第5話 前世の記憶
おや?
ルークの様子が……
僕は、日本に住むごく普通の学生だった。
普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通に家族と過ごしていた。
そんな、普通だけど幸せな日々を送っていた。
『ーーなんだお前、文句あるのか?』
『ぼ、僕は大丈夫……だから……』
特別正義感が強かった訳ではないけど、それでも見て見ぬ振りをするのはムカついたので、よくいじめっ子に歯向かっていた。
『……もうそれ以上はやめてくれ、これからは自重するから……』
腕力で勝てないのは分かっていたので、口喧嘩に持ち込んで泣かすことが多かった。
ーーそんな自分に嫌気がさして、身体を鍛えるようになった。
……大して強くはなれなかったけど。
『まったく、また喧嘩したの?』
『……ただの口喧嘩だよ、母さん』
家族に心配をかける事もあったが、僕は基本的に真面目だったので、両親はあまり僕のことを叱らなかった。
……と言うか、出来の悪い弟と妹の世話に手を焼いているようだった。
家族の問題は僕の問題でもあるので、僕も弟と妹の世話を手伝った。
……二人に懐かれた。
ちなみに、二人は双子だ。
凄く手のかかる双子だった。
『お前ってさ、淡々としてるっつーか、無気力だよなー。まあ、そんなクールなところに、多くの女子は惚れてるみたいだけどな』
……僕ってモテてたの?
親友のこいつが言うなら、ある程度は本当だろうけど……。
しかし、事実とはいえ親友に面と向かって言われるのはちょっと傷つくな。
『僕だって、感情が薄いところは気にしてるんだけど』
『お前の場合、感情が薄いんじゃなくて、感情を表に出したがらないんだろ?』
……確かにそうかもしれない。
弟と妹の前では、いつもよりちょっと明るい気がする。
『一応幼馴染だからな、それくらい分かるよ』
……僕は良い友達を持ったのかもしれない。
本人にそう言ったら、「今更!?」とショックを受けていた。
……僕は、酷いやつだったみたいだ。
『ーー僕、なんだかんだ言って正義感が強いのかもしれない』
『そうかあ? お前の場合、ただイジメが気に食わないだけだろ?』
『……それが正義感が強いって事だと思う』
『まあ、どっちにしろ、お前が冷たい奴だって事に変わりはねーよ』
あれ以来、親友に嫌味を言われるようになった。
でも、嫌われてる訳ではないみたいだ。
……拗ねてるのかな?
男の癖に、意外と可愛いな。
『霧隠先輩、手伝ってくれてありがとうございます』
『別に良いよ、僕も暇だったし』
後輩が困っているのを見て見ぬ振りをしたら、また誰かに薄情だと思われる。
だから、困ってる後輩を助けた。
ただそれだけの事……なんだけど……。
『霧隠先輩って、本当に凄い人です! この学校で起きた喧嘩を止めてるのは、いつも先輩だと聞いています!』
いや、いつも止めてる訳じゃないよ?
他の生徒が止める事もあるし、先生が止めに入る事もあるし、当事者たちで話し合って納得する時もあるし。
『俺、先輩のこと尊敬してます!』
……うーん、慕われるのは別にいいんだけど、僕の人物像が歪んで伝わってないか、これ?
『お兄ちゃん、学校で凄い噂になってたね!』
『さっすが兄貴! ヒューヒュー』
……二歳年下の弟と妹が、僕と同じ高校に進んできたときは、割と本気で両親を恨んだ。
でも、両親は二人の進路にあまり口を出していないんだよな。
……この学校、結構レベル高かったはずなんだけど、二人とも勉強したのかな?
……どうしよう、二人の成長を喜ぶべきなのに、素直に喜べない。
『あいつら、お前と同じ高校に行きたいって言って、猛勉強したんだぞ』
知っています……なんで止めてくれなかったんですか、父さん?
弟と妹にまで僕のことを勘違いされたら、流石に傷つきますよ?
あの後輩君も、僕のことを誰かから聞いていたみたいだし……。
そういえば、あの後輩君、名前なんて言うんだろ?
今度会ったら聞いてみようかな。
『……そういえば、理玖は彼女とか居ないの?』
『おっ、俺も気になってたんだよ。どうなんだ、理玖?』
……そういえば、両親の口からこういう話題が出るのって初めてだよな。
まあ、僕には気になる人はいても、誰かと付き合ったことなんて一度も無いんだけどね。
『居ないよ……というか、居るように見える?』
『またまたー、そんなこと言ってー』
『本当は居るんだろ? な?』
……しつこいなぁ。
居ないって言ってるのに。
ーーその事を理解してもらうのに、小一時間くらいかかった。
ーー思い返してみると、僕って幸せだったんだな。
……素直にそう思う。
あの幸せな日々が、いつまでも続けば良かったのに……。
ーーそう思わずには、いられない。
『ーー先輩! ーー霧隠先輩!』
ーー声が聞こえる。
ーーああ。この声は、あの後輩君か。
ーー何を言ってるんだろう? ……大丈夫ですか、だって?
ーーあれ? なんで身体が動かないんだろう……血?
『血が……出てる……?』
『先輩、動かないでください! すぐに救急車が来ますから!』
ーー救急車? 誰か怪我でもしたのか?
『先輩……! どうしてこんなことに……!』
ーーあれ? なんで後輩君が泣いてるんだ? ……あ〜、怪我人は、後輩君の知り合いなのか〜。
誰だか知らないけど、可哀想に……。
多分赤の他人だろうけど、死なないように願っておこうかな……。
ーーなんか、眠いな……。
ーーそれに、寒い……。
『おい、起きろ! 死ぬんじゃねえぞ、理玖!!』
煩いな……。 僕は眠いんだよ……。
ーーもう、駄目だ……意識が……。
※ ※ ※ ※ ※
『ーー俺さ、思ったんだよ』
『……急に何? 藪から棒に』
……これは、いつの夢だっけ?
『お前が本当は正義感が強いのかもしれないって話、前にしただろ?』
『……そんな話したっけ?』
『おいおい、お前本当に冷たいよなー……』
そうだ……これは、僕が死んだ日の夢だ。
『お前はさ、やっぱり正義感が強い訳じゃないんだよ』
『へー……』
あの日、僕は親友の颯太と話をした……。
『いや、だからお前冷たすぎねーか?』
何気ない会話に見えたけど、颯太のある言葉が、僕の心に強く刻まれたのを憶えている……。
『僕が正義感が強い人間じゃないなら、僕はどうして見ず知らずの他人を助けたりするんだよ?』
憶えている……僕の記憶に刻み込まれているんだ……この問いに対する、颯太の答えが……。
『ーーお前が、優しすぎるからだよ』
ーーッ!
『お前は、誰も見捨てることができないんだよ。相手がどんな奴でも、助けを求められると助けたくなるーーーーお前は、そういう人間なんだよ』
……その答えが、正しいものかは分からないけど。
『そうか……君がそう言うなら、そうなのかもしれないね』
ーー僕は、親友にそう言われたことが嬉しかった。
ーー大切な親友からの最後の言葉が、僕が一番欲していた言葉で、本当に良かった。
そして何よりーー
『君の中で僕は、“優しい人間”として死ねるんだねーー』
ーー“僕”の最期がこんなに幸せであることが、嬉しかった。
※ ※ ※ ※ ※
「ーーあ」
何だよ、これ……。
今のは、僕の記憶ーーなのか?
ーーだとしたら。
『お前は、誰も見捨てることができないんだよ』
ーー僕は。
『相手がどんな奴でも』
ーーなんて事を。
『助けたくなる』
ーーやめて。
『そういう人間なんだよ』
ーーそれは“霧隠理玖”であって、僕じゃない……!
『魔族のような穢れた存在に、生きている価値なんて無いでしょう?』
ーーそんな事、ない。
『本来なら殺されて当然なんですよ? 僕たち人間の役に立てることに、感謝しようとは思わないんですか? ……まあ、魔族にそんな感情はありませんか』
ーー何を言ってるんだ、お前は。
『アリサ、でしたっけ? 馬鹿馬鹿しい。 魔族に名前など意味がないのに。 愛という人間の尊い感情を、よりにもよって、穢らわしい魔族が真似をするなんて……そんなに僕たち人間が眩しくて、羨ましかったんですか?』
ーー愛が人間だけのもの? 何を馬鹿げたこと言ってるんだよ……!
『魔族は人を騙して利用する、悪い奴らなんだよ! 皆は騙されないように気をつけてね!』
ーー見たこともない癖に。
『ああ、なんて醜いのでしょうか。お母様の言っていた通り、魔族とは醜悪で、残酷で、凶暴で、誇りなど欠片も無い存在……生きている価値など、ありませんね』
ーーまともに会話したこともない癖に、勝手な事を言うな。
『……あれが、本当のお前なのか? 理玖』
ーー違う、違うんだよ、颯太。
『俺は、どうやらお前のことを勘違いしてたみたいだな』
ーーだから違うんだって、あれは……。
『理玖…………お前、最低だな』
ーー違う! 待ってよ! それは僕じゃーー理玖じゃないんだ!!
『いいや、理玖ーーーーお前だよ』
そんなことない! あれはーールークは、違うんだよ!!
『じゃあな、理玖ーーーー』
颯太……嘘だろ……?
君、言ってたじゃないか。
僕のことを親友だって……言ってくれたじゃないか……。
信じてくれよ……違うんだ……ルークは、“僕”なんかじゃないんだ……!
“僕”は……理玖なんだ……!
身体は違っても、僕の心は、霧隠理玖なんだーーーー!!
ルークが壊れてしまったように見えますが、次回である程度立ち直ります。