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特大家族──いい年してアレに夢中  作者: ブラックワン
第一章 「アレ」の達人
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6月10日 その1

 西暦2011年 (IN ANOTHER WORLD)

 6月10日(月) 


 南波(ななみ)市の中心に位置する北陸州立鳳凰台(ほうおうだい )高校。角目四灯の古びたマイクロバスが正門の前に停まると、一人の女生徒を乗せて走り出した。バスの両側面には「源泉掛け流しの宿 御伽郷(おとぎごう)温泉 あかりや荘」のロゴがある。どこをどう見ても温泉旅館の送迎バスそのものだ。しかし、その旅館は今や存在していない。経営難のため三年も前に廃業しているのである。


 既にバスには制服の異なる高校生が四人乗っていた。衣替えになって十日。夏制服の白さが眩しい。内訳は男が一人、女が三人である。四人は離れた席に座り、それぞれスマートフォンをいじったり窓の外の景色をぼおっと見ていたりしていたが、女生徒が乗り込んでくると、一斉に彼女に視線を向けた。


「ただいまっ!」


 元気の塊のような声が響き渡る。女生徒はバスの中を見渡しながら全員に屈託のない笑顔を向けた。彼女の名は宮城楓くじょう・かえで。州立御三家と呼ばれる名門進学校の一つ、鳳凰台高校の普通科一年生だ。腰近くまで伸びた真っ黒なストレートロングヘアとスレンダーな長身。クールビューティという言葉がぴたりと当てはまる整った顔立ち。それとは裏腹に、細かい仕草や表情の一つ一つにやんちゃな子供を想起させる独特の雰囲気があり、パッと見、秀才とかエリートとかいうイメージとは無縁である。どちらかというと、エネルギーのあり余ったお転婆娘の印象の方が遥かに強い。


「おかえりぃ」

「おかえりなさい」

「おか……りなさい……」

「よっ、おかえり」

「おかえりなさいませ」


 運転手を含む五人と和やかにアイコンタクトを交わすと、楓は一人の手招きに応じて、その隣の席に座った。左側の三列目で、他の生徒よりかなり前の席だ。


「ハーイ、千春。あんた、いつもこの便に乗ってるんだっけ?」


 楓が親しげな軽い調子で、隣のナチュラルショートヘアの女生徒に問いかける。


「そやよ。第一便ばっか。帰宅部やからね。そっちは珍しいちゃ。普段は大抵最終便やろ? 今日っちゃ、ピアノのレッスンなしやったがけ?」


 ショートヘアの女生徒──州立松鷹(しょうよう)高校普通科二年の七瀬千春子ななせ・ちはるこが地方の訛り全開で応じた。黒目勝ちのくりくりとした目が印象的だ。小柄でかわいらしく人懐こい感じの彼女は、見るからに誰からも好かれそうなタイプだった。しかも、なかなかの優等生である。松鷹高校は州立御三家に次ぐレベルに位置し、毎年十名前後の東大合格者を出す進学校だが、彼女はそこでトップクラスの成績をキープしていた。


「教室でのレッスンは毎週火曜日。それ以外の日は全部自主練よ。先生が練習場所をタダで貸してくれるっていうんで、ありがたく使わせてもらってるだけ。学校からも近いしね」

「あ、そうやったんけ。学校のある日はほとんど教室に通ってるって話やったから、偉いなあって思っとったんやちゃ」

「ウチの中じゃ、宿題とか予習とかが気になって、なかなかピアノに集中できないのよね」

「で、今日はどうしたん?」

「ちょっと日頃の練習の疲れで手首が痛くってね。先生も『無理はきんモつ、シっかり休養をとっタほうがいいでスヨン』って」


 楓が大して痛そうな顔もせず右手首を数回振る。


「あ、その喋り方、あのセンセにそっくり。センセの喋り、ホントに特徴的やよね」


 千春子は周囲を気にする様子もなく大声でケラケラ笑った。


「あれ、千春、先生に会ったことあったっけ?」

「こないだ、ピアノの定期発表会、あったやろ。かえちゃんがトリを務めたやつ」

「あ、ウチの教室のアレ、聴きに来てくれてたんだ。そっか。あの時に先生の挨拶を聞いたのね」

「うん。テンプレの挨拶なんに、面白い口調のせいでなんかずっと耳に残る感じやったわ」


 千春子の言葉を聞いて、楓は「ああ、あれはね」と急に訳知り顔になった。


「昔、日本に留学していた時に住んでた地方の訛りらしいわよ。言葉はほとんど標準語なのにイントネーションやアクセントは関西弁に凄く近いんだって」

「え、そんなとこあるんけ? わたし、てっきり……」

「ん? 何?」

「関西弁のキツイとこで日本語覚えたガイジンが、頑張って標準語使おうとしてこんがらかっとるんかと」

「何言ってんの、そんな……。──あれ? ──あ!」


 楓は愕然とした表情を浮かべ、しばし口を閉じるのを忘れた。


「やっぱ、マジ大当たりけ?」

「今さらなんだけど、山ほど思い当たる節があったわ。うっわあ、今の今まで騙されてたっ」

「かえちゃん、他人の言ったことをホンマすぐ信じるがよね。素直でいい子やちゃ」


 千春子は言葉では楓を褒めていたが、表情はどこか「残念な人」を生暖かい目で見守るような感じになっていた。


「あーくやしい! 時々、先生が喋りにくそうにしてるから、なんか変だな、って思ってたのに」

「違和感はあったがや」

「まあ、ね」

「例えばどの辺?」

「先生、マクドナルドのことを『マクダーナルズ』って言うんだけど……」

「普通にネイティブの発音やないがけ?」

「ところがね、あたしにはどうも、先生が『マクド』と一旦発音してしまった後で、強引に『ァーナルズ』をくっつけてるように聞こえるのよ」

「なるほど。関西っちゃ、マックのこと『マクド』って呼ぶとこやちゃね」

「ええと、それから、こないだね、先生が好きだって言ってたお菓子がうちにあったから、プレゼントしたのよ」

「へえ。──で?」

「先生大喜びして『おおきに……入りなンでスよ、これ』って。その時は当然『お気に入り』を言い損ねただけかと思ってたんだけど。──あとね」

「まだ、あるがけ?」

「レッスンの合間にあたしがちょっとした冗談を言ったら……」

「うん」

「『ナンデヤネン! ──って言イたくナりまスね』と……」


 「センセ、全然、ごまかせとらんちゃ」と千春子が思わずバスの天井を仰いで呟く。彼女の中で、楓が「とことん残念な人」にクラスチェンジした。


「他にも違和感は色々あったんだけど、元々英語訛りも強い人だから、そのせいかなと思って、ついそのままに……」

「へえー、そっかそっか」

「何よ。違和感ていったら、あんたにも前から結構そんなとこあるんだからね」


 楓が悔し紛れに矛先を転じた。千春子が内心をひた隠しにするために作った仮面のニコニコ顔が、よほど気に障ったらしい。


「どこがけ?」

「中学まで東京に住んでたくせに、田舎の言葉に馴染み過ぎ。まだ飽きないの? すっかり板に付いちゃったじゃない。──元はといえば、おふざけで地元民の真似してただけでしょうが」

「まあ、そうなんやけど、パチモン丸出しな感じが友達にゃミョーにウケとってね。『是非そのままで』なんて言われとるもんで、律儀に続けとんがいちゃ」

「千春、それ、面白キャラ扱いされてるだけなんじゃない?」

「構わんちゃ。なーんか、訛りのある生活っちゅうのが、とっても新鮮な気分ながいよ」

「へえ。そんなもんかな」


 楓が不思議そうな顔をした。彼女もまた東京の出身だったが、小学五年生の時に北陸に移り住んでこの方、方言で話したいと思ったことは一度もない。 



 マイクロバスは南波市の市街地を抜け、田園風景の真っただ中を時速四十キロメートルの制限速度を律儀に守って走っていた。減反政策の影響を受け、本来稲が植えられているべき場所に稲以外の作物が育っている光景が当たり前のように見られる。あちこちで目立っているのはヒマワリ畑の看板だ。かわいらしいヒマワリのイラストが多く描かれているところを見ると、観光資源として当て込んでいる部分があるらしい。ただ、今は看板のみがあり、その周囲にヒマワリの姿はなかった。そこは転作作物の大麦が刈り取られたばかりの田で、ヒマワリの種はこれから蒔かれるようである。お盆の頃には、地上およそ二メートルの空間に小さな太陽が暑苦しいくらいに並ぶことになるのだろう。


 片側一車線、歩道もない道幅七メートルの市道は信号機も少なく、行き交う車も滅多にない。緩やかな傾斜の上り道が山に向かって続いている。進行方向に小学校があるらしく、大きな交差点の手前の電柱には皆、交通安全の立看板がくくりつけられていた。全て手製であり、同一人物の筆跡である。ほとんどは「飛び出し注意」「スピード落とせ」といったお決まりの言葉がペンキで書かれているだけのありきたりのものだ。が、時たま「この看板見た者、わき見運転」とか「居眠りドライバー、起きなさい」とか「「のこぎり引いても人ひくな」とか「ジコチュー、事故注意!」とか、ふざけているとしか思えないがそんなに面白くもない微妙な文言も紛れ込んでいて、製作者の本性を垣間見せている。


 やがて道沿いに、鉄棒やジャングルジムや雲梯が並んだグラウンドが見えてきた。その先の古びた木造の校舎──市立高見小学校の前にバスは停まり、待ち構えるようにしていた赤いランドセルの小学生(いずれも六年生女子)三人組を乗せる。バスの中ではまたしても「ただいま」と「おかえり」の声が飛び交い、次いで最後列の席に陣取った小学生の楽しげなお喋りが始まって、騒々しさが一気に増した。


 実はこのバスに乗っている者は、運転手以外、全員が四親等以内の親族である。姓は違っても同じ一族であり、同じ家に住む家族なのだ。バスの中は茶の間も同然だった。気兼ねの要らないくつろぎの空間である。


「──ところで」


 千春子が、ふと思いついたといった顔で、楓の目を覗き込んだ。


「今日っちゃ、第二月曜日やよね」

「そ、そうかな」


 一瞬、楓の視線が泳ぐ。


「かなめちゃん、早く帰っとるがいよね」

「そ、そうかも」

「なら、当然、かなめちゃんのお世話係も帰っとるってことにならん?」

「まあ、特別な事情がなければ、帰ってるんじゃないかな」


 千春子の目が怜悧な輝きを帯びた。


「かえちゃん、手首が痛いって嘘でしょう!」

「うわ!」


 いきなり標準語でズバリと事実を指摘されてしまい、楓は泡を食った。前席の背もたれに両手を突いて、がっくりと顔を伏せる。


「ど、どうして、わかったの?」

「湿布もしとらんし、顏見ててもちっとも痛そうやないし。バレバレやちゃ。──かなめちゃんのお散歩タイムが終わったら、どっかで仲良うなと彼氏と手を握り合っていいことするつもりやったんやろ?」

「ちょっと、千春! 誰が彼氏よ! 誤解されそうなこと言わないでよ」

「手ぇ握り合うって方は否定せんがや」


 顔を真っ赤にして抗議する楓を、千春子がいたずらっぽい表情で見る。明らかに反応を楽しんでいる顔だった。


「ちょ! ──それも誤解を招く言い方。わざと言ってるわね」

「やけど、間違いじゃあないちゃ」

「それはそうなんだけど……。──待って!」


 追いつめられて視線のやり場を失った楓が、誰かに聞かれてはいないかと後ろをチラっと覗いた時、はたと異変に気付いた。バスの中の誰もが、彼女と視線が合いそうになった一瞬、目を逸らしたのだ。気付けばいつの間にか、バスの中から小学生の賑やかなお喋りが消えている。全員が聞き耳を立てている気配を察して、楓と千春子は顔を見合わせた。


「楓、彼氏ができたんだって?」


 バスの中で唯一の男子生徒が、興味津々の面持ちで楓達の真横の座席に移ってくる。黒縁眼鏡と優等生然とした理知的な風貌が特徴的な彼の名は、宮城速彦くじょう・はやひこ。千春子と同じ高校の普通科三年生である。


「はっ! 彼氏なんかじゃないから! むしろ敵だから!」

「敵?」


 速彦は、楓の剣幕に気圧されて、瞬間、きょとんとなった。浮いた話が聞けるかもと密かに期待していたからである。そして、楓が真っ赤になっているのは照れているからではなく、単に興奮しているからに過ぎないという結論に辿り着き、説明を求める視線を千春子に送った。


「あのね、はやちゃん。結局いつもの『アレ』なんやちゃ。なんか因縁もあるっちゃあるがいけど、やることは毎度毎度の例のアレやわ。ちょっと意地悪っぽい言い回しで、かえちゃんをからかっとっただけながよ」

「え、意味深な感じだったのに、やっぱりアレなのかい? ──ああ、手を握り合うって、そういう意味か、なるほどね」


 速彦は全てを理解した風情で深く頷いた後、がっかりした様子で元の座席へ帰っていった。


「あーあ、やっと楓も色気付いてきたかと、ちょっぴり嬉しかったんだがなぁ」

「何よ。なんであれっぽっちの会話で全部わかったようなことが言えるのよ!」


 去り際の速彦の言葉が癪に障ったのか、楓はむきになって叫んだ。


「だって楓がいつもの楓のままだとしたら、わかりやす過ぎるほどにわかりやすいじゃないか」

「わかりやすくて悪かったわね」

「『彼氏』をお前の趣味に巻き込むのも程々にな」

「だから彼氏なんかじゃないって!」

「ははは。楓は本当にからかいがいがあるなあ」


 離れた席同士で大声でやり合う二人を、千春子は苦笑とともに見守っていた。


続く



 2011年の平行世界の日本が舞台です。何か描写で違和感があったら、そのせい

だと思ってください。

 なお、最初は話の起伏が少なく少し退屈かもしれませんが、「アレ」の正体がわかる頃から面白くなってくると思います。

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