第6話 反転
記憶を取り戻した主人公。
さて、どうなる?
「……どうして、死んでないんだよ」
僕はーー霧隠理玖は、さっきまで自分がどんな状態だったのかを思い出した。
……確か僕は、猛毒を持つトライコンダという魔物と戦っていてたはずだ。
そして、相手の攻撃を避けきれず、身体に毒が回って、意識が朦朧としてーー
「前世の記憶が、戻った……」
あれは間違いなく、僕の記憶だ。
ーー間違いなく、僕自身の、本来の記憶だ。
「死にかけたことで、記憶が戻ったのか?」
他に理由が思いつかないし、多分そうなんだろう。
……それより、トライコンダはどこに行ったんだ?
僕の毒も、すっかり抜けているみたいだし……。
「ーー!」
「……ん?」
今、誰かの視線を感じたような……。
「……起き、てる?」
やっぱり、誰か居るようだ。
「えっと……誰、ですか?」
「ーー! 喋った……!」
いや、その驚き方は酷くないかな?
「……大丈夫?」
「え……あ、うん。 大丈夫だよ」
木の陰から出てきたのは、僕と同じくらいの歳の少女だった。
髪は綺麗な水色で、金色の瞳もとても美しい。
……何となくだけど、雰囲気が僕が好きだった女の子に似ているな。
「……ん、良かった」
少女は、安心したように笑みを浮かべた。
……笑った顔、可愛いな。
「これ……取ってきたから、食べて」
そう言って、少女は幾つかの木の実を差し出した。
……そういえば、最後に食事を取ってから、大分経ってるよな。
「じゃあ、いただきます。……美味しい」
「……ん」
嬉しかったのか、自慢げな顔をする。
……ヤバい、可愛すぎて洗脳されそう。
「ひょっとして、君が助けてくれたの?」
目の前の少女からは強そうな印象はしないけど、人は見かけによらないし、他に誰かがいる様子もないので聞いてみる。
「……うん。 ……解毒魔法、かけた」
解毒魔法が使えるのか、凄いな。
只でさえ解毒魔法のような便利な魔法は使い手が少ないのに、トライコンダの毒を浄化するレベルなんて、そうそう居ないはずだ。
ん? 待てよ? それなら、トライコンダはどうしたんだ?
「……えーと。じゃあ、あのトライコンダは?」
「……あの蛇、不味そうだった」
……はい?
「珍しかったから倒したけど、不味そうだったから食べなかった」
そう言って、彼女は僕の後ろの方を指差す。
……あ、よく見るとトライコンダが死体になって倒れている。
背景と一体化してて気づかなかった。
ていうか、不味そうって……食べるつもりだったのか。
「ん? ひょっとして君、人間じゃない?」
「……うん。 私は吸血鬼」
ーー吸血鬼!?
魔族の中でも、かなり強い種族じゃないか。
何でこんなところに……って、もう大体予想はつくけど……。
「何でこんなところに……お腹空いたの?」
「……うん♪」
いや、何でそんなに嬉しそうに答えてるの!?
「はあ……それで、何で僕を助けたの?」
「人を助けるのに、理由が必要……?」
「揶揄ってるでしょ」
「……うん♪」
嬉しそうな笑みを浮かべる少女。
まるで、悪戯が成功した時の子供のような笑みだ。
……可愛い。
「それで、どうして助けたの?」
「……解毒魔法を使ったのは、血を飲む為」
あー、血か。
なるほど、吸血鬼が血を飲む為に、人間に解毒魔法をかけたのなら、納得だ。
……あれ? でも、それなら何で、僕の為に木の実を取ってきてくれたんだ?
「……だけど、魔法をかけた後に気づいた」
少女は、僕の目を真っ直ぐ見つめる。
「気づいたって……何に?」
「……」
あれ?
急に黙っちゃったけど、どうしたんだろう?
なんか、恥ずかしそうにしているけど……。
「えっと、どうしたの?」
「……」
少女は、意を決したように口を開く。
「私、家出した……一人、寂しい」
……なるほど、話し相手が欲しかったのか。
って、何でそんなに怯えた表情をしているんだ?
「寂しいから、助けたけど……人間は、魔族が……嫌い?」
「……」
普通の人間なら……嫌うどころか、存在そのものを憎悪しているだろう。
さっきまでの僕も、そうだった。
でも、今の僕は……記憶を取り戻した僕は……。
ーーあいつらとは、違う。
『お前は、誰も見捨てることができないんだよ』
颯太、君はそう言ってくれたけど……。
『ルーク、魔族は私たち人間の敵なの。汚い手段を使って人間を騙して、盾にすることに何の感情も抱かない、非情な存在なのよ』
ごめん、颯太。
僕は、“また”君を裏切ってしまう。
『相手がどんな奴でも、助けを求められると助けたくなるーーーーお前は、そういう人間なんだよ』
僕はあいつらを……助けようとは思わない。
「……ねえ」
吸血鬼の少女が、語りかけてくる。
「私は……」
「ーー寂しいんだろ?」
「……うん」
少女は悲しそうな顔をして、俯いてしまう。
彼女に何があって、一人でいるのかは知らないが……。
「一人が辛いなら、僕が一緒にいるよ」
「ーーえ?」
少女は、驚いた顔を見せる。
「何で? 人間は、私たちが嫌いなんじゃ……」
「ーー僕は違うよ」
そう、僕は違う。
僕は、“あんな奴ら”とは違うんだーー
『お前はさ、やっぱり正義感が強い訳じゃないんだよ』
ーーそう、僕は正義感が強い訳じゃない。
『ルーク、君なら立派な騎士になれるよ。……父親としてではなく、この国を守る聖騎士として、心からそう思う』
ーーそんなもの、お断りだ。
『ルー君の優しいところ、私は好きだよ』
ーーネイフィのような人間なら、もしかしたら魔族とも友達になれるのかもしれない。
……だが、そういった人間は少数派だ。
そして僕はついさっき、その少数派に“なった”。
『お前が、優しすぎるからだよ』
ーー煩いよ、親友。
……分かってるよ。
僕が、どうしようもなく甘々なことくらい。
だけど……。
「……嬉しい、でも……何で?」
「……さっきまで話してて気づかなかったの?」
ーーそれは、僕にとっては当たり前のことだ。
「“どうでもいい”んだよ……。君が何者かなんて、僕にとってはどうでもいい」
「……本当、に?」
少女は驚く。
信じられないとばかりに、僕の顔を見る。
僕はその金の瞳を見つめ返して……僕の本心を言葉にする。
「僕は、君を助けたいから助かるーーただ、それだけだよ」
ーーだって僕は、心からそう思っているのだから。
あれ?
無口なヒロインってこんな感じで合ってる……よね?