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【外伝】 ハンナと謎の男 1

本編補足作品より、一番補足になるところだけ抜粋転載しました。

主人公二人の知らないけれど、侍女が知っている本編の裏側です。

 収穫祭の夜、私はラスとお酒を飲みに行きました。場所は城下街の酒場。本来なら、夜に貴族の娘2人で来るような場所ではありません。しかし、今夜は顔見知りの騎士達が同じ酒場の、2つ隣のテーブルにいます。なので、安心安全。ビアー様がマルクなどの後輩を連れて来ているのです。というより、ラスが根回ししたそう。それに、収穫祭は夜まで続いているので市内警備の騎士も多いです。


 オルゴ様はアクイラ様とローズ様の相手。その後、仮眠をとって朝まで騎士として城下街を巡回。せっかくのお祭りですが、顔を見れないのです。残念ですが、仕事は大切。でも働き過ぎではないですか?


 明日の夕方、こっそり白い砂浜の海岸に散歩に行くのでそれまで会うのは我慢。それで、体調が悪くないかと疲れていないかの確認もします。


 今夜が来る前まで、ラスの話を聞くと言っていたのに、ラスはずっと何も話をしません。お酒を一緒に飲んで自分の話を聞いてと言っていたのに、あれから3度、私とオルゴ様の話を聞いてニヤニヤしていました。場所はラスの部屋で、飲み物は紅茶でした。


 今夜のラスは何か話しそうな予感。


 今日の私達は、街娘の格好をしています。貴族の娘には見えないでしょう。


 この領地に来てから夜の繁華街なんて初めてなので、ソワソワ、ウキウキします。実母から逃げた後、スリをしていた時は酒場に潜り込んだことがあります。すぐに見つかって、人攫いに捕まりそうになりました。やっぱり私は大変な幸福な娘です。時々、夢じゃないかと思う時があります。


「ハンナ、きょろきょろするのは良いわ。でも目が合った人に愛想を振りまくのは止めなさい。特に男。いちいちビアーやライトに目配せするのは疲れる」


 気怠そうなラス。メニュー表を見ながら、頬杖までついています。ラスらしからぬ姿に面食らいます。あと、目が合った人に会釈をするのは礼儀だと思います。でも、ここは酒場でした。滅多に出席しないですが、社交場の癖です。あと身に付けようと励んできた教養のおかげ。


「はい、ラス。会釈をしないようにするわ。社交場以外ではそうなのね」


「違うわよ。虫が寄ってきて面倒ってこと。あと、側近様の話も禁止。話している時の表情が可愛いからもっと虫が寄ってくる。それを自覚しておきなさい。隠しているみたいだけど、城中に知れ渡っているわよ。それも貴女の片思いってことになってる」


 私がポカンとしていると、ラスが店員さんを呼びました。若い女性の店員さんにテキパキと注文をして、サッとチップを渡しています。周りから見えないようにです。店員さんに何かヒソヒソと告げると、ラスは店主だろう中年男性にウインクを投げました。


「これで虫よけ完了。帰りはライトとマルクが連れて帰ってくれるわ。では、ハンナ。飲むわよ。私は思う存分飲むわ。一度、酔ってみるとか、そういうことをしてみたかったの」


 ラスは本当によく飲みました。ビール、白葡萄酒、赤葡萄酒。それで、他愛もない話をします。城下街で流行り始めているお菓子や、人気がある新作のパンに、流行りのドレスの形。社交場で仕入れたという、貴族の噂話。ラスの話は出てきません。


 楽しいので付き合いますが、今夜のラスはかなり変です。それで、だんだんと会話の内容も変になってきました。


「ふふふ、本当に可愛いわよね。鈍感過ぎるのが玉に瑕だけど、素直で表情豊か。すぐ赤くなって、こう何? 守ってあげたくなるわよねえ」


 何故か、ラスは私を褒め始めたのです。それで、私の椅子に自分の椅子を近づけて、私の頬を突っついたり、抓ったりしています。似たような台詞を、もう5回くらい聞きました。顔は赤いし、目はとろんとしているので、ラスはかなり酔っていそうです。


「あー、ラス? お水を飲んだ方が良いわ」


「いーえ、ルビーちゃん。私は白葡萄酒が良いの。どうしたら、こう、そう、素直な言葉が出てくるわけ?」


 ラスが私の唇の近くを摘んで、むにむにしました。だいぶお酒臭い。これでは美人で麗しい淑女のラスが台無し。しかし、酔っ払っていても、仕草や動作がいちいち優雅です。私と違って、生まれた時から令嬢なので体に所作が染み付いているのでしょう。周りの男性達がみんなラスを見ているような錯覚がします。特に顔見知りだったり、親しい騎士達なんて特に。


「やっぱりお水を飲んだ方が良いわラス」


 ひらひら手を振ると、ラスは白葡萄酒が注がれたグラスに口を付けました。


「大体ねえ、私は大抵の男は落とせるの。だから、あんな人は要らない。私には不必要。分かる? 見てなさいハンナ」


 あの人とはアクイラ様? 要らない? 分かるって何がですか? 何の話かサッパリ分かりません。見てなさいと口にしたラスが、勢い良く立ち上がりました。白葡萄酒の瓶を持って、自分のグラスも手にして、通路を歩いていきます。少しフラフラしていますが、とても可憐な動き。しなやかで綺麗な動作。周りにいる男達が次々とラスに声を掛けます。流し目や、愛くるしい笑顔で、拒否というように首を横に振るラス。


 私は慌ててラスを追いかけました。と思ったら、肩に誰かが手を触れて、止められました。突然だったので、怖くて身を竦めると、マルクでした。胸を撫で下ろします。私、弟みたいなマルクでも突然だと怖いみたいです。マルクは私が怯えた理由が分かっているからか、気にしない振りをしてくれました。


「俺が行くよハンナさん。1人だとアレだから、まああの席もどうかと思うけど向こうにどうぞ」


 あの席、と示された場所でビアー様やランスが私を手招きしています。うーん……。私はオルゴ様に片思いしていることになっているらしいので、何か嫌な予感がします。根掘り葉掘り聞かれたり、揶揄われるのはちょっと……。ラスが、私は態度や顔色に出ると言っていましたし……。


「ハンナさん、早く」


 私を軽く押したマルク。慌てた様子です。ラスは誰かと並んで立っていました。旅人が良く着ているような、灰色っぽい法衣を着ています。ラスより随分と背が高いのと、肩幅も中々広いので男性でしょう。彼はラスの手を握っていて、ラスは困惑という様子です。


「すみません、連れは少々酔っていま……」


 大きめの声を出したマルク。灰色法衣の男性は振り返りながらラスの体に手を回しました。ラスの小さな「きゃっ」という声がして、床に落下したグラスが割れ、店内が静まり返りました。灰色法衣の男性はラスを横抱きにしています。


「店を出たら声を掛けようと待っていたのだが、幸いなことに色仕掛けに来た。かわゆいサファイヤ、手取り足取り教えてやろう。その気だったのだから良いだろう?」


 やはり男性です。低い声で、何とも穏やかで優しい声色。聞き覚えがあります。どこで聞いたのか思い出せません。フードで隠れていて、顔が見えません。


「気安く触らない……」


 踠いて、逃げようとしたラス。その瞬間、灰色法衣の男性は近くの椅子を踏み壊しました。長い法衣で隠れていた黒い靴が椅子を踏んで、破壊したのです。大きな音に私は身を縮めました。何度かした破壊音。怖い。


 目を開けると灰色法衣の男性とラスがいませんでした。


「何て身のこなし! おいお前ら、ラスとあの男を探すぞ!」


 ビアー様が叫び、返事をした騎士達が次々と店から出て行きます。マルクがそっと私の隣に並びました。


「心配でしょうけど、ビアー様に任せて下さい。ハンナさんは俺が城まで送ります。巡回者に声を掛けながら帰ります」


 ラスは、ラスはどうなるのでしょう? 頼れる騎士達ならきっと助けてくれます。私はマルクに小さく頷きました。恐怖のせいか、声が出てきません。大きな音は苦手で、まだ体が竦んでいるみたいです。


 ビアー様と共に行かなかった騎士が、店主と何やらやり取りをしています。あと、騎士が床に中年男性を押さえつけていました。火事場泥棒とか、ドサクサに紛れて無銭飲食とは許さん! という怒声が聞こえてきます。


 私に寄り添うマルクに「お会計」と告げるとマルクに「済ませた」と言われました。皆の弟マルクは、何て頼り甲斐のある男になったのでしょうか。これだと私が妹分みたいです。


 私はマルクと共に酒場から出ました。先にマルクが出て、私は後に続きます。


「きゃっ!」


 何か固いものが体に巻きつきました。それで、急上昇。何⁈ 何⁈ 私、何かに投げ飛ばされました。


「ハンナさん!」


 マルクの声はしましたが、視界は夜空。落下しています。


「きゃあああ……っんんん!」


 灰色の法衣が横に現れ、バッと腕を掴まれ、引き寄せられ、口には掌。少しだけ顔が見えました。凛々しい眉に、一度だけ見たことがある黒真珠(プラックパール)のような瞳。


 子供みたいに抱っこされています。掌は口から離れましたが胸元に顔を押しつけられているので、叫んでもくぐもった声になりました。


 トンッと建物の屋根に着地した灰色法衣の男性。平らな屋根に、私と灰色法衣の男性の2人きり。


「叫ばないでくれ、すぐ帰す。サファイヤもかわゆいので背中を押してやろうと思ってな。ちょっと遊んだら、迎えのナイトに返却する。さてルビーよ、間も無く失われかけたものが蘇る。可愛い姫の宝に贈り物を持ってきた」


 私から手を離すと、灰色法衣の男性は私の前で片膝をつきました。あまりにも優しい声なので、叫ぶ気になれません。それに、多分この声はあの方です。


「あの……以前、私の主を手当てしてくださった方ですか?」


 灰色法衣の男性が大きく頷きました。

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