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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第一章 「アレ」の達人
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6月10日 その5

 要を都の部屋に送り届けた覇斗が急いで一階の自室に戻ってみると、私服に着替えた例の女性陣が、案の定、不機嫌極まりない顔で待ち構えていた。美晴子がいつも通りにモジモジしているのが微かな救いだったが、後の四人は顔を見るのも怖い。


「あんたね、『女の長風呂』っていうけど、それより十分も長いお風呂って、嫌がらせなの? ケンカ売ってるの?」

「滅相もないことでございます。はい」


 楓に怒鳴られ、首をすくめながら、覇斗はチラと女性陣の方を見遣った。雰囲気からして、どうやら彼女達も本当に入浴を済ませてきたらしい。結局、要の着替えに費やした時間が余計だったのだ。しかし、待ち人よりも自己のポリシーを優先させたのだから、怒りは甘んじて受けるべしと考え、覇斗は言い訳しなかった。


「ごめんなさい。埋め合わせはこの後の内容で、もしもなんとかできたらなんとかするから。ささ、どうぞどうぞ」


 「白峰」という部屋名の表札が付いた、旅館の部屋そのままの扉を開き、覇斗は皆を中へ誘導した。


「あら、なんにも改造してないのね、この部屋」


 楓が少し驚いたように言う。


「お金は出すから好きにリフォームしていいって言われてるんだけどね、なかなか方針が定まらなくて。まあ、ちょっと勉強やトレーニングができて、寝られれば充分かと」


 覇斗の部屋は、小上がりから入ってすぐの間が十畳、隣の間が六畳で、和風庭園に面して広縁がある。あとは押入兼収納庫、備え付けのクローゼットと洗面台とトイレという構成だ。壁紙も調度品も旅館時代の物を流用し、ベッドすら置いていない。覇斗が自分の意志で持ち込んだ物もそれなりにあるとはいえ、主立った物は学習用の机や本棚、ノートパソコン、筋トレグッズ程度であり、広大な部屋を埋めつくせるほどではなかった。十五歳の高校生の部屋としては、かなり殺風景な部屋に見える。


「それじゃすぐ準備するから、この部屋で待っててね」


 そう言って覇斗は六畳間の方に入り、襖を閉めた。みゆき達小学生は体育座りでスタンバイ完了。覇斗の登場を無心に待っている。カラフルな部屋着とあどけない仕草と無邪気な表情。まさしく子供である。逆に美晴子は、おめかしし過ぎて年齢不詳のよくわからないものに仕上がっていた。パーティーに行くみたいなフリフリのドレスと頑張った化粧に質素な和室は誰が見てもミスマッチである。


 しかし、なんにも気付かない美晴子はちょっと上の空で、

「わあ、ハト君の部屋に入れるなんて、なんて幸せなのぉ。タコ焼きにタコが二つ入ってたってくらい、幸せ」

などと呟いていた。傍らで、白いロングTシャツとジーンズ姿の楓が、

「タコ二切れで幸せになれるなんて、どれだけお子様なのよ」

と独り言で毒づいていることなど、全く知る由もない。


「お待たせ」


 程なくして、声とともに襖が開く。キャスターの音をガラガラいわせながら、テーブルワゴンが姿を現した。ワゴンの上には古ハガキの束と箸袋に入った割り箸が置いてある。次いで覇斗が出てくると、小学生達が大歓声と拍手で迎えた。


「よっ、見習い手品師」

「下手くそ、ガンバレ」

「今度こそ失敗しないでね」


 さんざんな言われようである。見かねた美晴子が子供達をたしなめると、みゆきがこう言い返した。


「だって、本当に下手なんだよ。必ずどこかでミスするんだもん。だから、もっと修行を積みなさいってあたしが言って、それで月に一回、修行の成果をあたし達の前で発表することになったんだよ」

「ハト君にも苦手なことあったんですねぇ」


 美晴子は、覇斗がいるところだけで使う丁寧口調で感慨深げに言った。彼女の中で覇斗のイメージが悪化したということはなさそうである。一方、楓は妙に腑に落ちないものを感じていた。楓は、覇斗に対して「どんなことでもそれなりに、そつなくこなせる非常に器用な人間」という印象を抱いている。その覇斗がなぜ、子供騙しの手品ごときを苦手とするのか。疑い深さとはまるで縁のない楓ではあったが、ここは首を傾げざるをえない。


「それでは始めます」


 そう言った覇斗の出で立ちは、冬服の学生服にパーティーグッズのシルクハットという、珍妙なものである。まかり間違ってもスーパーマジシャンには見えない。


「ええと、今日はハガキで割り箸を斬ります」

「だと思った」


 みゆきの声が、みんなの笑いを誘う。


「斬った先っぽが飛んでいく可能性があるので、今の場所からもう一メートルほど下がってくれる?」


 ハーイと返事がして、全員、テーブルワゴンから少し離れた。


「えー、見ての通り割り箸です。立派でしょ。これは吉野桧で作られた非常に丈夫で値の張る割り箸です」

「おいくらー?」


 みゆきが遠慮なしに問い掛けてくる。


「二十膳、五百円」

「ビミョー」


「高いったって、結局は使い捨ての割り箸ですからね。──さ、今から皆さんに試し斬りをしてもらって、箸とハガキに細工がないか確かめてもらいます。斬れるもんなら斬ってみてください。伊達に高級品ではありません。絶対に僕にしか斬れないと断言します。ただ……」


 覇斗は箸袋から幅の広い割り箸を取り出し、二つにパキッと割った。


「──大きいままではさすがに僕でも無理なので、片割れでやります」


 そう言って一本を箸袋に戻し、もう一本をみんなの前で軽く振ってみせる。


「ショボっ」


 誰かが小声で言った。


「果たして本当にショボいかどうか、その難易度を確かめていただきましょう。では、どなたかどうぞ」

「はいっ!」


 一番元気のいいみゆきが真っ先に手を挙げた。覇斗からハガキと割り箸を受け取ると、まずはそれらに仕掛けがないかじっくりと確認する。そして割り箸の根元をテーブルワゴンに乗せ、左手でしっかり押さえつけた。皆の注視の中、ワゴンからはみ出した箸の中央部分めがけ、渾身の力でハガキの縁を叩きつける。


 バチッと弾けるような音がした。ハガキがぐにゃりと曲がっている。だが、割り箸はびくともしていない。


「そんなっ」


 諦めきれず何度もハガキを振り下ろすが、結果は同じだった。


「さて、他に試したい人はいませんか」


 ハガキを取り替え、順番に試し斬りをする。小学生の残る二人が失敗し、美晴子が「いいですいいです」と大げさな身振りで遠慮して、覇斗の視線が楓に向けられた。


「楓さんも、やってみますか?」


 楓の表情がにわかに挑戦的になった。


「やってもいいけど、後悔するかもよ。こっちは一日平均五時間もピアノの練習に明け暮れてるんだからね。鍛えに鍛えた腕と手首の力、見くびらないでもらいたいわ」

「では、どうぞ」


 淡々と受け流す覇斗に、楓は激しく闘志を燃やした。


(ぜーったいに斬ってやるから)


 ハガキを持つ手に力がこもる。割り箸の上辺の一点に己の全ての筋力を集中させるイメージで、気合いとともにハガキを打ちつけた。


 パン! ──激しい音がして、誰もが一瞬息を呑んだ。


(手応えあり)


 楓の手には、ハガキが割り箸を通り抜ける感触がはっきりと残っていた。成功したと思い、得意気に結果を確認する。思わず呆然となった。真っ二つにしたはずの割り箸は無傷のまま残っており、代わりにハガキが二つに裂けてちぎれ飛んでいたのである。


「そんなあ」


 肩を落とす楓に、覇斗はヒューと口笛を吹き、驚きの表情を浮かべた。額や首筋にちょっとした冷や汗もかいている。


「いやあ、凄かったですねえ。いったいどれだけの力で、ハガキを打ちつけたんですか。見方を変えると、箸の一撃でハガキを破ったってことですからね。普通、ありえませんよ。もしかしたら、あと一歩で僕の出番がなくなっていたのかもしれませんね。危ない危ない」

「で、あんたはちゃんとできるんでしょうね」


 楓は捨て台詞を残し、元の場所に戻っていった。


「お任せください。──では!」


 いよいよ覇斗の本番である。割り箸は無傷。ハガキは取り替え済み。細工はどこにも見当たらない。「斬る」と宣言している以上、よくあるトリック──ハガキの裏に潜めた指で箸を叩き折ることも不正となる。観客全員が固唾を呑んだ。


「やっ!」


 掛け声が轟いた。ハガキが箸に激突する音が響き渡り、弧を描いて割り箸が飛んだ。


 斬れた──のではない。箸は一本丸ごとそのままの姿で健在である。どうやら箸を押さえていた左手の力加減が緩かったらしい。ハガキを当てた衝撃で箸をすっ飛ばしてしまったようだ。


 割り箸はみゆきの前に転がっている。みゆきは「ありゃ、また失敗か、成長してないね」と言わんばかりの気まずそうな顔で拾い上げようとした。


「あ、みゆきさんいいですよ。箸はもう一本ありますから」


 照れ笑いをしながら覇斗が割り箸の片割れを箸袋から取り出す。


「いやあ、トチってしまってすいません。見ててください。今度はうまくやりますから。しっかり押さえて……そりゃっ!」


 スパーン! ──さっきの失敗が嘘のように、箸が真ん中から切断された。鮮やかな切り口。指で折ったものでは絶対にない。


「スゴォーイ!」


 小学生達が一斉に歓声を上げる。美晴子も楓も思わず拍手していた。


「うまく行きました。お教えできませんが、コツがあるんです。まだハガキが残ってますし、箸はそこにもう一本転がってますから、皆さん、よかったら気が済むまでお試しください」


 覇斗は一礼して襖の向こうへ引っ込んでいった。そしてその後、しばらく賑やかな試し斬り大会が続いたのである。


続く

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