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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第三章 「マケナイデ、ゼッタイカッテ」
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8月10日 その9

 覇斗は、してやられたという失望感から瞬時に立ち直っていた。僅かな中断の時間を利用し、持ち前の超思考能力をフル稼働させる。一つだけ試す価値のある戦法が見つかった。もっとも、成功しても技あり以上が取れる保証はない。──やがて覇斗は、落ち着いた態度で試合台に右肘を載せ、カモンのジェスチャーをした。


「来いよ。あんたの底は知れた」

「小僧、ハッタリは利かんぞ」

「いや、本気で言ってる」

「なんだと!」


 グレート・クマゴローが怒りの口調で試合台に肘を置いた。


「レディ、ファイト!」


 試合が再開される。


 覇斗のタイムリミットは試合終了十秒前。相手がノーペナルティで十秒間エスケープゾーンに籠もれることを考慮すると、その時間までに技あり以上を取れなければ、万事休すとなる。すなわち、覇斗の攻撃可能時間は、あと十五秒弱しかない。


(グレート・クマゴローは、まともな指相撲で、俺を出し抜くことができないんだ)


 覇斗は冷静に相手の戦力を分析していた。


(まず、パワーはあっても器用さとスピードが不足している。そのパワーも、俺を子供同然に振り回せるところまでは行っていない)


 絶対的な筋力の差は確かに大きいのだが、腕相撲と違い、相手の力の向きをうまく逸らすことさえできれば、攻撃を受け流すことは充分に可能なのだ。


(強引に俺を攻めて受け流された場合、そこからカウンターを食らう恐れが出てくる。万が一、力の入れにくい部位を押さえつけられてしまったら、持ち前のパワーが意味をなさない。だから向こうさんは確実に俺に勝つため、ギリギリまで一切動かず防御に専念したんだ。そうすれば、たとえ俺の攻撃を弾き返すことに失敗したとしても、『万が一』を防ぐことはできる。そして、試合終了間際のアレで逃げ切る作戦に出た)


 覇斗はどっしりと腰を落として、足を踏ん張った。


(──ならば、やることは一つ……)


「ほう。リフティング・エルボーがよほど怖いと見える。そんなふうに必死で肘を台に押しつけてたんじゃ、さぞ攻撃もやりにくいだろうに」


 グレート・クマゴローが嘲るように言った。──残り時間はあと十八秒。


「怖いのはそのインチキ技だけだからな。それさえ食らわなければ、手の内を全部晒したあんたなんか別に恐れることもない!」

「この、身の程知らずがっ!」


(今だ!)


 グレート・クマゴローの激昂の瞬間を衝いて、突如、覇斗が攻撃に転じた。


 防御の姿勢は相手を油断させるためのフェイク。相手が攻撃してこないことを見切った以上、もはや守りに意識を分散する必要は全くない。


(時間もないし強引に行こう)


 まずは小刻みなフェイント。幾つもの残像で相手を幻惑した後、覇斗はツバメのように素早く親指の軌道を変え、相手の真上から果敢に攻めていった。ライトニング・カウンターで返される危険性は無視だ。失敗した時に多大なリスクのある技を、勝っている側が使うことなどありえないと判断してのことだ。


 グレート・クマゴローが、今まで通り圧倒的なパワーで軽く弾き返そうとする。だが、防御に気を回すのを止めた覇斗は、その一撃に持てる全ての力を込めていた。相手の圧力に耐え、粘り強くググッと押し込んで、カウントを開始する。


「いちにさん……」

「コンチクショーがっ!」


 怒声とともにグレート・クマゴローが、乱暴に覇斗の親指を撥ね除ける。シークレット・バイスですら通用しない怪物は、覇斗の意地をものともしない。それでも、覇斗の攻撃には意味があった。それは間違いなく、必要な一手だったのだ。


 覇斗の粘りに対して、グレート・クマゴローは本気の力での対抗を余儀なくされ、その結果、ダルマパンダは三白眼ジョーズを上へ派手に弾き飛ばすことになった。勢いが余って、直後の姿勢はまぎれもなく直立不動。頭頂部が天を向き、顔面が正面を向く。すなわちそれはクール・リーディングの形に他ならない。


(狙い通り!)


 三白眼ジョーズが素早く反転する。 ダルマパンダと三白眼ジョーズの顔面同士が、僅かなズレもなく、ものの見事に合わさった。


 クール・リーディング。──最後のチャンス。


 覇斗が親指に伝わる微細な情報に意識を集中する。


 三白眼ジョーズは、ダルマパンダの力の流れに沿ってスッと左に切れ上がると、最短距離を通り相手の背中へ滑るように重なった。


(クール・サムライディング……)


「一、二三四……」

「何度やっても無駄だっ!」


 ダルマパンダがすぐさまエスケープゾーンを目指す。そこに入れば三白眼ジョーズも追随しきれない。対処法を熟知しているがゆえの余裕の動きだ。しかし……。


(アンド、シークレット・バイス)


 三白眼ジョーズがまさに振り切られようとした刹那、直下から強く押し上げる力が加えられ、ほんの一瞬ダルマパンダの動きを止めた。すかさずフットワークを捨てた三白眼ジョーズが、上からも全力で押さえつけにかかる。これが覇斗の秘策。極限まで高められた集中力と技術があって初めて可能となる高度な連続技だ。


「五六七八──あっ!」


 それでも十まで数えきることはできない。


 シークレット・バイスは数カウントを稼いだ後、あっけなく振りほどかれてしまった。今の覇斗のベストといえる技をもってしても逆転の一本勝ちには遠い。──その時、ちょうど試合時間が残り十秒を切った。


 ピーッとホイッスルが鳴り、技ありの位置に赤旗が上がる。土壇場で試合はかろうじて振り出しに戻った。グレート・クマゴローがチッと舌打ちをする。それと同時に不意打ちのリフティング・エルボー。──が、覇斗は事前に読んでいた。再度身体の重心を低くして足を踏ん張る。反対に三白眼ジョーズの狙い済ました鋭い攻撃が、絶妙なタイミングでダルマパンダを襲った。第一関節と第二関節を同時に押さえつけ、シークレット・バイスでがっちりと挟み込む。覇斗の肘を全力で持ち上げにかかっていたグレート・クマゴローの隙をうまく衝いた形だ。第二関節の押さえが若干浅いが、これだけ完璧に決まれば怪力にも充分対応できる気がする。いけるかも、と覇斗の脳裏を甘めの考えがよぎった。


 だが、やはり。──そううまく事は運ばない。


 ダルマパンダも最後の力を振り絞る。もはやなりふり構うことなく、ここへ来てよもやのディープ・エスケープ。覇斗の編み出した技が、「秘密の万力」をやすやすとこじ開けていく。カウントは五だった。


 プアーーーー、とブザーが鳴り響く。


 タイムアップ。延長戦はない。即、試合終了である。



 ブザーが鳴った瞬間、楓は落胆と怒りが入り混じった複雑な表情でモニターを見つめていた。そして、微かにホッとした顏をしたかと思うと、次の瞬間、もう不機嫌そうに眉を顰めている。目の前の現実をどうにも受け入れ難い様子だった。


「よう、もう喋っていいか?」


 松之進が律儀にお伺いを立てる。


「何よ。なんで、あんなゆっくりカウントするのよ! さっきの技あり、本気で数えたら一本取れたじゃない」


 楓は松之進の方を向きつつ、覇斗への不満をぶちまけた。


「俺はハトじゃねえからなんとも言えんが、恐らく、技ありを絶対確実にするためだと思うぞ。審判にちゃんと聞き取ってもらって、カウントを認定してもらわにゃ、そこで負け確定だからな」

「でも、今負けなかったってだけで、結局、二分の一の確率で決勝には出られないのよ。だったら、ちょっとぐらいリスクを冒しても突き進むべきじゃない?」

「あれ? お前、ハトから何も聞いてないのか?」


 松之進は不思議そうに楓の膨れっ面を見た。


「何をよ!」

「ハトは、途中から完全に引き分け狙いだったぜ。相手に主導権を奪われまいとして、とにかく攻めまくってはいたけど、絶対に決めてやろうって感じじゃなかっただろ。あんなズルイ手でビハインドを背負っちまった時は、結構泡を食ってたみたいだけどな。ま、最後は無事に帳尻が合ってよかったじゃねえか」

「ちっともよくないわよ。ジャンケンで負けちゃったら、それで終わりなのよ。消極的過ぎるわ」

「ホントに聞いてないみたいだな。いいか、よく聞けよ。ハトはジャンケンじゃ絶対に負けねえ。だから引き分けで良しとした。敢えて冒険する必要なんてなかったんだ」

「ジャンケンに負けない?」


 楓の口が半開きになる。


「ああ。ハトはとことんスゲー奴だ。今のあいつは、ジャンケンに関しては、間違いなく世界で一番強い。百万回やったら百万回勝つ。黙ってモニターを見てな。ハトが三連勝するぜ」

「そんな……」


 信じられないといった表情で、楓はモニターに目をやった。今まさに勝ち残りを決めるジャンケンが始まろうとしている。先に三本取った者が勝者となるルールだ。


 松之進の言葉が見事に的中する。覇斗はパーを三回連続出して、あっさりと三連勝。決勝進出を決めた。


「ホントだ。凄い……」


 もはや楓もただただ感嘆するしかない。


「偶然じゃないぜ。ま、あいこにすらならないっていうのは、出来過ぎだけどな」


 覇斗の勝利を断言していた松之進さえ半ばあきれ気味である。


「原理はなんなの?」


 楓が問い掛けると、松之進はしたり顔で、

「なんでも、心を無にして全身の感覚を研ぎ澄ませることで、相手の気配を読めるようになるんだそうだ。どんな手を出してくるのか、パッと頭に浮かぶんだってよ」

と、でたらめを言った。後出しジャンケンをバラしてしまうと、覇斗の印象が悪くなりかねないと思い、とっさに庇ったのである。


「何それ。予知? テレパシー? 段々と覇斗君、非常識な存在になってない?」


 楓は疑う素振りすらなくコロッと信じ込んでしまった。相変わらずガキみたいに純真な奴だな、と松之進は少し羨ましく思う。



 さて、なんの見せ場も作れずに三連敗してしまったグレート・クマゴローは「ウオオぉぉおおオオー!」と叫びながら、悔しそうに試合台を拳で何度も殴りつけていた。相手の裏をかくつもりで、三連続のグー。結果としてバカみたいな負け方をしてしまった。今は、自分の出した手を後悔することしきりである。勿論、何を出そうとあいこが関の山で、どのみち勝ち目はなかったということを、当人は知るよしもない。


 ひとしきり悔しがった後、グレート・クマゴローは意外にサバサバとした様子で、覇斗と紳士的な握手を交わした。


「試合中の乱暴な言葉や手荒な行い、どうかご容赦ください。決勝頑張ってくださいね。健闘をお祈りします。──では」


 そう言ってから、右の拳を頭上高く突き出す。


「北陸プロレス、サイコーーーーーー!」


 大声で会社の宣伝をして、グレート・クマゴローはダッシュで会場から去った。後から盛大な歓声と拍手が追いかけていく。


 プロだなあ、と感心しながら、覇斗は楓と松之進のいる選手控え席に戻ってきた。


「よお。なんとかなったな」


 いの一番に松之進が声を掛ける。


「辛うじてね」


 覇斗は苦笑いで応じた。


「楓にゃ、あれこれ説明しといたから、お前の方から言い訳する必要はないぞ」

「そりゃ、助かる」

「むぅ」


 楓はまたも膨れっ面をしていた。


「おい、楓さん、なんか怒ってるぞ。まっつん、なんか説明ミスってないか」

「いや、そんなはずは。──もしかして、俺が先にお前と喋ったからじゃないか」

「ち、違うわよ。そ、そんなんじゃないから」


 楓が慌てて否定する。わかりやすっ、と松之進は内心で叫んだ。


「──そ、そうだわ。あんた、なんでジャンケンのことあたしに言わなかったのよ。あんたが負けたらどうしよう、ってハラハラして損したわ」

「いや、だって、組み合わせによっては、楓さんと決勝以外で対戦することも考えられたわけで、そしたら引き分け狙いも有効な戦略になるだろ。要するに新しい技の一つということで内緒にしてたんだ」

「う。納得できたけど、納得したくない。グダグダと引き分けてジャンケンであんたに負けたんじゃ、不完全燃焼もいいとこよ。あー、決勝戦で当たってよかった。引き分けがなくてよかった」

「そうだね。僕らの戦いは一本勝ちの完全決着こそが相応しいよな」


 覇斗がそう言うと、楓も、うん、うん、と無駄に力を込めて同意した。


「会場の皆様」


 突然の場内アナウンスである。


「──決勝戦の前に、選手のお色直しの時間を十分間いただきます。その間、モニターで今大会のハイライトをお楽しみください」


 覇斗と楓は思わず、自分の右手の親指を見た。激戦により、かなり絵が掠れてきている。スタッフが画材を運んでくると、部外者の松之進はサッとその場を離れた。


「恐らく、連戦になる僕に体力回復の時間をくれたんだな。ま、絵は原形を留めていないってほどじゃないけど、せっかくだから一回消して全部描き直すか」


 覇斗が左手を楓にさりげなく差し出す。掌を上にして。そこに楓が「お願いね」と囁きつつ、自分の右手を乗せた。

 観客席の方から一斉に「おおぅ」「やるぅ」「なんてこった」といった感じのどよめきが起こる。


「うわあ、衆人環視の中だってこと忘れてたな。こりゃ、恥ずかしいや」

「家族全員に見られてるあたしの方が恥ずかしいんだから。早く済ませて」

「う、うん。急いで描くよ」


 二人に好奇の視線が降り注ぐ中、覇斗が驚異的な画才を発揮する。楓の親指をキャンパスとして、瞬く間に豊かな黒髪の童人形が描かれていった。時間を掛けない分、今度は若干マンガチックにデフォルメされ、ちまちまと可愛い感じになっている。


「ありがと。じゃあ、今度はあたしね。うう。緊張する……」

「さっきみたいのでいいんだ。ファイト!」


 覇斗に励まされ、楓は頑張ってジョーズを描いた。皆に見られている恥ずかしさが先に立って、つい完成を焦ってしまう。その結果、少し失敗して前よりヤクザっぽい三白眼になった。


「うん。上手上手」


 覇斗の口から出たのはお約束のダジャレである。


続く

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