第4話 愚かな決断と正しい選択
戦闘がありますが、描写は下手くそなので期待しないでください。
「もっと、強くならないと……!」
日はすっかり沈み、今は真夜中だ。
静寂が支配する教会の裏庭で、素振りをする少年の姿があった。
「……もっと、もっと速く!!」
彼が夜中まで剣の素振りをしているのには、理由があった。
「入団試験まで……あと僅かなんだ」
既に卒業式は終わり、彼とアネスの騎士団入団試験まで、あと一週間を切っていたのだ。
「もっと強くなって、この国の役に立ちたい」
それが、彼が剣を振る理由。
自分が育った祖国を守るため、彼は自らの剣技を磨き続ける。
「ーー精が出るね、ルーク」
「……お父様?」
背後から声をかけられて振り向くと、父親のゼハイルが立っていた。
「鍛錬を積むのは良いことだけど、あんまり夜遅くまでやると、体を壊すよ」
「すみません、試験がもうすぐだと思うと、ジッとしてられなくて」
「気持ちは分かるけど、試験に出られなくなったら元も子もないだろう?」
「……仰る通りです」
ゼハイルはルークの真面目な性格は素晴らしいと思っていたが、よく無理をするところは悩ましく思っていた。
ルークはいつか、自分を追い込みすぎてしまうのではないか、という不安を感じてもいた。
だがゼハイルは、我が子の優しさに危うい部分を感じつつも、この子ならきっと大丈夫だと思い、忠告するのを躊躇ってしまった。
その選択が、ルークの運命を大きく変えるとも知らずに。
「ルーク、君なら立派な騎士になれるよ。……父親としてではなく、この国を守る聖騎士として、心からそう思う」
「……! ありがとうございます……!」
父親から……否、聖騎士ゼハイル・グランエイムから褒められて、ルークは嬉しさを隠しきれなかった。
赤くなった顔を隠そうと、下を向いてしまう。
「ははは……それじゃあ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
……この父親に恥じない騎士になろうと、ルークは改めて決意するのであった。
※ ※ ※ ※ ※
ーー入団試験まで、残り三日。
緊張しているルークとアネスに、リンが話しかける。
「まったく、だらしないわね。そんなんじゃ、受かるものも受からないわよ」
「煩えな……こういうのは、いやでも緊張するもんだろうが」
「はは……確かにそうだね。僕も緊張してるみたいだ」
「はー、まったく、二人して……」
リンは、そんな二人を元気づけるように、声を張り上げた。
「いい? あんた達がそんなんじゃ、二人に追いつこうとしている私が馬鹿みたいじゃない!!」
「「……」」
ルークとアネスは、暫く顔を見合わせた後、プッと吹き出した。
「え、ちょっと! 何がおかしいのよ!!」
「いや、何がって……」
「俺たちより強くなるって言ってたのに、目標がいつの間にか下がってるからなあ?」
「あっ……いや、違うのよ! これは言葉の綾で……!」
「ははは……いつの間にか、緊張が解けたみたいだね」
「そうだな、リンのお陰だな」
「ちょっ、何よそれ!」
三人は、声を合わせて笑う。
ーーこんな風に笑える日々が、ずっと続けばいいのに。
そんなことを考えながら、笑っていた。
※ ※ ※ ※ ※
「たっ、大変だー!」
僕はアネス君とリンちゃんとは別れて、教会に向かっていた。
すると、城下町の外へと繋がる門の方から、誰かが走ってきた。
……何かに怯えている?
「どうかしたんですか!?」
「あ、ルーク様!」
流石に、マリーヌ母様の子供なので、それなりに顔は知られているようだ。
……って、この人、僕の同級生じゃないか!?
確か名前は……アレスト君だったっけ。
「実は、町の近くの森に、凶暴な魔物が出現しましてーー」
ーー魔物。
人々を襲う、凶暴な怪物。
その種類は様々で、スライムのような液状の魔物もいれば、ゴブリンやオークのような二足歩行の魔物もいる。
魔物の出現する理由は不明だが、おそらくーーいや、間違いなく、魔族の仕業だろう。
魔物は、魔族が創り出した、凶悪な生物兵器に違いない。
ーーいや、今はそんな事はどうでもいい。
あの森には、そんなに強力な魔物は存在しない。
弱い魔物しかいないので、十五歳で学校を卒業した生徒たちが、“卒業祝いに狩りに行くこともある”くらい、安全な場所だ。
僕たちの卒業した学校では、生徒が魔物とある程度戦えるように育てていたので、あの森に出るレベルの魔物なら、卒業生たちの実力でも十分狩ることができる。
そして僕たちは、先日卒業式を終えたばかりだ。
……その魔物に襲われたのは、僕の同級生たちで間違いないだろう。
「魔物って……どんな奴でしたか?」
「そ、それが……人の二倍くらいの大きさで、首が三つある、蛇の魔物でした」
……確か、本で読んだことがある。
その魔物はおそらく、『トライコンダ』だ。
三つの首を持つ蛇の魔物。
動きはやや速いが、力は大して強くない。
しかし、三つの首にそれぞれ違う毒を持っているため、かなり厄介な魔物だ。
「今のところ、被害はどうなっているんですか?」
「そ、それが、卒業の前祝いにって、皆で狩りに行って……そしたら急に、あんな化け物が現れて……」
「それで、他の皆は!?」
「分かりません、散り散りに逃げたので、誰がどの方角に逃げたのかも……」
これはマズイな……早く助けに行かないと!
「ちょ、ちょっとルーク様!? いくらルーク様でも、一人じゃ無理ですよ!!」
後ろから聞こえてくる声を無視して、僕は走り出した。
確かにトライコンダは、十五歳の子供が一人でなんとかできる魔物じゃない。
攻撃自体は集中すれば避けられるが、一度でも噛みつかれたら危険な猛毒の牙を、三つの首に持っているのだ。
一人で戦うには危険すぎる。
騎士団や魔道士隊に任せておいた方が安全だ。
ーーでも、ここで友達を見捨てたら騎士以前に、人間として失格だ。
大丈夫、僕だってグランエイム家の男なんだ。
絶対に、皆を助けてみせる!!
※ ※ ※ ※ ※
「いや……来ないで……!」
紫髪の少女、ネイフィは、自分を追ってくる魔物から必死に逃げていた。
今彼女がいる森には、本来強力な魔物は生息していない。
だが、ごく稀に、強力な魔物が出現する場合もある。
運悪く、彼女たちはそのタイミングで森に足を踏み入れてしまったのだ。
「皆は……逃げたのかな?」
この魔物ーートライコンダが現れた途端に、一緒に狩りに来ていた同級生たちは、恐怖のあまり散り散りに逃げ出してしまった。
一人逃げ遅れたネイフィは、トライコンダに執拗にた狙われ続けていた。
「でも……これで皆は無事に逃げられたよね?」
自分が魔物を引き付けたお陰で、他の皆が逃げることができたと、ネイフィは安堵する。
そして同時に、今の自分が一人きりだということが寂しい。
「おかしいな……皆が助かって、嬉しいはずなのに……」
気がつけば、トライコンダの三つの顔が目の前にある。
……追い詰められた。
必死の逃走劇もここで終わり、自分はここで死ぬーー
ーーそう思った、その時だった。
「ーーえ?」
トライコンダの首の一つが、斬り落とされた。
「「シュロロオオオ!!!」」
トライコンダの残された二つの首が、喚き声を上げる。
「……ルー君?」
ネイフィは、助けてくれた人物の顔を見て驚く。
そこに居たのは、元クラスメイトのルークだった。
「……ネイフィ?」
助けた側のルークも、驚いていた。
「とりあえず、あいつが動かないうちに逃げるよ!」
「う、うん!」
※ ※ ※ ※ ※
「それにしても、ネイフィが無事で良かったよ」
「……ありがとう、助けてくれて」
ルークとネイフィは、トライコンダに見つからないように物陰に隠れていた。
「ルー君、どうして此処に?」
確か、森に入ったメンバーの中にルークは居なかったはずだと、ネイフィは思い出した。
「アレスト君が、町に助けを呼びに来てくれてね。慌てて飛び出して来たんだよ」
「……騎士団や魔道士隊の人たちに、任せておけばいいのに」
態々危険な場所に飛び込んできたルークに、ネイフィは呆れた顔をする。
だがすぐに、それがルークの良いところだと思い、笑顔を見せる。
「ルー君の優しいところ、私は好きだよ」
「はは、僕はネイフィほど優しくはないよ」
ルークのその言葉は本心だった。
ネイフィはあまり目立ちたがらないが、同級生の誰よりも優しい心を持っているのを、ルークは知っていた。
ルークにとってネイフィは、付き合いこそアネスとリンより短いが、長い学校生活の中でできた、もう一人の親友だった。
ちなみにネイフィは、アネスとリンとは話をしたことがない。
「とりあえず、この森から出ないとね」
「ーーシュルルルルル」
ルークとネイフィは慌てて振り返る。
そこには、首を斬り落とされて怒りに燃えるトライコンダの姿があった。
幸い、まだ二人には気づいていないようだが……。
「これじゃあ、もうトライコンダとは呼べないね……まあ、やったのは僕なんだけど」
「どうするの、ルー君?」
「……」
ルークは、どうやってネイフィを逃がそうか考えていた。
ネイフィはとても優しい娘だ、一人だけで逃げることは決してしないだろう。
だが、それでは困る。
(僕は、ネイフィを助けなくちゃいけないんだ……! そうしないと、騎士団に入る資格なんてないんだ……!)
優秀な父親が、自分に期待してくれている。
しかも、父親としてではなく、一人の騎士として。
その期待が、ルークに無謀な行動を起こさせてしまっていた。
(……思いついた。ネイフィだけを逃す方法を)
ルークはニヤリと笑った。
ネイフィの性格を利用することになるが、この方法なら間違いなくネイフィは一人で逃げることができる。
ネイフィには後で怒られるだろうが、彼女を安全に逃がす為には、これしかない。
「……ネイフィ、君はこのまま町の方に向かって逃げてくれ」
「絶対に嫌だよ、ルー君を置いて逃げるなんて」
返ってきたのは、予想通りの応え。
だが、彼女には先に逃げてもらわなければいけない。
ーー暴走した使命感が、今のルークを支配していた。
「いや、実は森に入る前に、他の魔物と戦って足を怪我した人と会ったんだ。森の外だったから安全だとは思うけど、念のために助けに行ってくれないかな?」
「えっ、でも……」
「僕は大丈夫。助けが来るまでは持ち堪えられるから……それより、彼の方が心配だよ。早く助けてあげて」
「……うん、分かった。……気をつけてね、ルー君」
ネイフィは、決して騙されやすい性格ではなかった。
だが、相手が親友であるという事と、他の逃げた友人たちの事が心配だったこともあり、ルークの見え見えの嘘を信じてしまった。
「……ごめん、ネイフィ」
こちらを気にしながら離れていくネイフィを見て、ルークは申し訳なく思っていた。
だが、後悔はしていない。
これが、自分の選んだ道なのだから。
「「ーーシュルロオアアア!!!」」
トライコンダはルークの存在に気付き、その目は怒りに飲まれる。
「ーー僕は」
襲いかかるトライコンダの噛みつきを間一髪で躱すルーク。
聖騎士の弟子は伊達ではない。
父との鍛錬で鍛えられたスピードは、トライコンダの素早い噛みつきにも対応できていた。
「ーー僕は聖騎士ゼハイル・グランエイムと、聖母マリーヌ・グランエイムの息子だ」
優秀な両親を持った自分を、誇りに思う。
「ーーお前が人を殺める前に……!」
父に恥じない、立派な騎士になる為に。
「ーーお前を、倒す!!」
それがルーク・グランエイムとしての、正しい選択だ。
「シュルルルルル」
今の彼の姿を“彼”が見れば、愚かな決断をしたと、鼻で笑うだろう。
一見、彼は正しい選択をしたように見えるだろう。
自らを犠牲にして、友達を助けたのだから。
聖騎士の息子として、正しい事をしたと言えるだろう。
ーーだが
「ぐ……うわああああ!!!」
“彼”は思う。
この選択は、彼にとっては間違っていたのではないか?ーーと。
思い出してみれば、この時は二人で逃げることも可能だったはずだ。
グランエイムの男としての責任感、そして使命感に突き動かされていた彼にとっては、ネイフィだけを先に逃がすという選択は正しかったのかもしれないがーー
「……これが、トライコンダの、毒……?」
彼がゼハイル・グランエイムに恥じない立派な騎士なる事を望んでいたのなら、彼にとってこの選択は誤りだったのではないか?
「僕は死ぬのか……ははっ、でもまあ、ネイフィを助けて死ねるなら、僕は満足かな……」
ーー彼は愚かな選択をしたな、と“彼”は思う。
彼は自国の正義の為、そしてグランエイム家の誇りの為なら、普段の落ち着いた彼からは考えられないほどの決断力を発揮する。
だが、この時の決断は、彼にとっては愚かだったとしか言いようがない。
ーーもっとも、
「何だ、これ……? ……僕の、記憶……?」
ーーこの選択は、“彼”にとっては間違いなく正しかったのだが。
おや?
ルークの様子が……
ちなみに、ネイフィはこの作品内でトップクラスの聖人です。