第3話 三人の絆
なんか微笑ましいタイトルだけど、普通に人が死ぬのでご注意ください。
グロ成分は出来るだけ減らしてあります。
「立て、ルーク! そんなんじゃ、立派な騎士になれないぞ!」
ルークは、父親であるゼハイル・グランエイムに、剣の稽古をつけてもらっていた。
ゼハイルは騎士の中でもかなりの実力者であり、一部の者にしか与えられない『聖騎士』の称号を持っている。
そんな父親を尊敬し、彼のような立派な騎士になろうと意気込むルークだが、現実は厳しく、彼は未だにゼハイルに一太刀も浴びせられていなかった。
「……流石、ですね。僕では手も足も出ません」
「ふん、当たり前だ。お前ではまだまだ、俺の足元にも及ばん」
普段は優しい父親だが、訓練の時は厳しい。
尤も、その厳しさが優しさから来ていると理解はしているので、ルークは泣き言を言わず、必死に剣の腕を磨き続けるのだった。
そんなルークを見つめる、一人の少女がいた。
その金髪のショートヘアの少女は、必死に剣に打ち込むルークの姿を見て、次にルークのすぐ傍で同じようにゼハイルから剣の教えを受ける赤髪の少年の方を向き、ため息をついた。
リンは、幼馴染のルークとアネスが剣の修行に明け暮れていることに、不満を感じていた。
※ ※ ※ ※ ※
「あーもう、ルークもアネスもムカつく!」
「ど、どうしたのかしら? リンさん」
エリーナの部屋に上がり込んだリンは、エリーナに愚痴を吐いていた。
「二人とも、剣にばっかり夢中になって、全然構ってくれなくなったし……!」
エリーナは頬を膨らませるリンを見て、リンも寂しいんだなと思った。
エリーナ自身、ルークが最近構ってくれなくなったので、寂しく感じていたところだ。
リンの気持ちは、痛いほどよく分かるのだった。
ちなみに、エリーナは基本的に歳が近い人に対しては「さん」付けで呼ぶ。
「エリーナさ〜ん、私、どうすれば良いんですか〜?」
すっかり脱力してしまっているリン。
テーブルに突っ伏して、「う〜」と唸っている。
そんなリンに対して、エリーナは言葉を選びながら、彼女を元気づけようとするのだった。
「まあ、三人とも、もう十五歳ですからね。同い年の子の中には、もう仕事を見つけている人や、自立の準備をしている人もいるでしょうし……」
リン達が魔族を殺し、その魔族の姉を奴隷にしてから二年が経っていた。
彼女達の通っている学校も、卒業式を真近に控えていた。
彼らの通っている学校は生徒に魔物との戦い方を教えているので、卒業生は騎士団か魔道士隊に入るものが多いが、実際はさらに勉強をする為に進学する者もいれば、家の仕事を手伝う者もいる。
同級生達が自分の道を進み始めたのに触発されて、ルークとアネスは、騎士団に入団する前に、剣の腕を底上げしようと熱くなっているのだった。
「どうせ入ってからも訓練はするんだし、別にあそこまで熱くならなくても……」
「いいえ、努力してきた新人と、努力してこなかった新人では、最初の時点で大きな差が出ます」
ましてや、二人の師匠は国内でも五本の指に入ると言われるゼハイル・グランエイムである。
彼の元で修行を積めば、騎士として、立派なスタートが切れるだろう。
「リンさん、貴女はどうなんですか?」
「えっ?」
「貴女は確か、魔道士の道を進むんでしたよね? 二人が努力しているのに、貴女が何もしないでいたら、あっという間に二人に置いていかれてしまいますよ」
リンは悩んでいた。
エリーナの言っていることは分かる。
二人に置いていかれたくはない。
だが……。
「私は、立派な魔道士になりたい。だけど、その道を進んでいくと、二人と離れてしまいそうで……」
騎士と魔道士。
違う道を行けば、大切な親友達との絆が途切れてしまうのではないか?
リンはそれを恐れていた。
「……そんな事はありませんよ」
“聖女”エリーナは、リンに暖かな笑みを向ける。
「たとえ違う道を進んでも、貴女達の絆は途切れたりなんかしない。貴女達の心は、離れていてもずっと繋がっている……そうでしょう?」
エリーナの言葉に、リンはハッとする。
不安に思っていたが、なんて事はない。
自分たちの絆は、そう易々と断ち切れてしまうほど、柔なものではなかったのだ。
「それにね……」
エリーナは、さらに言葉を続ける。
「二人が剣を極めるのなら、貴女は魔法を極めれば良いでしょ? ねえリンさん、二人に頼られるような、凄い魔道士になりたいとは思わない?」
「私……なりたい! エリーナさん、私に魔法を教えて!」
「ふふっ、そう来ないとね」
ルークとアネスを護れるくらい強くなる。
リンはそんな自分の姿を想像して、ワクワクしていた。
※ ※ ※ ※ ※
リンが決意を固めてから一ヶ月が経った。
リンとエリーナはこれまで以上に仲が良くなり、共に魔法の腕を磨いていた。
「ふふっ、明日はどんな魔法を試そうかなー」
上機嫌のリンは、孤児院への帰り道を一人で歩いていた。
普段はアネスと一緒に帰るのだが、アネスは素振りをしてから帰るとのことだったので、先に帰ることにしたのだ。
「うーん、それにしても暗くなってきたなー……あれ?」
ふと見ると、道の隅に誰かが倒れている。
この辺りは人通りが少ないが、一体どうしたのだろう?
リンは気になって近づこうとしたが、すぐに思いとどまった。
その人物の背中に生えている“羽”に気づいたからだ。
「ま、魔族!」
思わず叫んでしまう。
魔族の男は、その声に反応して立ち上がる。
「お前……人間、か」
その目は、復讐の色に燃えていた。
リンが人間だと認識した瞬間、よりその色が濃くなった。
「たとえ女だろうと容赦はしない……! 人間を一人でも多く殺さないと、俺の気が済まないんだ!!」
魔族の男は剣を振り上げ、リンに襲いかかる。
リンは慌てて避けるが、魔族の男は執拗に剣を振り回し、リンを狙う。
(くそっ……ちょこまかと動き回りやがって……!)
魔族の男は、“魔族狩り”の被害者だった。
魔族狩りとはそのままの意味で、魔族の潜んでいる場所を突き止めて殺すか、もしくは奴隷にすることである。
今までに幾つもの集落が、人間達によって潰されてきた。
彼の住んでいた隠れ里は、魔法で作られた結界によって護られていたが、結界に綻びが生じ、そこを人間達に見つけられてしまったのである。
魔道士たちが放った魔法で里は燃え上がり、腕の立つ騎士や冒険者が、率先して魔族を殺しにかかった。
ある者は女子供を逃しているところを魔法で撃たれ、またある者は恋人を庇って死んだ。
恐怖に怯え戦意を喪失した者にも、容赦なく人間達はトドメを刺していく。
『頼む! せめてこの子達だけは助けてくれ!!』
妻を殺され、怒りに燃える一人の男。
激情に駆られる自分を抑え、何とか子供達だけでも助けようとするがーー
『助けてくれーーだと? 笑わせるな、魔族が子に愛情を持つはずがないだろう』
『なーー何を言ってるんだ? 人間だって、自分の子供には愛情を持つだろう?』
『当然だ。我々には愛情という美しい感情があるーーだが、魔族にそんな感情は無い! 愛は人間のものだ! 魔族如きが、人間の真似をするな!!』
ーーその騎士は、魔族に心など無いと信じきっていた。
『あ、ああ……子供達が……!』
『悲しんだフリをするな! ええい、忌々しい! 卑劣で残酷な貴様等が……穢れた醜い化け物が、人間の真似事をするなぁぁあああーーッ!!!』
男はその騎士に斬りつけられたが、何とかその場から逃げ出した。
愛する者も、大切な友人も、全て失いながらも、彼は生き残った。
そして、全てを失った彼の中に残ったのはーー
ーー抑えようのない、復讐心だった。
今にも倒れそうな体を引きずって、彼は人間を探し始めた。
探して、どうするか?
ーー決まっている。
「殺してやる!! お前らを殺さなきゃ、また誰かが理不尽に殺される!! だからその前に、俺がお前らを殺すんだーーッ!!」
(いや……来ないで……)
いつもは強気なリンも、この時は恐怖を感じていた。
初めて味わった死の恐怖に怯え、魔法を使うことすら出来ずにいた。
「人間は、俺から全てを奪った……! 何もしていない俺の家族と友人を、魔族だという理由だけで殺した!! だから俺も、人間を殺すんだー!!!」
大切なものを理不尽に奪われた。
仲間を殺した人間達に、罪の意識など微塵も無かった。
だから自分も殺すーー殺して殺して、殺しつくす。
ーーその感情は、まさに復讐。
大切な家族や友人を奪った者達に対する報復。
彼がリンを殺し、他の誰かを殺したとしても、人間側に彼を責める資格などないーー
ーーもし、この時に記憶が戻っていたのなら、“彼”はそう思ったことだろう。
だが、この国ではその考え方は異常ーー人類に対する裏切りーーなのである。
「ーーあ? 勝手なこと言ってんじゃねえよ」
「ーーその通りだよ、薄汚い魔族」
二人の少年が、魔族の男の前に立ちふさがる。
二人は彼の言葉をまともに聞くことすらせずに、真っ向から否定した。
「魔族が殺されるのは当然のことだろ? 何逆ギレしてんだよ」
「寧ろ、無駄な生命を終わらせてもらったことに、感謝すべきだよね」
「アネス……! それにルーク! 来てくれたのね!」
二人が助けに来てくれたことで、リンは安堵していた。
それと同時に、逃げてばかりで戦うとしなかった自分を叱った。
(こんなところで助けられてたら、頼ってもらえなくなるじゃない! しっかりしろ、私!!)
「……当然のこと? ……感謝、だと?」
魔族の男は、ルークとアネスの言葉に怒りを抑えられずにいた。
「理不尽に命を奪っておいて!! なに正義ヅラしてんだぁぁあああ!!!」
怒りの剣が、ルークに向かっていく。
「……うん? 思ったより遅いな」
しかし、ルークはそれを簡単に受け流してしまう。
「魔族は身体能力が高いはずだけど」
「見ろよルーク、あいつはもう満身創痍っぽいぜ?」
「ああ、なるほど。魔族狩りで死に損ねたんだね」
「……くそっ、こんなところで……!」
相手が深傷を負っていることに気づき、すぐに殺すべきだという判断を下す二人。
そしてそんな二人に、リンも加勢する。
「ぐっ、何だこれは!?」
「……これは、姉様と同じ魔法?」
「へえ、凄いじゃねえか、リン」
リンの魔法によって光のオーラが出現し、魔族の足に纏わり付いて動きを封じていた。
それはルークの姉、エリーナの得意とする妨害魔法だった。
「私にだって、これくらいは出来るのよ! さあ二人とも、トドメを刺して!!」
「おう!」
「まかせて!」
二人の剣が、魔族の身体を貫く。
「……まさか子供まで、腐っているとはな。……どうして、お前達は……」
男は、そこで息絶えた。
「ーーハッ、腐ってるのはテメエ等の脳みそだろーが」
「まったく、最後まで何を言いたいのか分からない魔族だったね」
「魔族の考える事なんか、理解したくもないわよ」
ーーすっかり教会の思想に染まった彼らにとって、魔族の言うことは、全て雑音でしかなかった。
「とりあえず、孤児院に帰ろーぜ」
「その前に、父様にこの事を報告しないとね」
「あー、怖かった。帰ったら、奴隷をブッ飛ばして気を晴らさないと」
「おっ、良いなそれ! ルークもやろうぜ!」
「あんまり奴隷に興味は無いんだけど……偶には良いかな」
話しながら歩いていると、突然リンが立ち止まった。
「……リンちゃん?」
「どうした、リン?」
リンは恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、やがて意を決したように口を開く。
「ルーク、アネス。私ね……あんた達より強くなるから」
「「は?」」
突然のリンの発言に、困惑するルークとアネス。
「あんた達が手も足も出ないほど強くなって、今度は私があんた達を助けてやるわ! 感謝しなさい!」
胸を張って宣言するリン。
二人は戸惑いながら顔を見合わせてーー
ーーニヤリと笑った。
「それはどうかな? 僕たちだって強くなってるんだ……甘く見ない方が良いよ、リンちゃん?」
「そもそも、お前が俺たちより強くなれるわけねーだろ? お前がいくら強くなっても、俺はその度にさらに強くなってるんだからな」
「……へえ、二人とも言うじゃない」
三人は笑みを浮かべながら、拳を突き合わせる。
「「「絶対に負けないから」」」
その拳を空に向けて突き上げ、三人は誓った。
ーーこれからもずっと、共に生きていくことを。
自覚のない悪意って怖いなー(棒)