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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第三章 「マケナイデ、ゼッタイカッテ」
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8月10日 その5

 技の名は「サムズアップ・ボンバー」。


 キースはまだ、大会においてこの技を一度も使用していない。予選も可能な限り泥仕合を演じている。全ては自分の実力を低く見せて、楓を油断させるためだった。


「レディ! ──ファイト!」


 審判の声とともに試合が開始される。楓は予選とは打って変わって様子見から入った。ボクシングのジャブのように親指の先をチョンチョンと出し戻しする。ごく初歩的なフェイントだ。


(さあ、どう出てきますか、先生?)


 楓がチョンチョンを繰り返すと、キースもタイミングを合わせて細かく親指を出してきた。白いウナギと童人形の軽い頭突きの応酬である。


この状態では戦局は全く動かない。誰かが攻勢に出なければならなかった。膠着状態に陥った前哨戦に見切りをつけた楓が、親指を大きく旋回させて外側から仕掛ける。キースは華麗な反射運動で難なくそれを回避。即座に握力を最大にして楓の手首を強引に固定した。


 白いウナギが目いっぱい身体を伸ばす。童人形の後頭部を真上から押さえつけようというのだ。──そう。真上から。


(来たっ! 行っちゃえ! ライトニング・カウンター)


 楓がとっさに親指を右に四十五度傾ける。その傾きに沿ってキースの親指はずり落ち、反動で楓の親指が絶好の位置に飛び出した。童人形が白いウナギを反対に押さえつける。


(よし、シークレット・バイ……──あっ!)


 必殺の連続技を仕掛けた楓が、一瞬の出来事に驚愕した。人差し指を押し上げて「秘密の万力」を完成させるまさに寸前、激しく身をくねらせるウナギにニュルリと抜け出されてしまったのだ。


 技のタイミングは悪くなかった。考案者の覇斗でさえ「一か八かの技」と言う最高難度の技を、今や楓は見事に自分のものにしていたのである。確かに、技が思い通りに決まったことに安堵して、シークレット・バイスの入りが若干遅れたのは否めない。だが、その分を差し引いたとしても、脱出を許してしまった以上、楓としてはキースがかつてない強敵であるということを認めるしかなかった。


(やりますね、先生)


 楓は直ちに次善の策を探す。ライトニング・カウンターは不発だったが、楓はすぐに気持ちを切り替えていた。試合開始早々、相手を慌てさせ、真上からの押さえ込み攻撃にトラウマを残させた。上々の滑り出しである。主導権を握ったといっていい。ならばここは休まずにひたすら攻め続けるしかないと思う。ライトニング・アタックを応用した変則的な動きで、次々に素早い攻撃を仕掛けていった。


 キースが微かに焦りの表情を浮かべる。楓の桁外れの強さを前もって聞いて知ってはいたものの、想像には限界があった。浅いながらも指相撲を研究した彼は、「強さイコール指の長さ」という感触を得ている。努力や工夫でそれをある程度覆せないこともないとはいえ、先天的に極めて親指の長い彼には、絶対的なアドバンテージがあるはずだった。なのにそれが通用しない。楓がそこに辿り着くまでにいったいどれだけの努力があったのか。どれだけの工夫があったのか。そして、どれだけの迷惑を周囲に掛けてきたのか。蚊帳の外にいた彼に量り知ることはできない。だが、現実に彼は苦戦している。


「オゥ」


 意表を衝く攻撃を受けるたびに、思わずキースの口から焦りの声が漏れた。凌ぐのがやっとという状況である。


 万全の策を練って試合に臨んだつもりだったが、実際には想定の甘さが露呈する結果となった。


(まサか、ここまデとは)


 キースが内心で舌を巻く。反転攻勢に出る暇がない。彼の必殺技には一瞬の力の溜めが必要であり、現状ではその隙が全くなかった。楓の猛攻を焦燥とともに受け続ける。


 一方、楓はキースの粘り強さに素直に驚嘆していた。試合の主導権は間違いなく握っており、常に先手先手と攻め続けている。今のまま攻撃の手を緩めなければ負けはない。ただこの分ではいつまで経っても仕留めきれないのだ。それがわかるのは、既に全力を尽くして攻めているからである。逆に気を抜けば反対にやられる可能性さえあった。


(終盤まで粘られちゃったら、力を使いまくってるこっちが不利だわ)


 短時間で決着をつけるには、もう一歩大きく踏み込む必要がある。──そう判断した楓は、次の大技の仕込みに入っていた。その名はクール・サムライディング。楓の怒濤の攻撃が収まり、仕切り直しとばかりに親指の腹をゆっくりと相手に向ける。つられてキースも白いウナギに同じような動きをとらせた。


 今まさに童人形と白いウナギが真正面から接触しようとしている。キースは知らない。これがクール・リーディングという名の基本技であり、楓の必殺技の前段階にあたるということを。


 なのに。


 キースは土壇場でそれを回避した。ピンと立てていた親指を水平に倒す。それは天啓の如き閃きが、とっさに彼に取らせた行動だった。──今ナらいけル、と。


(逃げられたっ。──えっ!)


 楓は摩訶不思議な光景を見た。キースの親指がなぜか彼自身の人差し指の下へ深々と潜り込んでしまっていたのである。白いウナギは味方の指に頭を押さえつけられ、身動きを封じられていた。事情はわからない。だが決定的なチャンスだった。無論、一瞬の隙に過ぎないが、それを見逃す楓ではない。躊躇なく童人形を白いウナギに覆い被せていく。


 バチッ!


 何かが弾ける音。──それと同時に、

「キャアッ!」


 悲鳴にも似た楓の叫び声が会場に響き渡った。


 天に向かって屹立する白いウナギ。そのすぐ上を力なく漂う童人形。


 キースが持つ唯一にして最大の必殺技──サムズアップ・ボンバーが炸裂したのである。


 「全米コインダーツ選手権、不世出の絶対王者」──かつてそう呼ばれたこともあるキースは、コイン弾きの要領で親指に溜め込んだ力を一気に解放し、童人形を迎撃した。その瞬間、爆発的な威力を伴う打撃が、カウンターで童人形の顔面に叩き込まれたのだ。


 楓は親指の先に激しい衝撃を感じ、次いでその部分の感覚がないことに気付いた。


(やばっ、痺れちゃってる。力が入らない)


 キースの必殺技は、相手を押さえ込むためのものではなく、相手の動きを止め、力を奪うことに特化したものだった。


 起きてしまったことを後悔している暇も、状況を分析する暇もない。楓は動くがままに指を動かす。指先は役に立たなくても、第一関節より下は無傷である。頼みは磨き抜いた試合勘と反射神経だ。


 キースの長い親指が嵩に掛かって童人形に襲いかかる。その様は、見よう見まねの付け焼き刃の域を脱しないとはいえ、紛れもなくライトニングアタックの形になっていた。息をも吐かせぬ怒濤の猛攻である。


(いけない。このままじゃ守りきれないわ。──しまったあっ!)


 焦りが楓の勘を鈍らせていたらしい。超高速ではあるものの、ごく当たり前のフェイントに引っかかってしまったのだ。キースの素早いカウントが始まる。


「イチにさんしゴろくしチハち…」


 カウントエイト。ディープ・エスケープを渾身の力で行い、間一髪脱出に成功した。楓の背筋に冷たいものが走る。キースがシークレット・バイスを知っていれば、間違いなく楓は負けていたのだ。


続く


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