おまけ 流星国のロイヤルベビー
関連作完結記念のおまけです。
大蛇連合国の新国家、流星国の建国日に三つ子のロイヤルベビーが誕生しました。
長男王太子エリニス王子。次男レクス王子。末っ子長女ティア姫です。
侍女改め、流星国のロイヤルベビー世話係に任命されたハンナは妊婦ですが、張り切って働いています。
生後1ヶ月の3人はお昼寝中。絨毯の上に敷いたふわふわな織物の上で、スヤスヤと眠っています。母親似のエリニス王子とティア姫。父親似のレクス王子。美男美女の両親から生まれた三つ子ちゃんは、とても整った顔立ちをしています。大変、可愛らしい赤ちゃんです。
母親であるお妃コーディアル様も、別室でお昼寝中。なるべく自分達の手で子育てしたいと頑張っていますが、流石に1度に3人の赤ちゃんのお世話は大変。あっちが寝ても、こっちは泣く。こっちの授乳が終わったら、次が控えている。
運良く、三つ子ちゃんが同時に寝たのでコーディアル様も体力回復しないといけません。大丈夫というコーディアル様を隣室へと追い出し、私は三つ子ちゃん達の見張りです。
流星国お妃コーディアル様の私室の1つ、西鷲の間は実に穏やかな空気。窓から注がれる、冬なのに温かな日差し。
私は妊婦ですが、赤ちゃん達のお昼寝を眺めているだけの仕事ですので、難しいことはありません。
しかし、1つ問題があります。
三つ子の王族にまとわりつく謎の生物達の扱いです。三つ子の王族が生まれた日に現れ、赤ちゃんにまとわりついて離れない生き物。国王陛下フィズ様と、お妃コーディアル様が「神の遣い」と称しましたが……何なんでしょう? 蛇神様が存在しているのは、確信に近いのですが、人型の遣いではない理由を知りたいです。
まず1匹目と2匹目、私の腕くらい太い蛇と私の人差し指くらいの太さの蛇。違うのは大きさだけではありません。角がある蛇と、鷲のような頭部の蛇なので種類が違います。エリニス王子をジイッと凝視しています。若草色の瞳は、ずっとエリニス王子に向けられています。はっきり言って、怖いです。
3匹目、大きな犬だか狼。犬の倍の大きさです。三つ子の赤ちゃんを囲うように座ってレクス王子を見つめています。以前、国王陛下フィズ様と共にこの地にやってきた黒狼レージング様の色違い? この1ヶ月、レクス王子を食べたりしていませんけれど……とても大人しいですけれど……見た目が怖いです。
4匹目、大きな蜜蜂。私の顔くらいの大きさです。この蜜蜂もどきが、今1番の悩みの種。蜜蜂もどきは、ティア姫にかけている毛布を脚でもぞもぞと触っているのです。せっかく寝たのに、ティア姫が起きてしまったら困ります。しかし、虫嫌いの私は触りたくありません。
大好きなコーディアル様の宝物は見たいですが、この異形の生物は見たくありません。三つ子の王族の監視が仕事ですので、気合いを入れて、頑張るしかありません! 世話係として、三つ子の王族の安眠を妨害するものは除去しないといけません!
よしっ! と私はソファから立ち上がりました。そうっと蜜蜂もどきに近寄りました。
「よ、よ、よ、よ、良いですか蜜蜂もどきさん……いえ……様……。ティア姫様を起こさないでいただきたいです」
フィズ様やコーディアル様が、この生き物達に話しかけているので真似です。蛇や狼は返事のように、あれこれ仕草を見せますが、この蜜蜂もどきはそんな姿を見せたことがありません。
青い色の3つの瞳が、私を捉えました。
ひっ……ひいいいいい!
「ばーばあーじい。こうこー」
子供の声。
……。
……。
「とうとりー」
⁈
エ、エリニス王子が立っています! それで両腕を上下に揺らして、蛇達と向かい合って、喋った?
「ばじー。ここー」
太い方の蛇に抱きついて、きゃっきゃっと笑うエリニス王子。コーディアル様そっくりな、黄金稲穂色の髪に、小さくて細い方の蛇が乗っています。
立って、喋っています! 生まれて1ヶ月で立ったり、言葉を発したりなんて、どういうことですか⁈
「コ、コーディアル様を起こし……レクス王子様⁈」
エリニス王子に驚愕していたら、レクス王子の姿がありません。毛布はもぬけの殻。まさか、レクス王子まで立った⁈ というか、歩いた?
部屋中を見渡してもいません。
「ぎゃあああああ!」
私の大声で、ティア姫様がパチっと目を覚まして、大泣きしました。慌ててあやそうとしましたが、蜜蜂もどきがティア姫を抱えて飛行。
ティア姫様の背中にぴったりはりついて、ブーンと低空飛行する蜜蜂もどき。ティア姫は泣き止んで、楽しそうに笑っています。
しかし、心臓に悪いです!
「ティア姫様! あ、あぶ、危ないのでお止め下さい蜜蜂もどき様!」
私が叫ぶと、蜜蜂もどきは目を赤くしました。青かった瞳が、急にサアッと紅色。睨まれたと感じて、私は慄きました。
蜜蜂もどきが絨毯の上にティア姫をそっと下ろしました。途端にティア姫は大号泣。すると、蜜蜂もどきは再度ティア姫を抱えて飛び立ちました。
まるで、飛ぶゆりかごみたい。大喜びという様子のティア姫様。
「ど、ど、ど……どうしましょう……。あやしてくれているなら……」
つんつんとドレスの裾を引っ張られ、下を見るとエリニス王子が私のドレスを掴んでいました。頭の上には、やはり小蛇。真後ろには大蛇。
蛇の瞳は深い青色ですが、眼光鋭くてやはり怖い。
エリニス王子は直ぐに私から離れました。よたよた、よろよろ、というようにですが歩いています。倒れて頭でも打ったりしたら大惨事。
私は慌ててエリニス王子に駆け寄りました。
大蛇にシャーッと威嚇されて、近寄れません。
よろめいて、転びかけたエリニス王子を大蛇が支えました。次は座らせる。エリニス王子は再度立ち上がろうと、四つん這いでぷるぷるしています。コテン、と転がってしまうと、大蛇がエリニス王子のクッションになりました。
これは……なんて状況なのでしょう!
三つ子の王族が生まれてから、こんな事態は初めてです。私は一瞬途方にくれました。
「はっ。放心している場合ではないわ。レクス王子様。そうよレクス王子様。レクス王子様はどこ⁈」
私は再び部屋を見渡しました。
あっ……いました。よく見れば、レクス王子は白狼の尻尾に囲まれて寝ています。そんなに移動していません。
目を開いて、もぞもぞしていますが、立ったり歩いたりはしないようです。生後1ヶ月なので、当然。レクス王子は片手でぎゅうっと白狼の尾を握り、ニコニコしながら手を動かしています。
ヒュー。
寒い風が通り抜け、私は振り返りました。
開けられた窓に、黒い法衣を着た人が座っています。
「久しぶりだな紅葉姫」
「エ、エ、エリニース様……」
この声、蛇神エリニース様です。コーディアル様やこの地に蔓延した病を治してくれた方。いえ、この地に蔓延った病は、そもそもコーディアル様を無下にしていた報いだと聞きました。
この地に現れた、謎の蛇——エリニス王子様の傍にいる蛇が成長した姿——の寵愛を受ける血脈。それが、コーディアル様達ドメキア王族らしいのです。
私に蛇神信仰を伝えなさいと告げたのは、エリニース様の双子の妹にして妻の蛇神シュナ様。今日はいないようです。蛇神信仰は、因果応報、行いは良くも悪くも巡り巡って返ってくる。そういう教えの宗教です。
「口が固くて感心。見知った秘密を守っていると見張りから聞いている。信仰を伝える仕事もしているそうだな。よって、一度褒美だ」
ポイッと投げられたのは、灰色の小さな袋でした。
「あの……また井戸水にこれを入れなさいということですか?」
「開けてみなさい」
促されて、私は袋を開きました。白い、金平糖のようなものが一粒。それから、虹色の何か。粉?
「その毒消しを削って半分食べなさい。残りは産まれた子に、少しずつ与えよ。君のお腹の子は、このままではあまり良くない。私からではなく、君を守りたい者からの贈り物だ」
私は思わず、自分のお腹を両手で触りました。
「毒消し?」
「そうだ。君の知らない世界で生きる者達からの好意によるお裾分け。姫に与えられたものと同じで、とても貴重な品だ」
私の知らない世界。コーディアル様やフィズ様も知らない世界。多分、謎の生き物達の世界です。
「あのエリニスには、君が経験した不思議な話について、少し話をしなさい。彼は相当、好かれている」
私がエリニス王子を見ると、エリニス王子は大蛇に巻きつかれて、大笑いしていました。小蛇がエリニス王子の肩に乗って、頭部で頬をツンツンしています。
「その光苔は、三つ子への誕生祝い。何かの式典で捲く……アピスの子が捲くそうなので渡しなさい」
ティア姫様を抱いて、ブーンとエリニース様のもとへ飛んでいった蜜蜂もどき。アピス、そういう名前なのですね……。
エリニース様がティア姫を抱っこしました。
「可愛い娘だ。私も娘が欲しい。息子は……あいつらに食われるかもしれん。アピスの名は、誰にも口にするなよ紅葉姫。あと、この娘を死の森へ近寄らせるな。母親同様に弱い」
蜜蜂もどき——アピス?——がエリニース様の頭の上に乗りました。黒い法衣を前脚でペチペチ叩いています。
「死の森? 遠い場所にあって、そのような場所へは……」
「一応だ。我が名を与えられた、運命の子はやがてこちら側へと来るだろう。何もかもを鍛えさせろ。道を誤ると殺される」
へっ? こ、殺される⁈ 我が名をってエリニス王子⁈ 先程も、特別な子だというような話し振りでした。
「真ん中は、普通だ。親の仕事でも引き継がせよ」
これは、神託?
エリニース様が、ティア姫を私へと渡しました。その次は、アピスと呼ばれた蜜蜂もどきを鷲掴み。蜜蜂もどきは顔の前にぶら下げられました。
「喧しい。私は忙しいので遊ばんよアピスの子。可愛い子供達と遊びなさい。勝手に巣を出て、親が怒っているぞ」
エリニース様が蜜蜂もどきをポイッと投げました。蜜蜂もどきは飛び、私の頭上をぐるぐると旋回し始めました。蜜蜂もどきの三つ目は、また青色に戻っています。
羽音が少々煩いです。ティア姫はきゃあきゃあと笑って、実に楽しそう。
「では、行かねばならん。気が向いたり、頼まれ事をされればまた来る」
言うやいなや、エリニース様は窓の外へ飛びました。扉が閉まります。
ここは城の中でも高い位置にある部屋。私は窓に近寄って、外を見ましたが、もうエリニース様の姿はありません。やはり、どう見ても人が簡単に登ってきたり、去ったり出来る場所ではありません。
1年以上振りの、奇妙な出来事。私は自分の頬を抓りました。
「痛い……」
前回と同じで、夢ではないようです。
侍女ハンナ改め、ロイヤルベビー世話係ハンナは思います。
世界は広くて、不思議に満ちている。
死ぬまで退屈しない人生になりそうです。
侍女ハンナと自称蛇神エリニースの出会いや接触は「侍女ハンナは思います。早くくっつけ姫と皇子。」
蜜蜂姫ティアが成長したお話は「思い込み激しい蜜蜂姫と女嫌い皇子の恋物語」
次男レクスのお話は連載中
「恋に気がつかない大狼王子の初恋物語」
長男エリニスのお話は制作中
エリニス王子の話に登場予定の人物が主役のお話
「成り上がり騎士と貧乏子爵令嬢の新婚生活」
どれもこれも拙いですが、どんどん書いて成長したいと思います。