おまけ デート
デート。親しい男女が日時を決めて会うこと。空は青く、雲はまばらで、風は穏やか。気温は高くも低くもなくて快適。本日は実に初デート日和。
「こほん。では、行こうか、コーディアル」
フィズは気合十分、というように大袈裟なくらいの会釈をした。城壁に向かって。
当然、返事はない。
「いや、これだと偉そうだ。街へ散策、楽しみだな、コーディアル」
フィズは、やあと手を挙げて、爽やかな笑顔を作った。城壁に向かって。
当然、返事はない。
「楽しみにしているのは私で、コーディアルではない。というより……楽しみにしてくれているのか?」
「していますよ」
腕を組んで唸ったフィズの肩を、トントンと叩いたのはコーディアルだ。フィズの妻である。
「コーディアル! 今、何と言った?」
「楽しみにしていますよ、と申しました」
侍女コルネットを伴って現れた妻を眺め、フィズは停止した。
「フィズ様? フィズ様?」
フィズの側近アクイラが、彼の前で手を振る。フィズは顔を赤らめ、熱視線でコーディアルを見つめる。
彼の思考はこうだ。
——また夢か。最近良い夢ばかり見る。清楚可憐なコーディアルが、私とのデートを楽しみにしているなんて至福。
——夢か。夢なら護衛や側近なんていらない
——それにしても、このコーディアルが着ている花柄のエンパイアドレスは好みだ。というか、コーディアルは何を着ても愛くるしい。可愛い。他の男から隠すべきだ。
ぼんやりした後、フィズは「よしっ」と口にした。
「私の夢なら危険なんてない。コーディアル、二人でデートだ」
瞬間、アクイラの腕がフィズに向かって伸びた。
「またそのように。夢ではありま……」
「さあ、コーディアル! 私は勇ましい騎士と同じように強い。何があろうと、必ず守る。行こう」
アクイラの手からヒラリと逃れると、フィズは鼻歌交じりでコーディアルの手を取り、引っ張った。
駆け出したフィズに、コーディアルが引っ張られていく。
ピイイイイイという、指笛が鳴り響いた。フィズの合図を聞いて、彼の愛馬パズが裏庭の方から走ってくる。
「パズ! 頼む!」
コーディアルを片手で抱くと、フィズはパズの背に乗せてある鞍に飛び乗った。
二人はあっという間に白馬の上。
「コーディアル、海、森、川、山、街、何処へ行きたい?」
そう言うと、フィズはコーディアルの顔を覗き込んだ。期待で胸が一杯、という表情で。
「フィズ様、夢ではありませんよ」
「え?」
「結婚したのも、貴方様の妻なのも、出掛けるのも……その……し、慕っているのも……夢ではありません」
「へっ?」
自身の腕の中で顔を真っ赤にしたコーディアルを、フィズはぼけっと眺めた。
「ですから、街へ散策は予定通り、アクイラとラス、それから護衛の騎士を伴っていきましょう」
「……ああ。そうか。夢ではないのか。いや……」
「今後は私が楽しみにしていない、と申したら夢だと思うようにして下さい」
はにかみ笑いをしたコーディアルを、フィズは手綱を握っていない手、彼女の体を支えている手で更に強く抱き寄せた。
「勘違いの訂正をありがとうコーディアル」
「勘違いというより、願望ですよね? あの、フィズ様、このまま街ではなく城の裏手へ行きませんか?」
抱き締める妻からの問いかけに、フィズは目を丸めた。
「裏手? 畑へ?」
「いえ。森です。以前お話ししたように、禁じられた森は、私達しか入ることを許されていません。その、護衛達は手前までの帯同で」
「禁じられた森へ行きたいということか? それは……」
フィズは顔をしかめた。以前謎の生物と遭遇し、交流で怪我をした。禁じられた森には、人とは共に生きられない世界があるとフィズは確信している。
「禁じられた森の手前に、小さな泉があります。この季節、色々な花が咲いていて綺麗です」
そう言うと、コーディアルはフィズの胸に背中を預けた。
「私も、二人で……その……デートというものを……してみたいです……」
その台詞を聞く前に、フィズは愛馬パズの腹を蹴っていた。
「アクイラ! コルネット! 街へ行くのは中止だ! コーディアルと禁足地の調査に行く! 二人でだ!」
城門の方へ戻り、フィズは叫んだ。
「フィズ様! 二人きりが良いという我儘は、城内でしか許されません! と言いたいですが、勝手にしろ! どうせ貴方に勝てる暴漢は居ないし、禁足地方面に我等は行けません!」
フィズとコーディアルからは姿の見えない位置から、アクイラが大声を出した。
「何だ、アクイラの奴、顔も見せずに……。勝手にしろ、とは機嫌が悪いな」
「またラスに嫌味を言われたのかしら」
「あの二人はいつまとまる。アクイラからの七面倒な相談は……」
「まとまる? ラスは白銀月国の……」
フィズとコーディアルは見つめ合い、互いに唇を結んだ。アクイラとラスティニアンは相愛にも拘らず、すれ違いを重ね続けて、まるでくっつかないのは周知の事実。
「この話は後にしよう。せっかくのデートだ」
「夜にしましょうフィズ様。散策なんて、小一時間くらいしか、時間を取れませんし」
同時に頷くと、フィズは馬を走らせた。城の裏手畑へ進み、畑を横切り、丘を登る。
「ふふっ。これだけでも、デート……ですよね?」
柔らかく微笑むと、コーディアルは少し後ろを振り返り、夫を見上げた。
その上目遣いと可憐な笑顔に、フィズはこう思った。今日も幸せ。
「ああ。勿論。私は連合国内一の……いや、大陸一の幸せ者だな」
思わず口許がニヤける。格好悪い姿は見せたくないので、唇を強く結んだ。
「大陸一の幸せ者は、このコーディアルですよ」
ふふふっという、笑い声が返ってきて、フィズは馬から落ちそうになった。フィズは体勢を立て直しながら「彼女が惚気てくれるなんて、一年前とは雲泥の差。幸せ過ぎる」と太陽のように眩しい笑顔を浮かべた。




