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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
終章 「カオス」の予感
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8月10日 その16

 一時間後、「覇斗の誕生日を祝う会有志一同」は一階エレベーター前休憩所に集結した。茉莉花が準備したテーブルワゴンの上にはケーキの箱やポット、飲み物のペットボトル、スナック菓子、フルーツ、食器類が所狭しと置かれている。


「揃ったわね。行くわよ」


 楓がそう言うと、松之進が怪訝な表情をした。


「まだ、千春子と美晴子が来てねえが」

「野暮用があるから遅れて合流するって。覇斗君を部屋に留めておくことには成功したみたいだから、さっさと行くわよ」


 ものの三十秒で一行は 覇斗の部屋の前に到着した。楓が呼び鈴を押そうとして思いとどまる。


「サプライズだから、黙ってバッと戸を開けた方がいいわね」


 覇斗の方に気取られないように、囁き声で楓が言うと、皆、無言で首を縦に振った。


 部屋の鍵はオートロックではない。部屋に人がいれば、大概鍵は開いている。楓は開き戸を静かに開け、先頭を切って中に入ると、スリッパを脱いで奥の引き戸に手を掛けた。


 戸の内側から男女の楽しそうな声が聞こえる。テレビかな、と思いつつ楓は一気に戸を開け放った。


「誕生日、おめ……あんた達何してんのよ!」


 部屋の中ではありえないはずの光景が繰り広げられていた。


 覇斗の横で宮城要がゲラゲラと笑い転げており、その隣に、遅れてくるはずの千春子の姿がある。そして、覇斗の向かい側には美晴子がいた。しかも、どういう成り行きでそうなったのか、テーブルの上で美晴子と覇斗が仲良さげに指相撲をやっていたのである。


 美晴子は、着色料使いまくりの明太子みたいに顔を真っ赤にしながら、トロンとした恍惚の表情を浮かべていた。


「おー、かえちゃん、待っとったよ」


 プンプン顔の楓に千春子が悪びれもせず、ぬけぬけと言った。


「あんた達、遅れて合流するって……」

「だから、今ようやっと合流できたがやないけ。サプライズやから本当の理由も言えんし、ハトちゃんを部屋に押し留めておくのに、ホント苦労したがいよ。ハトちゃんお気に入りのかなめちゃんを連れてきて、やっとこさやちゃ。わたしもみぃちゃんも一生懸命頑張ったんやから」

「あ、そうなの?」


 言い逃れっぽさ百パーセントではあったが、筋はどうにか通っている。いつもの如く楓はあっさり言いくるめられてしまった。


「おい、楓、そこで突っ立っていられたんじゃ、みんな入ってこれねえじゃないか」


 松之進が楓の脇をすり抜けて部屋に入ってきた。それに追随して賑やかな一行がペチャクチャぞろぞろとやってくる。なし崩し的に指相撲を続ける雰囲気ではなくなってしまい、美晴子は名残惜しそうに覇斗の手を放した。


「やあ、まっつん。みんなお揃いってことは、本当に僕の誕生会をしてくれるんだな」


 覇斗が事情を察して声を弾ませる。


「大会の打ち上げもね」


 楓が横から口を出した。


「バースデイケーキがあるってだけで、そんなに大それたもんじゃないぜ」

「そのケーキに憧れてたんだ。ローソクの火を思いっきり吹き消してみたかった。じいさんと二人暮らしの時は、誕生日といっても小遣いを渡されるだけだったからな」

「あ、ケーキを買ったのはあたしだから」

「ああ、楓さん、ありがとう。おかげで長年の夢が叶うよ。それから、今日は結果こそああなったけど、ま、僕にあの技を使わせた時点で君の勝ちだな」

「いいのよ。負けは負けで。来年、ちゃんと勝てばいいんだから。今日はしっかり打ち上げ楽しみましょ」


 楓は、照れたように笑いながら、あくまで打ち上げの方に思い入れがあるように振るまった。傍らでは要が「ケーキ、ケーキ」と大はしゃぎしている。


「──さ、準備をするから、少し脇で休んでてちょうだい」

「わかった。楽しみにしてる」


 楓の指示で覇斗と要以外の全員がてきぱきと動き始めた。テーブルを拭く者。食器を並べる者。ケーキをセッティングする者。果物の皮を剥き、一口サイズにカットする者。ジュースやお菓子を配置する者。みるみる誕生会らしくなっていくテーブルの上を見ながら、覇斗は心が温かいもので満たされていくのを感じていた。今まで幾ら欲しても得られなかった家族の優しさ、家庭の安らぎといったものを、目の前の光景の中から実際にかいま見ることができたのである。


(いいな、こういうのって)


 覇斗は、楽しさと嬉しさと期待感がミックスされた気分にしみじみと浸った。


 ケーキにローソクが次々と立てられていく。全部で十六本。年齢の数だ。


(──あれ?)


 覇斗はふと自分に注がれる視線を感じた。


(ずっと口元が緩みっぱなしなの、変に思われたかな)


 視線の方向をチラッと見ると、思いがけなく茉莉花と目が合ってしまった。茉莉花はすぐに恥ずかしそうに顔を背けたが、覇斗の鼓動を再び高鳴らせるにはその一瞬で充分だった。


(あの時ほどじゃない。あの時ほどじゃないけど、やっぱり思い出しちまうよなあ。あの涙は反則だ)


 覇斗が自分の心の奥底を今一度確認する。あの時、あの場面で茉莉花に対して「LOVE」の花が咲いたかのように感じたのは、やはり一時の高揚感がもたらした錯覚だったのだろう。ただ、それでもまるっきり意識しないというわけにはいかない。確実に「LOVE」の芽は成長している。


「──ところで覇斗君」


 覇斗がぼーっとしているように楓には映ったらしい。おもむろに覇斗に顔を近づけてきた。


「あんたの最後の技、名前をまだ聞いてなかったわ。あたしの技の名前も教えるから、聞かせてもらえる?」


 覇斗がきょとんとした表情を浮かべた。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ」

「おっかしいなあ。『ライトニング・カウンターの没バージョン』を使うって確かに言ったはずだよ」

「え、それは聞いたけど」

「じゃあ、聞いてたんじゃないか」

「もしかして、あれが、ライトニング・カウンターだっていうの?」


 楓は愕然として確認を取った。


「うん、そうだよ。──もっとも、あの技の『カウンター』は、カウンター攻撃のことじゃないけどね。数をカウントする方の『カウンター』だ」

「そんなあ、紛らわしい……。名前だけ同じの全然別の技じゃないの」


 詐欺に遭ったみたいな顏で楓ががっくりと肩を落とす。


「──今の今まであんたがハッタリを使ったんだと思ってたわ」

「僕は君に嘘やハッタリを言ったことはないよ。でも、ごめん。確かに言葉足らずだったかもしれないな」

「あんたはいつだって……」


 言葉足らずなんだから、と言おうとして、楓はやめた。


「──変わった人よね」


 代わりにそんなふうに繋げてみる。会話としてはちぐはぐな感じだが、なんとなくそっちの方を言ってみたかった。


「悪い意味じゃないんだからね」


 そう付け加えると、覇斗が愉快そうに言った。


「自覚してるよ」

「さあさ、お二人さん。お喋りはそんぐらいにして、こっち向いてくれんけ」


 千春子が手をパンパンと打ち鳴らしながら、覇斗と楓に呼び掛ける。すっかり誕生会の準備は整っていた。目を細めてテーブルの様子を眺める覇斗に視線が集まる。誰もが笑顏だ。


 ケーキの上でたくさんのローソクの炎がユラユラと揺れる。覇斗は、自分のためだけに開かれる生まれて初めての誕生会に、ほのかな温もりと胸躍るものを感じていた。


 特大家族──いい年してアレに夢中 完 


お読みいただきありがとうございました。

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