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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第三章 「マケナイデ、ゼッタイカッテ」
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8月10日 その7

 大画面モニターに試合のリプレイ映像が映し出されている。覇斗は、試合終了間際の攻防を大画面で食い入るように見つめていた。


(やはり早口カウントを完成させてきたな。それにあのテンポの小気味良さは……) 


 高速思考を駆使してモニターを見つめる覇斗には、その間の画面の動きがスローになって認識される。


「いち・にっ・さん・し・ご・ろく・なな・はち・く・じゅっ」


 覇斗の記憶にある楓のカウントの声が、映像にシンクロする形でゆっくりと再生された。覇斗には、楓が一つ一つの数をしっかりと区切り、雨垂れのように全く同じリズムで数えているように聴こえる。どの数の発音も極めて明瞭だ。


(なるほど。審判の耳対策か。数と数を繋げて発音すれば、確かに速くカウントできるけど、審判に発音が不十分と見なされて、ポイントを認められないリスクも大きい。その点をまず明確にクリアした上で、可能な限りの早口カウントを行ったわけだ。──やるな。俺にはあの速さであんな正確なリズムは打てない)


 覇斗は、楓のカウント技術の凄さを素直に認め、「さすがはピアニストだな」と呟いた。


 そして、こう思う。


(俺も、あの技を……。──いや、よそう)


 何かを打ち消すように、覇斗は首を横に振った。隣の席で悠然と腕組みをして構えていたグレート・クマゴローが、自分に視線を向けられたと感じて覇斗の方を見る。


「さ、私達の番ですね。お互い頑張りましょう」


 紳士的な物腰を保ったまま、覆面レスラーはおもむろに立ち上がった。覇斗も続いて席を立つ。そこへ、楓が満面の笑みで駆け寄ってきた。


「覇斗君。勝ったわよ」

「ヒヤヒヤもんだったけど、とにかくおめでとう」


 覇斗と楓がパチンとハイタッチを交わす。


「あたしがちょっとしたオリジナル技使ったの、そっちでわかった?」

「ああ。集中してたからなんとか聞き取れた。カウント系か。凄いな。僕にはとても真似できない」

「ちゃんとわかったみたいね。よかった。もう一個の技は、あんた相手にお披露目するつもりなんだからね。勝たなきゃ承知しないわよ!」


 必死とも取れる真剣な眼差しで楓は覇斗を激励した。覇斗の強さを信じてはいるものの、グレート・クマゴローはとにかく何もかもが規格外である。苦戦は間違いない。最悪の事態も充分に考えられた。名状し難い不安が彼女を襲う。


「勝つさ。君と決着をつけるために、僕はここまで頑張ってきたんだから」


 聞きようによっては負けフラグともとれる台詞を吐いて、覇斗は試合台に向かった。


「高柳君、高柳君」


 大歓声の中、立ち止まって覇斗を待っていたグレート・クマゴローが、小声で呼び掛けてくる。


「なんです?」


 つられて覇斗も小声で言葉を返した。


「私、レスラーなもんで、突然、パフォーマンスや芝居がかったことをやり出すかもしれませんが、びっくりしないでくださいね」

「あ、ご丁寧にどうも」


 その返事を聞くや、グレート・クマゴローはいきなり覇斗を指差し怒鳴り始めた。


「おい、そこの小僧! 俺と当たったのが運の尽きだったな! まあ、精一杯足掻いて、俺を楽しませてくれや! アーッハッハッハ!」


 会場全体に響き渡る大声である。


(社長なのに、随分と悪役(ヒール)っぽいんだな)


 覇斗はそう思いながら、

「運の尽きなのは、そっちだ!」

と叫び返した。


 芝居であろうとなかろうと、挑発されれば受けて立つしかない。おとなしく黙っていたら、気圧されて萎縮してしまっているように誰の目にも映ることだろう。そのくらい圧倒的な体格差がある。闘志をむき出しにするのは覇斗のスタイルではなかったが、勝利を掴む気概をアピールするために敢えて本気でやってみた。──そう。本気で。


 観客席が大きくどよめいた。覇斗の叫び声が、グレート・クマゴローの声を凌ぐド迫力だったからである。近距離から受けた予想外の反撃に、グレート・クマゴローも一瞬たじろいだ。


 これが覇斗の本気の発声だった。一昨年の「第十三回全日本ビッグボイス大会」において、某国際的オペラ歌手夫妻に次いでの三位を獲得し、付いた二つ名が「プリンス・ファンファーレ」。「ツインスクロール砲」と「シンフォニック・ホーミー」──それら二大奥義を駆使して生み出された大声は、覇斗の体格からは想像もつかないような強大な音圧を持つ。


 中学時代、幾多のマイナーな競技を極めんがため、必死の努力を積み重ねてきた覇斗は、今や風変わりな特技の玉手箱と化していた。


「準決勝第二試合、赤・ゼッケン七十四番、高柳覇斗さん。白・ゼッケン百十一番、グレート・クマゴローさん」


 アナウンスを受け、二人は試合台の前に対峙し、固く右手を握り合わせた。


(なんて分厚くて大きい手なんだ。俺の指を包む圧力が半端じゃない。アームレスリングだったらひとたまりもないぞ)


 覇斗は正直舌を巻いた。彼とて日頃から身体を鍛えまくり、握力や腕力には相当自信がある。しかし、目の前の覆面レスラーはそれを遥かに上回る怪物的なパワーを有していた。自分なら必ず勝てると信じていた先刻までの自負が、いっぺんに雲散霧消していく。


(まずいな。まさかここまで凄いとは。技を知られた状態で、この力の差。もしかしたら跳ね返せないかもしれないな)


 覇斗は冷静に状況を分析した。今のところ勝ち目は見えない。ただ、最初にやるべきことだけは明確になった。


「レディ! ──ファイト!」


 試合開始だ。


 覇斗は猛然とライトニングアタックを仕掛けた。勝つための奇襲ではない。負けないための防御である。ゆったりと様子見から始めて、もしグレート・クマゴローに先制でライトニングアタックを仕掛けられてしまったら、もうそこで対処は不可能となる。攻撃の嵐に翻弄されてなすすべもなく敗北を喫してしまうに違いない。


 覇斗は、グレート・クマゴローの攻撃の矛先を逸らすためだけに、最初からライトニングアタックで打って出たのである。


 息を吐かせぬ矢継ぎ早の猛攻。だが、目まぐるしく動き回る覇斗に対し、グレート・クマゴローは泰然と構え、微動だにしない。細かく角度を変えて執拗に襲い掛かる三白眼のジョーズを、雪ダルマっぽい体形のパンダ(以下ダルマパンダと略)の描かれた親指でその都度、ぐっと押し返すのみだ。


「どうした。ちょこまかと動き回っても、その程度か! それでよくもあんな大口を叩けたもんだな!」


 グレート・クマゴローは一向に攻撃に転じないまま、覇斗をあざ笑った。


(試合中に喋るタイプか……。気が散るなあ)


「──いいか、小僧。今から、お前の技を真正面から全部受け切って、しかる後にグレート・クマゴロー必殺のオリジナル技で葬ってやろう」


 見くびられたもんだ、と、覇斗の闘志に火がついた。同時にグレート・クマゴローに、覇斗の技を使う意志がないことを悟る。


(使えないのか、使わないのか知らないが、それならそれでやりようはあるさ)


 覇斗はピタリと攻撃のラッシュをやめた。


 クール・リーディング。


 無造作に三白眼ジョーズの顏を前に突き出す。相手はそれに応じ、ダルマパンダの顏を押し当ててきた。果たしてクール・リーディングの仕掛け合いになるのか? いや、そうはならない。グレート・クマゴローは親指の先に力を込め、覇斗の親指を強引に逆関節の向きに押しやろうとした。必死で抵抗しなければ親指を根元からへし折られかねないほどの凄まじい圧力である。こうなれは、相手の筋肉の微細な動きを読むことなど全くの無意味となってしまう。


(イタタタ。こりゃ、俺の指を痛めつけるのが目的か? それなら……)


 ダルマパンダからの圧力を右か左に受け流し、勢い余ってつんのめったところへ三白眼ジョーズを重ねればいい──そう思った覇斗は直ちに実行した。


 クール・サムライディング。


 楓の使ったそれとは違い、指先の触覚が生きている完全版である。相手が初見ならば、まず確実にカウントテンを取れる必殺技だ。


 だが。


 グレート・クマゴローにとってはクール・サムライディングは初見ではない。彼は弟から仕入れた情報によって、この技の致命的な弱点を前もって見抜いていた。

 

 攻略法はたった一つ。「逃げるが勝ち」ということである。相手を振り落として反撃に出たい欲求、振り落とそうとする反射的な運動、それら全てを意志の力で抑えつけ、一目散に相手の親指が届かない位置──エスケープゾーンに逃げ込むのだ。そうすれば技ありすら取られずに済む。


(カウントファイブ止まりか。だったら、もう一度)


 クール・リーディング。そして、クール・サムライディングと見せかけてシークレット・バイス。覇斗は、三白眼ジョーズと人指し指にパワーのありったけを込め、ダルマパンダを挟み込んだ。


「無駄だ、小僧!」


 カウントは四。技ありにも遠く及ばない。通常の二倍の力による押さえ込みすら、ダルマパンダには軽く撥ね除けられてしまった。


「どうだ、技が通じない気分は。そいつを教えるために、わざと好きなように攻めさせてやったんだぜ。ワハハハハハ!」


(まずい。手詰まりか)


 覇斗は、唇を噛みしめつつ、必死で思考を巡らせた。幾ら相手を押さえつけたところで、最低でも七カウントまで押さえ続ける方策がなければ、勝つことはできない。まだライトニング・カウンターを試していないが、結果は同じだろう。もはや現状でやれることといえば、負けないように動くことだけだ。


 光明が見えない中、覇斗はひたすら全力で攻撃を繰り出し続けた。相手が反撃に転じようとするのを、僅かでも押し止めるために。


 片やグレート・クマゴローは覇斗の指を落ち着いて捌いていた。ダルマパンダの側に、仕掛けようとする気配はまだない。ある意味、膠着した状況において、時間が刻々と過ぎていく。


続く


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