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短編集  作者: オスカー
10/11

ひたり、

 君が僕の部屋に来るようになって二年が過ぎた。けれど、365×2日分君はこの部屋へ来る訳じゃない。君はきっと僕の事が大嫌いなんだ、だからこんな嫌がらせをするんだと、僕はそう思う。雪が降る前の、冷たい風が吹くこの頃。厚手の靴下を履くだけではまだまだ心もとなくって、箪笥から引っ張り出したばかりの古臭い匂いがする冬服を着込んで誰も彼もが分厚くなる。君は普段かぶっている帽子に帽子を重ねて、誰よりも早くマフラーを巻く。君が僕の部屋へ来るのは決まって冬だった。君はその頃からやけに寒い寒いと口にしては頻りに誰彼と身を寄せ合って腕を組む。誰彼が集まって膨らんでいく様はまるでバリケードか何かのようで、僕はほんの少しの疎外感を感じながら窓の外を眺めるのが習慣になっていた。指先がガラスに触るとひんやりとして、初めの内は心地がいいのだけれどすぐに手を離す。僕が窓の外ばかりを気にしているのは君のせいだ。僕はいつ君の嫌がらせが始まるのかと、内心気が気じゃないのだ。だから僕は馬鹿みたいに大人に聞いて回るのだ、「ねえ、雪はいつから降るの?」って。大人は周りの子供達に接する時みたくしゃがんで目を合わせ「そんなに雪遊びが楽しみなの?」なんてへんてこなことを言ってくるものだから僕は不機嫌になってしまう。僕は気が気じゃないのだ。彼の嫌がらせがいつ始まるのかってことが!馬鹿な大人にはわからないのだ。彼が、君が、どんなに邪悪な存在かってことが。それで僕がどれだけ迷惑しているかってことが。


「…!」

 とても冷たい何かが足に触って、僕はびっくりした。わかってる、君が部屋に来たんだ。君の嫌がらせだ。君は靴下を脱いだ冷たい足を僕にわざとくっつけて、僕を抱きしめている。勝手に僕の部屋に入ってきては、勝手に僕のベッドの中に入って、冷たい足をくっつけて僕を起こすのだ。君はいっつも背中を抱きしめて、だから僕は君に怒った顔一つ見せられないし、文句の一つも言えない。君は足を絡ませて、僕の体温をどんどんと奪っていく。いやだ、と体を動かしても君はぎゅうぎゅうしてきて全然退いてはくれない。だから僕も観念してそのまま眠ってしまう。君は僕の事が嫌いなんだ。こんな嫌がらせばかりするんだもの。


「雪だるまつくらないの?」

 君は次の日の朝、みんなが遊びに出た外を指さして僕にそう聞いてくる。

「寒いの、嫌いじゃないでしょ?」

 そういって君は僕の足元を指さす。君は知っているんだ、僕が靴下を履かない主義なことを。そうやって嫌がらせみたいなことをたくさん言って、君は僕の隣に座る。そうして僕の耳元に顔を寄せて、内緒話をしてくるんだ。

「僕の隣の部屋の子がね、死体ごっこをしたんだよ。上手だったから外に出られたんだって。もうすぐクリスマスだから、きっとパパとママのところに行ったんだよ。」

 にこにことした顔で君は言う。

「全然ね、動かないんだって。顔が真っ白でね、だらーんってしてるんだって。朝だよって起こされてもね、返事をしちゃだめなんだ。」

 わくわくした顔で君は言う。チョコレートを待っている時みたいな顔だ。君はチョコレートなんて食べなくってもすぐに鼻血を出してしまう癖に、甘いものが大好きで、体を動かすことが大好きなんだ。僕とは反対だった。だからきっと、君は僕をいじめるんだろう。

「僕ね、今度やろうと思うんだ、死体ごっこ。そうしたら町に行ってね、ショートケーキを買ってきてあげる。君にサンタさんが乗ったところをあげるよ。」

 僕はショートケーキよりチョコレートケーキのほうが好きなのに、君はこうやって嫌がらせばかりする。君は僕が嫌いなんだ。君は外で遊びたいのに遊んじゃいけないから。甘いものが好きなのにあんまり食べちゃいけないから。お薬だって飲みたくないのに、注射だってしたくないのにたくさんしないといけないから。君は僕が嫌いなんだ。僕は、君よりはずいぶんと元気だから。


 今日も君がやってきた。初めて部屋に来たと思えば、それからは毎日やってくる。毎日やってきて冷たい足で触って僕をひゃっとさせて、君は眠ってしまう。僕はだんだん眠れなくなってきて、とうとうこうして寝たふりをして君を迎える。

 君は、とっても冷たいんだ。


 今日も君がやってきた。僕は君がとても冷たくてたまらなくなって、君が眠ってからベッドを抜け出した。君の部屋は僕の正面だった。まくりあがった布団がベッドの上にある。僕はその中に入ってもぞもぞした。君の靴下が、下の方にあった。僕はそれを履いた。僕は知ってるんだ。君はわざわざ僕に嫌がらせをするために靴下を脱いで、出ちゃいけないって言われてる外に出て体を冷たくしてから僕の部屋に来る。君の服には時々、雪がついているんだもの。君は段々、どんどん、痩せていく。元気がなくなって、やつれている。薬も効かなくって、毎日ベッドの上にいるようになった。僕は君に何も言えなかった。文句の一つでもいってやろうかと思うけれど、僕は、何も言えなかった。


 今日は、君がやってこなかった。

 だから僕は君の部屋に行った。君は前言っていたね。昔は、機械がたくさんある部屋で過ごしていたんだって。だから、ここに来れてすごくうれしいって君は笑っていた。その頃から、君は帽子をかぶっていた。髪の毛がないつるつる頭を隠すためだったのを、僕は知っていた。

 ベッドに君が眠っている。死んでいるみたいだった。ほっぺたに触ってみたら冷たくって、でも僕はそれでも、ねえ、と声を掛けられなかった。僕は何も言えなかった。僕は知ってるんだ。したいごっこなんてないってこと。本当に、死んじゃってるんだってこと。病気が治らない子供がいるこの場所で、誰一人として生きたままここを出ていくことはないってこと。僕は知っていたけれど、何も言えなかった。

 ねえ、と、言いたかったのに。


 君はとても軽かった。オンブしたって、全然ふらつかなかった。君が隠していたドアの鍵で、僕は外に出た。雪が積もっていた。僕たちの家のドアの横にある小さなが見えなくなるくらいまで歩いたら、流石に疲れてしまって、僕は君を雪の上に寝かせた。君はきっと、寝ているみたいだろう。暗くて何もわからない。君の顔に触ってみた。君の唇に触って、僕は、君のほっぺにキスをした。大好きだと言いたかったけれど、僕は何も言えない。寒くて、寒くて、歯がガチガチいっていた。僕は靴下も、靴も、履いていなかった。僕は馬鹿な君や、馬鹿な子供とは違うけれど、こうしていたらまた君が僕のベッドに潜り込んでくれるんじゃないかと思った。思っただけで、そうなるとは思ってはいない。君はだって、死んでいるんだから。

 顎に手を当てて、その手を軽く前に出した。

 君は僕を見ていない。

 僕は何も言えないのに、君はもう、僕のことを見てくれない。僕が何を言っているのか、君にはもう、わからないんだ。

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