第23話
リベルタに動きがあった、と耳にした俺達は急ぎ軍儀室に集まった。言うまでもなく、緊張感が漂っている。
室内にいるのは俺にリーゼ、将軍であるラヴィーネとアルディナ、参謀役のシャルナだ。いつもどおりのメンバーではあるが、俺の記憶が正しければ、いつもは4人分しかイスは用意されていなかったはずだ。空いている席が2つあるということは、まだ誰かしら来るということだろうか。
「シャルナ、まだ誰か来るのか?」
「はい。先ほどあの方々が増援に駆けつけてくれましたので、軍儀に出席していただこうかと。おひとりはシンク様もご存知ですだと思います」
俺が知っていて増援に来てくれるとなると、思い浮かぶのはひとりしかない。
そこに座っているアルディナと話せば、毎度のようにケンカを始めてしまう獣人の少女。無気力そうな顔で口が悪いのだが、根は優しいと思われる。簡単に言ってしまえば、不器用な奴だ。
脳裏に姿が浮かんだ瞬間、閉じていた扉が音を発し始めた。現れたのは、頭の中に描かれていたのと全く同じ人物。小麦色の肌と発育の進んだ体には健康的な美を感じるが、顔は実に覇気がない。凛としていれば、男達も放っておかないだろうに。
「あ、姉ちゃん!」
家族との再会に喜びを露わにしたアルディナは飛びついていった。彼女は元々そういう性格をしてはいるが、集落を去る際にテラがぶっきらぼうに「死ぬな」といったニュアンスの言葉を掛けていたので、それが喜びを増加させたのだろう。
少しは妹への接し方がマシになったかとも思ったが、勢い良く近づいてくる妹を姉は顔面を鷲掴みにして止める。妹の口から悲鳴が上がっているあたり、かなりの握力で潰されているようだ。
止めたりする気持ちは分かるが、アイアンクローまで普通やらないよな……ここまで再会のシーンを台無しにする姉妹も珍しい。
「ったく、いきなり飛びついて来るんじゃねぇよ」
責めるような物言いでテラはアルディナを解放する。いや、投げ捨てたと言ったほうが表現としては正しいかもしれない。
このあとの展開は予想通りアルディナが文句を言い始めて口論に。周囲の目があるというのに変わらないふたりのやりとりに、この場に漂っていた緊張が霧散していく。
「テラ、ケンカはあとにしろ。それに姫様が居るのだ。挨拶くらいしないか」
ラヴィーネの言葉にテラは仕方がないといった素振りを見せながら、リーゼに顔を向ける。
「よう姫さん、久しぶり」
敬う気持ちなどまるでない挨拶ではあるが、リーゼには全く気にした様子はなく笑顔で挨拶を返した。だが銀髪の騎士様の気に障ってしまったらしく、氷のような視線がテラへと向いた。
「貴様、もう少しまともな挨拶ができないのか」
「あぁ? 別にいいだろ。姫さんは気にしてねぇみたいだし」
「そうですよラヴィーネ。私は気にしてませんから」
まあリーゼの性格を考えれば、他国のお偉いさんの前ならともかく、身内しかいないのであれば言葉どおり気にしないだろう。それどころか、畏まって接されるより嬉しいと思うのではないだろうか。俺の知る限り、俺とアルディナくらいしか敬語なしで話していないし。
リーゼから言われては引き下がるしかないと判断したのか、ラヴィーネは小さく溜め息を吐いた。これで話が進む――と思ったのだが
「……妹が妹ならば姉も姉か」
と、ラヴィーネが冷気を帯びた苛立ちを吐き出した。自分に加えて、妹まで馬鹿にされたテラの眉間にしわが寄ったのは言うまでもない。
「ア……今なんつった?」
「別に」
「……さすがは氷に関する異名を持つ女だぜ。人への接し方も氷みてぇに冷てぇ……どおりで男共が寄りつかねぇわけだ」
「何だと……男が寄り付かないのは貴様も同じだろう」
「こっちの男共はここにいるだろうが。一緒にすんじゃねぇよ」
一触即発しそうな雰囲気が一気に漂い始め、先ほどまでとは別の緊張感が高まっていく。
氷雪の戦乙女と獣化可能な獣人が戦えば、間違いなくとんでもないことになる。ふたりの戦闘力を考えると、ここにいる者では手に負えないのではないだろうか。そう思ったとき、間に入っていく勇者の姿があった。
「ふたりとも! 今はケンカしてる場合じゃないよ!」
果敢に止めに入ったのはアルディナだ。先ほどテラとケンカしていたのにやめろと言っての説得力がなにのでは……、とも思ってしまうが、危険性で言えば今行われているケンカのほうが数段やばい。
そう思った俺は自然とシャルナに視線を向けていた。こちらの視線に気が付いた彼女は、一瞬の思考ののち頷き返してきた。意思疎通した俺と彼女は、ほぼ同時に立ち上がる。
「ラヴィーネ様、どうか落ち着いてください」
「落ち着けテラ。お前はこんなことをするために来たんじゃないだろ」
放せと言いたげにラヴィーネもテラも暴れるが、必死に制止を掛け続けた結果、徐々にだが動きを止め始める。殴り合いに発展しそうな気配はなくなったものの、ふたりの視線は鋭く互いを見つめたままだ。少しの油断が大事を招きかねない。
「貴様のような無礼な女、誰が嫁にもらうか」
「てめぇみたいな冷血よりはも貰い手はあるだろうよ。こいつはオレのこと、女として見てくれてるみたいだからな」
テラの視線に釣られるように、全ての視線が俺に集中した。やましいことはしていないので焦る必要はないのだが、嫌な汗が噴き出してくる。
お、落ち着け俺。テラに何かしたわけじゃないんだ。というか、テラくらいの年代を女として意識するのは普通のことだろう。アルディナを異性として意識してたら問題にされてもおかしくないだろうが。
と考えても、汗が止まらないのはリーゼと婚約状態にあるからだろう。
リーゼとの婚約は政略結婚のようなものだ。とはいえ、近いうちに夫婦になるのに変わりはないわけで……なのに他の女を異性として見ていれば、軽い男のように軽蔑されてもおかしくはない。
「貴様……」
「ま、待て……落ち着け。別におかしいことじゃないだろ。俺くらいの年代なら異性を最低限は意識するんだから」
一般的に正しい主張をしているはずなのに、どうして言い訳をしているように感じるのだろうか。場の雰囲気の飲まれてしまっているのか……だが今屈してしまえば、ややこしくなるのは目に見えている。なんとしても乗り切らねば。
内心で弱気になりそうになる自分を奮い立たせていると、一瞬出来た静寂に澄んだ声が割り込んできた。言葉を発したのは、意外にもリーゼである。
「テラさん、ひとつお伺いしてもよろしいですか?」
「ん、別にいいぜ」
「シンクはあなたに何かやましいことをしましたか?」
何もしてない。
そう強く宣言したいところだが、雰囲気から俺が言っても話の進行を邪魔するだけだろう。ここはテラが素直に言ってくれることを願うしかない。
「やましいこと? うーん……された覚えはねぇな」
「そうですか。ではシンクに今のような視線を向ける理由はありませんね。それにシンクは近い将来私と結婚し、この国の王となります。歴代の王の中には側室を持った方々もいらっしゃったと聞いていますので……」
「おぉ……姫さんの口からそこまで出るとは思ってなかったぜ。でもそれって、オレが嫁入りしても問題ねぇってことだよな?」
ある意味プロポーズとも解釈できる言葉に、冷静さが売りのシャルナの表情さえ驚愕に染まった。アルディナは何やら驚きながらも嬉しそうにしている。まあ彼女は問題ないだろう。問題なのは……先ほどよりも冷たい顔をしているラヴィーネだ。
軍儀室が戦場になるのでは……、そんな不安に血の気が引いていく。俺の代わりにテラを止めてもらいたいと切実に願うが、理解が追いついていないのか、怒りのあまり身動きが取れないのか誰も動いてはくれない。白金のような少女を除いて――
「そうですね。合意の上なら問題はありません……テラさん、どうかしました?」
「いや……姫さんは側室は認めねぇほうかなって思ってたからよ」
テラの言葉にリーゼは笑いながら、自分は皇女であり、もう子供ではない。といったニュアンスの返事をする。
国に必要なことならば仕方がない、と取れる言い方にテラは納得したようだが、俺にはリーゼが言ったことは本心ではないように思えた。
俺とリーゼが結婚するのは、俺が魔剣を継承したことに加え、この国に王という希望の光が必要だからだ。俺達の結婚に愛なんてものはない。もしも……彼が生きていたならば、リーゼは側室なんて認めなかったことだろう。
……俺が居なければアスラは今も生きていたはずなのに、彼女は俺に対して怒りではなく罪悪感を感じているのか。だから側室を……誰かを好きになってもいいと認めるのか。
「ただ側室になるなら最低限度の礼儀やマナーは覚えてもらいますよ。今みたいな振る舞いは認めませんから」
「お、おう、分かったからそんな笑顔で見んなよ。怖いじゃねぇか……にしても、あいつ一向に入ってこねぇな」
今の言い方からして第三者がいるとテラは言っているのだろう。思い返してみると、シャルナはあの方々と言っていた。つまり、ここを訪れる人間は複数居たということになる。
テラは第三者と知り合いなのか、連れてくると言って部屋を出た。直後、廊下から話し声が聞こえてくる。
「おい、何で入ってこねぇんだよ」
「だって姫様達が居るんだよ。緊張するに決まってるじゃん。それにテラが騒ぎ起こすから入りづらく……」
「グダグダうるせぇな。いいからさっさと入りやがれ」
テラに首根っこを掴まれて入ってきたのは、長い金色の髪を馬の尾のに垂らしている少女だった。
翡翠のような瞳と尖った耳が印象的であり、顔には緊張や不安が見て取れるものの明るそうな性格をしているように思える。翠と白を基調とした衣服に身を包んでおり、腰には緩く湾曲した長刀と呼べそうな剣がある。
少女は緊張のあまり、怯えたように体を萎縮させてしまっている。まあ姫や将軍の居る場所に来たのだから、当然の反応だと言えるだろうが。俺もこの世界の住人で彼女の立場だったとすれば、きっと同じような反応をしたことだろう。
「あ、あの……はじめまして! あ、あたし、シシシンシアって言います。ここ、この度は……!」
「あぁもう、ちったぁ落ち着けよ。名前すら碌に言えてねぇじゃねぇか」
少女の重度の緊張にテラも見かねたのか助け舟を出し始める。
彼女が言うには、少女の名前はシンシア。テラの一族のように国内に住んでいるエルフらしい。彼女の一族も昔から時折力を貸してくれていたらしい。
だが一般的エルフという種族は、他の種族よりも長寿故か繁殖能力というか、子孫繁栄の本能がそれほどないらしい。そのため魔国全土でも数が少ない種族とのこと。小国であるルシフェルにいるエルフは少女の一族だけとのことだ。
また穏やかな性格をしている者が多いため、争いごとに首を突っ込みたがらない思想を持っているらしく、今回も最初は静観するつもりだったらしい。だが長年の付き合いのある一族のマグナが助言してくれたこともあって、戦う意思のある者はこちらに寄越してくれたとのことだ。
「シンシアさん、ご助力ありがとうございます」
「いいいえ、お礼を言われるほどのことじゃ……あ、あたし達もこの国の一員ですから。そ、それに前から村の外に出たいと思ってましたし!」
「だろうな、お前んところの大人って頭の固い連中ばっかだし」
「うん! 小さい頃から遊べる場所は近くの森くらいだし、何かと本を読ませようとするし、魔法の鍛錬とかは厳しいし!」
力強い言い放った後、ここがどこなのか思い出したのか、シンシアは真っ赤になる。
この子を見てると……あいつのことを思い出す。
俺には一つ下の従妹が居た。年に何度か顔を合わせる関係だったが、それなりに仲良くしていたと思う。彼女は小さい頃、俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたが、中学生くらいに上がった頃からは、名前にくん付けで呼んでいた。俺の名前が名前なので、どこか言いにくそうだったように思えた。
シンシアのおかげで、場も和み落ち着いたこともあって、シャルナが軍儀を再開しようと切り出した。異論がある者がいるはずもなく、ほどなく軍儀が再開される。
「まず現状の確認ですが、こちらの兵の数はおよそ1500。対するリベルタは、予想ですが4000から5000と思われます」
敵の数は約3倍か。数では圧倒的にこちらが不利だ。勝つためには、ひとりあたり3人ほど殺す必要がある。口で言うのは簡単だが、無数の兵が入り乱れる戦場では難しいことだ。
だがあちらは人間以外の種族を認めない思想を持っているため、構成は人間のみだろう。こちらの構成は、人間が最も多くはあるが獣人やエルフと多種に亘る。戦闘力を考えれば、ひとりあたり3人どころか、2桁に上る戦果を上げても不思議ではない。
「こちらと敵の行動速度を考えるに、戦場はおそらく前回と同じ平原になるかと」
「なら今回もやれそうだね」
「アルディナ、貴様は本当に楽観的だな。前回とは敵の数が違う。それに魔剣の力も警戒しているはずだ。何より、あの無能が指揮官を取るとは考えにくい。どう考えても厳しい戦いになる」
「だろうな。単純に考えて、オレ達の3倍くれぇ矢やら魔法が飛んでくるわけだろ。個々の戦闘力はこっちが勝ってるだろうが、近づけなきゃ話にならねぇ」
アルディナを責めるような物言いではあるが、現実を直視した意見でもある。彼女もそれは分かっているらしく、反論するようなことはせず、頭を抱えるだけだった。分かっていたことではるが、やはり頭を使う作業は苦手らしい。
「おふたりの言うとおり、前回のように戦っては勝ち目は極めて薄いでしょう。なので私なりに考えてみたのですが、部隊を3つに分けてみてはどうでしょうか?」
「3つって、ただでさえこっちは人が少ねぇんだぜ?」
「無論、それは分かっています。なので分ける構成としては、大規模な部隊を1つに少数精鋭の部隊を2つと考えています」
詳しい内訳としては次のとおりだ。
少数部隊のほうはアルディナとテラが率いる獣人部隊に、ラヴィーネの率いる騎馬隊。前者を左翼、後者を右翼に展開することのこと。残りの大部隊は中央に位置し、俺とシンシアが配置される。
ふと視線をシンシアに向けてみると、一段と表情が曇っているように見えた。先ほどの話を聞いた限り、彼女は指揮経験があるように思えない。おそらく意思のあった者達の代表としてこの場に来ただけなのだろう。
となると、指揮官は俺ということになるわけだが……言うまでもなく、ついこの間まで学生だった俺に指揮なんてものができるはずもない。
そう思っているのは俺だけはないようで、すぐさま声が上がる。
「シャルナ、この構成で本当に大丈夫と思っているのか? そいつはまだ魔王として完全に認められていないのだぞ?」
「ラヴィーネ様の気持ちは分かりますが、ご心配には及びません。指揮は私が取りますので」
その言葉に俺は内心驚いたものの、ラヴィーネは納得した表情を浮かべた。
思い返してみれば、前にシャルナが剣術や魔法をそれなりに使いこなせると耳にしたことがある。普段参謀のような立ち位置にいるため、指揮能力も俺より遥かに優れていることだろう。現状では最善の案であると言える……ある一点を除けば。
「確かにそれなら指揮系統の問題はなくなるけどよ、この戦いは単純に生き残るだけじゃなく、そいつが魔王として認められるかどうかの戦いでもあるんだろ?」
そう、この戦いはルシフェルだけでなく俺にとって重要な意味を持っている。
指揮をシャルナがやるということは俺の役目は戦うだけになってしまう可能性が高い。いや、下手をすれば戦わせてもらえないかもしれない。そうなっては戦いに勝ったとしても、今後のことに影響が出るのではないだろうか。
「そのとおりですね。なのでシンク様には最前線で戦ってもらいます。加えて、自分が魔王であることを宣言し、敵の注意を引いてもらうつもりです」
「おいおい……自分が何言ってるのか分かってるのか? そんなことすりゃ中央に攻撃が集中する。オレらの挟撃を成功させるためだってのは分かるが、魔王が死ぬ危険性が跳ね上がるぞ?」
「分かっていますよ。ですが、この戦いに敗れれば遅かれ早かれ命を落とすでしょう」
確かにシャルナの言うとおり、この戦いに敗れてしまっては意味がない。だが普通は、次期魔王を囮に使うなんて意見をここまで堂々とは言えないだろう。
「このように言っては誤解される方もいるかもしれませんが、シンク様は私が命に代えても守ります。シンク様は今後のルシフェルに必要な方なのですから」
「……それほどの価値があると本当に思っているのか?」
「ええ、思っていますよ。シンク様の成長速度は目を見張るものがあります。政治に関してはまだ素人ですが、この短期間で読み書きはできるようになりましたから」
シャルナの言うとおり、俺はここの言語の読み書きはできるようになっている。彼女が空いた時間で教えてくれたのだ。
これほど短い時間でできるようになったのは、シャルナの教え方が良かったことももちろんだが、何よりここの言語が思ったよりも簡単だったのが理由だと言える。
――あっちの世界で言えば、五十音のような感じだったからな。高校生だった俺が五十音を覚えるのにそう時間が掛かるはずもない。まあシャルナが難しく考えようとする思考を最初に排除してくれたのが大きいだろうが。
「それにラヴィーネ様との訓練も目にしましたからね。シンク様の成長の速さは、ラヴィーネ様も感じているのではありませんか?」
笑顔で言われた問いにラヴィーネは答えない。否定しないところを見ると、多少なりとも成長していると思ってくれているようだ。普段ボコボコにされてる身としては、あの時間が無駄ではなかったと思えて喜びを覚える。
意識をシャルナへと戻すと、彼女は真っ直ぐとこちらを見据えていた。とても真剣な眼差しに、俺の緊張感も増した。
「シンク様、許可もなくこのような作戦を立ててしまったことは謝罪します。ですが、どうかご理解いただけないでしょうか?」
「頭を上げろシャルナ――」
今の俺にあるのは魔剣の力くらいで、たとえ死んだとしてもルシフェルが崩壊することはまずない。それに次期の魔王であることを伝えれば、敵は俺のことを総大将と思うだろう。シャルナが提案した作戦は、今の俺の存在価値を最大限に利用する作戦だと言える。
「――この国に必要なのは俺じゃなくリーゼだ。魔王として認められていないことを考慮すれば、俺を最前線で囮にするのは妥当な考えだと思う。それに勝たなければ全てを失いかねない戦いなんだ。俺の命くらい好きに使え」
などと気が付けば口にしていた。自分の命を使えと簡単に言えるようになってしまったあたり、学生だった頃の俺は消えつつあるのだろう。
今思えば……リベルタとの戦いのことばかり考え、訓練やら勉学に励んでいたせいか、最近は星也達のことでさえ、あまり考えていなかった気がする。もしもこのまま再会することがなければ、記憶の片隅へと追いやってしまい、思い出すこともなくなってしまうのだろうか。
「シンク……」
表情が暗くなってしまっていたのか、隣に居たリーゼがそっと手を握ってきた。その後、彼女は励ますように優しく微笑む。
……リーゼを俺は守りたい――死なせたくない。
そう思った俺は、無意識に大丈夫という想いを込めた視線を返しながらリーゼの手を握り返していた。
不意に死に逝くアスラの顔が脳裏に蘇る。同時に走った胸の痛みは、以前よりも増しているように思えた。
決意が鈍りかけている認識した俺は、慌ててリーゼの手を放して顔を逸らす。彼女から疑問の眼差しを向けられている気がしたが無視する。彼女の手から伝わってきた温もりは次第と闇へと消えて行った。




