おまけ 勘違い皇子と従者達
補完&別の恋物語
「ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。」完結記念のおまけです。フィズとコーディアルの恋物語の裏で、従者達は割と頑張っています。
コーディアルの病が治ってから一週間後、領地視察を兼ねて城下街の酒場へとやってきた。メンバーはアクイラ、オルゴ、ルイ、ハルベルという日頃から世話になっている従者のうち、年齢が近い4人。視察は建前で、腕が治ったことと、コーディアルと夫婦になれた祝いらしい。言われていないが誰でも分かる。
フィズとしてはオルゴの非公式な婚約祝い。正式なものはしかと行うが、こういう気楽な祝いも行いたかった。動かなくなった腕の浮腫み防止など、それはもう熱心にフィズを支えてくれたハルベルへの感謝も告げたい。アクイラ、オルゴ、ルイにも公務でうんと助けられている。常に言っているが、何度でもお礼を言いたい。
ルイが眼鏡という物を用意してくれて、髪型を変えてくれた。服を貸してくれたのはハルベル。近くでよく見れば領主フィズだと気がつかれそうだが、城から酒場まで誰も気がつかなかった。店に入ってから、席に着くまでも同様。フィズは1番端の隅の席に着席した。
「煌国ではたまにこうして街へ出ていたと聞いていましたので、嬉しそうにしてもらえて良かったです」
ルイが安堵というような笑顔を見せた。
「たまに、ではなくしょっ中だルイ。放蕩者でな、このフィ……レグルスは。この呼称、久々で直ぐには出てこなかった」
「レグルス? ああ、そういうことで」
アクイラの発言にルイが納得というように頷いた。レグルスは古い言葉で王子とか皇子。そのまんまの偽名である。
「私は放蕩者ではなかった。酒や女に溺れたことはないぞ」
「それはお前だろうアクイラ。まあ、レグルスが好き勝手だったのは同意だ」
フィズはオルゴを軽く睨んだ。祝おうと思っていたのに、いきなり中傷とは腹が立つ。
「いやあ、奥様のおかげだなアクイラ。折角、人の上に立つ能力があるのに、レグルスが危うく旅医者とかになるところだった」
「奥様には頭が上がらないなオルゴ。近衛兵長の俺がしかと護衛しよう」
しばし沈黙。それからアクイラとオルゴが運ばれてきたビールを一気飲みした。
「近衛兵長は俺だオルゴ」
「近衛兵長は俺だアクイラ」
また始まった。2人とも「副近衛兵長」で解決した筈なのに、この無駄な話をまだ言うのか。コーディアルの近衛兵長はフィズと決まった。侍女達公認である。
フィズはルイとハルベルと乾杯をしてからビールグラスに口を付けた。自分の腕で自由に動けるとは、あらためて素晴らしい。まるで夢だったというように、綺麗さっぱり治った腕。
……夢?
フィズは手に持つビールをもう一口飲んだ。ふむ、大変美味しい。明晰夢は滅多に無いもの。それは学んだ。これは現実。
本当に現実だろうか? ここ最近、腑に落ちない、奇跡的な事が起こり過ぎている。あと幸せ過ぎて怖い。毎晩、コーディアルがフィズの腕の中で寝ているのが1番違和感。
「レグルス、また夢だとか言いださないで下さいよ? コーディ……奥様がレグルスの思い込みや勘違いを正す事にそのうち嫌気がさしてしまいますよ」
「いいやハルベル。それは学んだので大丈夫だ。夢と思い込むのはもうない筈。それから、コーディ……妻が常に話をするようにしましょうと言ってくれた」
妻かあ……。実によい響き。堂々と「私の妻です!」と言える日が来るとは感無量。しかし、何が決め手だったのかサッパリ見当がついていない。コーディアルはある日突然、いきなりフィズの頬にキスをしてくれた。
「惚気るな! その色ボケ顔も止めろ! みっともないぞ」
いきなりアクイラに背中を叩かれた。ルイとハルベルが目を丸めて固まっている。主に対して何をしているんだ……という事だろう。義兄弟なので全く気にならないというか、これだけ気さくに接してくれる相手がいないと息が詰まる。
「八つ当たりするなアクイラ。お前はまたラスティニアンに振られたのだろう」
「そうなんですよレグルス。仕事に加えて式の準備があるのに、毎晩のようにぐちぐち言いに来て実に面倒。腕が治ったのだから、交代して下さい」
「喧しいオルゴ! 俺はあの高慢ちきな侍女に男は思い通りにならないと教えてやっているだけだ」
ぶすっとしたアクイラがビールの追加を頼んだ。酔うと寝るので飲ませて放置しよう。苛々してそうなので無視するのが最善。侍女ラスにつっかかっては袖にされているアクイラ。煌国皇居の名高い色男がどうしてそんなことになったのか、かなりの謎である。
侍女ラスはコーディアルの秘書になり政治に関わりたいという意欲家だった。見た目は色っぽい美人だし、おっとりとした雰囲気なのに、中身が激しいことを1年も経ってから知って驚いた。おまけに男という男を虜にしてはヒラヒラ避けているらしい。アクイラを振り回す女性がいるとは世界は広い。
「しかしまあ、アクイラもだが私が1番驚いたのはオルゴ、お前だ。質問はあれこれあるが、まずはおめでとうオルゴ」
フィズに続いてルイとハルベル、それから不機嫌そうなアクイラも「おめでとうございます」と口にした。
「ありがとうございます」
照れ顔のオルゴが髪を撫で付けた。
「で、いつの間にハンナとの婚約話が進んでいたんだ? まあ、ハフルパフ公爵家との縁組みは私も進めて欲しいとは思っていたが……」
「レグルスが奥様を口説くのに夢中な時にだ。この恩知らず共。誰が背中を押してやった? 1年もの間、俺はもう献身的に尽くしたのに飲んだら寝るだろう。そういう顔をしているぞ」
アクイラがフィズとオルゴの肩に拳をぶつけてきた。結構、本気。それにしても、付き合いが20年近いので心を読まれている。フィズは「すまない」と返答した。しかし、オルゴは違った。
「喧しいアクイラ。それについてはちゃんと礼をしている。お前が俺の忠告を聞かないからだ」
「ポッと現れた男に横取りされるぞアクイラさん。私のようにな」
ビールを飲み干したルイがフィズを見つめた。それも、目を少し細めて敵対心のような光を滲ませて。え? いや、君はもう間もなく結婚するではないか。
——とにかく、先に妻にしておかないと奪われてしまう
勘は良い方だが、正解だったらしい。危なかった。ルイのような男がコーディアルを狙っていたとは、危なかった。ルイから親しみこもった笑顔が返ってきたので一先ず安堵。婚約者と仲睦まじそうなのも見たことがある。よって、彼の気持ちは過去の事だと結論付ける。
「その通りですアクイラさん。呑気にしていたり、様子を窺っていたり、自己改善を怠っていると、バッと掻っ攫われますよ」
ハルベルはオルゴを見ている。ルイと似たような目線。
いきなりルイとハルベルがガッと握手をした。ビールの追加を頼んで、ウンウンと頷くルイとハルベル。つまり、何だ?
「あー、ハルベル。そう、なのか……」
「そうですよオルゴ様! 同じように関心を持たれてないと思っていたのに、何でいきなり婚約にまで話が進んだんですか! どういう手段……あの剣術大会の行動は卑怯ですよ。それに、晩餐会でも熱心に口説いたらしいですね」
ハルベルはビール一杯で酔うのか? 顔が真っ赤なのでそうなのかもしれない。オルゴに向かって、膨れっ面。医師の卵にして、冷静沈着な男だと思っていたが、違う一面もあったようだ。
「あの剣術大会とは?」
「目の前で繰り広げられたのに、レグルスは奥様に惚けて見てなかったのか」
止めろ、というオルゴの抑制を無視したアクイラが立ち上がった。
「ハンナ嬢、寒いでしょう。どうぞ」
何をするかと思ったら、アクイラはその台詞の後に何かを投げるフリをして、投げキッスとウインクをした。まさか、これをオルゴが? 生真面目照れ屋のオルゴが? そのオルゴはというと、赤黒い仏頂面になっている。オルゴは過度の照れでこうなるので、アクイラが教えてくれたのは本当の事らしい。
「格好つけ!」
「格好つけ!」
「格好つけ!」
オルゴを小突くアクイラ、ルイ、ハルベル。この3人、こんなに親しくなっていたのか。よく3人でいるのを見かけるが、かなり気心知れている様子。
「畜生! 俺のルビーが何で結婚するんだ!」
大声がして、目線を移動させる。肩を組んだ騎士が入店してきた。若手筆頭のビアーに彼の後輩のベルマーレ。ぞろぞろ入店してきてフィズは顔を隠すように俯いた。上目遣いで騎士達を確認する。酔っているような様子なので、二軒目とかかもしれない。
「うわっ! 鬼上官! ルビーを飾る憎き男! ここで会ったが100年目! 今宵、俺が勝ったらルビーを返却して下さいよ!」
隠れようと思っていたのに、ビアー達はずんずんと近寄ってきた。オルゴの前にズラリと並んで仁王立ちする騎士達。8人いる。
ルビー? ハンナの髪が赤っぽいからか?
「そうだそうだ!」
「俺達の癒しを返せ! 抜け駆け禁止だったのに掟破りめ!」
「人妻なんて見てて楽しくない!」
「いや、奇跡の星姫は人妻でも眼福だぞビアー」
何だって! コーディアルは確かに眼福だが許し難い言い草。フィズが立ち上がろうとすると、アクイラに押さえつけられた。
「いやベルマーレ、コーディアル様にはフィズ様がいるので絶対に手が出せない。フィズ様に敵う男は居ない」
ビアーの発言に、次々と騎士達がうんうん頷いたのでフィズはホッとした。かなり尊敬して貰えているらしい。これは鼻が高い。それにしても、ハンナの人気は凄まじい。美人で気立てが良く、愛嬌があるのでまあ当然か。年の割には幼い面があるが、捨て子だったせいかたまに憂いを帯びた寂しげで大人びた表情も見せる。あれは男心をくすぐるだろう。コーディアル命というのには、たまに辟易する。たまに目が怖い。フィズをよく叱る姉を思い出す。
「まだ人妻じゃないから、横取りしよう。口説き落としたら公爵の座までついてくる」
「何で自信有り気なんだガビ。このランスなら分かるがお前には無理。絶対に無理」
騎士達がオルゴに向かって勝負しろ、ルビーを返せの大合唱。
「喧しい! 全員のしてやる」
オルゴが挑発に乗ったので、腕相撲大会が始まった。で、呆気なくオルゴの優勝。ちゃっかりアクイラも参加したが、騎士ベルマーレにあっさりと負けていた。オルゴと違って「官吏にしては強い」だけなアクイラ。それにしても、オルゴは官吏なのに騎士中心生活に移行しつつあり、益々強くなり、どこへ向かっている。
なんか知らないが、ベルマーレとアクイラの2人が口喧嘩を始める。笑顔で嫌味。それから飲み比べを始めた。
オルゴは騎士達に取り囲まれている。
「オルゴ様! 俺に縁談を持ってきて下さい!」
「いいや準優勝したランスにこそ!」
「おいランス! 今準優勝したのはこの俺ビアーだろう! 嘘つきめ!」
「よく働く俺にこそお願いしますオルゴ様。ハンナに頼んでコルネットに近寄らせて下さい」
「コルネットは俺のものだガビ! エミリーなら許そう」
「エミリーは俺が目をつけている!」
「お前達、別々に来たのだから向こうで飲め」
オルゴの一言が騎士達のブーイングを招いた。ほらほら、飲めというように、騎士達に飲まされるオルゴ。これは、あれだ。多分、祝われている。慕われている。ふざけて戯れているだけ。ハンナをダシにしてオルゴと遊んでいるという雰囲気。ハンナ大人気というより、オルゴ大人気らしい。いや、ライトとガビは端の方で「ハンナが結婚とか嫌だ」と泣いている。慰めているのは若手騎士マルク。彼が、オルゴの前に移動してきた。
「オルゴ様。このマルクはこんな先輩ばかりで七面倒臭いです。よって副隊長補佐官の補佐官に任命して下さい」
フィズがこの領地に来た頃に、騎士となったマルクが涼しい顔で告げた。幼くて可愛い顔をしているのに、肝が据わっているな。張り切って元気に働いているか、鍛錬に打ち込んでいる姿しか知らなかったので驚いた。
途端にマルクが騎士達に揉みくちゃにされた。
「お前はオアシスに出入りしてムカつくんだよ!」
「何でお前はお茶会に参加出来るんだ! 先輩を招け! 今のコーディアル様を間近で見たい!」
「美女を侍らす不埒な騎士など成敗してくれる!」
マルクがオルゴの背中に隠れて、顔だけ出した。怯えておらず、爽やか笑顔でウインク。
「虐めると侍女全員にあることないこと言いふらしますからね! ああ、オルゴ様。私を敵にするとハンナさんに捨てられますよ」
マルク、満面の笑顔。オルゴが苦笑いしている。これは、フィズもマルクにはウッカリ変な事を話さないように気をつけないとならない。下っ端若手騎士のマルク、何者? 城の従者にはこんな人間関係があるのか。
それにしてもぎゃあぎゃあ、わーわー、騒がしい。店には迷惑な状況かと心配したが、騎士達は常連なのか他の客も騒ぎに混ざっていて楽しそう。
ふと見たら、ルイとハルベルはアクイラと騎士のライトを加えた4人で何やら話し込んでいる。なんか、辛気臭い。ルイがチラリとフィズを見て大きなため息を吐いた。そのあと、満面の笑顔。イマイチ意図が読み取れない。おそらく、アクイラが面倒なのだろう。
フィズは壁にもたれて、眼前の愉快な光景を眺めた。1年少々、コーディアルに振り向いて欲しくて必死だった。この領地は好きになれないと思っていたが、勘違いのようだ。故郷から引き離してしまったアクイラやオルゴに居場所や気心知れた相手が出来ている。オルゴに至ってはこの領地で所帯を持つ。
明日から、コーディアルの為だけではなく、違う気持ちでも励めそう。
アクイラがレグルスはオルゴの弟と紹介したので、フィズは騎士達に歓迎され、オルゴに似ていないとバシバシ背中を叩かれ、オルゴの文句を言われ、飲まされ、ぐちゃぐちゃにされた。
☆★
城に帰ると、コーディアルは寝ないで待っていてくれた。
「どうでした? 息抜きできました?」
ソファに並んで座り、コーディアルが甘えるように身を寄せてくれるので至福。フィズはギギギギギと軋むような動きでコーディアルの肩に手を回した。余裕たっぷりに見せたいのに、変な汗が出る。全然慣れない。
酒場での面白かった話をすると、コーディアルは可愛らしい笑顔をフィズに向けてくれた。……やはりこれは夢なんじゃないか? いや、夢だと思うのは自分に禁止した。これは現実だと言い聞かせる。
「私も変装というのをして、侍女達と同じことをしてみたいです。お茶会ではなくお酒会。いつもと違った話が出来そうです」
「そ、そうかコーディアル……」
それは叶えてやりたいが、夜の街にコーディアルや侍女達を? この城の侍女にはハンナやラス、エミリーのような貴族令嬢までいる。却下。夜の酒場へなど危険過ぎる。いや、危険というのは如何なものか。領地の治安向上をしないとならない。それに、コーディアルの頼みは何でも叶えたい。
「あの、フィズ様? フィズ様……そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
コーディアルが頬を赤らめて、はにかみ笑いを浮かべた。フィズは無意識にコーディアルに近寄っていたらしく、距離が近い。コーディアルがそっと目を閉じた。
これはもう、そういうことだ。フィズはまたギギギギギとコーディアルの頬に手を伸ばした。
「コーディアル……」
「ゴミが……。ん、痛い……。ああ、取れました」
勘違いした。キスして、では無かったのか……。フィズはカクンと頭を下に倒した。
「明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか」
ぽぽぽっと顔自体を赤くしたコーディアルが立ち上がってからフィズの頬に「えいっ」というようにキスをしてくれた。
両想いとは素晴らしい。
毎日毎日、幸せ過ぎる。これはどんどん分け与えないとならない。明日からもっと働こう。
フィズはコーディアルを抱き締めて、キスをうんとしながら、たまに自分の頬を抓った。
今夜も夢ではないらしい。
こんな風に勘違い皇子は故郷に帰らない理由を増やしていきます。




