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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第三章 「マケナイデ、ゼッタイカッテ」
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8月10日 その8

 モニターを見つめる楓の目が潤んでいた。試合時間は残すところあと一分。観客の目には、覇斗がずっと先手先手と攻め続けているため、優勢のように映っているに違いない。だが、楓は気付いていた。覇斗の繰り出す技が一切通用していないことに。


(丹念に攻めれば押さえ込むまではそんなに難しくない。体格差はあるけど、覇斗君のスピードと技術ならできる。だけど、押さえ続けるのは無理かも。クール・サムライディングを事前に知られたのが致命的。あたしならテン・タップレットで技ありまでは持っていけそうだけど、覇斗君は『諦めた』って言ってたっけ。これって、打つ手なしってことじゃない)


 楓は激しい感情の昂りを覚えた。悪い予感で頭がいっぱいになる。身体が細かく震え、涙が溢れそうになった。


(──嫌よ。こんなところで覇斗君が負けちゃったら、思い描いていたことが全部駄目になっちゃう)


 楓は椅子から立ち上がり、無我夢中で叫んでいた。


「覇斗君! 負けないで! 絶対勝って!」



 ここは観客席。時は試合開始から一分経過したところにまで遡る。


「おう。ちょっくら楓のところへ行ってくらあ」


 松之進は隣の席の弟にそう告げて席を立った。


「兄貴、下は関係者以外立入禁止じゃないん?」

「こんな田舎の大会で、堅苦しいこと言う奴なんていねえよ。ま、一応、家族が差し入れ持ってきたって形にしとくか」


 松之進はスポーツドリンクのペットボトルをクーラーバッグから取り出した。


「で、わざわざ何しに行くん?」

「ほら、楓の奴、さっきからハトの試合に感情移入し過ぎて、ちょっとアレな人間に見えないか?」

「ああ、確かに」

「まったく、興奮するのは勝手だがな、いちいちあんなふうに手足ブン回してドタバタやってたら、これだけの観客の中、いい晒しもんだぜ。──ちょっと落ち着かせてくる」



 覇斗は戦いの中で徐々に違和感を覚え始めていた。 余裕を持って覇斗の攻撃を捌いているはずのグレート・クマゴローが、ろくに攻撃を返してこないのだ。


 確かにさっきから覇斗は絶え間なく攻め続けてはいる。しかし、相手にそれとわかるような特別な技はほとんど出していない。にも関わらず、相手に反撃の意志すら見られないのは余りにも不自然だった。そろそろグレート・クマゴローも、「オリジナルの必殺技」とやらで勝ちにきていいはずなのである。


(何をもったいぶっている)


 そう訝りながらも、覇斗は攻撃の手を緩めなかった。鍛え上げた技術の全てを使って、ダルマパンダをあらゆる方向から押さえにいく。ことごとく弾かれてしまうものの、いちいち気にはしない。覇斗はとっくに作戦を切り換えていた。


 後は、相手の大技の気配を嗅ぎ分けて、確実にそれをかわしきるだけだ。


(大声で応援してくれてる楓さんには悪いけど、この試合は所詮通過点だ。自分のやり方でやらせてもらう)


 残る試合時間が三十秒を切った。


「行くぞ」


 グレート・クマゴローが小さく宣言した。教えてもらうまでもない。覇斗はいかなる時も十二分に警戒していた。どんな攻撃にも適切に対処できる自信がある。


 だが、次の瞬間にグレート・クマゴローが初めて放った大技は、覇斗の常識を完璧に越えてしまっていた。何しろそれは、指相撲の技でもなんでもなかったのだから。


「リフティング・エルボー!」


 そう高らかに叫ぶとともに、グレート・クマゴローは自分の肘を思い切り前に突き出した。同時に、手首を力任せに手前に引っ張り寄せる。その勢いで覇斗の右手も一緒に引き寄せられてしまった。


「うわっ!」


 覇斗は想定だにしなかった盲点を衝かれた。彼が注意を払っていたのは、あくまでも相手の指と手首の動きだけでしかなかったのだ。


 ピッ、ピーーーーーー!


 ホイッスルが二回鳴る。そこで一旦試合が中断された。


 技ありが出ても試合が止まらない南波式指相撲において、例外を認められるのはアクシデントと反則があった場合のみだ。


 審判は、技ありの位置に白旗を上げ、次いで自分の右肘を左の掌でポンと叩いた。そして、覇斗を指差したのである。


 覇斗の肘が試合台から浮いてしまったことが反則行為と見なされ、グレートクマゴローに技ありが与えられた。試合の勢いで微かに数ミリ浮く程度は許容範囲なのだが、今回はそうではない。誰が見ても明らかなくらい、少なくとも十センチはもろに浮き上がっていた。無論、覇斗自らしでかしたわけではない。グレート・クマゴローの驚異的なパワーによって強引に引っこ抜かれてしまったのだ。


 リフティング・エルボーとは、相手の肘をを試合台から浮かせ、無理やり反則状態にしてしまう力業のことだった。


「フハハハハ! 小僧敗れたり!」


 グレート・クマゴローが会場を揺るがす大声で勝ち誇る。


「………………」


 覇斗は無言だった。会場内のほとんどの者の目には、彼が呆然として立ち尽くしているように映っているだろう。


 残り時間はあと二十五秒。



 覇斗の反則を示すホイッスルが鳴り響いた瞬間、楓は悲痛な叫び声を上げ、足をドンと踏みならした。


「何やってんのよ、もう!」


 観客席から自分がどう見えるかなど、楓は全然気にしていない。キースが隣にいれば少しはおとなしくしたかもしれないが、彼は現在、観客席でのんびり観戦モードである。


「よう」


 不意に声を掛けられてびっくりした楓が振り向くと、スポーツドリンクを持った松之進が立っていた。


「邪魔はしねえよ。これを届けに来た」


 楓が何か言う前に、松之進はペットボトルを差し出した。


「あ、ありがと」


 飲物など別に要らなかったのに、礼を言ってしっかり受け取ってしまうあたり、楓の人柄がにじみ出ている。


「俺もここで応援させてもらうぜ。喋りかけたりなんかしないから、安心しな」


 松之進としては、楓が人前にいることを自覚しておとなしくなってさえくれれば、それでいいのだった。


「わかった」


 それだけ言うと、楓は前に向き直り、モニターの映像に没入していった。


「ああん、もう、お願いだから頑張ってよ。時間がないじゃない」


 今度は小声でブツブツ呟き始める。しかし、一秒ごとに高まっていく不安と焦燥の中、楓は一縷の光明も見出していた。モニターに映る覇斗の目が、全然死んでいなかったからである。


続く

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