第7話 その少女、吸血姫
記憶が戻った反動からか、ルークの性格が若干おかしな事になっています。
僕の名前はり……ルーク。
僕には、二つの記憶がある。
一つは、前世の記憶。
前世では、ごく普通の日本人の男性として、若くして一生を終えた。
前世での僕は、誰かに助けを求められたら、助けたいと思う人間だった。
ハッキリ言って、甘すぎる。
親友の颯太からは、“お前はそういう人間なんだよ”と言われた。
でも、親友に優しい人間だと言われた日に死んだ僕は、もしかしたら幸せ者だったのかもしれない。
それで、二つ目の記憶。
これは、この世界ーー僕が転生した世界で、十五年間生きてきた記憶だ。
地球には無かった魔法や魔物が存在していて、まさにファンタジーな異世界だ。
まあ、それは置いといて……。
とりあえず、一つだけハッキリと言えることは、僕はこの世界の人間を好きになれないということだ。
いや、嫌いになったと言った方が正しいのか?
とにかく、僕は人間に愛想が尽きた。
多少の差別ならともかく、この世界での魔族への差別は度を越している。
流石にあれは、同じ人間だとは思いたくない……。
まあ、僕も記憶を取り戻す前は魔族に対して残酷なことをしていたから、あまり人のことを強く言える立場じゃないんだけどね……。
※ ※ ※ ※ ※
「ルーク、疲れた」
「その台詞、もう何度目かな……?」
僕は、人間が住む地域から少し離れた所にある、獣人国へと向かっていた。
一緒に行動を共にすることになった吸血鬼の少女、ミラ。
ミラは口数が少ないが、時々見せる笑みはとても可愛い。
そんなミラと一緒に行動することになったのだが、ミラは故郷である魔族領には帰りたくないとのことなので、魔族を受け入れてくれるであろう獣人国に向かうことにしたのだ。
ついさっき、トライコンダの件で騒ぎになっている王都を走り回って、旅に必要な物を一通り集めてきたところだ。
と言っても、まだ記憶が戻っていない時に、念の為に宮殿の自室に纏めてあった荷物に、大体の物は揃っていたのだが。
……まあ、僕は真面目なやつだったし、それに他人の物を盗むなら問題があるけど、自分の物を持って行くなら何の問題もないしね。
ちなみに、人間の国にミラを連れて行くつもりはない。
人間の国と言っても幾つかあり、僕が住んでいたのはそのうちの一つ、ガストレア王国の王都だ。
僕はもう既にこの世界の人間には愛想が尽きてしまっているので、もうガストレア王国に戻ることは無いと思う。
彼処にはアネスやリン、父母や姉と過ごした沢山の思い出があるのだが……。
ーーハッキリ言おう、もう思い出したくもない。
「そういえば、ミラは外の世界を見たいから家出したんだっけ?」
「……そう」
ミラはどうやら、家族から愛されまくってたらしく(気持ちはよく分かる)、外の世界を知らずに生きてきたらしい。
だが、話で聞くだけではつまらないので、実際に見に行こうと思って家を飛び出したらしい。
……まあ、家出の理由としてはまとも、なのかな?
「これから向かう獣人国は、その名の通り獣人の割合が多いけど、魔族を嫌っていない人間や、居場所を求める魔族を受け入れてる……んだよね?」
「……(コクコク)」
僕は獣人国に詳しくないので、ミラから聞いた話しか知らない。
だが、ミラの話が本当なら、僕が思っていた以上に、
魔族を嫌っていない人間は多いということになる。
まあ、それでも嫌いな人間の方が多いんだろうけどね。
「あ、村が見えてきたよ、ミラ」
「……ん、ボロっちい村」
「いやいや……」
どうやら、ミラは時々毒舌になるみたいだ。
「獣人国に着くまで、人間の村を転々として行くから、ミラは吸血鬼だってことがバレないように気をつけてね」
「……うん、分かった」
比較的小さな村だったので宿屋は少なく、僕達はさっさと宿屋を決めて休むことにした。
日が暮れる前に着こうと急いでいたし、ミラの体力が限界みたいだったからね。
少し広めの“一人部屋”を選んで、さっさと寝ることにした。
万が一の事があると危ないし、一人部屋の方が安全だろう。
「……ルーク、ベッドが一つしかない」
「ミラが使って。僕は床で寝るから」
「……でも」
「こういう時は、女の子がベッドで寝るんだよ」
「分かった……でも、その前に」
ミラが、僕の腕を掴む。
「ミラ? どうしたの?」
「血、飲ませて」
血……?
吸血鬼は、別に血を吸わなくても死んだらしないって聞いてたんだけど……?
『そういえば、ミラは血を吸わなくても大丈夫なの?』
『大丈夫……だよ。飲むと美味しいけど、飲まなくても死んだりしない』
「……最近、飲んでない。……だから、飲みたい」
「そ、そう……」
ミラは、ちょっぴり我が儘なところがあるみたいだな。
まあ、ミラの為だし、少し血をあげるくらいなら別に良いだろう。
「……んっ」
「……!? ちょっ、ミラ!?」
って、いつの間にか吸ってる!?
……覚えておこう、ミラにはちょっぴり強情なところがあると。
「……んっ……ふぅ……」
「なんか変な感覚だな、これ……」
絵的には、美少女が僕の腕に口付けしてるように見えるんだけど……。
「うう……血が抜けていく……」
「……んんっ!!」
……なんか、気持ちよくなってきた気がする……これ、危なくないか?
「……んっ、終わり」
「……」
「美味しかった……。 今まで飲んだ、どの血よりも、ずっと美味しい……」
「……」
「あれ? ルーク?」
……ミラ、僕は床で寝るから……君も早く寝たほうが良いよ……。
※ ※ ※ ※ ※
「ルーク、昨日はごめんね?」
「……いや、大丈夫だよ」
思ったよりもミラは血を吸っていなかったらしく、僕は朝食をとったら、普通に元気になった。
「まあ、過ぎた事を一々気にしても仕方ないし、そろそろ出発しようか」
「……ううん、その前に」
「え? 何かあったっけ?」
「……村を見て回る」
「あっ……そうだね、そうしようか」
ミラは、外の世界を見たくて家出したんだから、もう通らないかもしれない場所は、ちゃんと目に焼き付けておかないとね。
僕達は、一通り村を見て回った後、再度獣人国に向かって出発した。
※ ※ ※ ※ ※
整備された道を、獣人国へ向かって進んでいく。
通行人と会う可能性も高いが、ミラは翼を隠しているし(一度だけ見せてもらった。自由に出し入れできるらしい)、国境の警備とかも、たった二人の亡命者なんて、一々気にすることはないだろう。
「……!」
「ミラ、どうしたの?」
突然、ミラが立ち止まった。
一体どうしたんだ?
周りには警戒するような物なんて見当たらないけど……。
「ーー来る!!」
「来るって何が……うわっ!」
突然、空から何かが降ってきた。
人……か?
「ふう、ようやく見つけましたよ、ミラ様」
「ーー羽?」
羽が生えているし、ミラの名前も知っているから、こいつは吸血鬼か?
でも、ミラは今家出してるんだっけ……。
出来れば、連れ戻さずに見逃して欲しいけど……。
「まさか、貴女ほどのお方が人間に捕まっているとは……」
ーーあれ!?
ちょっと待って、何か勘違いしてないかこの吸血鬼!?
「待って、ダリウス。ルークは……」
「ミラ様に手を出すとは、人間め……許さん!!」
っておおい!!
ミラの話を聞けよ!!
それと、手を出されたのは僕の方だから!!?
「人間よ……私の裁きの炎を受けるがいい!!」
……あー、なんか巨大なファイアボールを出してるんですけど、あれ食らったら僕、余裕で死んじゃいますよね?
物理攻撃には父親との特訓で耐性が付いてるけど、魔法に関してはほぼ無力なんだよね……。
「こんなことなら、あの人(母親のこと)からも特訓を付けてもらえば良かった……!」
「ミラ様に手を出した愚か者め! 死ねーーッ!!」
……嘘だよね?
僕の第二の人生、記憶を取り戻した直後に終わるなんて、あんまりだよ?
「ーーいい加減にして、ダリウス」
「……なっ、ミラ様!?」
突如として、ミラの身体から膨大な魔力が溢れ出し、ダリウスの作り出した火球を吹き飛ばした。
……え?
なんだ今の……。
ミラってこんなに強かったのか?
僕の母親の魔力と、どっちが上なんだ……?
「ミラ様、なぜ邪魔をするのですか!?」
「……ダリウスこそ、私のルークに何してるの?」
え?
僕、いつからミラの所有物になったの?
まあ、僕は別にそれでも構わないんだけど。
「その男が、ミラ様の……?」
「ーーそう、友達」
……うん、調子に乗ってごめんね?
ミラは僕の大事な友達だよ、うん。
「私にとって、城の外で出来た、初めての友達」
ドヤ顔で説明するミラ。
……ああ、なんか段々ミラの正体が分かってきた気がする。
「しかしミラ様、その人間は信用に足るのですか?」
「……ルークは優しくて、血が美味しくて、結構強くて、優しくて、気配りができて、あと……血が美味しいの。私の友達を悪く言うの、やめて」
同じこと何回も言ってるよね?
特に「血が美味しい」って三回も言ってるけど、そんなに美味しかったのかな?
あ、吸血鬼さんが何か言いたそうな顔でこっちを見ている。
「貴様……やけに姫様から信頼されているようだが、本当に信用できる奴なのか?」
「と、僕本人に言われても……姫様?」
……うん、何かそんな気はしてーーうおっ!?
「み、ミラ!?」
何故!?
急にミラが抱きついてきたんだけど、一体どうして!?
「ルーク、私のこと嫌いにならないで!!」
「ちょ、苦しい……!」
「恐がらないで……お願いだから……!」
ーーいや、この状況で流石にそれは無理があると思うんですけど!?
ダリウスさんも唖然としちゃっているし!
「ミラ……一体どうしたの……!?」
「……私、吸血鬼の王の……お父様の娘……だから、ルークが恐がると思って……!」
ああ、なるほど、そういう事か。
まったく、ミラはちょっぴり心配性だな……これも覚えておかないとね。
「ミラ、前に言ったよね? 僕は、ミラが何者かなんて、“どうでもいい”って」
「……ルーク」
「だから、ミラがたとえ吸血鬼のお姫様でも、僕は気にしないから。……まあ、さっきのはちょっと恐かったけどね」
「……ごめん」
謝るミラだが、その顔には、涙と一緒に笑みを浮かべていた。
……うん、ミラの笑顔は、やっぱり可愛いな。
「……どうやら、ミラ様は本当にお前のことを信用しているらしいな」
おっと、ダリウスさんのことを忘れるところだった。
「……ダリウス、私は」
「……はあ、分かりましたよ。陛下には私から言っておきます。……ただ、獣人国に着くまでは、私も同行させてもらいますからね」
何気にミラが獣人国に向かっていることを知ってるね。
まあ、それが分かったから、ここに着地したんだろうけど。
「さて、ルークと言ったか? 先ほどは済まなかったな。こちらも少々気が立っていたものでな……」
「いえ、大丈夫ですよ。最終的に、誰も怪我をせずに済んだんですから」
「……そうか。そう言ってくれると助かる」
さっきはちょっと暴走していたけど、意外と良い人……もとい、吸血鬼みたいだ。
……さて、頼りになりそうな味方が加わったところで、改めて出発しよう!
普通に強キャラを二人も仲間にしちゃったけど、大丈夫かな……?