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勘違い皇子は浮かれる

 パチリ、と目が覚めた。フィズは首を動かす。


「寝室? コーディアルと星を見ようと……」


 体を起こし、寝台から起きた。どうやら夢を見たらしい。悲しそうな、辛そうなコーディアルを照らす流星群はそれはそれは綺麗だった。まるでコーディアルの内面を夜空に蒔いたように。フィズは窓際に移動し、カーテンを開いた。日の出から、割と時間が経過していそう。


「夢でさえ笑ってもらえないとは、相当嫌われているのか……」


 思わずその場にしゃがみ込んだ。嫌われてなどいません、そう侍女達が言うから、側近達も言うから、二人で星を見ようと思った。普通の星空ではなく、光の雨。うっとりして、感激してくれると思っていた。途中から記憶が無いので、あんなに嫌われている事実がショックで記憶をなくしたとかだろう。


 扉が開く音がして、顔だけ向けた。


「まあ、フィズ様。大丈夫ですか?」


 現れたのは、まさかのコーディアル。コーディアルがフィズに駆け寄ってきた。フィズは思わず頬を抓る。痛い。夢の続きではないらしい。いや、痛い夢もあるというので、夢だろう。コーディアルがフィズの寝室を訪れるなんて、あり得ない。よって、夢だ。コーディアルはフィズの前に優雅に腰を下ろし、労わるように腕を撫でてくれた。


「まだ、顔が赤いです。熱が下がっていないのでしょう」


 コーディアルの後ろから、レージングも現れた。その後ろには、侍女ハンナも立っている。ハンナはお盆を持っていた。皿が乗っているので、何か食べ物を持ってきてくれたようだ。フィズはコーディアルに支えられて寝台に移動した。あまりに距離が近くて、全身熱い。今日もコーディアルは良い匂いがする。過剰で鼻がもげそうな匂いではない。何かの花の香りが微かにする。


 これは、大変素晴らしい夢だ。頬が緩む。フィズが寝台に座ると、膝の上にレージングが乗ってきた。夢なのに、重いとはどういう事だ? 明晰夢というやつか。


「スープを用意しました。飲めそうですか?」


 ハンナからお盆を受け取ったコーディアルが、寝台脇の机にお盆を置いた。フィズはふと気がついた。これが夢なら、何をしても許されるのではないか?


「どうにも腕が怠いので、難しそうです。コーディアル様、手伝っていただけますか?」


 口にしてはみたが、心臓が爆発しそう。フィズはレージングの背中に、だらんと腕を乗せた。目を見開いたコーディアルが、眉間に皺を寄せる。


「まあ、そんなにも辛いとは、おいたわしや。過労だそうですフィズ様。滋養をつけて、休み、元気になって下さいませ」


 ハンナが椅子を持ってくる。コーディアルが座った。ハンナはそそくさと部屋から出て行った。コーディアルと二人きりになりたいという願望が、夢を動かしているのだろう。

 コーディアルはスープ皿を片手に持ち、もう一方の手にはスプーン。少し皿を覗いて見ると、野菜とベーコンのトマトスープ。フィズが好きなものばかり入っている。そして具沢山。やはり、これは夢だ。この地域にトマトなんてない。明晰夢は感覚があると本で読んでいたが、その通りらしい。何とも美味しそうな匂いが食欲を唆る。


 どうぞ、とコーディアルがスープをすくったスプーンをフィズへ差し出した。夢だとしても恥ずかしいので、目が合わせられない。緊張で体が言うことをきかない。目を瞑って、えい、とスプーンへ口を運ぶ。


「お口に合いますか? オルゴ様にトマトが好きだと教えていただきました」

「これは、コーディアル様が?」

「ええ、はい……」


 そろそろと目を開いて、コーディアルを見る。彼女は少し俯いて、柔らかく微笑んでいた。これは、いつもフィズ以外に向けられている表情。近くで見たいと思っていた笑みの一つ。


「困りましたコーディアル様。いや、コーディアル。あまりに可憐な笑みに、手製のスープとは胸が一杯で食べられない。いや、スープだから飲むのか。いいや、具沢山だから食べるのか? 食べるだな」


 フィズはそっと腕を伸ばして、コーディアルの髪を手に取った。前回、触ったのはいつだったか? 本当なら毎日触れたい。よしよし、と働き者のコーディアルの頭も撫でたい。確かに、現実と違わなそうな感触。好き放題するなら、夢である今のうちだ。フィズはコーディアルの頭を撫でた。


 ぐちゃぐちゃにしたら、もうっ! などと怒るのだろうか? 膨れっ面は楽しそう。迷っていたら、コーディアルが口を開いた。顔は俯いたまま。目線も下。身長差のせいで、顔がよく見えない。


「あ、あの、フィズ様……」

「胸が一杯で食べれないと言ったが、食べれる。このスープは、皇居の料理人にも勝る」


 コーディアルの顔を覗き込むか悩んだが、手に触れるのも夢のうち。フィズはスプーンを持っているコーディアルの手をそっと取った。硬質化と浮腫で辛そうなのに、料理をしてくれたとは優しい。こんなに辛そうな手に食べさせてもらうなど、非道な仕打ち。フィズはスプーンとスープ皿をコーディアルから奪った。フィズの膝の上に伏せるレージングの背中を台代わりにする。


「私の方が元気な手だ。よって自分で食べる」

「そ、そうですか……では……」

「なあ、コーディアル。私が過労なら、コーディアルはもっとだろう。私がスープを食べ終わったら共に休まないか? 幸い、この寝台は広い」


 夢の中で寝たら、目が覚める気がする。コーディアルを抱きしめて寝て、起きたら、枕でも抱えているのだろう。夢の中でも、コーディアルの反応が怖いので、フィズはスープを食べながら、具材をひたすら見つめた。玉ねぎの数を数えてみる。


「へっ?」


 割と間抜けな声を出したコーディアル。上げた顔の目はまん丸だった。透明な夏の海を閉じ込めたような瞳と視線がぶつかる。長い睫毛がパチパチと音を立てるような瞬き。


「改めて見ても宝石のような目だ、コーディアル。最初に会った時も思った。色も素敵だけど、ここまで澄んでいる者は少ない。君の瞳に似た宝石を探して結婚指輪に使ってもらったが、やはり私は本物を見ていたい」


 ここまで明け透けなく言うと、夢でも恥ずかしくてならない。フィズはコーディアルから顔を背けて、スプーンでスープを口に運ぶ。こんなに喧しくて、心臓が口から飛び出すんじゃないか?


「はあ……。なあ、夢とは私の幻想だろう。コーディアルにここまで言ったら、変態とか言われるのか? 言わないか。コーディアルは悪口を全然言わない。言えば良いのに言わない。心の中で思うだけだろう。どう思う? 私の夢のコーディアル。どう励めば親しくなれるのか……」


 現実ではないと意識する程、悲しくなってきた。大きなため息が出る。返事は無い。こんなの、自問自答だ。解答不明なので、フィズの幻想のコーディアルは何も言わないのだろう。


「良い男になろうと、それなりに励んでいる。領主としてもだ。コーディアルと同じように与える側に立っているつもりだが、真心ではなく下心からだから何か違うのだろう。声に聞き惚れて、仕事をサボってしまうのもバレているのだろうな」


 また、ため息が出た。あまりにも美味しいので、スープをどんどん口に運ぶ。


「それにしても美味しい。目が覚めたらコーディアルにスープを作ろう。食料保管庫に隠してあるかぼちゃを出してこよう。いや、かぼちゃプリンか? 多分、紅茶に合う。行商がそう言っていた」


 あっという間にスープは無くなってしまった。フィズは空の皿に念じた。


「夢なら、湧いて出てきそうだよな。出てこいスープ」

「ゆ、夢で、夢では、あり、ありません。 フィズ様……」


 コーディアルの戸惑う声に、フィズは皿からコーディアルの方へと体を捻った。殆ど同時にコーディアルの背中に手を回す。夢でも、無理矢理何かするのは気がひけるが、頬にキスくらい良いだろう。


「私の願望が次々叶うのだから、これは夢だコーディアル。現実ならこんな……」


 ガアアン! フィズの顎に皿がぶつかった。立ち上がったレージングのせい。あまりにも痛くて、フィズは絶叫した。


「っ痛い!」


 皿とスプーンが床に落ちる。次の瞬間、レージングの尻尾がフィズの頬を殴った。しかも、往復ビンタ。


「レージングは私の理性の象徴だったのか……。なんて淫らな夢を見ているんだ私は。これは、極悪非道の変態になる前に起きないとならない」


 フィズは布団を被って、強く目を閉じた。夢で寝たら起きるのだからと、羊を数える。一匹、二匹、三匹——……ぐう。

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