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【外伝】ハンナと謎の男 3

 談話室で、コーディアル様を待っていた時のことです。黒狼レージング様が談話室に入ってきました。談話室に集まっている侍女はターニャ様、私、ラス、エミリー、コルネット、カレン、エリザベスです。それからまだ幼いシェリがソファに座るターニャ様に抱っこされて、眠っています。ラス以外は、黒狼レージング様の登場に怯みました。


 黒狼レージング様。私を見据えています。怖くないと知っていますが……ひいいいいい! 犬の3倍くらいある大きさですし、鋭い牙に爪。コーディアル様が黄金太陽と呼ぶ瞳は、そんなに怖くないです。総合評価で、やっぱり怖いです!


「ハンナ、貴女何か悪さでもしたの? 怒られてきなさい」


 同じソファに座るラスに肘でつつかれました。


「ラ、ラス……何故レージング様の気持ちが分かるの?」


「勘。 ほら、早くなさい。きっとあれね。オルゴ様と婚約をするというのに、レージング様に挨拶をしてなかったのでしょう」


 ラスの発言に、黒狼レージング様が頭部を縦に振りました。フィズ様が5歳くらいの時から、始終共に過ごしている狼。フィズ様との出会いは不明だそうです。当の本人が覚えておらず、友は友だ。いつの間にか友になったと言っているそう。私はオルゴ様から黒狼レージング様のことをそう聞いています。オルゴ様やアクイラ様とは仲良くないそう。黒狼レージング様は、オルゴ様やアクイラ様を基本的に無視らしいです。


 私は少々震えながらも立ちました。軽く吠えた黒狼レージング様が、ついて来いというように歩き出します。


 黒狼レージング様と親しいのはフィズ様とコーディアル様、そこにラス。フィズ様の忠臣で、義兄弟とも呼ばれているオルゴ様やアクイラ様ではなくラス。とっても不思議。


 黒狼レージング様は談話室から食堂、食堂から調理場、そして裏庭へと移動しました。雲が多く、月明かりも殆どない暗闇。黒狼レージング様の姿は闇夜に溶けてしまいました。


「こんばんは紅葉姫」


 これは蛇神様の遣いの声です。私は周囲を見渡しましたが、誰もいません。暗い中庭の植物だけしか見つけられません。


「あ、あの、蛇神様の遣いの方……私に何の用ですか?」


 口にしてから私はふと気がつきました。ここに、私を呼んだのは黒狼レージング様。普通の狼とは全然違う黒狼レージング様は、もしかしたら蛇神様の遣い? 黒狼レージング様はあの灰色法衣の方に変身するのでしょうか?


 ひいいいいいい! 黒狼レージング様、私のすぐ隣にいました。あ、やはりフワフワのモフモフです。柔らかな毛並みが温かい。いつも、コーディアル様の足はこのような感触なのですね。


 黒狼レージング様に驚いたり、毛に感心していたら、目の前に黒法衣の方が立っていました。気配がなかったので、驚きしかありません。漆黒の法衣が風に揺れるので、夜に紛れない。ゆらゆらと、黒に黒が揺れています。


「エリニース、と呼ぶが良い」


 白い手が伸びてきて、私は少し後退しました。エリニース。それは蛇神様の化身の名前です。コーディアル様に教わりました。かつて氷の大地を、二匹の蛇神が今の人が暮らせる土地に変えたという創世記。


 女神シュナと双子の男神エリニース。シュナは鷲や鳥の化身。終焉の炎から民を守る盾となった。聖騎士エリニースは大蛇の化身でこの地を耕し守り続けた。そういう物語。


「エリニース様……今度は何を教えてくださるのですか?」


「君は素直だな紅葉姫。何とも愛くるしい。サファイヤは見習うべきだ。あの娘、本当ならば私の側妃として……」


 優しくなのに、勢いよく首と頬に手が当てられました。急なことに背中がぞわぞわして、怖くて、声が出ません。


「大丈夫だ。可愛い姫と共に何もかもを手解きしてやろ……っ痒!」


 突然頭を殴られたエリニース様。エリニース様の頭を殴ったのは白いものでした。痛いではなく痒い? エリニース様が軽く叫んで後ろを振り返りました。夜闇に浮かび上がる白。黒狼レージング様の倍はある狼がいます。瞳の色は黒狼レージング様と同じ琥珀色。ひっ、ひいいいいいい!


「エリニース様。側室は禁止です。それとも、シュナにこのまま故郷に帰れということです? それなら、帰りますけれど」


 私、コーディアル様よりも美しい声の女性に初めて会いました。女性といっても、多分です。エリニース様の隣に、エリニース様とお揃いの黒法衣の方が並んでいます。シュナ? エリニースにシュナ。双子の神なのに、夫婦のようです。禁断の愛? 神様だから許されるのでしょう。


「帰る? 誓い破りをさせて私を殺す気か? 一晩遊ぶくらい……分かっている。ああ、分かっている。愛でたい花ばかりなので、つい惑わされるが、君が私を掴んで離さない。ちょっとそのヤキモチ顔を見たかったとか、そんなことは思っていない」


 えっと、何故か目の前でラブシーンが始まりました。黒法衣のフードで顔は見えませんが、多分キスし出しましたこの神様達。というより、シュナ様が一方的に、無理矢理キスされているという様子です。シュナ様の手が宙を舞います。黒法衣からスルリと現れた白くてスラリとした長い腕。これは……娼館を思い出すので止めて欲しい。


 パチン!


 乾いた音が響きました。


「ひ、ひ、ひ、人前でお止め下さい! 一時、民の身を預かってもらう為にここに来たのですよね?」


「いや、まさか。この城の主なら勝手に保護してくれる。私は信頼すれば無防備に背中を預ける。はあ……預けた結果妻に告げ口とは腹立たしい。側妃禁止ならせめて一晩、手解きの名目の元と思ったのだが……。して、レージング。もう良いか?」


 エリニース様は女性に奔放のようです。確か、そのような話も読んだ気がします。神様に手を付けられたりしたら、どうなってしまうのでしょう? また、神話を読もうと思います。


 問いかけられた黒狼レージング様は、軽く吠えました。私のすぐ脇で吠えたので、私はまた内心「ひいいいいい」と慄きました。


「戴冠式はそちら側でか。まあ、良い。私は君を気に入っている。私が好むのは友愛を知る者。この城の主は真に果報者だな。レージングよ、無理についてくる必要はない。それにいつでも離脱を許す。大いに悩め」


「きゃぁ!」


 突然シュナ様を抱き上げると、エリニース様は高く飛びました。やはり、こんな跳躍力は人ではありません。白い巨大狼も跳び上がり、エリニース様は白い巨大狼の上にヒラリと乗りました。


「紅葉姫! 可愛い姫はレージングが巨大要塞のごとく守護。隙があると思ったのに、君やサファイヤでさえ抱けないとは残念だ!阿呆なのに人の王だという愉快な男に、息子が生まれたら私の名を使えと伝えよ!」


「エリニース様! 側室禁止ではなく邪な気持ちで女性に触れる事を禁じます! 破ったら離縁しますからね!」


「最悪だシュナ。男と女は違う。本能に抗えと? ふははははは! 私をそんなに縛りたいとは君は愛らし過ぎる。よし、本能くらい抑えよう。しかしなあ、本能に抗うのは相当……」


 月明かりさえない、夜の中に神様達は消えていきました。神様夫婦の喧嘩なんて面白いので聞いていたかったけれど、もう何も聞こえません。


 結局、エリニース様は浮気をしにきたみたいです。奥様のシュナ様も神様だから、全部見抜いて止めにきたようです。

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