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プロローグ

前に少しだけ書いた作品のリメイク(?)です。


ギャグとシリアスの差が凄いことになりそう……。

「ああ、魔族はなんて穢らわしいのでしょう! 今すぐ私の前から消えて! ーー消えなさい!!」

「何で……俺たちは何もしてないのに……」


一人の女性が、一人の男を罵倒していた。

その男の背中には黒い翼が生えており、男が普通の人間ではないことを示していた。


「何でだよ……! 俺はともかく、何で妻と娘まで殺したんだ……!」

「何を怒っているのですか? あの女性は人間なのに魔族を匿っていた裏切り者だから殺しただけですし、ましてや娘の方は、穢らわしい魔族の血を引いていましたから、死んで当然ではないですか」

「そんな訳あるか! それに、お前は二人だけでなく、皆までーーっ」

「マリーヌ様、お退がりください! ーー貴様、それ以上マリーヌ様に近づくな!」


魔族の男は、最初は自分たちと敵対している人間のことが嫌いだった。

だが、ある日一人の人間の女性と出会い、その女性に恋をした。

女性の方も、最初は魔族である男のことを警戒していたが、話すうちに男に惹かれていき、結婚にまで至った。

周囲の人たちには男が魔族であることを隠していたが、彼らは幸せに暮らしていた。

だがーー





『ここですね、魔族が潜んでいる家というのは』


金髪の女性ーー聖母と呼ばれる存在が、彼らの幸せを踏みにじったのだ。


『魔族のような穢らわしい存在が、まさかこんな街中に潜んでいるなんて……! 不快です、すぐに殺しなさい!』


彼女は男が魔族であるという理由だけで、彼を殺すと言ったのだ。

男はそれを聞いて、これが普通の反応なんだとショックを受け、自分の妻が本当に優しい人だと改めて思った。

そして、自分が死んでも、妻と娘には幸せになってほしいと思ったのだがーー


『その女も殺しなさい。魔族を夫にするなど、人間の恥です』


聖母は、同じ人間である妻を、何の躊躇もなく殺したのだ。

そして、泣き叫ぶ娘にも、彼女は冷たい視線を向け、ただ一言「穢らわしい」と言い捨て、護衛の騎士に殺させた。


『さて、あとは悪の元凶を絶つだけですね。まったく、こんな醜い存在に恋をするなど、あの女性はいったい何を血迷ったのでしょうか……』

『聖母様。あの魔族はおそらく、あの女性の弱みを握って、そこに付け込んだに違いありません』


護衛の騎士の一人が、聖母に自分の考えを伝える。

考えといっても、魔族は忌むべき存在だと物心つく前から教えられてきた彼らにとっては、それくらいしか魔族という醜い存在と結婚する理由は思いつかなかったのだが。


『なるほど、それなら納得です。魔族らしい、汚い手で女を汚すなんて……! こんなクズは、さっさと殺さないと……!』

『ちょっと待ってください、聖母様!』

『……何です?』


一人の男性が、聖母に声をかける。

その男性は、魔族の男の正体を知らなかったが、それなりに仲の良い友人だった。


『俺は、彼が無理やり彼女に迫ったなんて思えません。あの二人は、確かに愛し合っていました!』


彼のその言葉に、周囲の者たちも、「確かにそうだ」「彼は良い人だ」「何かの間違いじゃないのか」と声が上がる。

そして、彼の妻と娘を殺した聖母に対し、非難の声も上がってくる。


『たとえ魔族だったとしても、あいつが俺たちの友人だということに変わりはない!!』


その言葉に、その場にいた全員が賛同した。

それ程までに、魔族の男が人間たちと築いてきた絆は深かったのだ。


『ーー騎士たちよ、この者たちを殺しなさい』

『え? ……しかし、彼らは……』


聖母のその言葉に、騎士は戸惑う。

元々、彼らの役目は市民を守ることであり、その為に魔族を討伐しに来たのだ。

それなのに、守るべき市民を殺せという命令に、素直に従えるはずがなかった。


『その者たちは知らなかったとはいえ、魔族のことを友人だと言ったのです……きっと、何らかの理由で正常な心を失っているのでしょう。殺してあげた方が、彼らの為です』

『で、でもーー』

『彼らは、魔族に心を許したのです。もはや、同じ人間として見る必要はありません。彼らは、私たち人間の裏切り者なのです』


その言葉に、騎士はハッとする。

魔族は倒すべき敵で、魔族に味方する者も敵ーーそれは、自分たち人間にとってごく普通の、当たり前のこと。

子供の頃に教わったことなのに、この世界の一般常識なのに、一時の感情に流されて躊躇するなんて……。


『すみません、俺が間違ってました。こんなんじゃ、騎士失格ですよね』

『良いのですよ……裏切り者とはいえ、かつての同胞に情けをかけられるということは、貴方が優しい人間である証です』


聖母は微笑み、騎士の心は癒されるーーその慈愛の微笑みが、彼女が聖母と呼ばれる所以でもあった。





「たとえ種族が違っても、俺たちは幸せに暮らしていたーーそれを、お前はッ!!」


その叫びは、彼女の元には届かない。

否、届かないのではなく、全て雑音として届いているのだ。

故に、彼の言葉が聖母の心を動かすことは、決して無い。


「本当に意味のわからないことを言いますね、このクズは。魔族に幸せになる権利なんか無いに決まってるじゃないですか」


ーーそれが、聖母にとっての常識であり、この世界の大多数の人間の常識である。


『魔族も人間も、大して変わらないんだな。死ぬ前に気づけて良かったよーー』


そして、その常識から外れ、魔族を友と呼んだ者たちはーー


『ーー私、貴方のことが好きになったんです』


一人の魔族を愛した女はーー


「私たち人間は、神に選ばれた存在ーーそれに比べて、魔族のような下賎で醜い存在は、この世のゴミです。生きている価値などありません」


ーーそんな常識りふじんによって、殺された。


「う、うあああああああっ!!!!」

「っ!? 何です!?」


許せない許せない許せないーーーー!!!

何でこいつらは、同族を殺して平気でいられる!?

何故、大義をかざして善行を積んだ気になっているんだ!?

有リエナイ……許セナイ……!!


「絶対に……殺す!!!」


魔族の男は聖母に飛びかかる。

彼女を庇う騎士たちを吹き飛ばし、愛する者たちを奪った存在を殺そうとする。

だがーー


「マリーヌ様をやらせはしない!!」

「薄汚い魔族め!!」

「正義は我らにある!!」


ーー自分たちの行いを正義だと信じる者たちの、数の暴力。

その前に、一人の男の想いは、あまりにも無力だった。


……後日、一人の魔族が数十人の人間を殺戮し、聖母に討伐されたという報せが、各地を飛び交っていた。

人々は魔族の凶暴さに改めて恐怖し、魔族を討伐した聖母に対し、ますます信頼を寄せるのであった。



※ ※ ※ ※ ※



「お母様、お帰りなさい!」


その少年の名は、ルーク。

“聖母マリーヌ”の息子で、今年で六歳になる。

金髪碧眼のマリーヌとは違い、銀色の髪に紅い瞳をしてはいるが、顔つきは母に似てとても美しく、優しさを感じさせるものだった。


「あらあら、ルークは元気ね」


元気そうな我が子の姿を見て、マリーヌは微笑む。


「マリーヌ様、幸せそうですわね」

「あの笑顔、いつも素敵ですわ……!」


通りかかった侍女たちも、マリーヌとルークを見て幸せそうに微笑んでいた。

聖母マリーヌの慈愛の微笑みは、皆を笑顔にする。

世界中の教会を取り仕切る教皇の娘であり、美しさと優しさを兼ね備えていた彼女は、世界中の人間から尊敬される存在だった。


「ねえねえ! 今日も悪い魔族をやっつけてきたの?」

「ええ、そうよ。人々に害を為す悪しき魔族を、正義の名の下に成敗してきたの」

「わー、やっぱりお母様は凄いや!」


ただし、その優しさが、人間以外に向けられることはないだろう。

虫や鳥、犬や猫への動物へ向ける愛情は別だが、聖母が人間へ向ける愛情を魔族に向けることなど、決してありえない。

なぜならーー


「じゃあ、その魔族のせいで、たくさんの人が死んじゃったの?」

「ルーク、魔族は私たち人間の敵なの。汚い手段を使って人間を騙して、盾にすることに何の感情も抱かない、非情な存在なのよ」

「お母様……僕、魔族が怖いよ……」

「大丈夫よ。お母さんがルークを護っているから……。でも、いずれはルークも、魔族の悪の手から人々を守れるように強くなるのよ?」

「うん! 僕、皆を守れるくらい強くなって、魔族をやっつける!!」


物心がついた時からーー否、物心がつく前から、彼らは魔族を憎むように育てられる。

それが、彼らにとって“普通”のことであり、疑問を挟む余地などない。


この世界において、魔族に憎しみや侮蔑以外の感情を持って接する人間は、ごく少数。

そしてその少数は同じ人間によって殺され、魔族への憎しみをさらに掻き立てる為に利用される。


ーーそれは実質的には情報操作によって民衆を操っているだけなのだが、彼らにとってその情報操作は誤った道を進む者を増やさない為の処置であり、真実を歪めていることは、自分たちの大義の前では些細なことでしかない。


「僕、孤児院の皆に、魔族に騙されちゃダメだって教えてくる! 皆が魔族に騙されて酷い目にあうのは嫌だもん!」

「ええ、そうね。そうすれば、きっと孤児院の子達も、道を間違えなくて済むわ」


ルークは母のマリーヌに似て優しい性格で、親を亡くした孤児院の子供たちとも、仲良くしていた。


「……そういえば」


ルークがいなくなった後、マリーヌはポツリと呟いた。


「ルークも、そろそろ学校に通うのよね……」


我が子の成長を喜ばしく思い、聖母マリーヌは微笑んだ。

……言うまでもなく、子供たちは学校でも、魔族がどれだけ醜いのかを教えられる。


否、植え付けられると言った方が正しいか。

勿論、ルークも他の子供たちと同じように、魔族を毛嫌いするように育ったのである。



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