 ニコリ、とフィズに微笑みかけられたローズ姫はたじろいだ。トクン、と胸が弾むなんて、どうかしていると自分を責める。

 彼女はリチャードの姿を思い浮かべ、フィズの屈託の無い笑顔を頭の中から追い出した。


「甥だか姪の心配をしたのです」

「そうですか」

「そうです。行くわよ、コーディアル。リチャード様を待たせてはなりません。散歩なら、城壁から花見で十分です」


 歩き出すと、フィズはコーディアル姫の隣に並んだ。大切な宝物というように、彼女に寄り添う。その二人の姿に、ローズ姫はますます苛立ちを募らせた。


「姉上は、どうしてそう、毒蛇のような言葉選びをするのです? それも、この地だと」


 フィズの呆れ声での問いかけに、ローズ姫は足を止めた。ローズ姫の顔を覗き込んだフィズは、咎めるような表情ではあるが、その中に心配も滲ませていた。

 本国では、にこにこ、にこにこ、人形のように笑い続けないとならないけれど、僻地領地では気ままに過ごせる。

 フィズはローズ姫のその気持ちを見抜き、やり過ぎたと叱り、心配もしている。こういう所が、大嫌いだ、とローズ姫はフィズを睨みつけた。


「はあ?」

「フィズ様、姉上は本国で窮屈な思いをされて疲れているのです。顔を合わせれば喧嘩ばかりで悲しいです。心配故とはいえ、フィズ様が突っかかるから、姉上も頑なになるのですよ」


 妻の指摘に、フィズは固まった。


「姉上も姉上です。わざと(わたくし)やフィズ様の神経を逆撫して構ってもらいたいのは分かりますけれど、もっと素直に甘えて下さい」


 妹の指摘に、ローズ姫は固まった。


「お黙りなさいコーディアル。構って欲しいなど……」

「悲しい思いなどさせて、すまなかったコーディア……」


 ローズ姫とフィズの手が、コーディアルの肩に向かって伸びて、ぶつかった。

 触れた指先から、熱を帯びていくような感覚。ローズ姫は手を引っ込めて、両手を握りしめた。


「帰ります」


 泣くものか、とローズ姫は奥歯を噛んで、早足で歩き出した。

 欲しいものは、何でも手に入ってきた。誰よりも美しく、注目を集め、男という男が手に入れようと躍起になる。そのローズ姫を要らないと突っぱねて、妹と結婚した男がフィズである。やはり、大嫌いだと、ローズ姫は胸に手を当て、ドレスを握りしめた。

 帰る前に、リチャードに会っておくか、とローズ姫は廊下を曲がった所で足を止めた。

 フィズに並ぶ色男で、太陽国王太子という地位も悪くは無い。ローズ姫が深呼吸をしていたら、コーディアルが彼女の目の前に立った。


「姉上、お待ち下さい。まだ帰らないで下さい」


 コーディアル姫に手を取られ、ローズ姫は俯いた。


「こんな不愉快な地、二度と来ません」

「前回もそうおっしゃっていましたよ。コーディアルはまだ姉上の旅行話を聞きたいですし、名付けの手伝いもして欲しいので帰らないで下さい。フィズ様と仲直りしてもらいたいです」


 コーディアル姫の嘘偽りない笑みに、ローズ姫は小さく頷いた。


「そこまで言うなら、まあ、考えなくもありません。それにしても、笑うようになりましたね」

「ええ。フィズ様がいますから。それに、顔を上げていなさいと、姉上が叱ってくれましたもの」


 以前なら、ローズ姫はコーディアル姫の頬を平打ちしていた。しかし、彼女の手は動かない。もう、そこまでフィズへの気持ちはなかった。

 それだけではない。フィズに突っぱねられ、妹を怒らせて、ローズ姫は見つけた。

 気味が悪い、鬱憤晴らしに丁度良くて、長年いびってきた妹からの親愛。それは、この国の誰も与えてくれない。ローズ姫は無意識ではあるが、それに気がついている。故にコーディアル姫への態度を徐々に変化させている。まだまだ側から見ると分からない、小さな変化。


「姉上、もうすぐ聖炎祭ですね。あまり早く帰ると、準備で疲れますよ。今年は役に立てると思っていましたが、踊れなくてすみません」

「そうよ。全く、貴女はいつも使えないわね」


 繋いだ手を握りしめて、ローズ姫は唇を尖らせた。コーディアル姫が姉の手を引いて歩き出す。

 ゴツゴツして、浮腫んでいた気持ちの悪い手は、すらりとした小さな手に変わった。ローズ姫は口元を綻ばせて、コーディアルの手を眺めた。


「まあ、歌は頼みましたよ」

「ええ。もう石は飛んでこなくて、庇ってもらわなくて良いので気が楽です。姉上の綺麗なお顔に、傷が残らなかったのは不幸中の幸いです」


 何の話? とローズ姫は首を傾げた。


 それは、彼女の記憶からは消えてしまった、昔話。姉から妹への愛情。それが、巡り巡ってローズ姫へと返ってくる。


 そうしてきっと、ローズ姫はいつか本物の宝石姫となる。……かもしれません。


 ☆★


 ここは、大陸北西の地、アシタバ半島、大蛇の国。


 牙には牙、真心には真心を返せ。


 この世は因縁因果、生き様こそがすべてである。

この人どうなるかなと考えていたので、ふと決めて、一部を別作品にちょろっと出しました。

 ↓

ルイ・メルダエルダは大蛇連合国を統べるドメキア王の抑制者にして片腕。

若き白銀大蛇王(ベーレス)を支える大鷲賢者。

浪費家の母親を、民の為ならばと、僻地へ追放し、贅を取り上げたらしい。

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