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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第二章 リセットスイッチ
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6月15日 その3

 ふと、覇斗の脳裏に中学時代の苦々しい思いが蘇った。かつてクラスメイトの少女が彼への告白寸前に漂わせていた艶かしい雰囲気を、楓も唐突に身に纏い出したからである。顔を見ると、はにかんでいるようでもあり当惑しているようでもあり、熱に浮かされてボーッとなっているような感じでもあった。そして、その変化は仕草にも及んでいる。背筋を僅かに丸め、両手の指を胸の前で絡ませたりほどいたりを繰り返して、明らかに落ち着かない様子を見せていた。


(惚れられた?)


 覇斗はそう直感し、次いでその正しさを確信した。自分に恋愛経験があるのかどうかもよくわかっていない覇斗だが、目の前の楓に関しては直感を信じて間違いないと思う。むしろピンと来ない方がどうかしているのだ。そんな奴は頭から熱湯を掛けられても気付かない超鈍感か死体に違いない、とまで思えてくる。それほどあからさまな変化が楓にはあった。


(こうなると、わかりやす過ぎるのも一種の『武器』だな。『さっさと気付いて反応しろよ』って容赦なく責めたててくる。とても朴念仁のふりなんてできないじゃないか)


 覇斗には心の準備が全然できていなかった。しかし、楓に直情的な傾向があるだけに、今いきなり迫られないとも限らない。


(どうしたもんかな)


 覇斗は、高速思考と多重思考を駆使して楓の気持ちにどう応えるかひたすら考えることにした。一瞬、取らぬタヌキのなんとやら、という言葉が浮かぶものの即無視する。事態が動く前にあれこれ思考を巡らせておけるのも、実は楓のわかりやすさのおかげだ。ただ、そこに感謝できるまでの余裕は、今の覇斗にはなかった。


(とにかく、俺が楓さんをどう考えているかが第一だ。──うん。大好きだ。そうとしか言いようがないな。しかも現時点で一番好きな人かもしれない)


 そう思った後で、また別の考えが頭を擡げる。


(でも、まっつんの言う『LOVE』の花が咲いた状態かというとまだ違うんじゃないか。四六時中、楓さんのことばかり考えているわけでもないし……)

(まあ、ちょっとは考えるけど……)

(楓さんを見てもドキドキもソワソワもしないし。ましてや心臓をギュッと鷲掴みにされた感覚なんて皆無ときている)

(近い感じはたまにあるけど……)

(つまり、楓さんに対する感情は、今のところはまだ『LOVE』の芽に過ぎないんだ。『芽』なら今の俺にもたくさんある。我ながらろくでもない奴だな、俺って。でも、これが俺なんだから仕方がない)


 普段からしょっちゅう異性を好きになっている覇斗は、恋愛感情というものに対してある意味特別な幻想を抱いていた。単なる好意とは次元の異なる、燃え上がるような熱い思い──そういうものがきっと自分に沸き起こってくるはずだと。もっともそれは、己が節操のない人間だと思いたくないがための、無意識からくる言い訳かもしれなかったが。


(それにしても、『LOVE』の芽の概念は便利だな。俺が中学時代に誰とも付き合えなかった理由の一つはもはや成り立たなくなった。多くの恋愛感情を抱えた状態で誰かと付き合うことはどう考えても不誠実だけど、『芽』しか持っていない分には該当しないからな)

(となると、告白されたら、素直に受け入れていいってことか? 『LOVE』の花が咲くまで待てと、まっつん達に言われたのは、こっちから告白する時だけだったよな。それに、よく考えたら今は『芽』でも、付き合っているうちに『花』に変わることだってあり得るじゃないか。よし行ける。何も待つ必要はない。告白されたら即答で受け入れよう)

(ん、ちょっと待てよ。告白にOKを出すのはたやすいが、今あっさり他の『芽』を間引いてしまうのはもったいなくないか? どの『芽』にも『花』に変わる可能性はあるはずだ。楓さん以上に相性のいい『芽』があったりして)


 その考えが浮かんだ瞬間、覇斗は自分を浅ましいと恥じた。


(おい、セコいぞ。高柳覇斗。モロ外道じゃん)


 そして、改めて最善の道を模索する。


(こうなりゃ、初志貫徹。楓さんには返事を待ってもらって、俺の中で『LOVE』の花が咲いた時点で、自分から告白するか。相手が楓さんとは限らないのが、少し引っ掛かるが)

(いや、随分待たされた挙句に断られた、なんてことになってしまったら、余りに楓さんがかわいそうだ。──まいったな。俺はいったいどうすりゃいいんだ?)


 二秒ほどの間でそこまで考えた覇斗は、チラリと電柱の群れに目を移し、最終的に最初の思考に戻った。


(結局は、俺が楓さんを本心でどこまで想っているかってことだよな。『その時』が来るまで、自分で自分の心がわからないっていうのも情けないが、まあ、出たとこ勝負しかないか)


 覚悟を決めた覇斗が楓を窺うと、彼女もまた電柱の方へ視線を移していた。深く息を吸った後、唾を飲み込む様子が見える。

目が合った。


(来るな、これは)


 覇斗が確信する。


「あの……覇斗君、聞いて!」


 楓は小声から徐々に声を張り上げるようにして、覇斗に訴え掛けた。


「あ、ああ、なんだい?」


 覇斗がさりげない笑顔で応じる。わかったふうな態度を見せたり身構えたりはしない。楓がより素直な気持ちを出せるような対応を心がける。


「あの、あのねっ!」

「ん?」

「あの……あの……あのっ、覇斗君!」


 普段は全く物怖じしない楓が、『あの』を何度も繰り返した後、ようやく本当に言いたかったことを言葉に出そうとする。──だが、その時。


 ゴーン!


 あらゆる煩悩を打ち払うような、荘厳な鐘の音が鳴り響いた。それも余韻が消えるのを待たず続けざまに。楓のスマートフォンの着信音である。


(うわ、タイミング最悪)


 思わず覇斗の方が天を仰いでしまう。甘ったるく艶かしく、それでいてどこか緊張感の漂うムードが一気に雲散霧消していった。


「ああん、もう!」


 すっかり出端を挫かれた楓は、取り出したスマートフォンをキッと睨み付けると、不機嫌そのものの声で電話に応答した。


「茉莉花、何か用? 急ぎ? じゃないんなら、後で掛け直すから切ってもいい?」

「──え、要、いないの? 今日は茉莉花の家族が要の世話をする日よね。都伯母さんはもう、家を出たの?」

「──わかったわ。捜すの手伝ったげる。すぐ帰るから待ってて」


 電話を切った楓が血相を変えて覇斗に向き直った。内容を伝えようというのだろう。しかし、その前に覇斗のスマートフォンが振動した。勿論、茉莉花からの電話である。内容は聞くまでもない。楓の電話を横から聞いた際に状況は理解できた。茉莉花の説明に淡々と相槌を打ち、楓と同じ約束を交わして電話を切る。


 楓と覇斗が顔を見合わせた。もはや告白がどうこうという雰囲気ではない。


「急ぐわよ」

「ああ」


 二人は自転車に跨がるやいなや、ペダルを力強く踏み始めた。しばらくは下り坂であり、しかも二人とも脚力には絶対の自信がある。まさに疾きこと風の如しだった。行きの半分の所要時間で帰宅することも夢ではない。ところが、ものの数百メートルも進まないうちに、またしても鐘の音の着信音が鳴り響いた。


 急ブレーキで停止した楓が電話に怒鳴る。


「今度は何? 緊急なの?」

「──え……? 見つかったの? もう……? 怪我もなく?」

「──そう。わかったわ。ま、無事でよかったわね」


 傍らで遣り取りを聴いていた覇斗は、思わず全身の力が抜けるのを感じた。その直後、覇斗にも電話が掛かる。やはり内容は聞くまでもない。脱力に拍車がかかった。


 楓と覇斗が再び顔を見合わせる。お互い苦笑を禁じ得なかった。急いで帰る理由はなくなってしまったものの、「さあ続きをやりましょう」という気分にはなれない。


「それはそうと……」


 ちょっとだけ白けてしまった雰囲気を振り払うように、楓が話題を変える。


「なんだい?」

「あたしのすぐ後であんたに電話が掛かるなんて、茉莉花ってスマホの電話帳、どんな登録の仕方してるんだろ」

「あ、言われてみれば。茉莉花さん、僕達が一緒にいることは知らないんだな。アイウエオ順だと、楓さんと僕の間に結構、宮城家の人や居候の人いるし。うーん。でも、その人達には、家の中でとっくに話が伝わっていたのかも」

「ああ、なるほど。そう考えればいいか」

「後は……生年月日順に並んでるとか?」


 先の言葉でほぼ納得していた楓に向かって、覇斗は思いついたことを適当に言ってみた。


「それはないわ」


 すぐさま楓が否定する。


「だよな。たかが電話帳のために、全員の誕生日を収集していちいち並べ替えるなんて手間、掛けるわけもないか。占いが趣味ってことで、『生年月日』って単語がパッと浮かんだんだけど……」

「そういう意味じゃなくて、あんた、あたしの誕生日知らないでしょ」


 少し表情を険しくして楓が鋭く指摘した。


「あ、うん」


 言われてみれば確かに知らなかった。楓と親密になってからまだ日が浅いため、訊く機会がなかったのである。


「あたし、あんたより後だわよ。11月20日。しかも間に松之進が入ってる」

「そっか。──あれ、楓さんは僕の誕生日知ってるの?」


 問われて楓は急にクスクスと笑い始めた。


「だって、面白いじゃない。8月10日生まれで名前が『ハト』だなんて。誰が広めたかは知らないけど、家中みんな知ってるわ。今年はちょうどアレの大会当日だから、あんたの残念会とあたしの祝勝会を兼ねて、誕生会を開いてあげるわね」

「なんか、意地でも負けたくなくなってきた」


 覇斗が、半分笑顔でむくれた素振りを見せると、楓はたまらず吹き出した。釣られて覇斗も笑い出す。


 ひとしきり大笑いした後、楓が「ねえ、やっぱり」と小声で言った。


「何?」

「あんたの最初の説で合ってるんじゃない?」

「だよな。考え方に無理がない。僕も今、一つだけ閃いたことがあったんだけど、これは多分違うな」

「覇斗君の考えってどんなの?」

「いやあ、僕達が、『アレグループ』に隔離されてるんじゃないかと……」


 楓が困り顔とも笑い顏ともつかない微妙な表情をした。ありえるかも、と思っている顏だった。


第二章 了

 第二章終了しました。最初に書いたように、この物語の舞台は西暦2011年の並行世界です。LINEはまだ普及しておらず、緊急連絡にはもっぱら電話が用いられているようです。物語の細部で違和感を覚えた場合、全てこの設定が関係しているものと思っていただけると助かります。


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