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勘違い皇子は褒め称え愛おしむ

 フィズが熱を出した一週間後。


☆★


 本日は収穫祭。昨年は、不作だったので開かなかったが今年の農作物の実りは上々。今日は領主として、民の前で挨拶をする。考えてみれば、公の場で領主として発言するのは初めて。

 フィズは鏡の中の自分の姿を確認した。贅沢なので要らないと言ったが、この地の領主に相応しい衣装が誂えられていた。上下とも白地。上着には銀色の糸で、蔓のような刺繍がされている。縦二列に並ぶボタンも銀。ボタン背中に翻るのは真紅の外套(マント)。銀刺繍で描かれるのは双頭の蛇。国旗の簡素版。


「よくお似合いでございますフィズ様」


 側近バースがニコリ、と微笑む。父親くらいの年齢の彼には大変世話になっている。褒められて、素直に嬉しい。側に控えるアクイラとオルゴも大きく頷いてくれた。


「ありがとう、バース。なあ、アクイラ。これなら……」

「コーディアル様は大変褒めてくださるかと。フィズ様。何せ、とても尊敬されておりますから」


 思わず、フィズの口元が緩む。慌てて、何でもないという顔を取り繕った。


「そうですフィズ様。先日、手紙を頂いた通りでコーディアル様はフィズ様を尊敬しておられる。本日、領主として威風堂々、凛々と公務をこなせば更に良い印象を持ってもらえるでしょう」


 また、ニヤニヤしそうになった。急いでキリッとした表情を作る努力をする。


「婚姻一周年の記念に、手紙とは良かったですねフィズ様。お互い色々と勘違いがあったようなので、うんと沢山会話するべきかと思います」


 フィズはチラリと机の上を見た。コーディアルから貰った手紙は引き出しの中。大切にしまってある。嫌われていないどころか、尊敬されていると分かった手紙。すぐに返事を書いた。手紙なら、恥ずかしさが減る。それで、日に一度コーディアルと手紙をやり取りしている。フィズの一年は、無駄では無かったと証明された。


【これからも助けていただきたいので、どうかご自愛下さい】


 最初の手紙の最後の文が、一番胸に響いた。これからも、ということは今までフィズはコーディアルの役に立っていたということ。助けていだだきたい、とは頼られている。毎日、小躍りしたい気分。


「しかし、フィズ様。一歩近寄ったのなら、次はコーディアル様を人としてではなく、女性として捕まえなければなりません」

「アクイラの言う通りです。楽をさせ、は既に十分なようです。次は褒め称え、愛おしむ、ですフィズ様。本日、行商が大勢出入りしています。コーディアル様に何か贈り物でもいかがでしょうか? 一緒に街を散策などどうでしょう? 所謂、デートです」


 フィズはアクイラとオルゴを交互に見つめた。


「コーディアルが私と散策をしてくれると思うのか?」


 手紙を貰った日から、一緒に食事を摂ることと、朝と晩に挨拶をする事になった。コーディアルは楽しそうかというと、微妙なところ。笑ったかと思うと、俯いて悲しそうになってしまう。夫婦として歩み寄る努力をしてくれている、らしい。そう聞いた。急にどうしたのか良く分からないが、きっとアクイラとオルゴが頼み込んだのだろう。二人は元々過保護。フィズの目付け監視なので厳しい時もあるが、兄のような存在なので甘やかしてもくれる。


「それは、御本人にご確認下さい。そもそも、妻をエスコートするのは夫の務め。外聞もありますし、公式に夫婦なのですからコーディアル様を伴わないことこそ失礼。侮辱。不当な扱い。極悪非道な悪魔」

「そうですフィズ様。コーディアル様が日陰者扱いと呼ばれます。あの領主の妻は全然大切にされていない。そう、後ろ指さされて笑われるでしょう」


 それは、とんでもない誹謗中傷である。フィズは背筋を伸ばして、拳に力を入れた。


「そうか。その通りだ。父上が母上を伴うように、コーディアルを同伴せねばならない。コーディアルに恥をかかせるなど言語道断だ」


 支度も終わったので、とバースに談話室へと連れて行かれた。


「おや姉上様。いらしていたのですね」


 談話室には、十人くらいの従者を伴う義姉ローズ姫がソファにしなだれかかっていた。フィズを見て立ち上がり、近寄ってくるローズ姫。優雅に扇を動かしながら歩いてくるので、キツイ香水が香ってくる。この匂い、鼻が曲がりそうで嫌い。フィズは懸命に我慢した。


「ええ。フィズ様にお会いしとうございまして」

「領主としてしかとこの地を管理しているかの確認でございますか? 昨年と比べていただければ少々役目を果たしたと分かっていただけるかと。年末、国王陛下へもしかと御報告致します」


 ローズ姫の視線がズレた。フィズの後方。振り返るとドレス姿のコーディアルが立っている。コーディアルも侍女ハンナやラス、エイミーを連れている。側近ルイやカインもいた。コーディアルはローズ姫と揃いのドレス。夏空色の胸元露わなドレス。これはいただけない。不埒な男から隠す上着が必要だ。


「あら、コーディアル。何とかにも真珠だと思わない? ねえ、皆さん」

「はあ、姉上。豚に真珠、謙遜とは珍しいですね。確かに、そのドレスはあまり姉上には似合わない。コーディアル様と並ぶと劣ります。しかし、そのように卑下しなくても姉上は美人です」


 みずから豚に真珠など、ローズ姫は思っていたより卑屈だったらしい。もっと傲慢で尊大だと思っていた。フィズはコーディアルの隣に立ち、腕を組んでもらおうと腰に手を当てる。談話室内ががやがや、煩い。何だろう?


「フィズ皇子、今何と?」


 ローズ姫は目を大きく丸めている。少し表情が険しい。ドレスを似合わないと言ったので怒ったのかもしれない。しかし、日頃コーディアルを小間使いのように扱う姉なのでお世辞を言う気になれない。フィズはコーディアルの為だと念じながら、必死に愛想笑いを作った。


「ですから姉上は美人です、と。コーディアル様も良く似ています。骨格が同じですからね。治療法を探してはおりますが、コーディアル様の病が治るように祈るばかりです。勿論、今のままでも十分ですが、あちこち痛そうですし佳人が台無しとは女性なので辛そうです。コーディアル様、本日の体調は悪くないですか?」


 フィズはコーディアルを見ようとして、思わず目を背けた。今のコーディアルを直視するのは恥ずかしい。コーディアルの肩周りと、胸元を隠したい。寒いので風邪を引いても困る。談話室内には、使えそうなものは何も見当たらない。


「あ、あの……フィズ様……今、なんと?」


 コーディアルがフィズを上目遣いで見つめる。つい、見惚れた。この角度は大変嬉しい。コーディアルの頬は血色が良いので、元気そう。フィズは安堵した。


「本日の調子は悪くないですか? と。元気そうなので安心しました。そういえば、姉上。来月、私の姉がこの城を訪れます。なので、貸している調度品やコーディアルの私物をそろそろ返していただきたいです。姉上が盗人などと非難されたら困ります」

「ぬ、ぬ、ぬ、盗人⁈ 何ですって!」


 ローズが息を荒げたので、フィズは頭を軽く掻いた。


「そうではないのはコーディアル様から聞いております。姉に貸せる程の気に入りとは鼻高々です。しかし、姉が用立てたものが城にないと妙だと勘ぐられます。姉上の態度ですと少々悪い方に」


 そろそろ、言ってやりたかった。この城にきてはコーディアルからものを奪う、性悪姉。コーディアルの姉でなければ、国王陛下や父に訴えているところだ。


「悪い方に? フィズ様、姉上を誤解しております」

「私ではありませんコーディアル様。私はコーディアル様から聞いておりますから誤解などしません。これは客観的意見です」


 悲しそうなコーディアルに、フィズは何とも言えない気持ちになった。ローズを毛嫌いしている事を見抜かれているのだろう。しかし、嫌なものは嫌。


「有り難いことですねローズ様。フィズ様より御家族に誤解を与えないようにという配慮です。確かに、贈った品がことごとくこの城にないとコーディアル様が気に入らなかったなどと言われてしまいます」

「このオルゴとアクイラが荷運びを手伝いましょう。鍛え上げた自慢の体を、コーディアル様の姉上様に披露できるとは誇らしいです」


 アクイラとオルゴが、ローズの側近へと近寄って何やら話を始めた。よし、行け。何もかも取り返してこい。フィズはローズに「ザマアミロ」という気持ちを込めて満面の笑みを浮かべた。コーディアルに尊敬されていて、夫と認識されているなら、コーディアルの為に何かをすることに躊躇いなんていらない。妻をこの世で最も優先する。


 さわさわと感触がしたので、下を見る。足元にレージングが寄ってきている。先日フィズが古い書物から探した、伝統染物をしてみたショールを咥えている。


「おお、レージング。君は毎日毎日真の友だな。コーディアル様、冷えては困ります。眺めていたい男は多いでしょうが、私の妻ですので慎みを優先して頂きたいです」


 フィズはコーディアルの肩にショールを掛けた。白地に深い青の小さな花を描いたショール。絵を描くのも、染めるのも楽しかった。想像通り、コーディアルに良く似合う。問題はコーディアルは嬉しくなさそうなこと。ぼんやりとして、微かに眉間に皺を寄せている。


「フィズ様、それは交易の品として復活させようという染物で作られたものでございますよね? コーディアル様、良くお似合いです」

「コーディアル様、お気に召しませんか?」


 ハンナとラスに声を掛けられ、コーディアルは小さく首を横に振った。


「いや、すみませんコーディアル様。好みも聞かずに勝手に仕立てたので不愉快でしょう。下調べはしたのですが……。女性の好みは細かいということを忘れて先走ってしまいました。名誉挽回として、街で行商から羽織を購入します。是非、好みを教えて下さい。夫婦なので共に視察をするのは公務かと思いますので……その……あの……」


 意気揚々と誘ったが、コーディアルの嫌そうな視線に耐えられなくなっていった。逃げようとしたら、レージングに外套(マント)を踏まれた。


「フィ、フィズ様。ふ、不愉快など滅相もございません。あ、あの、その、手が痛そうなのはこのせいなのかと思いまして……」


 おずおずと、コーディアルがフィズの手を取る。フィズは思わず強く握り返した。


「手? こんなもの、唾をつけておけば治り……。いいえ、今治りました。痛くも痒くもありません。あ、あの……このまま街に出ても良いでしょうか?」


 腕を組んでもらうより、手を繋いでいるほうが何倍も良い。


「あらフィズ様。本日は(わたくし)を案内してくださると約束を致しましたよね?」


 突然、ローズ姫がフィズの腕を掴んだので思わず振り払ってしまった。


「す、すみません姉上。しかし、義姉とはいえ、淑女に触れる訳には……淑女? 品位が足りないような……。まあ妻以外に近寄るべきではありません。ああ、そうです。はしたないので、もう少し胸周りを隠すべきです姉上。姉上を慕うコーディアル様が真似をするから私は困っております。姉上の案内はきちんと側近達に任せてあります」


 チラリ、とコーディアルを確認する。直視し難い。フィズはコーディアルに掛けたショールを結んだ。野暮ったい気がする。フィズはショールの結び方をあれこれ動かした。


「ハンナ、ラス。こう、可愛らしい良い結び方はないのか? 姉上、貸しているそのブローチが留め具に丁度良さそうです」


 フィズはローズへ手を伸ばした。ローズは何故かポカンとしている。


「婿入りの際に持っていらした品の一つですね、フィズ様」

「母君の形見のうち、残すものと売る物を悩んでおられましたがフィズ様は目が良い。そのブローチはコーディアル様の瞳や今の青いドレスと良く似合うでしょう」


 アクイラとオルゴの発言に、フィズは大きく頷いた。ハンナが「失礼致します」とローズの胸元のブローチを外し、ラスが受け取る。ラスはコーディアルのショールを愛くるしくまとめてくれた。フィズはピピピンッと良い案を思いついた。コーディアルはこの二人の侍女をとても好いている。


「二人にも日頃の労いをせねばならんな。コーディアル様、二人と揃いで何か買いましょう。褒賞というものはとても大切です。ハンナ、ラス、共に来なさい」


 ハンナとラスが大輪が咲いたように笑う。コーディアルも嬉しそうに見えた。先程、手を繋いで良いのかの返事を聞きそびれていたので、フィズはコーディアルにそっと手を差し出した。鼓動がバクバク煩い。コーディアルは俯いて、フィズの手を見つめている。


「民への挨拶までの隙間時間が無くなってしまいますフィズ様。視察に参りましょう」

「お供致しますフィズ様、コーディアル様」


 バースとルイがコーディアルの肩に触れようとした。フィズは思わずその手を払おうとした。レージングがフィズに向かって吠えて、脛を蹴ったので止まれた。


 レージングの吠えに驚いたコーディアルが顔を上げる。夏の高い空色の瞳が濡れて、揺れていた。フィズが作ったショールの小さな花柄のように微笑む。


「あの、(わたくし)は何も要りません。フィズ様……。この手がこざいます……」


 コーディアルがフィズの掌に掌を重ねてくれた。


「支度は十分ということですね。では、任せて下さいコーディアル様。人の出入りが多くて怖いでしょうが、私の手は必ずや貴女様をお守りします。私はとても強いです。たとえば、森に住むという化物が現れても問題ありません」


 フィズはコーディアルの手を引いて、歩き出した。談話室を出る。側近二人に侍女二人、多分騎士団から護衛も付くしレージングがピタリとコーディアルに寄り添っている。しかし、デートはデート。フィズは先週までの絶望的状況から、この一変した夫婦生活に思わずスキップしたい気分だった。

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